第253話 報告と出立(3) 

 黒色火薬に対してもの凄い喰い付きを見せたリューブラント侯爵とその他の諸侯には、黒色火薬に関する情報を後ほど提供すると約束をすることでその場は取り敢えずおさめることができた。

 できたのだが、隣に座っているリューブラント侯爵から『黒色火薬の扱いについて国家の枠など関係なく相談をしたい』とにこやかにささやかれた。その言葉に先ほどまで忘れていた嫌な予感が再び頭をもたげる。


 そんな黒色火薬に関する騒動がおさまると次に報告会の席を賑わせたのは今回の迎撃戦の賞罰だった。


「ドナート伯爵の嫡男か、困ったものですな」


「まったくだ。ひよっこの分際で気位だけは高い。ここらでお灸を据えておきます?」


 もとい。手柄が確定していないのであきらかな罰に話が集中する。具体的にはドナート伯爵の嫡男とその取り巻きであるドナート騎士団の第三中隊だ。

 今回奇襲をまともに受けた貴族の陣営や部隊にも少なくない被害が出ているのだが、その迎撃戦の不備や警戒を怠った責任には誰も触れない。まるで示し合わせたようにドナート伯爵の嫡男の話かでない。


 黙って聞いていればその後もドナート騎士団への糾弾や嫌味が次々と聞こえてくる。さすがにドナート伯爵本人は自分の置かれている状況が分かっているようで、下手に抗弁などせずに黙って聞いていた。

 俺としてもドナート伯爵の嫡男をそのまま許すつもりはないのでこの流れ自体は歓迎なのだが、それにしてもあからさま過ぎる。

 それに聞こえてくる非難の中には自分たちのことを棚上げしたものが幾つも交じっていた。


「あの状況でフジワラ殿に剣を突きつけるなど……状況判断能力が欠落しているとしか受け取れん」


 剣を突きつけられたどころか軍馬で踏みつけられましたよ。俺じゃなければ死者が出ていたところです。


「フジワラ殿ばかりかネッツァー殿のことも怒鳴りつけたそうじゃないか」


 怒鳴りつける? 剣を喉元に突きつけてましたよ。


「軍規違反であることは明白です。このままという訳にもいきませんなあ」


 味方を罰する話し合いの割には愉しそうですね。口元が緩んでますよ。


「聞けばこれまでも周囲の部隊ともめていたと言うじゃないですか」


 そんな連中を罰することなく野放しにしておいた自分たちの責任はどうするつもりなのか興味あります。


「それにしても手柄の横取りですか? 騎士の風上にもおけませんな」


 いやいや、探索者や傭兵はもちろん騎士の皆さんも、死体の首級を上げたり死体から装備品を剥ぎ取ったりするのに忙しそうでしたよ。


 ドナート伯爵の嫡男が率いた騎士の一団の行動をチクリチクリと非難しているのだが、突っ込まずにはいられないほど適当だ。正直なところリューブラント侯爵政権の将来が心配になってきた。

 普通ならさっさと処分を決定するところなのだろうが、ここにはその問題となった嫡男の親――ドナート伯爵本人が居たために列席する貴族たちがここぞとばかりに言葉をもてあそんでいた。


 恨みがあるのかもしれないが、どちらかというと敵の奇襲部隊を防衛しきれずに突破された場所を任されていた貴族たちの方が舌戦に積極的だ。

 自分たちの責任をうやむやにしてドナート伯爵一人に罪を被ってもらうつもりなのがみえみえだ。


 汚いっ! 貴族って汚いよなー。

 いや、まあ、現代日本も一緒か。トカゲの尻尾切りなんて官民問わずにどこの組織でもやっていることだ。だが、この世界の貴族はそれがもの凄く顕著ではある。


 俺自身は何も言わずに黙って聞いていたのだが、貴族たちから提案される罰はどれも生温いものばかりだった。

 提案された罰則は戒告や訓告といった、いわゆる名誉を損ないこそすれ実質的なマイナスは見当たらないものばかりである。最も大きな損害を被るもので罰金だ。


 これでは貴族たちの横暴や命令違反は減らないのもうなずける。


「フジワラ殿は実際に被害を受けた立場として何かご意見はありませんか?」


 突然、年配の貴族が話を振ってくると追従するように数名の貴族が相槌を打ち、そのうちの一人が媚びるような笑顔を浮かべて俺からリューブラント侯爵へと視線を移す。


「罰則への意見もそうですが、フジワラ殿へは褒美の方も弾みませんとな」


 俺は暫し考える振りをするとテーブルの下で走り書きをしたメモをリューブラント侯爵へと渡す。そして、ゆっくりと周囲を見回してから厳しい表情と口調で話し始めた。


「褒美についてですが、私はリューブラント侯爵の幕下ではないので不要です。お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」


 そこで一旦言葉を切り周囲の反応を見るがこちらの真意を掴みかねているようだ。怪訝な表情をしている者はましな方で、空気を読めずに能天気な表情をしている者の方が多い。


「たった今申し上げたように私はカナン王国所属の兵士です。今回の件はカナン王国側の手柄を、武力を持って横取りしようとした訳です。ルウェリン伯爵やゴート男爵と相談しなければなりませんが、ドナート伯爵家がカナン王国に対して宣戦布告をしたと受け取られても仕方がない行為だと認識しています」


『虎の威を借りる狐』そんな単語が胸を締め付けるがこの際なので甘んじ、外交問題に発展させる用意があることを明確に伝える。すると俺の言葉にドナート伯爵本人だけでなく列席する貴族たちの顔色が変わった。

 だが、続くセリフにあからさまな安堵の表情が現れる。


「ご安心下さい。皆さんに責任を問うようなことはありません。お約束します。責任を問われるのはドナート騎士団の面々とドナート伯爵家だけです」


 安堵する諸侯と顔面蒼白で思考停止した様相のドナート伯爵を視界におさめたまま続ける。


「今回、他国、しかも同盟国であるカナン王国の人間に対して武力行使にでました。それも手柄を横取りするために多勢に無勢でです。他国の人間にその様なことをするくらいですから同国、同軍、ましてや自身の配下の兵士にはさらに酷いことをしている。そしてこれからもし続けることでしょう」


 俺が振り下ろした右拳がテーブルに少なくない振動とドンッという音を生み出す。


「ダスティン伯爵、もし貴方の配下の精鋭部隊が多勢に無勢や不意打ちにより殺されたとして看過できますか? それも手柄を横取りするのが理由です」


 眉一つ動かさずに目を閉じたままのダスティン伯爵へ向けて問い掛け、そのまま立ち上がり列席する貴族を見回す。


「皆さんは如何でしょう。それとも皆さんの配下の武将たちもドナート騎士団と同じように他者の手柄を横取りするような、卑しい行為をする予定なので罰則を軽くしたいとお考えでしょうか」


「フジワラ殿、さすがにそれは言葉が過ぎませんか」


 直接言葉を発したのは一人だけだったが、周囲の貴族たちは同様に表情を険しいものに変えた。


「失礼致しました。どうも皆さんから提示のあった処罰が軽いものに映ったものですから」


「フジワラ君、君はどの程度の処罰が妥当だと思うのかね?」


 諸侯が押し黙ってしまったタイミングでリューブラント侯爵がすかさず問い掛けてきた。

 

 先ほど手渡したメモ書きに沿ってこのまま話を進めるとするか。

 何しろこの場で急遽考えた策だ。いや思いつきと言ってもいいくらいの雑なものだ。足りない部分は随時修正していくことになりそうだが取り敢えずは実行だ。


 戦後のリューブラント政権を揺るぎないものにするためにも、ここはリューブラント侯爵に不満の声が向かないように規律を引き締める必要がある。

 そして、将来の不穏分子を引き付けてまとめて叩くための誘蛾灯の役割を負ってもらう勢力を作る。


「戦時での特例として最大限に譲歩して、ドナート伯爵家への処分は保留。戦争での働き次第とする。件のドナート騎士団は本来であれば死罪としたいところですが奴隷落ち。そしてこちらも戦争での働き次第で奴隷解放というところでしょうか」


 まさかここまでのことを言い出すとは思っていなかったのだろう、貴族たちの息を飲む音が聞こえた。


 当然だ。

 俺にここまでのことを言う権限などない。


 権限はないが後で知られたからといってとがめられるとも思えない。そのためのラウラ姫でありリューブラント侯爵でありカズサ第三王女だ。 

 リューブラント陣営に対してはルウェリン伯爵とゴート男爵、そして新たに加わったカズサ王女が牽制となる。


 そして、周囲の視線は『どこが譲歩なのか』と問いただが、そこは目を合わせないようにする。

 誘蛾灯候補――問題のドナート伯爵に至っては目で訴えるどころか、周囲の貴族たちの胸を撫で下ろす様子とは対照的に息をするのも精一杯といった感じで過呼吸気味だ。


 リューブラント侯爵の声が静寂の中に響く。


「では、フジワラ殿の意見を採用する。異論のある者は居るか?」


 当事者であるドナート伯爵はもとより、列席する貴族たちで異論を唱えるものは一人も出なかった。

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