第271話 ベール城塞都市潜入(1)
「テリーさんにも困ったものですよねー。最前線に居るというのに緊張感がなさすぎます」
聖女が溜め息交じりに、テリーのテントに掲げられていたカズサ第三王女の旗――元はガザン王家の旗について言及した。
「リューブラント侯爵の陣営にカズサ第三王女が居る、その事実をガザン王が知ったときの驚きとか想像したら愉快だろ?」
「ガザン王はどうか知りませんが、味方の諸侯は驚いていましたね」
「驚くどころか、あからさまにテリーのことを警戒していたぞ」
「ミチナガ、分かってないな。警戒されていたのは俺じゃなくて、チェックメイトだ」
「なおさら悪いだろうが」
「それよりも朝食を済まそう」
テリーは半ばあきれながら発した俺の言葉に肩をすくめて軽く流すと、朝食の買い出しから帰ってきたティナとアレクシスに向かって手を振った。
ワイバーンでの偵察で知ってはいたが、ベール城塞都市で生活する市民たちは平時と然程変わらない生活をしていた。
今もこうして広場では早朝から普通に食事が出来るような屋台、食材や日用品、生活雑貨などを中心とした朝市が立ち並んでいる。行き交う人々には他の町や村のような戦時の悲壮感や緊張の色はみえない。
「潜入作戦というので緊張してたのに、まさか敵地の朝市でのんびりと朝食を摂るとは想像もしませんでした」
聖女の言っていることは分かる。
だが、ティナたちが朝食を買ってくるのを待てずに手近な屋台で調達してきた、山鳥のスモークを香草焼きにした料理にかぶり付きながらでは説得力に欠ける。
「遅くなってしまい申し訳ございませんでした」
「いや、気にしなくていいよ」
香草焼きにかぶり付く聖女を見て、慌てて彼女に詫びるティナをテリーが制する。
その横で聖女も手を軽く振って気にしないように伝えると、都市の防壁から広場から伸びる大通りへ視線を向けて話し出した。
「防壁は堅牢で都市内部の道路も湾曲していて直線が少ないですね。それに要所要所に足止め用の小さな門、見張りと狙撃用を兼ねた楼閣が配置されています」
「市内に突入したら、地理に疎いこちらとしては市街戦を避けたいな」
自分で言っておいて何だが、難しいのは承知している。
「まともにやったら、城にたどり着く前に突入した兵士は、市街地の各所で不意打ちを受けてズタボロにされそうだな」
俺とテリーの会話を聞いた聖女が昨夜立案した作戦について触れる。
「そうなると、やっぱり昨夜お話ししたルートでの突入でしょうか?」
「そうだな。念のため第一候補から第三候補まで三つのルートの確認と下準備を終えてから帰るか」
ティナとアレクシスが買ってきた朝食を口に運びながら、周囲の屋台で売られているものを再度確認する。
彼女たちが買ってきた食べ物は野菜の煮物と
聴覚を飛ばして市民の声を拾うと、やはり新鮮な果物や肉を欲する声がチラホラと聞こえてきた。
食料の備蓄が豊富とはいえ、不満が少しずつ表に出てきているようだ。
意識を周囲へ向けていると、聖女がからかうような口調で聞いてきた。
「それで、テリーさんがやっちゃった、カズサちゃんはどうします? やっぱり昨夜お話ししたように利用しますか?」
「おいおい、人聞きの悪い言い方はやめてくれないか。俺がやったのはあくまで『カズサ第三王女ここに在り』って示したことだけだろ。それに利用って言い方もどうかと思うな。カズサちゃんの復権の手助けだからな」
どうやら本人は風聞を気にしているようだ。いまさら気にしても手遅れのような気もするが……助け舟をだしておくか。
「いくらテリーだって、庇護している立場を利用してそんな事する訳ないだろう。そこは信じよう」
直ぐ隣で『それはないんじゃないのか?』と突っ込んできたテリーの非難よりも、目の端に映ったティナとアレクシスの泣きそうな表情の方が気になったが、気付かない振りをして続ける。
「復権という表現が正しいかはともかく、死んだことにされた彼女が生きていたのだと周りに認めさせたいよな。結果、それが俺たちにとってプラスに働くならいい事じゃないか」
昨夜話し合った『カズサ王女復権作戦』。
基本は事実をそのままに多少の脚色を加えて、噂としてベール城塞都市内部に拡散させる。
第三王女の双子の弟である第七王子が
この際に実の母親である、第二側室と周囲の大人たちの思惑により、死亡したのは第三王女のカズサ王女と発表。当の第三王女は第七王子の身代わりとして王子として生き続けることに。
もちろん、その裏には『王子に死なれては困る。死亡したのは第三王女にしておけ』と言うのがガザン国王の意向があったのは言うまでもない。
幼いカズサ第三王女にはそれに抗う術もなく、涙を飲んで第七王子として彼の身代わりとなった。
この悲劇の元凶は現ガザン国王を筆頭とした権力欲に塗れた大人たちである。
幼く、何の後ろ盾もないカズサ第三王女は被害者なのだと。
そればかりではない。秘密を守るために第三王子一派と第五王子一派が戦争の混乱に乗じてカズサ第三王女の暗殺を企てた。
あわやというところ、これをリューブラント侯爵配下のチェックメイト遊撃隊が阻止。
それ以降、カズサ第三王女はリューブラント侯爵配下のチェックメイト遊撃隊の庇護下にあると。
多少の脚色はある。だが、根底にあるものは事実だ。
カズサ第三王女は被害者なのだと、周囲の大人たちの権力欲と保身のために彼女は犠牲になったのだと。
誇張はあるが概ね事実でもある。
ガザン国王はまもなく死んでいく身だ。可愛い娘の未来のためにわずかばかりの汚名は被ってもらう。
本来なら根絶やしになるところ、ガザン侯爵家として残るのだから本望だろう。
聖女の質問にテリーが即答する。
「リューブラント侯爵には話を通したんですよね?」
「ああ、昨夜話をした」
それを俺が引き継ぐ形で昨夜のリューブラント侯爵との打ち合わせを伝えた。
「カズサ・ガザンがガザン家を継ぎ、侯爵家として残る予定だ。それをベール城塞都市攻略前に大々的にアナウンスする、ガザン王国側にもな」
「茶番ですね」
聖女があきれ口調で言うが、それももっともだ。
だが、問題はその茶番を事実として利用する連中がどれだけ現れてくれるかだ。敵と味方はもとより、日和った連中のなかにも。そしてそれはかなり多いと俺は思っている。
「茶番だけど観客として観る分には面白そうだ」
そんな思惑など一蹴するように実にテリーらしい一言が聞こえてきた。
最後にカズサ第三王女をかっさらうのはテリー自身だとの前提があるだけに、茶番を演じながら右往左往する連中を観るのが楽しみなのだろう。
「それよりも騎馬ですよ。今回も騎馬を全部頂きましょう」
「やるのか?」
テリーが若干頬を引きつらせて聞き返すと聖女がキッパリと即答する。
「当たり前じゃないですかあ。そのために職人さんたちに徹夜で作ってもらったんですから」
テリーの気持ちも分かるが、徹夜で作らされた職人さんたちへの同情の方が大きいな。そればかりじゃない、リューブラント侯爵お抱えの魔道具職人さんたちもやるせない思いでいっぱいだったろう。
何しろやっていることはただの木工細工だ。なのに、そこに動員されていたのはガザン国内でも指折りの鍛冶師と魔道具職人さんたちだった。
「まあ、それはそれで頑張ってくれ。ところで本題だ」
やる気になっている聖女の別作戦はともかく、本来の目的について話をする。
「予想通りあの門を突破するのは難しそうだな。別の突入ルートを用意する必要がある。突入ルートは昨夜検討した三つのルートのいずれかとし、下準備は三つとも行う。それとは別に騎馬が集められているところを探そうか」
「了解だ」
「では、遺跡になる前のベール城塞都市を見学に行きましょう」
いや、遺跡にはしないから。
攻略後は防衛拠点として機能してもらわないと困る。それも場合によっては『金色の狼』と対峙することになる。
「楽しそうなところすまないが、遺跡にはしないからな。攻略後も軍事拠点として再利用するからな。それも直ぐに利用するからな」
「いやですよー、分かってますって」
気のせいじゃないよな、聖女の目が泳いでいる。
「じゃあ、行こうか」
テリーがそんな俺と聖女のやり取りに苦笑しながらティナとアレクシスを促した。
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