第274話 ベール城塞都市潜入(4)
「さて、これで終わりかな」
不機嫌そうな軍馬の群を見回す。夜中に空間転移で無理やり連れてこられたんだ、そりゃあ不機嫌にもなるよな。
城塞都市市街と国王が滞在している兵舎はまだ燃え上がっており、気の毒なことにいまだに鎮火の目処が立っていないようだ。
そんな敵拠点内部の混乱と不幸をよそに俺たちは着実に仕事をこなしていた。
城塞都市の厩舎にいた軍馬をリューブラント陣営の一画に臨時で設営してもらった牧場へと移送していた。俺の眼前には五千頭余りの軍馬がところ狭しと押し込められている。
反対側は夜の闇に溶け込んでしまって分かりづらいがこれだけの数となれば壮観だ。
何だかやっていることは火事場ドロボウのような気もしないでもないが、そこは気にしないでおこう。
「全部で五千十二頭です」
声に続いてティナの小柄な身体が馬の陰から現れた。
ほぼ目算通りの頭数だ。国内の軍馬をかき集めればそれなりの数にはなるだろうがその時間を与えるつもりはない。
これでガザン王国軍の騎馬部隊は壊滅したと考えていいだろう。竜騎士団に続いて騎馬部隊の壊滅。ガザン国王を筆頭に軍上層部の悔しがる顔が目に浮かぶようだ。
俺は綻ぶ口元を無理やり引き締めて彼女に声を掛ける。
「ありがとう。後のことは任せるからよろしくな」
「あの、本当に私などが、リューブラント侯爵軍の方とお話を進めてもよろしいのでしょうか?」
盗み出した五千頭余りの軍馬。これの売却を価格交渉や諸条件まで含めてティナに一任していた。
彼女としては信用されて任された喜びよりも不安の方が大きいのだろう。その表情は不安でいっぱいといった様子だ。
「ティナだから任せるんだ。自信をもって進めてくれ」
貴族相手の売買交渉を奴隷が取り仕切るなんて前代未聞だろう。
それを任されるティナのことを、俺たちチェックメイトがどれほど高く評価しているかを周知させるいい機会だ。
「その、どなたかサポートをお願いしてもよろしいでしょうか?」
申し訳なさそうな表情でティナが申し出たところで、タイミングよくテリーが空間転移で戻ってきた。
戻ったばかりのテリーに、軍馬の売却交渉にティナがサポートを欲しがっている事を伝えた。
「サポートか。誰か要望はあるか?」
テリーの言葉にティナが表情を明るくして答えた。
「はいっ。ミレーヌをお願いできればと」
「分かった。ミレーヌに話をして連れてくる」
テリーはティナにそう伝えると俺の方へ振り向く。
「ミチナガ、すまないが先に聖女のとこへ戻っていてくれないか。ミレーヌを連れてきたら直ぐに後を追う」
俺は軽く右手を挙げて了解の意思を示して、聖女の待つベール城塞都市にある厩舎へと転移した。
◇
「お待たせしました。こちらも概ね終わりましたよ」
俺が厩舎へ転移すると上機嫌な聖女が朗らかに迎えてくれた。
視線を向けると満面の笑みを
「そいつらは?」
「こちらの皆さんはガザン王国の兵士の方々です。消火活動に参加もせずに暇そうにしていたので連れてきちゃいました」
見れば分かる。選定の理由もどうでもいい。
暇そうにしていたという言葉と、三人ほど他の兵士に比べて上等な装備を身につけているのが気になる。いや、気にしないでいよう。幸いにして
「それで、何のために連れてきたんだ?」
「え? だってせっかく作ってもらったんですから、利用用途くらいは分かるようにしていかないと」
聖女の笑顔の向こう側には本来軍馬が居るはずなのだが、今は三角木馬がずらりと並んでいる。確か四千台作らせたと言っていたな。
ただの三角木馬とはいえ四千台も並ぶと壮観だ。
『盗み出した軍馬の代わりの置き土産にしたい』という聖女の思い付きで、何の知識もなしに彼女の説明を頼りに三角木馬を作らされた、国内有数の職人さんや魔道具作成の匠たちに同情をしたい。
「そもそもこっちの異世界には三角木馬なんて無かったんだろう?」
「そうなんですよ。職人さんたちに用途を知らせずに説明するのが大変でした」
本当に疲れた顔をしている。
自分たちが作らされていた三角木馬の用途を知ったときの職人さんたち。彼らの方が疲れたというか何とも名状し難い顔をしていたのを思い出した。
「別にいいんじゃないのか? 用途なんて知らせなくても」
「そうはいきません。ここはこだわるところです」
視線を足元に転がる兵士たちへ向けると妖しげな笑みを浮かべる。
「そのために来てもらったんですから。フジワラさんも手伝ってくださいね」
俺は半ば諦めると『来てもらったんじゃなくて連れてきたんだろう』という言葉を呑み込み、転がっている兵士たちを『置き土産』の利用方法と効果が分かるようにセットしていった。
◇
◆
◇
「何をやっているんだ?」
最後の一人を『置き土産』にセットし終えたところで、戻ったばかりのテリーがあきれたように声を掛けた。
「何をやっていると思う? 聞いて驚くなよ」
三角木馬の上で悲鳴を上げている男たちと、俺と聖女に視線をさ迷わせているテリーに向かって、そう前置きをしてから続ける。
「三角木馬に『王の剣』と『王の盾』をセットしていたんだ。 驚くだろう? 驚いてくれよ、俺だって驚いているよ」
「はあ?」
テリーはそう言った切り言葉を失った。
そう、『置き土産』に連れてきた兵士たちをセットしていく途中で、上等な装備を着けていた二人が『王の剣』と『王の盾』であることが判明した。
それでも何とか平静を取り戻したテリーが『信じられない』といった様子で聞き返してきた。
「ちょっと待ってくれ。『王の剣』と『王の盾』を捕まえてしまったのか?」
「偶然って恐いよな。ほらっ、あそこで聖女が脚の重りを増やしている男がいるだろう? あれが『王の剣』だ」
鼻歌交じりに重りを抱えている聖女の直ぐ前で苦痛に耐えている男を指差す。テリーの目が一際大きく見開かれた。続いて少し離れたところで、既に大量の重りを両足にセットされた男を親指で指す。
「それで、向こう側で
「うわぁ、戻ってくるんじゃなかった」
お前はまだいいよ。見ただけなんだからな。俺なんて男の服を剥ぎ取って三角木馬にセットしたんだぞ。
俺とテリーが
「終わりましたよ。さあ、帰りましょうか」
「満足したか?」
「駆けつけた兵士の驚く顔が見られないのが残念ですね」
俺も残念だ。
五千頭の軍馬が一夜にして四千台の三角木馬に変わったこともそうだが……
その三角木馬の上で同僚だけでなく『王の剣』と『王の盾』が、苦悶に顔をゆがめてすすり泣いているのを目の当たりにしたとき……
こちらの異世界の人間がどんな顔をしてどんな反応をするのか見てみたかったよ。
「さあ、そろそろ戻ろうか。リューブラント侯爵が今か今かと待っているからな」
「市街と兵舎が火事でパニックなっている上に指揮官であり、ガザン国王の側近である『王の剣』と『王の盾』の不在時に夜襲か……酷いものだな」
一人で常識人ぶるテリーに聖女が言葉の鉄槌を振り下ろす。
「いやですよ、テリーさん。私たちらしいじゃないですか」
「まあなんだ。戦争って綺麗事じゃないからな。一つ間違えば俺たちがこうなっていたかも知れないんだ。ここは心を鬼にしよう」
「フジワラさん、私たちだからこの程度で済ませているんですよ。他の人たちだったら今頃は『王の剣』と『王の盾』の首を持ち帰って手柄にしていますよ」
確かにそうだ。
そう考えると俺たちって欲が無いのかも知れない。そんなことを思いながら俺たち三人は開戦の号令を掛けたくてウズウズしているリューブラント侯爵のもとへと転移した。
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