第275話 攻略、ベール城塞都市(1)
ベール城塞都市の市街地で発生した火災は、兵舎を起点に都市外周を巡る防壁へ向かって真っすぐな三本の焼け跡を残していた。
正確には最も南側の火災だけは勢いが衰えず、緩やかではあるがさらに被害を広げている。
軍馬の鹵獲を終えた俺たち三人は、あの後リューブラント侯爵を筆頭とした首脳陣と作戦の最終確認を行った。
その席で『王の剣』と『王の盾』の二将軍を厩舎に拘束してあることも伝えた。
さすがに予定外のことだったこともあり会議が若干紛糾した。
だが、『王の剣』と『王の盾』が仮に攻め込んだときに厩舎に拘束されたままであっても、俺たちチェックメイトは功績を主張しないということで落ち着いた。
早い話が、『王の剣』と『王の盾』が救出されていなければ、最初に厩舎にたどり着いた者の手柄となる。既に救出されていたときは無駄足。
だが、『王の剣』と『王の盾』を捕縛したとなれば大手柄だ。
居並ぶ諸侯たちの複雑そうな顔を思い出すと吹き出しそうになる。
諸侯たちは俺たちが『王の剣』と『王の盾』を捕らえたことをそもそも信じていなかった。
そんな彼らが俺の話を信じられるか信じられないかに始まり、最後には『王の剣』と『王の盾』が救出されている可能性について、こちらに尋ねてくる始末だった。
一際高い建物、教会の屋根の上から都市の様子を眺めながら会議の様子を思い出していると、テリーの言葉が思考を中断させた。
「兵舎の鎮火に当たっていた兵士たちも南側の鎮火に向かったようだな」
その言葉に南側の火災へと続く大通りへと視線を向ける。兵舎の鎮火を終えた兵士たちが南側の火災、防壁近くへと向かう様子が見える。
「ああ、思惑通りに動いてくれている」
思わず口元が綻んでしまう。そんな俺につられた訳ではないだろうが、聖女とテリーも笑みが漏れるのを気にもせず楽しそうに話をしている。
「兵舎は今頃手薄ですね」
「
「北側もいい感じに焼け落ちています」
聖女の言葉に彼女が視線を向けている、最も北側の焼け跡――兵舎を起点に防壁へと達する直線へと視線を移す。
多少瓦礫を除ける必要はあるが上出来だ。
「さあ、それじゃあリューブラント侯爵が痺れを切らす前に合図を送るか」
俺たちは火災のあとも生々しい防壁の外側へと転移した。
◇
転移すると攻撃目標である防壁を外側から見上げてテリーが聞いてきた。
「リューブラント侯爵の様子はどうだ?」
やはりリューブラント侯爵の様子が気になるのだろう。俺自身の興味もあって、視覚と聴覚をリューブラント侯爵が居る辺りに飛ばす。
兵を伏せているはずの上空へと視覚を飛ばすと夜の闇に紛れてうごめく大軍が見えた。
陣形は長蛇の陣の変形。
一陣から四陣まで大きく四つの部隊に編成され、さらに小規模な遊撃隊が両脇に配置されている。
先鋒を担う一陣は先般の奇襲を受けなかった無傷の諸侯が中心に編成されていた。
これに当初から参戦していた諸侯が二陣に配置され、本陣である三陣にリューブラント侯爵軍とグランフェルト伯爵軍が居る。最後尾の四陣は先般の奇襲で被害が大きかった領主軍で編成されている。
一両日中に決着をつける予定の作戦のため補給部隊ははるか後方の野営地にわずかな守備隊と共に配置してある。
滅茶苦茶強気な陣立てだ。
三陣にあるリューブラント侯爵軍の本陣を示す旗がわずかに揺れていた。隣にはグランフェルト伯爵軍の旗が見える。
視覚と聴覚をさらに降下させてリューブラント侯爵をとらえる。
「合図はまだかっ?」
いきなりリューブラント侯爵の声が耳に飛び込んできた。
俺はそのリューブラント侯爵の様子を二人に伝える。
「リューブラント侯爵自ら馬に乗って突撃するつもりらしい。それとこちらの合図を今か今かとまっているぞ」
加えて、傍に居る将軍の一人が突撃を控えるよう進言して一喝されている様子を伝えた。
「今夜で決着をつける気、満々だな」
「まあ、おじいちゃん、頑張りますね。ラウラちゃんがさぞ心配していることでしょう」
何だ? 今、『後で慰めに行きましょう』とかいう独り言が聞こえた気がするが……警戒だけはしておくか。
それにしても、会議に参加していた諸侯と将軍、参加していなかった将軍や兵士たちとの明暗が激しい。
リューブラント侯爵と周辺にいる将軍との会話に意識を傾けた。
「その、万が一の場合には速やかに撤退できるよう――」
会議に参加していなかった将軍に一人がリューブラント侯爵に意見するが途中で遮られた。
「くどいっ! 市街地と兵舎は火を放たれて混乱している。問題ない」
「混乱しているとはいえ、市街地は防衛がし易いように入り組んでいます。私は知っていますがまるで迷路です。火を放つ事が出来たのは殊勲ですが、火など直ぐに鎮火されます。鎮火されれば――」
「ただの放火ではないと何度も言ったはずだ。市街地はボロボロ、兵舎も混乱している。さらに兵の大半は」
尚も言いすがる将軍の言葉を再び遮る。そしてリューブラント侯爵は南側で夜空を赤く染めている辺りを剣で示すと、キッパリと言い切った。
「あちらの鎮火に向かっている。防壁を突破すれば兵舎まで一直線、進路に転がる瓦礫以上に厄介なものはいないっ!」
将軍は『防壁破壊などという戯言を――』と言いかけて口をつぐむ。これ以上は勘気を
どうやら俺たち五人でベール城塞都市の内部を混乱させたことが信じられない連中が多数いるようだ。
俺は視覚と聴覚を戻すとテリーと聖女に声を掛けた。
「どうやら俺たち五人がベール城塞都市に行った工作を信じていない連中が多数いる。そもそも防壁が破壊できると思っていない連中もいるみたいだ。度肝を抜いてやりたいな」
俺の言葉に二人は我が意を得たりとばかりに笑顔をみせる。
「いいね。どうも中途半端でもやもやしていたところだ。防壁を派手に破壊した後で邪魔な瓦礫も吹き飛ばして――」
パァンッ!
テリーが左の掌に右拳を打ちつけて小気味良い音を響かせる。
「――兵舎までの道を整備して進軍し易いようにしてやろう。その上で兵舎は俺たちが先に占領する。泣き顔が楽しみだ」
いや、さすがにそれはやっちゃダメだろう。手柄を残しておかないとダメだからな。
「ガザン国王を拉致してさっさと逃がしてあげてはどうでしょう? 可能なら一人で逃げてほしいですけど、そうもいきませんよね。わずかな供回りを率いて防壁破壊の直後に逃走。これなら『金色の狼』と合流してもどれだけの諸侯が味方につくか」
楽しそうにそう言うと、天使のような笑みで一言付け加えた。
「結果が楽しみだと思いませんか?」
聖女の楽しみは除けておくとして、もともとのプランが『ベール城塞都市から撤退してもらう』であり、それは今も変わらない。
どうせ撤退してもらうなら、後々リューブラント陣営にとって有利に働くよう動いてもらうのはありだ。
口元が綻ぶのも気にせずに聖女に賛同すると、嬉しそうに聖女がほほ笑む。
「それ、いいんじゃないか?」
「ですよね、我ながら冴えているなー、なんて思ってしまいました」
「確かに、面白そうだ。俺たちの成果を疑っている諸侯への仕返しにならないのが残念だけどな」
「テリーさん、それはそれで別に考えましょうよ。皆で知恵を絞ればいい考えも浮かびます」
そろそろ頃合いだ。
楽しそうに盛り上がるテリーと聖女に作戦の開始を伝える。
「さあ、時間だ。仕返しは戦闘中に考えよう。先ずは防壁を派手に破壊して戦闘開始の合図を上げよう」
俺の言葉に無言で二人はうなずくと防壁に向けて魔法を放つ。
ドオーンッ!
激しい地響きと耳を劈くような轟音が大地を揺るがし空気を震わせた。
さあ、戦闘開始の合図だ。
眼前で二百年以上に亘って鉄壁を誇ったベール城塞都市の堅牢な防壁が轟音を伴って崩れ落ちる。四百年間占領されたことのない都市が占領される、その幕開けだ。
歴史が変わる。
ベール城塞都市からすれば不名誉な歴史が刻まれることになる。
だが、勝利するリューブラント侯爵とラウラ・グランフェルト伯爵にとっては今後の統治に影響するほどの栄誉だ。
ガザン国王、気の毒だが俺たちのために不名誉を積み上げてもらおうか。
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