第277話 攻略、ベール城塞都市(3)
俺たち三人は中央兵舎の一際高い建物――監視塔を占拠して両軍の動きを
塔の窓際に立った聖女とテリーが、ガザン王国軍とリューブラント軍の動きを注視しながら、楽しそうに話をしている。
「『王の剣』と『王の盾』を救出に向かったようですよ」
「リューブラント軍の一陣からも二部隊ほど向かっているな。さて、どっちが先に到着するかな」
聖女が『王の剣』と『王の盾』が厩舎に捕らえられているとガザン王国内に報せたところ、混乱の最中にもかかわらず救出の部隊が動いた。
あの二人、三角木馬の上で泣いていた姿からは想像もつかないが、ガザン王国にとってはやはり要人のようだ。
そして、ほぼ同じタイミングでリューブラント軍からも厩舎へ向かう部隊があった。
その部隊を見ながらテリーと聖女が残念そうな口調で会話を続ける。
「タイミング的に鉢合わせをしそうなんだよなあ」
「ですね。その場に居合わせられないのが残念です」
あれだけ苦労したんだから俺だってその場に居合わせたいさ。
三角木馬の使用方法を、身をもって部下に教える『王の剣』と『王の盾』。それを目の当たりにする部下と、困惑する彼らのもとへ駆けつけたリューブラント軍。
だが、優先すべきことはある。
「さて、次の仕事だ。ガザン国王にはさっさと逃げ出してもらわないとな」
「まあ、そっちはそっちで面白そうですけどね」
「先ずは居場所を探さないとならないのか」
面倒臭そうに言うテリーに俺と聖女が告げる。
「急いだ方が良さそうですよ。思ったよりもリューブラント軍の進軍速度が速いです」
聖女の指摘どおり、一部隊だが突出していた。
既に第三回廊を突破している。あの進軍速度なら第一回廊まで
「まさか、騎馬編成でひたすら中央兵舎を目指すような、聡いヤツがいるとは思わなかった。こっちも急ぐとしようか」
俺たち三人は中央兵舎の内部へと転移した。
◇
空間感知を展開してはいるが、するまでもなく兵士が少ない事が分かる。
そんな兵士の手薄な中央兵舎の中を三人で闊歩しながら調べていく。
食料貯蔵庫にある食料をアイテムボックスの中に収納し終えると、拘束した見張りだった兵士を食料貯蔵庫に閉じ込めながら聖女が独り言のように言う。
「食料がこれだけということはありませんよね」
「ガザン国王と軍資金の方が優先だから、食料の鹵獲はそれが終わったらな」
「まあ、分散して貯蔵してあるんじゃないのか?」
今回は食料の鹵獲にあまり積極的でないテリーと俺は、聖女の言葉に適当に応えて捜索を再開した。
◇
中央兵舎の中でも右往左往の混乱をきたしていた。
内容の一部を盗み聞きしてみると、消火活動に当たっていた騎士団を迎撃へ回したいようだが、現場との意思疎通が思うようにできていないようで手間取っている様子だ。
「気の毒に、きっと今頃は消火活動から慌てて傾れ込んできたリューブラント軍の迎撃に回っているんだろうな」
そんな騎士団にテリーが同情の言葉を投げかけ、俺が続く。
「迎撃に回れるようなら優秀さ。間に合わなくてどこへ向かっていいか分からずに右往左往している連中がほとんどだろう」
「その右往左往している兵士は最終的にここに集まりますよね?」
その聖女の言葉に俺は力強く答える。
「そうだ。その前にガザン国王を保護して落ち延びてもらう」
「えー? 拉致して単身夜空に放り出す。の間違いでしょう」
「いや、さすがにそこまで酷いことはしない。ちゃんと逃走用の馬と資金は持たせる」
「我が身可愛さに兵士はおろか息子たちまで見捨てて、持てるだけの金貨を抱えて王都方面へ逃走。その途中で『金色の狼』と遭遇。というシナリオですか? 酷い話です」
聖女が俺のことを横目でジトッと見るとウンウンとうなずきながら一人で納得する。
そしてテリーが苦笑しながら続く。
「歴史に残る愚王だな」
「勝てば賢王、負ければ愚王。戦国の世って厳しいですね」
「いやいや、反乱軍に嵌められた悲劇の王になれる可能性だってまだある」
俺たちが脚色するなり、適当な演目をでっち上げてこの大陸全土に広げれば、まだまだ名誉回復の機会はあるはずだ。
「いやー、なりたくないと思いますよ。悲劇の王」
「愚王よりはマシじゃないのか?」
俺の言葉に『どうでしょうね』などと言いながら、先頭を歩いていた聖女が通路を曲がるなり、外を指差して大声を上げる。
「あー、あれ、倉庫です」
妙にはしゃぐ聖女とは対照的にテリーが冷めた口調と視線で俺に問い掛ける。
「倉庫だな。また食料貯蔵庫かな? 軍資金とか武器の可能性もあるな」
「軍資金ならともかく、武器は要らないだろう」
いや、
そんなことを考えていると聖女が離れにある倉庫へとたどり着いた。
たどり着くなりわき目も触れずに鍵を破壊して倉庫の中を覗き込んだ。そして、満面の笑みで振り向くと右手の人差し指と親指で輪を作っていた。
「なあ、ミチナガ。あの右手、『OK』のサインだと思うか?」
「いや、『金』を発見したサインだろう」
俺たちは直ぐに聖女のもとへと飛んだ。
◇
◆
◇
倉庫内の金貨や財宝など金目のものをアイテムボックスに収納した聖女が、上機嫌で口を開いた。
「軍資金を結構貯め込んでいましたね」
「そりゃあ、最後の砦くらいに考えての
特に軍資金は小競り合い毎に手柄を立てた将兵に分配するのに効果的だ。
長期戦が前提のこの戦い、士気の減退を防ぐためにも多額の資金を用意していたのもうなずける。
「何という幸運。ガザン国王っぽいのを発見したぞ」
外の様子をうかがっていたテリーが口元を綻ばせる。
「ぽいってなんですか。間違ったら赤っ恥を掻きますよ」
「いや、ぽいってのは言葉のあやだ。さっきから『陛下』って呼ばれているし、殿下と呼ばれている若者から父上と呼ばれているから間違いないと思う」
「殿下も一緒ですか? 両方拉致します?」
目を輝かせて聞いてくる聖女に即答する。
「いや、シナリオが崩れる。それにこの中央兵舎目指しているリューブラント軍にも少しは手柄を残しておかないとだめだろう」
ここで二人の王子まで拉致したらそれこそ手柄が何もない状態になる。『王の剣』と『王の盾』は厩舎にいる。ガザン国王も保護する。そうなると後の大きな手柄は二人の王子くらいだろう。
ここへ一番乗りで到着する部隊が気の毒だ。
「そうですね。軍資金は国王が持ち逃げ、食料も残りわずかとなれば後は第一王子と第二王子しか手柄がありませんね」
「慌しくなってきたな。王子二人は既に武装している」
テリーの伝える外の様子に俺も窓の反対側に立って様子をうかがう。感じからすると不在の『王の剣』と『王の盾』に代わって二人の王子がそれぞれの部隊を指揮するようだ。
「離れましたよ」
聖女の言葉通り、二人の王子と周囲の兵士たちがリューブラント軍が向かってきている方へと足早に移動した。
そして、国王は護衛と思しき兵士を二名だけ伴って建物の奥へと向かう。
空間感知を展開すると周囲にはあちらこちらに兵士が居るのが分かる。しかし、ガザン国王が向かう先に兵士は居なかった。
「チャンスだっ! 空間転移で先回りをして国王を保護する」
俺の言葉に二人がうなずき、俺たち三人は建屋の奥へと転移した。
◇
「直ぐにマクベスを呼べ! それと私の武具を持ってくるようになっ!」
ガザン国王は護衛兵の一人にそう言うと、部屋の中へと入っていった。
「うわー、無用心ですね。二人しかいない護衛のうち一人をお使いに出しちゃいましたよ」
「確かに危機意識が低すぎるかもしれないな」
「なら、それを利用させてもらおうか」
俺はそう言うと、一人残った護衛の背後へと転移する。そして左手で口を押さえてそのまま雷撃を見舞う。護衛の兵士は激しく
それを合図に聖女とテリーがガザン国王の入っていた部屋の中へと転移する。
俺が気絶した護衛の兵士を庭の隅に隠して部屋の中へと転移したときには、聖女とテリーにより保護が完了していた。
「お疲れさま。じゃあ、都市の外へ行こうか」
◇
◆
◇
ベール城塞都市から王都へと続く北の街道。ベール城塞都市からおそよ三十キロメートルの地点。ガザン国王を保護した俺たちはその北の街道に居た。
「何だかフラフラしていますよ、馬が可哀想です」
聖女の視線の先には気絶しているガザン国王と大量の金貨を背負った軍馬が、ふら付く足取りで王都を目指していた。
テリーもさも惜しいとばかりに金貨に未練を見せている。
「随分と金貨を持たせたな。あの半分でも十分だったんじゃないのか?」
「絵的には身動きできないほどの金貨を抱えて立ち往生しているところで合流ってのが面白いんだが。さすがにそれだとリアリティーがないだろう」
仕方がないので馬が何とか動ける程度の金貨を抱えさせることにした。
「まあ、そうだな。それで、この先に『金色の狼』が居るんだな」
「反応が楽しみですね」
「『金色の狼』の精神状態にもよるから何とも言えないが、そこはボギーさんたちに期待しよう」
俺たちは敵前逃亡するガザン国王を見送った後、再びベール城塞都市へと舞い戻った。
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