第280話 陥落、ベール城塞都市
さて、これでガザン国王、エドワード・ガザンは見事に落ち延びる事ができた。
後は無駄な戦いをさっさと終わらせるだけだ。
「うわー、早くも中央兵舎に騎馬が突撃していますよ」
聖女の言葉に厩舎方面へ向かって走る二つの歩兵部隊から中央兵舎へと視線を移した。
すると、中央兵舎へ騎馬の一団が突入していた。騎馬のみの編成でゆうに百騎以上はいる。
まさか騎馬軍団が中央兵舎にこれほど早く突入しているとは思っていなかったのだろう、兵舎内の兵士たちは対応しきれていなかった。騎馬の突破力と速度に完全に翻弄されている。
そのまま視線を兵舎の外へと向ける。最も激しい戦いが行われている。激戦地区だ。
ガザン王国軍は陣形が組めておらず、遭遇戦の様相ではあるが次々と駆けつけた部隊が戦列に加わって、戦線をよく維持していた。
「中央兵舎内部はリューブラント侯爵軍の騎馬軍団にいい様に引っ掻き回されているな」
今回の一番手柄と思しき騎馬軍団に感心する言葉を漏らすと、同じ場所を見ていたのか直ぐにテリーが続く。
「突出していて後続が付いてこられていないけど、それ以上にガザン王国軍が慌てているから大丈夫そうだな」
「あれって、やっぱり全軍を騎馬で編成しての電撃戦でしょうか?」
「電撃戦を意識したかは知らないが、俺がリューブラント侯爵に伝えたことを全面的に信用したのは間違いないな」
それでも全軍騎馬編成というのはかなり思い切ったな。
俺が中央兵舎へと流れ込んだ騎馬軍団の動きを感心して見ていると、テリーが北門付近を見ながらつぶやく。
「何だか兵士が一向に北門に向かう気配がないな。続々と第一回廊の激戦地に向かっているぞ」
「困りましたね。出来るだけ多くの兵士に北門から逃亡した国王を追ってほしいところですが……どうします、フジワラさん」
「そうだな、第一回廊への道を閉ざして国王逃亡の報せをばら撒くか、激戦地の第一回廊に加勢してとっとと決着をつけて国王逃亡の報せをばら撒くかだな」
「どっちにしても国王逃亡の報せはばら撒くんですね」
「国王が逃げたのにここで頑張っても気の毒だからな、とっとと終わらせてやろう」
俺の言葉にテリーと聖女が続く。
「それじゃあ、『ガザン国王、王都へ向けて逃亡』の噂を広めに動くか」
「では、私はチンピラさんたちに知らせに行きますね」
◇
◆
◇
真っ先に中央兵舎へと傾れ込んだ騎馬の一団、フレデリック・マーロン子爵率いる百余騎の騎馬軍団が中央兵舎の中心にある練兵場へ向けて、怒涛の勢いで駆けていた。
中央兵舎へ突入してから小隊規模の兵士と何度か接触したが、文字通り鎧袖一触で蹴散らしている。ここまで
「フレデリック様。いえ、お館様、あちらに第一王子の旗が見えますっ!」
マーロン子爵率いる騎馬軍団の一人、女性騎士が興奮した声を上げる。
マーロンは彼女が槍で示す先に視線を向けると隊列も整っていない数十人の騎士たちの姿をとらえる。その中央では第一王子の旗がはためき、旗のすぐ傍では彼が王宮や戦場で見知った第一王子が驚きの表情でこちらを見ている。
次の瞬間マーロンはその集団に向けて方向転換を図った。
驚きの表情を向けている第一王子を槍で示すと自身の率いる騎馬軍団へ号令する。
「第一王子、アーネスト・ガザンだっ! 討ち取れー!」
マーロンの号令一下、百余騎の騎馬が戦う用意のできていない数十人の騎士へと襲い掛かった。
怒涛のように押し寄せる騎馬軍団。それを目の当たりにした第一王子を囲む騎士団は、驚きと恐怖を顕わにするとただでさえまとまりのない隊列をさらに乱す。
盾すら持たぬ騎士たち、身を守るものは鎧のみ。たとえその鎧が魔力で強化された金属鎧であっても、倍する騎馬軍団の突撃をしのぎ切れるものではなかった。
突然の騎馬軍団の来襲に第一王子直属の騎士団はろくな応戦も出来ずに総崩れとなる。
ある者は槍の一突きで絶命した。ある者は軍馬の馬蹄に骨を砕かれ、内臓を潰された。中には頭部を破壊された者もいた。
最初の突撃で集結途中であった第一王子直属の親衛隊は壊滅した。動けるものは十名にも満たない。その中に第一王子、アーネスト・ガザンの姿を見つけたフレデリック・マーロンと二十騎ほどが再び突撃を仕掛けた。
第一王子、アーネスト・ガザンの視界に、槍を突き出したフレデリック・マーロンと彼が駆る騎馬が一際大きく映る。
それがアーネスト・ガザンの見た最後の光景だった。
「ガザン王国第一王子、アーネスト・ガザンをフレデリック・マーロン子爵が討ち取ったーっ!」
ベール城塞都市最後の砦となる中央兵舎。その中心にある練兵場にマーロンの声が高々と響き渡る。
「お館様が第一王子を討ち取られたぞーっ!」
「お館様に続けーっ!」
主君の大手柄に部下たちから歓声が沸き上がった。
マーロンは第一王子直属の騎士団の殲滅戦に移ろうとする部下を制止すると、敵兵へ投降をうながすよう指示を出す。
戦意を失った騎士たちだけでなく、無傷であった周囲の兵士たちも第一王子が討たれたことを知ると次々と投降をしだした。
マーロンは作戦会議の席で出されたリューブラント侯爵の命令を思い返しながら、自分の部下たちへ新たな指示を出す。
「遠くからでも分かる場所に旗を掲げろっ! 中央兵舎が落ちたと思わせるんだっ! そして、私がアーネスト・ガザンを討ち取ったことを触れ回れ! 『王の剣』と『王の盾』が既に王都へ向けて撤退したとも触れ回れ!」
決して無理はせずに兵力の消耗を避けて敵を壊走させる。『ガザン国王及び王子たちを王都へ向けて敗走せしめよ』それがリューブラント侯爵の指示だ。
だが、『討ち取るな』との指示は出ていない。
「北門へ向けて動く兵士たちとは別の動きをする一団を探せ! そこにガザン国王と第二王子がいるはずだっ!」
先の作戦会議で『王の剣』と『王の盾』が既に厩舎に捕らえてあると知らされている。マーロンはそれを利用して、ガザン国王と第二王子のあぶり出しを図ることにした。
◇
ローゼ率いる二十騎の騎馬小隊が中央兵舎へ到着すると、次々と投降する敵兵士たちの姿が飛び込んできた。
「隊長、あれをご覧下さい」
小隊の一人が上空を指差す。その示す先には一際高い建物があった。
監視塔だ。その監視塔の屋上に二つの旗が、がかがり火と光の魔道具に照らし出されて翻っている。リューブラント侯爵とマーロン子爵の旗だ。
「どうやらマーロン子爵のようね」
あちらこちらで触れ回っている、『マーロン子爵が第一王子を討ち取った』との声を聞きながらローゼは小さくうなずいた。
勝敗は決していないどころか、中央兵舎も制圧などできていない。
それでも、あの旗を目にした者たちは敵味方の別なくリューブラント軍が勝利したと思うだろう。ローゼはそう思いながら中央兵舎の中をさらに奥へと進んだ。
◇
「落ちたぞーっ! 中央兵舎を我軍が落としたっ!」
「中央兵舎陥落っ! 『王の剣』と『王の盾』敗走っ!」
「投降しろ! 武器を捨てよっ!」
「投降すれば命だけは助けるっ!」
「ガザン国王と第一王子、第二王子ともに王都へ逃げ出したぞーっ!」
「中央兵舎を見ろ! 既に落ちているぞ」
「リューブラント軍の勝利だっ! 無駄な抵抗をやめろっ!」
勝敗が決したことを報せる声は激戦地区となっていた第一回廊で一際大きく響き渡った。そしてそれは中央兵舎へ駆けつける兵士たちの速度よりも速く拡散していく。
ガザン王国軍の兵士たちの動きが変わった。
中央兵舎――ガザン国王と第一王子、第二王子、そして『王の剣』と『王の盾』のもとへと向かっていた兵士たちは、進路を北門へと向ける。
大勢が決した。
それは誰の目にも明らかだった。
もし上空から戦場を
その方向転換は中央にちかいほど早く、次第に外側へと広がっていった。
最も激しい戦いが繰り広げられていた第一回廊。中央兵舎の監視塔にリューブラント軍とマーロン子爵の旗が翻るのを境に、ガザン王国軍の増援は途絶えた。逆にリューブラント軍は後から後から押し寄せてくる。
第一回廊で激戦を繰り広げていたガザン王国軍は次々と投降の意思を示した。
◇
倉庫の鍵を壊して中へ突入した騎士の一人がそとで待機するマーロンと騎士へ告げる。
「ここも空です」
外で待機していた騎士が傍らのマーロンへ首を振りながら話し掛ける。
「これで倉庫三つのうち二つが空です。これは、国王なり第二王子は本当に逃亡したのかも知れませんね」
「逃亡はないと思いたいな」
マーロンは仮にもこれまで自分たちが仕えてきた国の国王が、兵士たちを置き去りにし早々に食料と軍資金を抱えて逃走したとは思いたくなかった。
だが、状況から見ると昨日のうちに逃走した可能性が高い。
「第二王子を発見致しましたっ! 二十人ほどの兵士に守られて裏手へと向かっています」
苦笑する彼のもとへ騎乗したままの伝令が飛び込んできた。
「絶対に逃がすなっ! 討ち取って構わんっ!」
そう言うと騎乗している部下を直ぐに向かわせる。そしてマーロン自身も直ぐに騎乗し、裏手へと向けて騎馬を走らせた。
前方狭い通路で十人ほどの兵士と戦っている彼の部下がいた。全員馬を降りて白兵戦を繰り広げている。
「あれかっ!」
その白兵戦が繰り広げられているさらに百メートルほど先を逃走する数人の一団がる。一人は明らかに周囲の騎士たちとは違う身なりだ。
暗闇の中わずかな魔道具の灯りに照らされるその容貌にマーロンは見覚えがあった。
第二王子、アベル・ガザン。
「前方っ! 白兵戦を展開している兵士は一旦引けっ! 逃走する一団に矢を射かけろっ! 遠距離攻撃の魔法が使える者は魔法を放て!」
マーロンの号令に騎士たちが一斉に動いた。
白兵戦を繰り広げていた騎士が退き、その騎士たちに代わって矢と魔法が降り注ぐ。続いて十騎ほどの騎馬が混乱する十人ほどの兵士たちへと突撃した。
それと同時に前方を逃げる第二王子たちへもそれ以上の数の矢と魔法が見舞う。
そのうちの一矢が第二王子、アベル・ガザンの背に突き刺さった。第二王子は振り返ることなく前のめりに地面へと倒れ込む。
「ガザン王国第二王子、アベル・ガザンを討ち取ったぞーっ!」
その報は瞬く間に第一回廊へと伝わり、さらに中央兵舎へと向かう兵士たちへと伝播していった。
◇
◆
◇
俺たち三人は『ガザン国王、王都へ向けて逃亡』の噂の拡散をチンピラたちに指示し、戦場から程近い教会の屋根の上でその成果を確認していた。
聖女は夜の闇の中、
「面白いですね、まるで生き物みたいに兵士が一斉に動きを変えましたよ」
「暗闇の中で連なった灯りがうねるように動くから余計そう見えるんだろうな」
そう言うテリーの視線の先には北門へと向かう軍団があった。その数を見る限りまだ七割以上の兵士が健在である事がうかがえる。
「あの兵士、誰が指揮して王都へ向かうんでしょうね」
聖女が口元に笑みを浮かべて北門へと向かう兵士たちを見ていた。
俺は北門へと逃走する兵士たちから中央兵舎へと視線を移す。一際高い監視塔ではリューブラント侯爵の旗ともう一つの旗が煌々と照らし出されている。
都市の外部へと視覚を飛ばす。
リューブラント侯爵とラウラ・グランフェルト・伯爵の軍もほどなく破壊された防壁へとたどり着く。
あの二人が中央兵舎へ到着すれば全てが終わりだ
不落の都市、ベール城塞都市。歴史上初めての陥落が間もなく訪れる。
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