第263話 シドフ、潜入(6)

 俺と聖女は探索者ギルドを飛び出すと人目を避けるため一旦路地裏へと駆け込む。

 薄暗い路地裏、犯罪者やスラムの住人が騒動に紛れて潜んでいてもおかしくない雰囲気だが、そこは探索者ギルドの直ぐ側だ。怪しげな人影は見当たらない。


 それでも声をひそめて話し出した。


「できれば死者は出したくない。オークを侵入させた四箇所――その付近のロバとグルムゴート、そしてオークを排除する。これが最優先だ。その上でスラムの連中が犯罪を行っているようなら取り締まる」

 

 ロバと山羊は逃げ遅れた数頭程度が残っている可能性はあるが、ほとんどは既に町の外へと逃走しているはずだ。

 排除の主な対象はオークと犯罪者ということになる。


「分かりました。では私が最初に一番、次いで二番の侵入箇所を担当します」


「頼む。終わったら俺がそっちへ行く。先に終わっても他へ移動するのは避けてくれ」


 俺の言葉が終わるや否や、ウィンクをする聖女の残像がほんの一瞬だけ映し出されて消えた。


 ◇ 


 俺が転移した先は『三番』と名付けたオークの侵入箇所。宿の部屋を出る直前まで俺が居た場所だ。

 

 転移すると同時に周囲に空間感知を展開する。

 目的のロバとグルムゴートは一頭も残っていなかった。オークも俺が連れてきた半数ほどが活動しているだけだ。既に倒された個体が四分の一、残る四分の一は町の中に散ったか外へと逃亡したか。


 さらに空間感知を広げると雑貨屋付近でオーク五匹を取り囲んでいる数十人の住民が引っ掛かった。

 荷車や馬車を利用してバリケードも築いている。騎士団は見当たらないが住民だけで対処できていた。


 付近に迫っている探索者の一団が、バリケード越しにオークと睨み合っている住民たちの方へと進んでいるのを感知した俺は『四番』と名付けた場所へと転移することにした。


 こちらは既に沈静化されていた。

 オークが進入してきたように見える崩れた防壁は瓦礫や木材を積み上げて応急処置がされている。空間感知を展開するが周囲にはロバやグルムゴートは見当たらない。もちろん活動しているオークもいない。


 俺は『一番』を経由して聖女の待つ『二番』へと向かった。


 ◇


 俺と聖女はまだ二十五匹のオークと交戦中の『二番』付近にある戦場となっている十字路へ向かって走っていた。


「何匹か強い個体が混じっていたようだな」


 空間感知で確認した限りでは対応している住民や探索者の数と質は他の侵入箇所と然程違いはない。それにもかかわらず住民側はジワジワと押されていた。


「一気に片付けるわけにはいきませんよね?」


「ああ、先ずは遠距離からの弓による狙撃で数匹ほど数を減らしてから住民と合流する。合流後は治療優先だ――」


 俺と聖女は走りながら弓矢を用意するとターゲットであるオークたちを直線上に見渡せる広い通りへと躍り出た。


「――見えたっ! 射るぞっ!」


 直線距離にして五十メートル弱、障害物なし。バリケードを乗り越えようとしていた一際体躯の大きなオークへと狙いを定める。


 引き絞った弓から矢が放たれる瞬間、重力魔法により速度を増加させ、真直ぐに飛ぶ矢を風魔法で加速させる。

 尋常でない速度で飛ぶ矢は、分厚い革の鎧身にまとい鉄の兜を被ったオークの防具で覆われていないわずかな隙間――首筋へと突き刺さった。


「ヒューッ!」


 空気が抜けるような叫び声を上げてオークの動きが止まった。

 まだ息がある。

 オークは崩れ落ちながらこちらへと首を巡らせた。苦悶の表情を浮かべるオークと目が合う。


 格好のターゲットだ。

 綻ぶ口元を引き締めると続けて第二射を崩れ落ちるオークの額へ狙いを定めて放つ。放たれた矢は狙いたがわずオークの眉間を射抜く。絶命し仰け反るようにして倒れるオークはバリケードの内側へと落下する。


 その横でわき腹に矢を受けた一匹のオークが瀕死の状態でバリケードの内側へと消えた。聖女が放った矢だ。

 振り返ると、俺の斜め後方で聖女が次ぎの矢を放つべく弓を引き絞った状態で獲物に狙いを定めていた。


 聖女の放った矢が三匹目のターゲットを射抜く。

 なるほど。「弓矢は得意じゃない」と訴えてたが、見事に防具で覆われている部分の少ない個体を選んでいるのか。


「おおーっ!」


「援軍だーっ!」


「あのでかいオークを一撃で仕留めたぞ、あの若い兄さんっ」


 バリケードの内側から幾つもの歓声が上がる。涙を流して喜んでいる人もいた。


「よーしっ!」


「やったぞっ!」


「こっちも仕留めたぞっ!」


 さらに続けて上がる歓声。

 聖女に射抜かれてバリケードの向こうに落ちていったオークが、町の人たちの手で止めが刺された瞬間だ。


 俺は聖女のターゲットと被らないように出来るだけ重装備のオークに狙いを切り替えて狙撃を再開した。

 俺の放つ矢はオークの装備の隙間を縫うようにして致命傷を与え、確実に一匹ずつ絶命させていく。


 聖女の放つ矢もオークを絶命させるには至らなかったが、それでもオークの戦力を大幅に削いだ。

 聖女の矢で傷付いたオークを目聡く見つけてはバリケードの向こうか側から矢や槍で住民たちが追い打ちを掛ける。その連携にタフなオークたちも次第に数を減らし抵抗が散発的となっていった。


 二十五匹いたオークは既に半数以下の十二匹にまで数を減らしていた。しかも無傷のオークはいない。いずれも身体のどこかに聖女の放った矢が刺さっていた。

 もはや戦力としては俺と聖女が駆けつけてきたときの四分の一にもなさそうだ。 


 そうなると俄然士気が上がるのはバリケードの陰に隠れていた住民たちだ。

 自分たちに死の恐怖を与えていた存在が弱体化した。立場の逆転。この事実は、弱者に転落した強者だった存在に対して執拗な残虐性を向けさせるのに十分だった。


 弱り傷付いたオークたちに襲い掛かる住民をよそに俺と聖女はバリケードの内側へと滑り込んだ。


「治癒術師です。薬草も用意してあります。怪我をされた方はいらっしゃいますか?」


「動く必要はありません。こちらからうかがいます」


 俺と聖女の言葉に数十人の人たちが自分の居場所を示した。


 ◇

 ◆

 ◇


 重傷者は既に治癒を済ませており残っているのは俺たちの持っている薬草で治療が可能な軽傷者たちだけだ。

 それでも光魔法を使って目の前で治療することで住民の間に安堵が広がっていくのが分かる。


「はい、これでもう大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


 皆、同じ反応だ。

 浅い刀傷程度なのだが、聖女が老婆の治療を終えると感謝の言葉と共に何度も何度も頭を下げている。


 これで一通り治療は終えたのだが、安堵する人たちに交じって表情の暗い人たちがチラホラと散見される。

 死者は出ていないはずだが……


 周囲に聞こえないように配慮しながらリーダーの男性に小声で話しかけた。


「そろそろ他の場所へ移動します。よけいな事かもしれませんが……表情の暗い人たちが随分と居るようですね」


「スラムのヤツらに財産や家族を奪われた人たちです」


「スラムの人たちが強盗や殺人を犯したんですか?」


「そうです。あ、いえ……強盗をしました。それと殺人ではなく誘拐です。目に付いた幼い子どもや若い娘たちを連れて行きました」


 俺の問い掛けにリーダーの男性は悔しそうな表情を浮かべて震える声で話す。


「あいつら、全部奪っていって……」                                                       


 そして、そのまま泣き崩れてしまった。


 俺は彼に話し難いことを聞いたことを詫びた後で治療を終えたばかりの聖女へ話しかけた。


「これからスラムに向かう。幼い子どもや若い娘がさらわれた。取り戻しに行く」


「顔と声がもの凄く恐くなっていますよ」


 声音こわねに俺自身の感情が反映されているのには気付いていたが、表情にまで表れているとは思わなかった。


「そうか、気をつけるよ。それよりも時間が惜しい」


 そう言い、先ほどまで話をしていたリーダーの男性に「次へ移動する」旨を伝えようと歩き出すと、聖女が口元を綻ばせて俺の後に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る