第251話 報告と出立(1)

 ラウラ姫のテントをあとにして本陣の陣幕――リューブラント侯爵の陣幕へと移動すると、陣幕の入り口付近に大勢の人たちが集まっているのが見えた。

 ネッツァーさんからは急ぐようにも言われていなかったから気にしなかったが、戦勝とはいえ戦闘結果の報告なんだから普通は最優先事項だよな。小言を言うために集まっているとは思えないが……嫌な予感がするのは気の回しすぎか。


 俺が少し足を速めると、この陣営の現時点での首脳陣と目される有力諸侯と一部の貴族たちがそれに合わせるようにして進み出てきた。先頭はリューブラント侯爵だ。

 これはもしかしなくても、俺を出迎えるためにわざわざ集まったとしか思えない……益々嫌な予感がする。


「フジワラ君、素晴らしい戦果だっ!」


 開口一番、先頭を歩いて出迎えていたリューブラント侯爵は、満面の笑みを浮かべると大きく両手を広げて俺のことを迎えてくれた。当然のように後に続いて歩いてきた人たちも皆笑顔だ。

 いや、入り口付近に留まっている人たちも笑顔でこちらを見ている。何名かは貼り付けたような笑顔な気もするが、今回の奇襲攻撃で少なからぬ被害を受けた貴族や部隊もいたはずだ。恐らくはその関係者だろう。


 他の貴族や関係者はこの際置いておくにしても、リューブラント侯爵が妙に上機嫌だ……一先ず、遅れたことを謝っておくか。


「遅くなってしまい申し訳ございません」


「いや、構わんよ。詳しい話を聞かせてもらう時間はあるのだろう? それと今後の動きについて君にも知っておいてもらいたい」


 笑顔を絶やすことなくそう言うリューブラント侯爵に促されるまま陣幕の中へと進むと、陣幕の外に集まっていた人たちが一斉にリューブラント侯爵の後に続いて陣幕の中へと歩き出した。


 自軍深くまで切り込んできた奇襲部隊をあっさりと撃退したのだから上機嫌になるのも納得できるが、それにしても機嫌が良すぎる。あれは良からぬことを企んでいる笑顔だよなあ。

 やはり裏で何かしらの工作を仕掛けて、それが上手く行ったと疑りたくなるような浮かれようだ。


 ここは下手に出ておくべきだろうな。

 リューブラント侯爵と並んで陣幕の奥へと進む途中、後に続く人たちに向かって謝罪を口にした。


「皆さんにも、お忙しいところお待たせしてしまい――」


「いやいや、構わんよ。君も疲れているだろう」


 すると、リューブラント侯爵は俺の右肩に軽く手を置くようして、その大きな手でがっしりと掴むと朗らかな口調と力強い腕で俺の言葉を遮る。そしてそのまま続けた。


「もう少しラウラのところでゆっくりしてきても良かったのだがね。我々にしても待つ間であっても仕事は尽きないからな」


 恐いくらいに上機嫌なリューブラント侯爵は笑顔でそう言い切ると、まるで同意を求めるかのように諸侯たちを振り返る。

 話を振られた諸侯たちは次々と同意し、必要以上に俺のことを持ち上げだした。


「もちろんです、侯爵」


「いやー、素晴らしい魔術師ですね」


「さすが『ランバールの英雄』です」


「いやまったく。我々の出番がありませんでしたな」


「あれほどの魔術を見るのは初めてです」


「まさに伝説になぞらえる魔術師です」


「いやいや、彼こそが生ける伝説ですよ」


 集まってきた有象無象の貴族どころか、有力諸侯までもが気持ち悪いほどに俺のことを持ち上げている。

 俺の視界に映っている貴族の半数以上はリューブラント侯爵の寄子だったり派閥の貴族だったりする。この場合、貴族たちの対応の柔軟さに感心すべきなのかリューブラント侯爵の根回しの素早さに警戒すべきなのか。


 リューブラント侯爵の狙いが今ひとつ掴めない。


 転移者が持っていた装備品やアイテムを俺が隠匿したことが原因か?

 いや、それはないな。俺は即座にその考えを思考の外に押し出した。そもそも俺が隠匿したことを知るはずもない。仮に知っていたとしてもこんな小細工をしてまで横取りするメリットがない。


 純粋に魔術師としての俺たち『チェックメイト』の力か?

 それも今さらだろう。否定と共に思わずかぶりを振ってしまった。リューブラント侯爵からすれば俺たちの力はもう十分に分かっていることだ。改めて味方である貴族たちに俺たち『チェックメイト』の価値を知らしめるにしてもこんな回りくどいことは必要ない。


 それこそラウラ姫を持ち出して、先ほどの戦いの記憶が薄らぐ前に一言二言ひとことふたこと揺さぶりの言葉を発するだけで十分だ。

 リューブラント侯爵自身の持つ力に加えて俺たち――俺と同程度の力を持った魔術師があと六人。自分に力を貸しているのだと仄めかすだけでここに集まった貴族たちは『裏切る』という選択肢を即座に抹消するだろう。


 ラウラ姫の婚約者として俺を取り込む気だろうか?

 その辺りは考えていそうだが性急に過ぎる。リューブラント侯爵らしくない。


 ここまでの短い時間からと過去のリューブラント侯爵の功績や行動からの判断だが、ひと言で言えば『慎重』だ。差し迫った脅威に対しても決して焦らないイメージがある。

 過去――『王の剣』と呼ばれていた時代の戦歴のどこを取ってみても手堅い。


 貴族独特の宮廷での策謀や陰謀の方は知ることはできないが、恐らくは手堅く慎重だったものと予想している。

 あまりにもイメージと掛け離れた行動にしか見えない。


 思考の渦の中に突然一人の少女が浮かんだ。『カズサ第三王女』。ラウラ姫のライバル出現とでも受け取ったのかもしれない。

 そうなると焦っているというよりも、今できる可能な限りの手立ての中で動いていると考えた方がよさそうだ。最悪は畳み込むだけの準備はできているものと考えて対処しよう。


 それにしても、中途半端に『カズサ第三王女』の報告をしたのは失敗だったようだ。俺自身『カズサ第三王女』という予期せぬカードが手に入ったことで浮かれていたのかもしれない。

 手の内が透けて見えてしまいそうだが、対処と並行して誤解も解いておいた方がよさそうだな。


 いやまあ、手の内が透けて見えているのはお互いさまか。

 そこまで考えたところで陣幕の奥へとたどり着いた。


 そこには予想通りの光景が広がっていた。入り口側に向かって口を開けるようにコの字型に会議テーブルのような長テーブルが設置され、周囲に椅子が配置されている。

 報告会の準備が整っていたのか。それも割と長時間のやつだ。


 その光景を目にした瞬間マリエルがアーマーの胸元から飛び出した。


「ミチナガ、ミランダとメロディのところに行っててもいい?」


 俺の目の高さでフワフワと浮いているマリエルを見て、彼女のことを初めて見た人たちが背後で驚きの声を上げている。


 どこから漏れたのかは知らないがマリエルが『ハイ・フェアリー』であることまで知れ渡っていた。

 聞こえてくるのはマリエルに対する好奇と畏怖、そして『ハイ・フェアリー』を手なづけた俺への賞賛が交じった何とも複雑な声だ。


 リューブラント侯爵が思い出したように声を上げると、そんなヒソヒソとした声など聞こえないようにマリエルに微笑みかけたあとで俺へと視線を移す。


「おお、そうだ。それと君が連れてきた二人の女性魔術師、ミランダ嬢とメロディ嬢だったかな? 治療の部隊に参加してもらっているよ。良かったかな?」


「はい、もちろんです」


 もとよりそのつもりで連れてきているのだから文句などあろうはずがない。

 俺は小さくうなずき了解の意思をつたえると、リューブラント侯爵に視線を移して短く返答する。そして指定された座席である最もおくの中央――リューブラント侯爵の隣の席へと向かった。

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