第257話 草原での作戦会議

 さて、前回の連絡にあった合流地点はそろそろだと思うが。

 俺はネッツァーさんを同乗させているメロディとミランダへ向けて高度を維持するように指示を出す。二人はこの空域で滞空するため、ワイバーンを大きく旋回させだした。


「マリエル、少し高度を取るぞっ! 自分でも魔法障壁と重力の障壁を展開しておけよ」


 アーマーの胸元から顔を出しているマリエルに向かってそう告げると、ワイバーンごと魔法障壁と重力障壁を展開させてワイバーンを雲の上まで一気に上昇させる。


 雲を突き抜けて更に上昇させるとガザン王国とベルエルス王国との国境に延々と横たわる長大な山脈――グルム山脈の尾根が雲を突き抜ける形で俺の眼下にその姿を現した。


 壮観だ。思わずため息が漏れた。


 抜けるような青空を背景にした白い雲海の上に雪山が連なっている。険しい尾根を覆う万年の氷雪は陽の光を反射させて美しく輝いていた。

 カナン王国へ向けて伸びている尾根の先へと視線を移す。遥か彼方へと続くその尾根は地平線に消失していた。


 映像でしか知らないが、エベレストの山頂付近の風景が連なり尾根となっているようだ。


「ふぁー、凄ーい。きれー」


 胸元で感嘆の声を上げるマリエルに俺も賞賛の言葉で応える。


「ああ、奇麗だ」


 そして険しい。

 この尾根を越えるのはたとえ竜騎士団でも難しいだろう。


 特別な装備ひとつなくこの高度で活動できるのも魔法があるからだ。魔法障壁と重力障壁、さらに火魔法による温度管理と重力魔法による気圧管理。加えて身体強化だ。

 それもワイバーンごと覆っているので長時間の活動ができるが、ワイバーンの能力だけでは魔法障壁と風魔法による障壁となる。短時間の活動が限界だ。


 これらを装備や魔道具で補うことはできるかもしれないが、それだけの装備と魔道具をそろえるのも難しい。


「ミチナガ? 何を笑ってるの?」


「いや、何でもない。それよりも少しだけ国境の向こうを見てから皆を探そうか」


 俺は『尾根を越えての奇襲攻撃』の考えを思考の表層から沈めてグルム山脈へ向けてワイバーンの進路を取った。


 ◇


 尾根の上空へと差し掛かると雲の切れ間から小さな町が垣間見えた。あれが報告にあったシドフの町だろうか。報告時点で四日の距離とあったから、三日半の距離に今居るということか。


 それにしても、偵察だったとしてもやり過ぎじゃないのか?

 シドフの町から四日ほどの距離にある軍隊を発見するって……かなりの高度からの偵察だったとしてもベルエルス王国の国内にかなり深く入り込んでるよな、それ。


 書簡には『聖女が発見した』とあった。

 疑ってしまう。仲間を疑ってはいけないのかもしれないが疑ってしまう。


 絶対に遊び半分の遠乗り気分での偵察だったろ。興味本位で国境を越えてフラフラと飛び回っていて偶然発見したに違いない。


 尾根付近からそろそろ離れようとしたところでマリエルが声を上げた。


「あ、誰か来た」


 マリエルの指差す方へと視線を向けると一匹のワイバーンが俺と同じ高度を飛行してくるのが見えた。見慣れないワイバーンだな?

 俺が視界を飛ばそうとする矢先にマリエルがワイバーンに騎乗する人物の名前を口にした。


「黒ちゃんだー」


 黒アリスちゃん? ワイバーンが変わっている? 何かあったのか?

 そうか、先日捕獲してアンデッド化させてワイバーンに乗り換えたのか。彼女やボギーさんのように闇魔法の使い手ならそちらの方が使い勝手は良いから当然か。


 俺は黒アリスちゃんと合流するとそのまま高度を下げてメロディとミランダの待つ空域へと向かった。


 ◇

 ◆

 ◇


 俺たちは川の近くに広がる草原――街道からは二キロメートル以上離れた場所を今夜の夜営地として陣取っていた。


 例によって大理石の大テーブルを囲んでの作戦会議だ。

 メンバーもいつもの通りで転移者である俺たち七人に加え、アイリスの娘たちからはリーダーのライラさんに出席をしてもらっている。


 カズサ第三王女と侍女四名は俺たちのテーブルから数メートル離れた場所に同じようにテーブルを用意してそこで簡単なお茶会を開いてもらっていた。

 アイリスの娘たちをはじめとした残りのメンバーには夕食の食材調達を頼んである。


「――――ということで難問を含めて懸案事項が山積しているが、直ぐに決めたいのは次の行動のためのチーム分けだ。夕食後に改めて足止めとベール城塞都市攻略戦について話し合おう」


 俺はリューブラント陣営を三名の転移者が率いる奇襲部隊が襲ったこととそこで三名の転移者を仕留めたことを詳細に説明した。

 そして、少なくとも一人は覚醒者であったことと、女神から授けられたと思しき武器と防具、アイテムを回収してきたことも併せて皆に話をする。当たり前の話だが、俺たちにとっては転移者に関する情報が黒色火薬やベール城塞都市の堅牢さ、新たに迫る知将などより関心が高いのは事実だ。


 だが、今優先すべきは違う。


「部隊を二つないしは三つに分ける必要があるな」


「ええ、できれば三つに分けたいですね」


 俺はボギーさんの言葉に応えると一拍おき、全員の顔を見回してさらに続けた。


「先ずは攻撃力を最も必要としない――リューブラント侯爵の下へカズサ第三王女一行を送り届けるチーム。次が最も人数を割く必要がある足止めの工作をするチーム。最後がシドフの町に潜入して情報を集める少数精鋭――単独での戦闘力が高く隠密行動ができるチーム。この三つです」


 コクコクとうなずきながら聖女が後を引き継ぐ。


「その後、足止めチームと情報収集チームは合流してベール城塞都市を目指すんですね」


「ああ、その通りだ。問題はここでのチーム分けだ」


 テリーが左手を軽く挙げると当然といった面持ちと快活な声で発言をした。


「俺たちがカズサ王女一行をリューブラント侯爵の下まで送り届けるよ」


 期待を裏切らない男だ。予想通りの男が予想通りの発言をした。

 テーブルに着いているメンバー全員が悟りきったようにうなずいている。反対する者は一人も居ない。


 居ないのだが問題はある。

 カズサ第三王女一行を全て送り届けるとなればアンデッド・ワイバーンとその操者が必要となる。ボギーさんか黒アリスちゃんが同行して傍で指示を出すという手もあるがそれは避けたい。


「テリー、ミレイユはワイバーンをどの程度扱えるようになった?」


「人を乗せて飛ばすだけなら問題ない」


「テリーを含めたティナたち五人はカズサ第三王女と彼女の侍女四名をリューブラント侯爵の下まで送り届けてくれ。その後はカズサ第三王女の護衛とラウラ・グランフェルト伯爵のベール城塞都市攻略戦に協力を頼む」


 自分が引き連れていくメンバーが全員女性だということに気を良くしたのか、テリーの顔にパァと笑顔が広がる。


「俺は願ってもないが、側近や護衛の兵士たちはどうするんだ?」


「側近と使用人、それに護衛の兵士たちは足止めチームと行動を共にしてもらう。当然、雑用を含めて働いてもらうことになる」


 俺の言葉に白アリとロビンの賛同する言葉が続き全員が無言でうなずく。


「まあ、妥当なところでしょうね」


「私も賛成です。精々働いてもらいましょう」


「それで肝心の情報収集チームはどうする?」


「情報収集には俺が行くつもりです」


 そう言う俺の言葉にボギーさんが即座に反応した。


「単独行動は感心しネェな。もう一人付けた方がいいんじゃネェのか?」


「はいっ! 私がミチナガさんと一緒にシドフの町へ行きます」


「済まない。黒アリスちゃんの土魔法は足止めにどうしても必要になる」


 俺の言葉にしゅんとして俯くが『はい』という小さな声が聞こえた。


 隠密作戦なので本音を言えば黒アリスちゃんをパートナーにしたかった。少なくともスタイル優先で隠密作戦中に口笛を吹きながら登場したり、敵を目の前にしての前口上を述べたがったりするボギーさんや、およそ隠密行動に不向きな攻撃特化型の性格をした白アリは避けたい。

 そうなると選択肢は聖女かロビンに絞られる。


 迷いながらロビンに視線を向ける。腕も立つし頭も切れる。町に潜入するにしても男の二人連れの方が探索者としては目立たないか。だが、次の瞬間には河原で激昂したときのロビンの様子が脳裏を過ぎる。

 そうだ、ロビンは沸点が低く、激昂すると人の制止も聞かずに敵を必要以上に痛めつけるところがあったな。


 俺は視線そのまま聖女へと移動させる。結局、消去法でこうなるのか。


「聖女、俺と一緒にシドフの町へ来てくれるか」


「もう、仕方がないですねー」


 俺の苦渋の決断をそんな風に茶化しながら『では、いろいろと設定を考えましょうか』というつぶやきと共に了解の答えが返ってきた。

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