第247話 予期せぬ援軍

 ネッツァーさんを先頭にしたリューブラント侯爵配下の騎士団を空間感知の端に捉えてすぐに、空間感知を全方位から指向性を持たせたものに変えて味方の軍の手薄な方向へと向けた。

 第二陣の襲撃があるとは思えないが念には念を入れる。


 さて、眼前の騎士団への対応だが、殺すつもりはないが見逃すつもりもない。

 今後、俺たちが動きやすくなるよういろいろと噂を広めてもらうことと、不穏分子となる可能性のある勢力の炙り出しのための道具となってもらう。


 さしあたっての問題は捕虜たちか。

 何にしろ、捕虜の安全を約束したのだから、ここで捕虜に一人でも死人を出しては俺たちの足を引っ張るために悪評を立てられる可能性がある。今後のことを考えると俺たちの評判と評価を急降下させる訳にはいかない。


 これから先、貴族たちとの折衝ごとが増えるのを考えると、チェックメイトとしてはもちろんのこと俺自身の評判や評価が高いに越したことはない。

 ここは捕虜たちに対して手厚い対応をしておくことにしよう。


 マリエルを俺のアーマーの中へと退避させてから、捕虜たちの周囲に魔法障壁と重力障壁を展開させた。

 目の前にいる二名の騎士を筆頭に捕虜を囲むように展開している騎士たちを先程鑑定したが、誰も警戒するようなスキルは持っていない。


 少なくとも俺が展開した複合障壁を突破するような攻撃スキルはない。魔法の武器やアイテムによる攻撃で複合障壁を突破できない限り、捕虜たちには文字通り傷一つ付けることができないはずだ。

 これで警戒すべきは魔法の武器やアイテムだけだ。


 こちらの準備が整うのを待っていてくれたかのようなタイミングで眼前にいる二名の騎士のうちの一人が、嘲笑を浮かべて自分たちの優位に微塵も疑いを持っていない言葉を吐くと、騎馬を後ろ足立ちにさせて二本の前足を俺に向けて振り下ろさせた。


「私にそんな口をきいたことを後悔しろ!」


 騎馬のいななきと共にひづめが俺の顔めがけて勢いよく振り下ろされた。避けると思ったのか騎馬がバランスをくずことになるとは想定していなかったようだ。

 俺の顔が蹄を弾くと馬上の騎士はよろめく騎馬から放り出されるようにして落馬し、そのままくぐもった呻き声を一言だけ上げて動かなくなった。


「ジークハル様っ!」


 真っ先に反応したのは後方へと回り込んでいた見習い騎士のうちの一人。素早く馬首を巡らせると落馬した騎士の傍へ向けて走り出した。

 俺の目の前で隣にいた仲間が落馬して気絶しているにもかかわらず、目を白黒させて何の対応もできずにいる騎士とは大違いだ。十七名も居れば一人くらいは多少とはいえ見どころのあるヤツも居るということか。


 そして周囲で見物している兵士たちの反応と判断は真っ先に反応した騎士見習いの少年よりもいい。


「おおっ! 弾き返したぞ」


「おい、今の見たか?」


「ビクともしなかったぜ」


「魔法障壁、だけじゃないよな……」


「多分だが、風魔法で結界か何かを同時に張り巡らせているように見えたな」


「騎馬の蹄に微動だにしないさまなんて、そうそうお目に掛かれねぇな」


「ありゃあ、身体強化も使ってるぜ、絶対に」


「やっぱり、あの兄さん、大した魔術師だったんだな」


「あれ、ドナートの騎士団はどうおさまりを付ける気だ?」


「さあ、引っ込みがつかないんじゃないのか?」


 周囲でこちらをうかがっている者たちからの声を拾うと、今、俺がやったことを割と正確に情報を把握して分析をしていた。騎士団にしろ、傭兵や探索者にしろ、彼らのような兵士が多数いるならこの陣営もまだまだ大丈夫そうだ。


 騎馬のひづめを跳ね返す程度の魔法障壁はそこそこの魔術師なら使える。だが、その重量に耐えるだけの身体能力、身体強化となると話は別だ。

 重量に耐えるだけの身体能力がなく、騎馬の蹄で吹き飛ばされるなり下敷きになるなりして、それでも無傷でいるのが精々だろう。


 ところが俺はやすやすと騎馬の蹄を弾き返した。

 こちらを覗っている周囲の兵士たちの判断は、ここに居るドナート騎士団の面子では俺に傷一つ負わせることができないと考えているようだ。


 だが、当のドナート騎士団の方はそうは思っていないようで戦闘態勢は維持したままだ。というか何一つ対応できていない。

 当事者で冷静に判断できないっていうのもあるとは思うが、こいつらよくこんなんで今まで生き残ってきたな。


 ドナート騎士団を置き去りに、周囲の兵士たちからは感心したり驚いたりする声に交じって、ここからの展開を面白そうに予想する声が聞こえてくる。そして、その声は次第に広がって行った。


 俺は眼前で茫然としているもう一人の騎士を無視して、馬から飛び降りて落馬した騎士を心配そうに覗き込む騎士皆習いへ向けて声を掛ける。


「安心しろ、生きている。気絶をしているだけだ。気が付いたらもう少し乗馬の練習をするようにアドバイスをしてやった方がいいぞ。そんなことじゃ戦場では生き残れない」


 俺は不安そうな顔で気絶している騎士に駆け寄る騎士見習いの少年にそう告げると、未だ俺の目の前で一言も発することなく茫然としている騎士に向き直る。


「お前たちじゃ相手にもならない。おとなしく手を引いてはくれないか?」


 ダメだ。相手のあまりの間抜け面に口元が緩んでしまう。

 今の今まで茫然としていた目の前の騎士が、俺の態度に逆上したのか顔を真っ赤にして右手に持った抜き身の剣でこちら指し、目的を見失った指示を後方に回り込んだ騎士たちへ向けて飛ばした。


「こいつを捕らえろっ! 殺すなよ、尋問して背後関係を暴いてやる」


「言い掛かりにもほどがあるな。俺がいったい何をしたって言うんだ? そこの間抜けが勝手に落馬しただけだろう?」


 顔を真っ赤にして激高している騎士に向けて、ことさらに小ばかにしたような口調で話しかけると鬼の形相で睨み返してきた。もはや説得の言葉など届きそうにない。


 そんな我を見失っている騎士に向けて、到着したばかりのネッツァーさんが騎士の後方から騎馬で近づきながら声を掛けた。


「ドナート伯爵騎士団の方ですね。どうしたのですか? ご説明頂けませんか?」


「やかましいっ! 邪魔をするとその首を叩き落とすぞっ!」


 話しかけられた騎士は俺へと視線を向けたまま大声で怒鳴り、振り向きざまにネッツァーさんに剣を突きつけるとそのまま動かなくなってしまった。


 気の毒に。もはや相手を確認してから行動を選択することもできなくなっているようだ。

 暴言を吐いた騎士がようやくネッツァーさんに気が付いたらしく、慌てて剣を降ろすと真っ赤だった顔が急速に蒼ざめていく。人間の顔って面白いな。ここまで短時間で変化するものなんだ。


 そんなドナート騎士団とは対照的に、こちらを窺っている兵士たちはしっかりと頭が回っているようだ。


「あれって、リューブラント侯爵のところの騎士団の偉いさんだろう?」


「ああ、そうだな」


「終わったな。つまんねー」


「いろんな意味でおわったな、ドナート騎士団」


「最悪、伯爵にもなんかあるんじゃないのか?」


「それよりも、あっちの魔術師の兄さんはどうなるんだ?」


「ドナート騎士団に怪我をさせたんだ、最悪言い掛かりをつけて奴隷落ちの可能性もあるぜ」


「リューブラント侯爵が噂通りならそんなことにはならないんじゃないのか?」


「貴族だぜ、それも上の方の。平民の探索者を見逃すかよ」


「優秀な魔術師みたいだし、貴族様からみたらそのままにしておくよりも奴隷にした方が得じゃないのか?」


 兵士たちの憶測が飛び交う。

 そんな中、ネッツァーさんは赤い顔から蒼い顔へと顔色を変化させた騎士の横を通り過ぎて俺の傍へとくると敬礼をした後で、ゆっくりと周囲を見回す。


「これを全てお一人で?」


「ええ、運が良かったのもあります。ですが――」


 ネッツァーさんに敬礼を返すか迷ったが、これまで返したこともないのでそのまま話を続けることにした。


「――相手が手強かったので手加減できませんでした。結果、少しやり過ぎになってしまったかも知れません」


 抑揚の少ない口調で問い掛けてきたネッツァーさんに、俺も『やむを得ず』であることを主張するように、申し訳なさそうな表情に見えるよう努めて返事をした。

 無論、風魔法で周囲にこのやり取りを拡散させることは忘れない。


 その後、戦闘の様子をつまんで説明している間に、ドナート騎士団の面々はネッツァーさんの率いてきた騎士団によって捕虜から引き離され一ヵ所に集められていた。

 さて、ヤツらの処遇をどうするかだな。


 名目や手段はこの際どうでもよい。

 何にしてもこんな連中にこの先も戦場をうろつかれるのは迷惑だ。この辺りでご退場願うとしよう。


「ところで、彼らの罪状と処遇ですが――」


 ドナート騎士団からネッツァーさんに視線を移したところで、突然よく通る涼やかな声が響いた。


「フジワラ様!」


 ネッツァーさんに遅れることわずか一分少々。数名の騎士と一人の侍女とともにグランフェルト伯爵家の紋章を刻んだ革鎧を着たラウラ姫が駆けてくる。

 セルマさんとローゼの姿もあった。


 ラウラ姫は近くまでくると騎馬から降りて駆け寄り、そのままの勢いで抱きついてきた。


「ご無事でしたか。お怪我はありませんか?」


「大丈夫です。手強い敵ではありましたが、怪我を負うほどの相手ではありませんでした」


 俺の腰に両手を回したまま下から覗き込むようにして見上げている。よく見れば薄っすらと涙を浮かべていた。そんなラウラ姫の顔を真っすぐに見つめ返しながら優しく答えると、彼女の腕を俺の腰から外して両手で左手を包み込むようにして握る。


「さすが、フジワラ様。ランバールの英雄『チェックメイト』のリーダーです」


 無邪気にそう言うラウラ姫は、俺が意図した以上の効果をもたらせてくれた。戦場にあって興奮しているのか、わずかに語調が強まり、頬が赤く上気している。


 そして周囲からは驚きの声が上がる。もはやこちらを窺う、ではない。どいつもこいつも作業の手を止めて真っすぐにこちらを見ている。


「ランバールの英雄?」


「『チェックメイト』だって?」


「あの若者がそうなのか」


「ラウラ様と仲睦まじいな」


「これは、決まりか」


 先程の評価は撤回だ。

 仲睦まじくもないし、何も決まってねぇよっ! お前らの目は節穴だろっ!


 何だろう、この『やっちまった』感は。必要以上にチェックメイトと俺自身を宣伝してしまった気がする。


 ラウラ姫は今回の遠征の旗頭――名目上ではあるが総大将だ。ここに来るまでの間に何度も激を飛ばし演説をしているはずだ。ここに従軍していてラウラ姫のことを知らない者はいないだろう。

 同じように、ランバールの英雄――アーマード・スネーク殺しの『チェックメイト』も噂として広がっている。


 そして、その『チェックメイト』がラウラ姫をリューブラント侯爵のもとまで保護して連れてきたとも知れ渡っていた。

 不本意だが『チェックメイト』のリーダーがラウラ姫の婿候補であるとの噂も何故か広がっていた。


 その状況で敵の奇襲部隊をたった一人で壊滅させたであろう魔術師にネッツァーさんが敬礼しラウラ姫が駆け寄る。

 これで察しが付かないヤツはドナート騎士団の間抜けくらいだろう。


 何がいけなかったのだろう? いや、明白だ。

 ネッツァーさんたちを空間感知で確認した時点で味方側への感知・索敵を中断、敵側へ指向性を持たせて空間感知を展開したのが間違いだった。今後は全方位に展開するように心掛けよう。


 おかしいな。途中まではもの凄く順調だったんだが。いや、今でも目的は順調すぎるくらいに達せられている。

 深く考えるのはよそう。


 何かいろいろとしがらみに絡め取られていくような気分のなか、俺は後をネッツァーさんに任せてラウラ姫とともにリューブラント侯爵のもとへと移動することにした。



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        あとがき

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【コミカライズ情報】

ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中

以下、URLです

どうぞよろしくお願いいたします

https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1

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