第246話 ドナート騎士団
こちらへと騎馬を駆けさせてくる騎士は五名。いずれも高価そうな装飾が施された武器や防具を装備していた。その五名の騎士の後に従うようにして十二名の十代前半に見える少年たちが後に続く。いや、少女も三名ほど交じっているか。彼らも騎士同様に見た目優先の実用性に欠ける馬具を装備した騎馬に跨が(またが)ってこちらへと駆けてくる。
若いな、それに騎士ほどではないが装備している武器や防具は高価そうに見える。そして騎馬の扱いにも熟れている様子だ。もしかしたら従者ではなく騎士見習いかもしれない。
領主直轄の騎士団というよりも貴族の子弟の可能性が頭を過ぎる。偏見かもしれないが同時に嫌な予感もする。
頼むから絡んでこないでくれよ。そんなことを思いながら捕虜たちを一ヵ所に集めるような形で俺の後方へと移動させた。
俺の傍までくると先頭を駆けていた
「そこの探索者、どこの手の者だ? 所属を述べよ」
「光魔法が使えるようだな。味方にも大勢の負傷者が出ている。ここはもう良い、治療所へ戻って味方の治療に回れ」
かなり大きな声だ。俺に用件を告げるのだけが目的とは思えないほどの声量で発せられた言葉は、俺の後方に集めた捕虜だけでなく周囲で死体から武器や防具を剥ぎ取っている他の集団にも聞こえたようで幾つもの視線がこちらへと向けられた。
俺の正面に馬を寄せた二名の騎士が馬上から一方的に話をする間に、他の騎士たちは後方へと集めた捕虜を囲むようにして半円状に馬を散開させる行動に出た。
俺の後方へと回りこんでいる騎士たちに視線を走らせる。
散開した騎士たちは獲物を見るような目で捕虜たちを見ている。何人かは武装解除させた捕虜たちが装備していた武器や防具に視線を向けた。
そこに集められた武器や防具はどれも騎士たちが装備している品物よりも数段落ちる。それでも数がまとまればそれなりの価値となるのかその目は物色するように変化した。
だた、騎士たちのほとんどの視線は捕虜へと注がれている。
死体から首級を上げたり武器や防具を剥ぎ取ったりするよりも敵兵士を生きたまま捕らえた場合、身分が高かったり敵側で重要な地位にあったりすれば高額の身の代金が期待できる。そうでなくても五体満足なら奴隷として売り払うことも可能だ。
早い話、実入りが良い。
はっきり言って最初の接触から好感が持てない。つい、捕虜を横取りしようと目論んでいるのでは? と疑惑の目で見てしまう。
やれやれ、何とも分かり易い連中だ。それにしても味方から手柄や戦利品を横取りしようというのはよろしくない。こいつらのような
それでも他の騎士や傭兵、探索者たちにここまで酷い連中は見当たらない。
他の連中にしても死体から武器や防具を剥ぎ取ったり、逃げた馬を回収したりしている。あまり褒められた行為ではないがまだ許せる。
「うわー、やな感じー」
俺の左肩の上に立っていたマリエルが左手を口元に持っていき小さな声で独り言のようにつぶやく。
少しはなれたところで死体から武器や防具を回収していた傭兵と思しき二十名余りの一団が驚いた表情でこちらを見ていた。
先程、転がっている死体から武器や防具、アイテム類を回収したり、逃げた馬を回収したりしてもよいかを確認してきた騎士団や傭兵、探索者たちのなかに見た顔がいる。
「おい、あの騎士団……」
「あの徽章、ドナート伯爵直属だな」
ドナート伯爵? こちらを
居たな。確か欄外だ。何としても味方にする必要のない勢力で、最後まで日和見を決め込んでいたグループの一つ。幾つかの男爵家と準男爵家、騎士爵家の寄親で信用するには疑問が残るがそれなりの力のある貴族だ。
なるほど。こいつらの強気の根拠はそこか。
だが、さらに続く傭兵たちのささやき声に驚かされた。
「あれは伯爵の嫡男じゃなかったか……」
「ああ、お世継ぎ様とその取り巻きだな。他の連中、見習いも含めて全部貴族じゃないか、あれ」
「実家の権力にものを言わせてやりたい放題かあ?」
「いい気味だ。少し痛い目をみればいいんだ」
「全くだ」
「この惨状を一人で作り出した魔術師に絡むとか正気じゃないな」
「あの魔術師のことも分かってないんじゃないのか?」
「魔術師がどうとかいう以前に前線の状況も分かってないんだろうさ」
最も近くに居た傭兵たちの反応だけでなく、さらにそこから少し離れた場所に居た騎士団と傭兵、探索者たちにまで情報収集の範囲を広げた。どこの集団から聞こえてくる声も、この騎士たちに対してもの凄く冷たい。というか俺と揉めて騎士たちが痛い目を見るのを期待しているようだ。
心情的には傭兵たちの期待に応えてやりたいが、さて。
「おいっ! 答えろ! この無礼者がっ!」
最初にこちらを
予想したタイミングで暴言を吐いてくれた。
騎士の声が周囲の人たち――こちらに注目している騎士団や傭兵、探索者たちに聞こえるよう、風魔法を使って拡散させる。
隣にいる騎士は自身の左に帯剣した長剣を左手でわずかに抜き勢い良く鞘へと戻すと、剣と鞘の金属部分とが当たってキーンという甲高い音が響いた。二人揃ってもう威嚇に出るのかよ、沸点の低いヤツらだなあ。
もちろん、剣と鞘が響かせた金属音を周囲に拡散させることも忘れない。できる事なら二人の表情も水でスクリーンを作って周囲に見せてやりたいくらいだ。
「なによっ! 後からのこのこやって来てえらそーに!」
俺の左肩の上に居たマリエルが馬上にある騎士の目の高さまで上昇すると、もの凄い勢いで言い返した。両手を大きく広げたり何もない空間に前蹴りをしたりと、小さな身体を目いっぱいに使って抗議をしている。
こちらにも沸点の低いのが居た。
俺はマリエルの勢いに驚いて言葉を失っている騎士への対応を後回しにして、尚も文句を言い続けようとするマリエルを呼び戻してから騎士へ告げた。
「無礼なのはそっちじゃないのか? 自分たちの所属を告げることもなく一方的にこちらを
まなじりを釣り上げている二名の騎士に向けて抑揚のない口調で答え、予想もしなかった俺の答えに目を白黒させている二人に向かってさらにからかうように続ける。
「無礼と言うよりも常識がないのかな?」
恐らく口元が緩んで薄笑いを浮かべているんだろうな。
周囲には聞こえないように風魔法で結界を作り自身の声を結界の中に閉じ込める。聞こえているのは俺と目の前の二名の騎士。そして、後方にいる捕虜とそれを取り囲んでいる騎士たちだけだ。
これで捕虜を含めた俺たち当事者以外には『大声で威嚇する貴族直属の騎士と小声で応対する魔術師』と映ることだろう。
まあ、そこまでする必要があるかは疑問だがな。
自分でもこの状況を楽しんでいるのが分かる。
最初こそ捕虜たちとの約束を履行することになるのを避けたいと思っていたが、この騎士たちの態度を目の当たりにして気が変わった。
相手が自分の身分を嵩に掛けて無体な要求をしてくるなら、こちらも自分の立場と力を最大限活用して思い知らせてやることにするか。
「貴様っ! 後悔させてやる!」
「この方をどなただと思っているのだ! 口を慎め!」
目の前の二名の騎士が声を張り上げながら抜剣し、後方へと回り込んでいた騎士たちと見習い騎士たちがこれに倣うように抜剣し戦闘態勢を取る。
馬上で直剣、ね。長さも足りてないんじゃないのか?
「おいっ、やるみたいだぞ」
「一方的に怒鳴りつけてさらに先に剣を抜くのか?」
「一人を大勢で取り囲んでってのもあるぜ」
「あの魔術師の兄ちゃん、戦うつもりか? 謝っちまうのか? どっちだと思う」
「賭けるか?」
今まで控えめにこちらを
さて、援軍の到着を待つか、このまま叩きのめすか。
空間感知に引っ掛かったネッツァーさんを先頭としたリューブラント侯爵の直属騎士団、二十名ほどの位置を確認しながらマリエルを俺のアーマーの中、胸元の空間へと移動させた。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
【コミカライズ情報】
ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中
以下、URLです
どうぞよろしくお願いいたします
https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1
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