第278話 攻略、ベール城塞都市(4)

 リューブラント侯爵同様にラウラ・グランフェルト伯爵の下へも次々と伝令が訪れて、それぞれが前線の様子と己の主の手柄を報告していた。


「この者に何か冷たい飲み物を」


「ありがとうございます。ご無礼とは思いますが、私は直ぐに戦線に戻らなければなりません。ご厚情感謝申し上げます」


 ラウラは傍に控えていたメイドの一人に指示する。しかし、騎士はそう言うと直ぐに騎乗してベール城塞都市へ向けて駆け去った。


「何という無礼者っ」


 その後ろに控えていた他の部隊の伝令兵が、あきれたような口調で駆け去る騎馬の背を睨みつける。そしてすぐさまラウラのもとにひざまずき、他の伝令同様に己の主の手柄を報告しだした。

 

 伝令兵の報告を聞きながらラウラはセルマに小声で指示を出していた。


「騎馬のみで機動力のある小隊を急ぎ編成して下さい。人選はセルマにお願いします。指揮はローゼに任せます」


 ラウラはセルマがうなずくのを確認すると『くれぐれも』と念を押すようにさらに続ける。


「手柄を立てる必要はありません。誰がどのように手柄を立てたのかを確認してつぶさに報告するように伝えて」


「畏まりました」


 セルマが一礼して下がると、その位置にティナが入れ替わるようにして立つ。


 ティナの隷属の首輪に伝令兵の視線だけでなく、ラウラの周囲を固める兵士たちの視線も注がれた。

 彼女に奴隷と蔑む視線を向けるものはほとんどいない。


 チェックメイトのテリー・ランサーが抱える『ランサーズ』と呼ばれる戦闘集団のリーダーであるのは周知のことである。

 能力は別にして、他者の奴隷を傍に置かなければならない。その事実は彼らの目にラウラ・グランフェルト伯爵陣営の人材の薄さを伝える。そしてそれは紛れもない事実であり、ラウラ・グランフェルト伯爵が抱える最大の問題でもあった。


 その光景を目の当たりにした彼らの胸に野心が宿る。

 グランフェルト領奪回までの間に手柄を立てれば、気に入ってもらえれば、そんな思いがその場に居た多くの者の胸に燃え上がった。


 ◇

 ◆

 ◇


 ベール城塞都市、その破壊された防壁を抜け、中央兵舎へ向けて騎馬の一団が疾駆していた。数は二十騎。

 騎乗する者は皆軽装で革の鎧を装備している。中にはそれすらも装備していない者もいた。騎馬も馬鎧などは一切装備していない。

 

 バラバラの装備、傍目にも寄せ集めと分かる一団だ。

 その一団が味方の歩兵の脇を駆け抜ける。その騎馬の一団の先頭を駆けるのは朱色の髪の少女、ローゼ・マカチュ。ラウラ・グランフェルト伯爵の側近の一人だ。


「戦闘は極力避けろっ! 戦っても手柄にはならんっ! 我々の任務は確認と報告だっ!」


 ローゼ・マカチュのよく通る声が辺りに響く。

 

 彼女の言葉に異を唱えるものはない。そればかりか敵兵の首級を上げる味方の横を目もくれずに駆け、彼女の後に続いていた。

 彼らとて野心もあれば欲もあるはずだ。それでも、野心や欲望にかられないばかりか、歳若い自分の指示に不満の色も見せない。後ろに続く傭兵や冒険者たちのその姿勢にセルマの人選の確かさを実感していた。


 ◇

 ◆

 ◇


 市街地の消火活動、避難誘導にあたっていた騎士団や兵士たちが一斉に中央兵舎へ向けて移動をしている。

 四方へ散っていた騎士団や兵士たちも中央兵舎に近づくにしたがって、他の隊と合流し次第に一団の規模が増大していった。


「急げ! 中央兵舎を何としてでも死守するんだっ!」


 中央兵舎へ向かっていた一団の隊長が兵士を鼓舞する。逸る気持ちとは裏腹に進軍速度は上がらない。自分たちが徒歩であることに苛立ちを覚える。見事に兵力を分散させられたことに憤りを覚える。

 一本隔てた大通りに別の一団が姿を現した。同様に市街へと散っていた兵士たちだ。


「中央兵舎さえ守りきれば我々の勝利だっ!」


 その一団を率いる隊長も同じように隊を鼓舞していた。


 果たして、中央兵舎を守りきれば勝利できるのか?

 それを考えると不安と疑問が湧き上がってくる。しかし、目指す先はそこしかなかった。


 崩れるはずのない防壁が崩れた。自軍の兵士たちは分散され、敵兵の進軍速度を緩めるはずの街並みは既に無い。崩れた防壁から傾れ込んだ敵兵をはばむものはわずかな守備兵のみ。

 ガザン王国の兵士たちにとってはまさに悪夢であり、絶望の中での戦いである。


 一筋の希望は中央兵舎。


 そこには自分たちの君主であるガザン国王がいる。後継者候補である第一王子と第二王子がいる。

 自分たちが守るべき主だ。


 さらに『王の剣』と『王の盾』、精強を誇るガザン王国軍の頂点に立つ二人の将軍がいる。

 彼らのもとにたどり着きさえすれば、あの自信に満ちた声で兵を鼓舞し、土足で上がりこむような不届きな敵を蹴散らす術を示してくれる。それを信じて騎士団と兵士たちはただひたすら走った。

 

 中央兵舎まであと少しのところにくると、前方に戦闘が行われているのが兵士たちの目に映る。

 そこでは倍以上の敵兵に押されながらも、必死に食い止めようとしている味方の兵士たちの姿があった。


 そして、その中から一騎の騎馬が駆けてくる。


「援軍願いますっ! 前方の第一回廊にて敵歩兵と交戦中っ! 数が違いすぎます。援軍をお願いしますっ!」


 背中に幾本もの矢を受けた状態で、血だらけの騎兵が飛び込んできた。飛び込むと同時に騎馬はこと切れ、放り出された兵士は宙を舞って地面へと叩き付けられる。


 敵兵士を味方の主力が集まるよりも先に中央兵舎へたどり着かせてはいけない。その思いが一団を率いていた騎士団の隊長に即座の判断を下させた。


「前方の敵兵を排除せよっ! 一兵たりとも中央兵舎へ、陛下へ近づけてはならんっ!」


 その号令下、中央兵舎を目指していた一団が交戦中のリューブラント兵の側面へと襲い掛かった。


 ◇


 ローゼの率いる小隊が第一回廊に差し掛かったところで、右前方で繰り広げられていた戦闘に大きな動きが見えた。

 これまで圧倒的に有利に戦いを展開していた味方が、部分的にではあるが崩れだしたように彼女の目に映る。


「前方、交戦中の味方が無傷の敵兵に側面を突かれていますっ!」


 ローゼの右側で騎馬を駆る青年が、側面を突かれて崩れかかった味方に視線を向けたまま報告をする。


 彼女は反対側を駆ける青年に視線を向けた。年は確か二十歳、セルマが副官として付けてくれた人物で、彼女から『迷うことがあれば相談するように』とも言われていた。

 彼女は青年の顔を覗き見るが特に加勢の必要性を進言する様子はない。


 数は敵の方がわずかに多いが、味方は後方から続々と他の領主軍が押し寄せている。


「後続が来ている。問題ない。我々はこのまま味方の左側面をすり抜けて中央兵舎を目指しすっ!」


 そう言うと、さらに騎馬の走る速度を上げた。


 ◇

 ◆

 ◇


 ガザン王国第二騎士団にもたらされた情報。それは『王の剣』と『王の盾』が彼らを拉致しようとした賊と厩舎にて交戦中、とのものであった。

 

 賊との交戦を想定して駆けつけた彼らの前には賊の姿も味方の姿も無く、暗闇の中に静まり返った厩舎だけがあった。


「団長、厩舎です。ですが、戦闘が行われている様子はありませんが……」


 そう告げる騎士の表情は、自分たちがまんまと中央兵舎から引き離されたのではないか、との思いが見え隠れした。


「ともかく確認だ。何も無ければ中央兵舎へ取って返す。全員、馬から下りて厩舎の中を確認しろ!」


 団長の号令で、弾かれたように武装した第二騎士団の面々が厩舎の中へと傾れ込んだ。


 そして騎士団の面々は自分たちの目を疑った。

 本来いるはずの五千騎の騎馬に代わって、整然と並ぶ四千台もの三角木馬を目の当たりにした騎士が声を詰まらせる。


「騎馬が一頭もいませんっ! それに……何ですか? これは……」


「分からん。だが、何かの罠かもしれない。十分に気をつけろ」


 団長の注意にうなずくと彼らは厩舎内に散って捜索の手を広げた。暗闇の中、魔道具の薄明かりを頼りに騎士たちがわらを踏む音だけが響く。


 その静寂を一人の騎士の叫び声が破った。


「ウワーッ! な、何だ!」


「どうしたっ? 何があった!」

 

「大丈夫か? おいっ!」


 団長や同僚の呼びかけに応じる声はない。


「全員警戒態勢を取れ! 点呼!」


「す、すみません。スミスです。無事です。しょ、将軍を発見しました」


 即座に発せられた団長の号令に、慌てた様子でスミスの涙声が答えた。


 彼の目の前には光の魔道具で薄っすらと浮かび上がった、三角木馬に涙を浮かべて全裸で跨がっている『王の剣』と『王の盾』、そして数名の兵士の姿があった。

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