第261話 シドフ、潜入(4)

 一夜明けて、早朝からギルドで受けた仕事をこなすために町から二キロメートルほど離れた森の中に聖女と二人で来ている。

 探索者ギルドで受けた薬草採取の仕事と治癒術師として自分たちで利用する薬草の採取、というのが建前なのだが、本当の目的は周辺に生息する魔物の調査だ。


「領主館の方はそれなりに収穫がありましたね」


 聖女がかなりの量の薬草をマジックバッグに詰め込んだところで薬草摘みの手を休めると大きく伸びをした。昨日忍び込んだ領主館で入手した不正の証拠に満足していないのだろう不満気な表情をしている。


「収穫というか不正の証拠は山のように出てきたが利用できそうなものはなかったからな」


「そうですね、意外と常識的な小悪党でしたね」


 聖女の言う『常識的な小悪党』という表現が正しいかは疑問があるが、俺たちが期待していたような不正――国外にまで手を伸ばしての悪事の証拠は見つからなかった。

 

 領主館とはいっても、実際にこの町を含めた近隣の二つの町と四つの村は代官が取り仕切っていた。

 贈収賄、税収の改ざん、街道整備や治水など、行政指示の遅滞などはこの世界の代官らしく普通にあった。


 無実の罪をでっち上げての政敵や大商人の落としいれ。それに続く財産の没収と奴隷落ちさせての売却。これによって私腹を肥やすなどは証拠が束どころか山と積み上げることが出来た。

 しかし、国境を越えてガザン王国の村人を拉致したり、木材の伐採や鉱石の採掘などの資源を不正に採取したり、などは一切なかった。加えて関税なども取り決めに従っている痕跡しかない。


「でっち上げますか?」


「そこまでする程のことでもないしなあ……」


 白アリたちが国境付近の日和見領主を無理やり引っ張り出す予定なのだが、そのときの『大義名分の一つ』程度で考えていた材料ということもあり、証拠を捏造するほどの熱意が湧かない。


「乗り気じゃありませんね。仕事はもっと情熱をもって『楽しむ』くらいの気持ちでやりましょうよ」


「まあ、そのことは後回しにして『プランA』の変則案について道々話そうか」


 にこやかに俺の肩を叩く聖女とともに薬草採取と魔物の生態調査のため森の奥へと分け入った。


 ◇


 原生林。未踏の森。身体強化と空間転移を使って森の奥深くまで入ったためか、そんな言葉が似合いそうな風景が視界いっぱいに広がっている。

 近くを緩やかに流れる小川のせせらぎがシンと静まり返った森の中にかすかに聞こえた。


 見上げれば空を覆い隠すようにして木が生い茂っている。生い茂る木々の合間から覗く青空は二割程度で、森のところどころにスポットライトのように幾筋もの陽光が射す。

 小川に視線を向けると薄暗い森の中にあって光を乱反射させていた。その柔らかなせせらぎの音と相まって心が洗われるようだ。


「いい所だ。少し休むか」


 俺の提案に二つ返事で賛成した聖女が小川の近くの倒木に布を被せて椅子代わりにすると、宿屋で用意してもらったお弁当を取り出す。

 少し早めの昼食を摂りながら作戦の再調整を行うことにした。


 作戦の主目的はシドフでの情報収集。最優先は迫っている『金色の狼』に関する情報だ。

 さらに、『金色の狼』の足止めに有効な情報の入手と可能であれば嫌がらせも含めて、足止めのための小細工を出来るだけ多く散りばめる。


「食料と武器はどうします? 例によって奪っちゃいますか? 奪うならベルエルス軍がくる前に済ませちゃいましょう」


「いや、食料と武器はガザン王国まで『金色の狼』に運んでもらおう。精々運搬には苦労してもらうさ」


 俺たちの常套手段である兵糧攻めに意識が向いていた聖女の考えを否定して別の案を提示する。


「敵から奪うのはロバとグルムゴートだ。いや、正確には『金色の狼』が手に入れる前にこの町にいる全てのロバとグルムゴートには消えてもらう」

 

 俺の言葉に聖女の顔がパァっと明るくなった。


「おっ! やる気になってきたようですね。そうじゃなきゃ」


「消えてもらうと言ったがロバもグルムゴートも出来れば無傷で逃がしたい」


「潜入して暴走させるんですか? それとも空間転移で奪うのでしょうか?」


 どちらも賛成し兼ねるといった様子で問い掛ける。

 それはそうだ。

 町には大勢の人たちがいる。探索者だっているのだからみすみすロバやグルムゴートの暴走を許すとは思えない。半数とまではいかなくとも相当数は再捕獲されるだろう。

 空間転移の方がまだ現実味はあるがこちらも俺たちの労力が大きいだけでなく全てのロバとグルムゴートを転移させるには時間が掛かりすぎる。


「そこでプランAの応用だ」


 俺は聖女の疑問を払拭すべくさらに続ける。


「ただし、魔物をけし掛けて襲わせるのは町じゃない。町に居るロバとグルムゴートだ。そもそも目的も違う。ロバとグルムゴートに多少の犠牲がでても全て逃がすのが目的だ。『金色の狼』がこの町に到着したときにはロバとグルムゴートがゼロの状態になってもらう」


「ロバさんと山羊さん、可哀想」


 犠牲になるかもしれないロバとグルムゴートを思ってか、祈りを捧げるように両手を胸の前で組んでうつむいている。

 町の住人に損害がでるプランAを立案したときは死者の出ることなんて微塵も気にしてなかったのにロバと山羊は可哀想なのかよっ!


 聖女は突然顔を上げると弾む声で話し出した。


「それで、薬草採取をしているってことは、魔物や獣に幻覚や暴走を引き起こすような薬草があるとか、フェロモンみたいに特定の魔物を引き付ける薬草をロバと山羊に塗るとかですか?」


「いや、そんな薬草に心当たりはない」


 なるほど、面白い発想だ。しかし、無いものねだりをしても仕方がないので現実的作戦案に話を戻す。


「薬草採取にかこつけて、けしかけられそうな魔物を探し出しているところだ」


 探索者の多い町だ。生半可な戦力ではロバや山羊が逃げ出す前に倒されてしまう恐れがある。


 俺の言葉に聖女が考え込むようにして唸った。


「うーん。ここまでで確認できた魔物ではどれも物足りないですね」


 聖女が思い浮かべているであろう魔物――薬草採取の最中に確認できた、少しでも襲撃に使えそうな魔物を思い返してみる。



 ゴブリン。数は申し分なかったが……ダメだ雑魚過ぎる。探索者に臨時収入を提供するだけになり兼ねない。


 オーク。ゴブリンよりはマシだが主戦力にはならない。


 グレイウルフ。脚も速いし数も揃えられる。ロバやグルムゴートを追い回すにはいいが戦力としては足りない。


 シルバーウルフ。数が少なすぎる。今日確認できたのは十一頭だけだ。グレイウルフと組み合わせればそれなりに使えるか。


 ロックゴリラ。単体戦力としては理想的だが一頭しか見当たらなかった。


 探すか、ロックゴリラ。


「ロックゴリラをもう少し探してみよう。数頭揃えられれば戦力としては十分だろう。これにゴブリンやオーク、グレイウルフあたりを補助に付ける」


「その辺りが妥協点かもしれませんね。もう少し奥地へ飛んでロックゴリラを探しましょうか」


 俺の提案に妥協点として同意を示す聖女と共にロックゴリラを求めて森のさらに奥地へと移動することにした。


 ◇

 ◆

 ◇


「随分と奥地まで来ましたよ。それにどこですか、ここ? 国境を越えたりしていませんよね?」


 その聖女の言葉通り、周囲の風景が既に変わっている。生い茂る草木は大分減り岩が目立つようになってきた。


「そうだな、ちょっと遠出しすぎたか」


 前方に見える山岳の向こう側にあるはずの鉄鉱山を思い出す。確かベルエルス王国最大の鉱山。

 そして、『金色の狼』の治める領地でもある。


 掘り出した鉄鉱石が大量に紛失したり鉱山が崩れて採掘を停止しなければならい羽目になったりしたら慌てるだろうなあ、ベルエルス王国も。

 そんなことを考えながら周囲に空間感知を展開していると。


「いや、居た! この少し先だ!」


 うってつけの魔物だ。それも一度に五体。


「オーガですねっ」


 空間感知を使ったのだろう、聖女も五体のオーガの存在を確認したようだ。


「あいつらと、途中で見つけたオークの集落。この二つを利用しよう」


「グレイウルフは使わないんですか?」


「ああ、グレイウルフだとロバとグルムゴートの被害が大きくなりそうだからな」


 何よりもグレイウルフを捕獲する方が手間も掛かる上、戦力だけ見れば速度こそないが力も強く武器を利用するオークの方がコストパフォーマンスも高い。

 

 俺と聖女は早速オーガ捕獲へと移った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る