第252話 報告と出立(2)

「――――私が把握している限りの情報ですので、断言はできないのと情報の補完があればお願い致します」


 報告の最後にそう前置きをして敵陣営に強力な魔術師が参戦していたことについて触れた。もちろん、『転移者』であることは伏せてだ。


「単独或いは少数精鋭で高い攻撃力を発揮できる脅威となり得る魔術師――具体的には我々『チェックメイト』に匹敵する力のある魔術師の存在を六名確認していました。これまでの戦闘で半数の三名を仕留めており残る三名を今回の迎撃戦で仕留めました」


 俺に限らず、誰かの報告する間もヒソヒソと囁き合う声は聞こえていたが『黒色火薬』について触れたときは静かになった。そして今の『強力な魔術師』の存在についての報告もだ。

 俺は先ほどの奇襲攻撃に対する迎撃戦のあらましと捕虜から入手した情報を含めて一通りの報告を終えると、静まり返るなか椅子に腰を下ろした。


 木製の椅子がわずかに軋む。

 その軋む音で我に返ったようにリューブラント侯爵が口を開いた。

 

「――――そうか。ならばガザンには切り札となるような魔術師の部隊は居ない。或いは戦力が大きく削がれている、そう考えて間違いなさそうだな」


 顔色が悪い。いや、リューブラント侯爵だけでなく列席している人たちの顔色が総じて悪い。

 目の前に居た敵の中に『チェックメイト』に匹敵するような魔術師が交じっていたという事実に改めて恐怖しているのだろう。


 そんな顔色の悪い列席者の何名かがリューブラント侯爵に続いて弱々しくささやき合う。


「敵にそれほどの魔術師がいたとは知りませんでした」


「敵というか、少し前まで味方であった我々も知らないような戦力ですから、よほど厳重に隠していたのでしょう」


「ですが、幾らなんでもフジワラ殿ほどとは……」


「そうですな。強力な攻撃魔法の使い手がいるとは認識していましたが。まさか、そこまでとは思いませんでしたな」


「フジワラ殿はお一人でその三人を倒されている訳ですし、その、さすがに匹敵するというのは……」


 俺のことを褒めている口ぶりだが俺の報告を疑っていることがヒシヒシと伝わってくる。どうやら敵側に強力な魔術師が居たということに半信半疑のようだ。

 そんな声が広がるにつれてリューブラント侯爵の顔が次第に険しくなっていく。


 そんな中、俺からみて右側の席の一番手前側――おそらく席順で言えばリューブラント侯爵と俺を除いて第一か第二位に位置する席に座った貴族が額の汗を拭うと、意を決したように俺へと視線を向けた。


「その、失礼だが、敵に本当にフジワラ殿のような強力な魔術師が居たのでしょうか? いえ、報告を疑っているのではなく……その、謙遜も過ぎると敵戦力の見誤りにつながりかねませんから……」


 意を決したような視線ではあったが、言葉を選んでの歯切れの悪い聞き方だ。確かダスティン伯爵だったよな。白アリのメモでは是非とも取り込みたい重要人物になっていた。その重要人物であってもここまで言葉を濁すのか。

 軽い驚きはあったが改めて考えれば無理もないか。


 俺たち『チェックメイト』の立場はリューブラント陣営の盟友、カナン王国軍側の実質の総大将であるルウェリン伯爵の部下だ。今回、カナン王国の王弟殿下も戦列に加わってはいるがあくまで援軍でしかない。

 先日サンダーバードが持ち帰った書簡に俺たち七名全員が準士爵に正式に列せられたことが書かれていた。そしてこの会議に参加している人たちはそれを知っている。つまり、最下級とはいえ他国の貴族だ。


 リューブラント陣営における俺たちの立ち位置もある。

 自分たちの旗頭であるリューブラント侯爵があからさまに重用しようとしているだけでなく、孫娘の婿候補と公言しているのだから、そりゃあ言い難いよな。


 加えて、『ランバールの英雄』という名声か。

 そうだよなあ。『ランバールの英雄』などと呼ばれる魔術師と同等の力の魔術師が、そこら辺にゴロゴロと転がっているとは想像できないし、したくもないよな。


「そうですね。仕留めた六名全員が我々に匹敵する、というのは少し言い過ぎたかもしれません。ですが、一ヶ月ほど前に一騎打ちで戦った魔術師は間違いなく力が拮抗していました――――」


 俺はこちらが折れる形で、銀髪との一騎打ちとの戦闘を例に敵にも強力な魔術師がいることを改めて情報として提供する。


「――――私たちに匹敵する魔術師は一人でした。しかし、及ばないまでも強力な魔術師であることは間違いありません。今回、三人の強力な魔術師を相手に勝利できたのも相手の油断や相性があったからです」


 話を終えて、あえて周囲を観察するまでもない。俺の話を聞いている途中からリューブラント侯爵をはじめとした列席者は誰もが押し黙ってしまった。


 ここに至って、ようやく自分たちが敵の魔術師に対する備えや警戒が不足していたことに気付いてくれたようだ。

 能力で俺やボギーさんを上回る転移者が居るとは思えないが『覚醒』という要素がある以上、能力の底上げや予想もできないような手段での攻撃だってあるかもしれない。話し合いができるような話し合いをして仲間に引き込みたい。リスクはあるが一度潜入を試みるか。


 目の前の人たちの不安を置き去りにして次の手を考え出したところでリューブラント侯爵が口を開いた。


「魔力を感知できる魔術師とフェアリーを連れた者を至急集めて魔術師への警戒網を強化してくれっ。身分は問わない。それと奴隷商人を呼び寄せてありったけのフェアリーを買い集めろっ」


 了解の意思を示してその場に直立する騎士に向けてリューブラント侯爵の叱責と『今すぐだ、急げ!』との指示が飛ぶ。

 この指示に即座に反応したのは騎士だけではなかった。列席する諸侯も傍に控えた副官や伝令兵に同様の指示をだす。フェアリーの魔力を感知する能力を利用するのか。まあ、妥当な対策だ。


 ◇


「さて、魔術師を探し出す部隊の設立は後ほどするとしてだ」


 リューブラント侯爵は列席する諸侯が指示を出し終えたのを確認すると、隣に座る俺へと身体ごと向き直る。


「黒色火薬と言ったか? 君からの説明を聞く限りでは武器としてだけでなく、道具としても火魔法の方が有効に思えるのだが……」


 言葉は黒色火薬の有用性に疑問を持っているようだが目の輝きが違う。絶対に有用だと考えている目だ。

 列席する諸侯の中にも同じような反応が見える。


「説明不足でした。確かに火魔法や使い勝手の良い魔道具であれば黒色火薬よりも役に立ちます。というか魔術そのものが便利すぎるのです。黒色火薬を利用して幾つかの武器が作れます。まったく魔力の無い人たちでも火魔法使いのように爆裂系の火球を何発も撃てます」


 イメージはダイナマイトだ。続いてリボルバーのような機構をもった連射可能な銃をイメージする。


「或いは私が打ち出した鉄の弾丸に類似した武器を作り出すことも可能です。もちろん、威力はかなり落ちますが高速で鉄の弾丸を何発も連続して射出できます。こちらも魔力に関係なく補給さえ途絶えなければ撃ち続けられます」


 この世界の魔術師では地球の拳銃に匹敵するだけの速度で鉄や岩の弾丸を射出する者を見たことがないし、噂でも聞いたことがない。

 もしこの異世界に熊撃ち用のライフルがあれば一人でオーガを倒すことも可能だろう。それこそ額を打ち抜ければ一撃で倒すことも不可能じゃない。何の魔力も持たない、剣や弓の訓練すらしていない一般人でもだ。


 銃やライフルの具体的な破壊力には触れずにさらに続ける。


「魔術師や魔道具は使う人たちは魔力が尽きればそこまでです。回復するのに半日以上必要となります。ですが、黒色火薬は補給が続く限り撃ち続けることができます」


 ここまで話をすると列席する諸侯全員が食い入るように俺の話に耳を傾けている。


「何よりも魔術師は存在自体が希少ですし育成に時間がかかり過ぎます。魔道具にしてもこれだけの威力となれば使いこなすのに相当の訓練が必要となりますが、黒色火薬を利用した武器にはそこまで時間をかけて兵士を育成する必要はありません」


 この異世界で魔術師は希少だ。火力の高い魔道具を自在に使いこなす兵士、魔力が多く継続して道具を使い続けられる兵士、どちらも希少だ。

 そんな存在自体が希少であり、時間と資金の掛かる優秀な魔術師や兵士を育成する必要がない。簡単な訓練で高い火力が期待できる。


「――――と、ここまで良いことばかりを述べましたが黒色火薬を作るための材料や施設、技術者は必要となります――」


「それが、ガザン王家が秘匿していた技術なんだな」


 俺の説明をリューブラント侯爵の言葉が遮ると次々に他の貴族たちも口を開く。


「資金は提供します。その製法を是非教えて頂けませんか」


「ベール城塞都市攻略までにその黒色火薬をどの程度用意できますか?」


「必要な材料を用意するのに協力させて頂きます」


「奴隷商だけでなく同行している商人たちも狩りだしましょう」


「戦場跡に今話に出た黒色火薬が残っていないかすぐに確認させろっ!」


「そうだ。すぐに戦場跡に走れ」


 欲望が見え隠れする協力の申し出から始まり、戦場跡への調査人員の派遣まで好き勝手に発言をしている。


 どうやら黒色火薬の有用性は伝わったようだ。

 次の課題はどこまで教えるかだ。この異世界の人間にはスキルを所持する者が居る。【狙撃】などのスキルと組み合わさることで俺たちですら脅威となる可能性は否定できない。


 一先ずは火縄銃あたりに留めておくか。

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