第254話 報告と出立(4)

 その後はリューブラント軍の行軍予定とベール城塞都市攻略戦の大まかな配置の刷り合わせを行う。

 参加メンバーは先ほどの報告会に列席していた貴族と各騎士団の代表者で、中央の大テーブルを覗き込むようにして集まっていた。


 テーブルの上にはベール城塞都市を中心に描かれた地図と地図上に配置された布陣を表す駒が置かれている。

 一目で分かる。今まで見てきた地図と目の前に広げられている地図の精度が違い過ぎる。これまで見てきた地図が子どもの落書きに思えるほどに精度の高い地図だ。民生向けと軍事用の違いか。


 俺は視線を地図に向けたままでリューブラント侯爵に話し掛けた。


「私はベール城塞都市を見たことがありませんが、この地図から判断するとかなりの大きさですね」


 初めて見るベール城塞都市周辺の地図。大きい都市だとは聞いていたがこれほどとは思わなかった。縮尺に誤りがなければベール城塞都市は王都よりもはるかに大きい。人口こそ王都に次ぐ第二の都市だが面積は三倍以上ある。

 城塞都市の周囲こそ平地だが大軍が展開できるほどの広さはない。ベール城塞都市周辺に奥行きのない平地を残して、周囲を三つの山脈が渦を捲くようにして囲っていた。


 ベール城塞都市へと続く三本の街道の何れもが峠越えを必要としている。

 攻城兵器を持ち込めないこともないが、かなり苦労しそうだよなあ。どう考えても分解して持ち込んで現地で組み立てることになりそうだ。


 どうやって攻めるんだ? これ。

 何とも攻めにくい地形だ。どこか一ヵ所でも崖を背にしているとかなら、無茶を承知で崖から攻める手もあるだろうが、周囲は狭い平地しかない。


 おびきだして野戦で兵力を削りたいところだが、どう見ても大規模な野戦は望めそうにない。

 大軍を展開するのもままならい状況での攻城戦か。立てこもる兵力を削るだけでも相当に消耗を強いられるな、これは。


「防衛に適した都市だ。城壁や街の造りが堅牢というだけでなく水も食料も都市の外に頼らずに内部で調達できる。兵糧攻めは選択肢から外すしかない」


 リューブラント侯爵の言葉を裏付けるように、城壁を張り巡らされた都市の中には畑や牧場が広がっていた。

 水源も問題ない。都市の内部を河が流れているが、それとは別に地下水にも恵まれているとの話だ。


 こちらは野営で敵は兵舎で眠れる。野営と兵舎で休むのとでは精神的にも肉体的にも疲労の度合いが違いすぎる。長期戦は考えないようにしよう。


 布陣を見ると王都へと続く道に兵が配置されていない。ベール城塞都市を決戦の場とすることを嫌ったようで、地図上の布陣を見る限り王都への退却を誘っている。

 決戦の場を王都とするつもりに見える。だが、そうなるとガザン王家というよりもガザン王国の被害が広がる。そんな下策は用いないだろう。そうなると日和見を決め込んだ勢力を頼みとするのか……。


 王都へと撤退する疲弊したガザン王国軍を日和見連中に襲わせる。疲弊させきれなかったり思惑通りに日和見を決め込んだ連中が動かなかったりすれば決戦の場は王都だ。

 ベール城塞都市を三方から包囲して決戦の場とするよりはマシといったところか。


「ベール城塞都市をカナン王国軍と呼応して南北で挟む形の布陣となりますが……王都を決戦の場とされるつもりですか?」


「ハハハハッ。できればそうはしたくないと思っているよ」


 リューブラント侯爵は快活に笑うと手にしたサーベルの鞘の先を地図に描かれているベール城塞都市の上に置く。トンッと硬い音が響く。


「ベール城塞都市でどれだけ削れるかと、どれだけ短期間に撤退まで持ち込めるかが勝負の決め手になる」


 ベール城塞都市の上に置かれた鞘の先をリューブラント侯爵はそのまま滑らせて王都へと続く街道――兵の配置されていない街道に移動させる。


「撤退する王家の軍を自分たちで蹴散らせる。或いはガザン国王を討てる、と欲をかいて参戦してくる勢力も出てくるだろう。情けない話だが現有戦力ではベール城塞都市を決戦の場とすることは無理だ。撤退する王家の軍を追撃するにしても、それまでの戦闘で戦力がどの程度残るかの予想がつかない」


 勝ち戦により日和見勢力を自陣営に参戦させる。俗に言う『勝ち馬に乗る』というやつだが、これを計算にいれての作戦はありと言えばありだ。

 だが、今回はベール城塞都市での消耗や長期化、加えてドーラ公国とベルエルス王国の参戦など不確定要素が多く、どうにも分が悪い作戦だ。裏で動いているドーラ公国とベルエルス王国、さらには欲に目が眩んだ周辺諸国が介入する気が起きないようにしたい。


「やはりベール城塞都市を如何に消耗せずに速やかに攻略するかが鍵ですね」


 攻略戦に際して火力の高い魔法攻撃で城壁を吹き飛ばすなどの力技での参戦や潜入しての暗殺などの手法も頭をぎった。しかし、それは口にせずに抽象的な理想論を述べると、リューブラント侯爵が苦笑いをしながら静かな口調で語る。


「竜騎士隊を欠いたとはいえ、王国騎士団を筆頭に精鋭と呼べる軍が入った。人材面も国王を筆頭に『王の剣』と『王の盾』、宮廷魔術師団と揃っている。現在考えられる最高の軍事力と人材がこのベール城塞都市に立てこもった。カナン王国軍だけでも、我々だけでも攻略は難しい。これを自軍の消耗を抑えて速やかに、というのは難題だな」


 理想はベール城塞都市で決着させること。次点が早期に王都への撤退を誘うこと。時間を掛ければ日和見勢力がこちらへ牙を剥く。

 地図からリューブラント侯爵へと視線を移すと侯爵は再び口を開いた。


「開戦当初、ガザン王国がカナン王国の戦力を引き付けている間に同盟国であるベルエルス王国とドーラ公国がカナン王国の王都を急襲する案があってね。最大の懸念はその案が活きていないかだ」


「それについてはご懸念されることはありません。呼び戻される軍は王弟殿下が率いてきた軍だけですよ。こちらが決着するまではルウェリン伯爵は引き返さないでしょう」


 ルウェリン伯爵が描いた、『その場合、王都が落ちる寸前に救援に駆けつける』といったシナリオについては触れなかったが、見透かしたようにリューブラント侯爵が口元を綻ばせる。


「それを君の口から聞けて不安が一つ減ったよ。あとは攻略戦に際して遊撃隊となる君たちがどのように協力をしてくれるか、君の考えた作戦も事前に教えてくれるのだろう?」


 戦力としての『チェックメイト』を期待しているのは分かるがここは敢えて触れずに、正攻法でのカナン王国軍・リューブラント侯爵軍の共同戦線のお膳立てに留めるとしよう。


「取り敢えずベール城塞都市に到着したら、ルウェリン伯爵とお会い頂き合同での作戦会議を設けましょう。その会議の場で私たちの作戦もご提案させて頂くつもりです」


 そう告げたところで上空に黒い影がぎった。

 影を追うようにして上空を振り仰ぐとサンダーバードが緩やかに旋回をしているのが映る。同時に展開した空間感知でアンデッド・サンダーバードであることが確認できた。


 ボギーさんの使い魔だ。

 黒アリスちゃんならともかく、ボギーさんが使い魔を出したということは何か大きな問題でも持ち上がったのか? 先ほどから度々頭をもたげている『嫌な予感』とはあきらかに質の異なる『嫌な予感』 が湧き上がった。


 俺につられるように数名が上空を振り仰ぎいだが、魔物の襲撃と勘違いをして驚きの声を上げた。当然、陣幕の外からはさらに騒然とした声が聞こえてくる。

 誤解で騒ぎが大きくなる前にと、リューブラント侯爵に上空のサンダーバードを示しながら話し掛ける。

 

「済みません、あのサンダーバードは仲間の使い魔です。予定外なので緊急の連絡事項かもしれません、差し支えなければ中座をしてもよろしいでしょうか」


「ああ、そのまま退出してもらって構わんよ。重要な部分は終わった」


「申し訳ございません。お言葉に甘えさせて頂きます。それと後ほどテントの方を訪ねさせて頂きます」


 そうリューブラント侯爵へ告げた後で列席する人たちに向かって会釈をすると、サンダーバードと接触するために陣幕を早々に退出した。


 ベール城塞都市で決着させられるように俺たちが大きく介入するか。この際なので介入すること自体は構わないのだが……問題はカズサ第三王女の心情だよなあ。

 これは早々に帰って皆と相談をした方が良さそうだが……先ずはサンダーバードの伝言からだ。


 俺は陣幕を出ると直ぐに、ボギーさんの使い魔であるアンデッド・サンダーバードを迎えるべく左手を大きく上空に向けて差し出した。

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