第273話 ベール城塞都市潜入(3)
城塞都市の外周部、防壁の一部に隣接する形で建てられた巨大な厩舎とそれに併設された広大な牧場が広がる施設に来ている。
調査した結果、籠城前提のため騎馬部隊の利用価値が低いとされ、大半の軍馬がこの牧場へと集められていた。
併設の牧場にはとても入りきらないほどの数の軍馬――厩舎につながれたままの軍馬を見ながらテリーが天を仰ぐ。
「それにしても凄い数だな。これを全部盗み出すのか……」
「まとまっているから予定通りの時間で運び出せるんじゃないのか? 問題はこの数を運び出す間、誰にも見つからずにいられるかだな」
「そこは作業中の私たちに出会ったのが不幸だったと諦めてもらいましょう。有刺鉄線で縛り上げて転がしておけばいいんですよ」
相変わらずの聖女の言葉を苦笑しながら流すと、テリーが話を変える。
「それにしてもよく集めたよ。ここって最初から厩舎ってことはないよな?」
「施設の様子から察するに牛の牧場だったんだろうな」
「ここに居た牛はあちこちの牧場に適当に散らしているってことか」
「或いは食べられたか、だ」
自分で言っておいて何だが、籠城前提のこの状況でさすがに牛を平らげるような軍は居ないだろう。
恐らくはテリーの言うようにあちこちに散らして飼育されているはずだ。
「何だか、ここの馬たちって太っていませんか?」
聖女が馬のおなかを槍の石突でプニプニとつつき、馬が面倒臭そうに彼女の石突から逃げていた。
そりゃあ、都市内部でろくに運動もさせてもらっていないんだから太るだろうな。どうみても運動不足の軍馬ばかりだ。
最近あまり肉を食べていないのかスタミナ不足なのかは知らないが、テリーがやたらと肉にこだわる発言を繰り返す。
「こんな運動不足の馬よりも牛にしないか?」
「ダメですよ。牛は住民のものですからそれを奪うとか可哀想じゃないですか」
馬の強奪に今ひとつ乗り気でないテリーの言葉に聖女が即座に反論をし、さらに続ける。
「ですが、軍馬は軍の所持品です。奪ったところで心は痛みません」
まるで民間の牛を奪ったら心が痛むようなことを言っている。
「まあ、いまさら軍馬を奪ったところで大勢に影響もないだろうし、奪われたガザン軍にしてもそれほど痛手にはならないんじゃないのか?」
軍馬の強奪に聖女がこだわったので作戦に組み込んだが、俺自身はあまりメリットを感じていない。
「奪った騎馬を使って騎馬隊の突撃を仕掛けたらいいじゃないですか」
「いや、突撃って……そんな場面ないから。ここの地形を考えろよ。それに突撃するならガザンの竜騎士団を壊滅させて奪ったワイバーンで仕掛けた方が面白いんじゃないのか?」
「ワイバーンか。確かに自分のところのワイバーンが攻撃してきたら悔しがるだろうな」
俺の思いつきにテリーが何かよからぬことを思いついたのか、ニヤニヤしながら賛意を示した。
「以前、フジワラさんが言っていた『森を焼き払って騎馬を突撃させる』ってやつをやりましょうよ」
なるほど。不要と思っていた騎馬を奪われて、その奪われた騎馬を使っておよそ騎馬の運用に適さない地形で騎馬の突撃が決定打となり敗北する。面白いかもしれないな。
俺と同じようなことを思いついたのか、テリーが悪そうな笑みを浮かべる。
「それは面白そうだな。少しだけやる気が出てきたよ」
「テリーさん、少しだけですか? つまらないですね。殺伐とした戦争だからこそ、随所に楽しみを見出さないと心が病んじゃいますよ」
聖女の言葉にテリーがもの凄く嫌そうな表情をした。
そりゃあ、テリーだって聖女に『心が病んじゃいますよ』とか言われたくないだろうよ。
視線を交差させて苦笑する俺とテリーを横目に聖女が腕組みをして牧場の方へと視線を向けた。
「それにしても、予想していた数よりも多いですね」
「ざっとみて五千騎ってところか。一人当たり一度に十騎を運べるとしても、三人掛りで移動させるのに三・四時間必要だ」
俺がテリーを見ながらそう言うと、テリーもうなずき返して言い切る。
「今夜、一気に運び出すしかないな」
「待っていて下さいね、今夜助けてあげますからねー。このままじゃ、この子たち、兵士の食料にされちゃいますよ。可哀想に」
聖女が馬を撫でながら『足りるかな』と訳の分からないことをつぶやいているが、それには触れずに本日の本題へと話題を移す。
「さあ、それじゃティナたちと合流して仕上げに掛かろうか」
そんな俺の言葉にテリーと聖女の口元が綻んだ。
◇
◆
◇
ベール城塞都市を夕陽が赤く染める。真っ赤な夕陽に照らし出されて建物がシルエットとして浮かび上がる。
夕陽とのコントラストに目を奪われる美しさだ。
夕陽に明日も晴れるであろう事を住民たちが思い描く、そんな時間帯に都市のあちらこちらで火の手が上がり悲鳴と叫び声が響き渡った。
「火事だー!」
「凄い勢いで燃え広がっているぞっ!」
「住民を避難させろっ!」
「自警団と騎士団は何をやっているんだっ?」
「直ぐに水の用意を持って来いっ!」
「魔術師を呼べ!」
「魔術師じゃ足りないっ! 水だ、ともかく大量の水を持ってこいっ!」
「早く騎士団を呼んでこいっ。人手が足りないんだよっ!」
「ダメだっ! 騎士団は兵舎の消火活動と国王の護衛でこっちへ回す余力はないとよっ!」
町の中心部に一際巨大な建造物がある。有事の際は軍の駐留施設――兵舎として使われる建物で、今はガザン国王の宿泊場所ともなっていた。
その巨大な建造物のすぐ傍から火の手は上がり、ゆっくりと外壁へ向けて燃え広がっていく。
その様子を俺とティナ、アレクシスは失火の場所から程近い教会の屋根の上から眺めていた。
兵舎の中では、俺が十数箇所で放った炎がゆっくりと広がっている。その消火活動が忙しいらしく、テリーと聖女が放った都市部の炎の鎮火までは手が回っていないのがよく分かる。
兵舎では鎮火作業とは別に兵の一団が大きく動いていた。一箇所に集まっていく。
あそこがガザン国王の寝所か。
視線を兵舎から都市部へと移す。
兵舎から防壁へ向かって一直線に三本の炎が伸びていく。その炎の伸びる速度はゆっくりとしたものだが、天を焦がすような炎の勢いが衰えることはない。
ここから見る限りでは逃げ遅れている者もいないようだ。
「これほど――」
背後からアレクシスのささやくような声が聞こえていた。口調から混乱と戸惑いが伝わってくる。
「――カナン王国とリューブラント王国、二つの国が攻めあぐねているような堅牢な都市と王国の精鋭が駐留する兵舎を、こうも簡単に火の海にしてしまうなんて……」
「アレクシス、あなたも早く慣れた方がいいですよ」
ティナが穏やかな口調で諭すように言う。彼女の一言に幾分か落ち着きを取り戻したアレクシスが小声でこぼす。
「慣れたつもりでした。さすがにダンジョン攻略では終始混乱していましたが、最近は慣れたつもりでした」
「アレクシス、あなたはテリー様たちがダンジョンの主を倒したのを目の当たりにしているじゃないですか」
「ダンジョンの攻略と戦争は全く別物です。ましてここまで堅牢な都市の攻略となれば要求される能力や戦い方も違ってきます」
なおもゆっくりと防壁へ向かって燃え進む炎を見つめたまま
「ですが、これはまるで違います。本来あるべき都市攻略戦とは全く違います。あまりに異質です。少なくとも私が里で学んだ戦い方にはありませんでした」
「これがチェックメイトの皆さんの戦い方です。私たちには考えもつかない戦い方をされます――」
気になったので視覚と聴覚を飛ばして二人の会話を聞くことにする。
「――深く考えてはいけません。考えれば考えるほど疑問が次々と湧き上がってきます。テリー様を信じて付いていけばいいのです」
何だ?
ティナがまるでテリーのことを教祖のように崇拝してないか。
考え込むように無言でいるアレクシスに向けてティナがテリーの言葉だと前置きをして語りだす。
「戦いとは騙し合いだと言われました。如何に敵を騙すかが勝敗をわけると。これを『兵は詭道なり』と言うそうです。他にも、戦いは敵の備えの厚いところを避けて、隙があるところや手薄なところ、油断しているところと戦うべきだとも。これを『兵の形は実を避けて虚を撃つ』 と言うそうです――――」
ティナの言葉はさらに続いた。どれも孫氏の有名な言葉だ。
『彼を知りて己を知れば、百戦して
『算多きは勝ち、算少なきは勝たず』
『兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり』
と続いた。間違ってはいないが、ティナの熱心な語り口調を聴いていると、正しく理解しているのか一度聞いてみたい気がしてくる。
それはそれとして、先程アレクシスが抱いた疑問の回答になるような言葉は一つもないのだが、当のアレクシスを見る限り自己解決したようだ。
この場合、ティナを褒めるべきなのかアレクシスを心配するべきなのか。
それ以前にティナのテリーに対する崇拝というか信奉ぶりが凄い。どこかの弟子のように『テリー語録』とか『テリーの兵法書』とかでまとめたりしないだろうな。
いや、そもそもがパクリなんだが……これ、歴史に残ったりしないよな。
テリーの言葉を熱に浮かされたように語るティナとそれを熱心に聞き入るアレクシス。それを中断したのは聖女とテリーの帰還だった。
空間転移でほぼ同時に屋根の上に降り立つ。
「ただいまー」
「どんな感じだ?」
「お帰り」
俺の二人を迎える言葉に続いてティナが二人に深々とお辞儀をして迎える。そして、アレクシスがテリー以外眼中にないかのように目を輝かせて迎えた。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ、テリー様っ!」
直前まで熱に浮かされているようなティナだったが聖女への配慮はあった。しかし、アレクシスは……少し影響されすぎではないだろうか。
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