第268話 シドフ、潜入(11)

 俺たちはシドフの町からガザン王国へ向けて街道を馬でのんびりと進めていた。

 ベルエルス王国から国境を越える正規ルートでガザン王国へ入国するためではない。カモフラージュのためだ。ある程度進んだらワイバーンを待機させた場所へ転移する予定で馬を進めている。


 街道を進みながらシドフの町でのちょっとした騒乱と今後について思いを巡らせていた。


 俺がロッシーニと会話をしている間に、ロッシーニの部下を率いた聖女が代官と騎士団の大半は更迭した。

 オーガ撃退直後ということもあって、騎士団員も怪我人が多くかなり疲弊していたため、然したる抵抗もなかったそうだ。


 もちろん証拠も押さえた。資産も差し押さえした。

 わずかに残った真っ当な騎士団員は全て探索者ギルドの監督下へ置かれ、今後は探索者と協力して町の治安維持に尽力することになる。


 その後探索者ギルドへ赴くと町の治安維持についての相談と依頼をはじめ、幾つかの話し合いを行った。

 探索者ギルドとしても町が平和に保たれるなら異存はないとして、ロッシーニ体制に協力することを約束してくれた。とはいえ、ロッシーニもこれまでの行いが行いなだけに探索者ギルドと小さな衝突は繰り返されるだろう。それでも、今までよりはマシなはずだ。


 聖女が既に見えなくなったシドフの町を馬上から振り返る。


「これであの町も少しは平和になりますね」


 俺が「そうだな」と生返事で同意すると聖女が意地悪そうな笑顔を浮かべて聞いてきた。


「ところで、どうしてスラム街の大掃除なんてする気になったんですか? まあ、何となく想像は出来ますけど」


 クスクスと笑う聖女を無言で見ている俺のことなど、気にしていないようになおも続けた。


「無辜の住民をスラム街の悪の組織がさらっていったのが許せないっ! なあんてことはないですよねー。やっぱり、悔しかったんですか?」


「そうだよ、スラムの連中が俺の計算外の動きをして悔しかったんだよっ」


「やっぱりー」


 悔しそうな響きをもった俺の言葉を実に楽しそうに聞いている。

 聖女はその楽しそうな表情を崩すことなく独り言のように続けた。


「それでも復興までっていうのは少し頑張りすぎじゃありませんか? まあ、私は代官や騎士団を捕まえられて面白かったですけどね」


「復興までお膳立てしたのはロッシーニが思った以上に使えそうだったからだ。それと、グランフェルト領の復興の練習も兼ねて、な」


「ラウラちゃんのお手伝いですね」


「ああ、グランフェルト領の復興をしつつ、グランフェルト領のダンジョンとその周辺にある他領のダンジョンを一気に攻略する」


 グランフェルト領の復興、そのためにはこの戦争を終結させる必要がある。

 なんとく、その向こうにガザン王国のあるグルム山脈を見上げると、山頂に万年雪を頂く高く険しい山々が連なっていた。


 もはやガザン王国に戦争を継続する力は残っていない。ベール城塞都市が落ちた後は王都まで阻むものはないだろう。

 王都防衛にしても悪あがきでしかない。


 ベルエルス王国とドーラ公国の介入をどう防ぐかだが……


 ドーラ公国は今のところ表立った動きは見せていない。ガザン王国がここまでカナン王国に押し込まれるとは予想していなかったはずだ。

 先走ったどこぞの間抜けな貴族以外は、自分たちが最も効果的に参戦できるタイミングを見計らっている頃だろう。


 そうなると問題はベルエルス王国。既に軍が迫っている。それも『金色の狼』が率いる軍だ。

 ガザン王国の最精鋭が立てこもるベール城塞都市。ここに『金色の狼』が援軍として合流すれば十分に押し返せる。押し返せないまでもドーラ公国が呼応して参戦すれば戦況が一変する。


 だが、『金色の狼』が合流する前にベール城塞都市を落とせば『金色の狼』も帰国せざるを得ない。一度追い返せばこの天嶮がベルエルス王国を阻む。

 誰もが簡単には落ちないと考えるベール城塞都市。


 俺が考え込むように押し黙っていると聖女が聞いてきた。


「一気に攻略するって、六つのダンジョンをですか?」


「そうなるな。いや、そのつもりだ」


「攻略に成功すれば、あちら側の異世界の転移者六名をこちらに強制転移させられますね」


 嫌なことをさらりと言う。

 聖女を横目に見ると先程までののほほんとした顔はない。真剣な顔つきだ。


「その六名にバニラ・アイスさんが居るといいですね。グズグズしていたらボギーさんがどんな無茶をするか分かりませんよ」


 そうだ、ケイフウ。

 あの双子の片割れの少女が、こちら側の異世界とあちら側の異世界を行き来する方法を知っている可能性がある。

 

「ボギーさんなら、平気な顔して無茶な賭けをしそうだな」


 俺たちの本来の目的である『異世界を救う』ことを加速させないと。幸いにしてこの戦争で富と権力を手にできそうだ。終戦すれば、恐らくあちら側の連中とは比べものにならないくらい動きやすくなる。


 俺が真剣にこれからのダンジョン攻略を考えようとしたところに、聖女のいつもの口調が響いた。


「ところで、フジワラさん。最後にロッシーニさんと怪しげな密談をしていたようですが、あれは何ですか?」


 見ていたのか。


「あれな、代官と騎士団の処分、それにグロッソ一味への対応のアドバイスをした。ついでに、アンセルム・ティルス将軍の足止め工作を頼んだ」


「『金色の狼』の足止めなんてあの人たちに出来るんですか?」


「将軍に手紙を渡すよう頼んだだけだ。それと将軍が立ち去ったあとにベルエルスの王都に早馬を飛ばすようにな」


 ダメだ。口元が緩んでしまう。

 そんな俺の顔を見た聖女がすぐさま反応した。

 

「悪巧みですね。手紙の内容を教えてくださいっ」


「秘密だ。ヒントは、そうだな。先日、アンセルム・ティルス将軍の屋敷におじゃましたときの追加の小細工だよ。成功したら教える。失敗したら無かったことにする」


 偉そうに策を語って功を奏さなかったら悲しいし、何より恥ずかしいからな。

 やっぱり策ってのは何十と仕掛けて成功した一つ二つを、後から何でもない事のように語るものだよな。


「何だか、凄く器が小さく感じますよ。まあ、いいでしょう。それで、アドバイスの方は?」


「代官と騎士団は即刻処刑するように伝えた。アンセルム・ティルス将軍が下手に介入して助命でもされたら困るからな。人材が居なければロッシーニたちを頼るしかないだろう?」


 聖女が馬の上で大げさに驚いた顔をしている。小声で「悪人っ!」と聞こえたが気にせずに続ける。


「グロッソ一味に関しては幹部以外を助命するよう伝えた。幹部連中は気の毒だがロッシーニたちの罪も被ってもらって処刑だ」


「酷い話ですねー」


「別に無実の人間を死に追いやる訳じゃないぞ。ちゃんと罪があるんだ。ちょっと付け足すだけだよ、ロッシーニがな」


「こうなるとグロッソ一味だけじゃなく、ロッシーニさんも被害者に見えてきますね」


 聖女が、善人面をして頭を振ると、はたと気付いたように話を変えた。


「でもまあ、それを言ったら今回の最大の被害者はオークですよ。人里離れた場所で平和に暮していたところを問答無用で拉致されて、いきなり街中に放り出されたんですよ」


「状況も理解できずに半ばパニック状態で戦ったにしては善戦したな、あいつら」


 オーガは汚職騎士団に倒されていたが、オークの方は善戦していた。俺たちが住民に加勢しなかったら住民が危なかったかもしれない。


「さらに、防壁破壊にロバとグルムゴートを逃がす、といった無実の罪まで着せられて討伐されたんですから。さぞや無念だったでしょうね」


 いや、それはお前も同罪だろう。

 作戦考えてるときにノリノリでオークに被せる罪を指折り数えていただろう。


「今頃地獄でフジワラさんのこと集団訴訟してますよ」


 集団訴訟って何だよっ!

 とりあえず、聖女の戯言は軽く流すことにしよう。


「そう考えると地獄には俺の敵が多そうだな。味方の多そうな天国に行くことにするよ」


「嫌ですよー。どうせならみんな揃って地獄に行きましょう。それで、地獄でも好き勝手やるんです。素敵じゃないですか、きっと楽しいですよ」

 

 天国に行けそうに無い自覚はあったんだな。


「『地獄に聖女』とか何だか素敵な響きだと思いませんか?」


「どこまで本気なんだよ、お前は」


 などと他愛もない会話をしながら夏の終わりを感じさせる陽射しの中、国境への街道を進んだ。

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