第245話 奇襲部隊撃破
まるでそこに巨大なガラスの玉があるかのように、土煙が何もない空間に球状の形を浮かび上がらせながらゆっくりと動いている。
土煙の動く速度が遅くなるにつれ土煙が晴れて視界が確保されていく。
狙い通り『球状の空間』を発動させることに成功した。
これで一定時間は発動できないはずだ。
爆裂系火魔法でかなりの数の敵兵士が吹き飛ばされており、死体に交じって生ある者が苦痛の叫びや
無傷とはいかないまでも今の攻撃魔法をしのぎきった何十名かの敵兵士は居た。しかし、反撃をしてくる気配はない。茫然と周囲の様子を眺めているだけだ。その目には敵意も憎悪も感じられなかった。
自分たちの身に何が起きたのか想像をしたくないのか、思考が止まったように焦点の定まらない目でこちらを見ている者もいる。
だが、全体を見渡せば敵意も顕わにこちらを睨みつけている者もいた。二名の転移者とその周囲に居た者たちだ。彼らは『球状の空間』を防御に使って被害を
とはいえ、
次ぎの問題はあの『球状の空間』が術者の意思通り、自在に移動や変形をさせることができるかだが……どうやらそうそう自在になる能力でもないようだ。
二名の転移者とその周囲にいた敵兵士たちが『球状の空間』を挟んで俺と向かい合うように移動を始めた動きを、アーマーから顔だけを覗かせて見ていたマリエルが気味悪そうにつぶやく。
「あいつら、あの嫌な魔力の歪みの向こう側に移動してる」
「そうだな。だが問題はない。むしろ好都合だ」
怯えるマリエルを安心させるように優しく頭をなでながら、わずかに残った防壁を頼るように二名の転移者と生き残った敵兵士たちが一ヵ所に集まっていくのを眺める。思わず口元が綻んでしまう。
「ミチナガ、悪い人みたいな笑顔になっているよ」
すかさず指摘してきたマリエルから口元を隠して、『球状の空間』の向こう側に集まっている敵兵士たちを鑑定する。
「悪人か……立場の違いだな。敵から見れば悪人かもしれないが味方からすれば英雄だ。いや、そもそも戦争なんだ。どっちも悪人かも知れないな」
「うーん、よく分からない。ミチナガも悪い人?」
「難しいことを考えるのはやめよう。今は自分たちが生き残ること、生き残るのに障害を取り除くことを考えようか」
よしっ!
あの集団に目星をつけたスキルを所持している者はいない。
あの『球状の空間』をどうやって出現させたのか知りたかったがこれ以上は油断や慢心に繋がりかねない。残念だが仕留めさせてもらおう。
土魔法と空間魔法、さらに重力魔法の三つの複合魔法で『球状の空間』を中心に地面を大きく陥没させると同時に、風魔法と火魔法を複合させて陥没させた地面の上空に強烈なダウンバーストを発生させる。
突然地面が崩れ重力の負荷が発生することで『球状の空間』と二名の転移者を含んだ敵兵士たちをその魔術の影響範囲に捉えた。
直径五十メートル、深さ十五メートルほどの巨大なクレーターが突然出現する。
さらに魔術により生み出されたタウンバースト――風速五十メートルを超える強烈な突風が上空から叩きつけられた。それは影響範囲に捉えた敵兵士たちから逃げ場を奪い、陥没した巨大なクレーターへと敵兵士たちを叩き落とす。
「凄い! あの魔力の歪み、まだあのままだよ」
一瞬で出現した巨大なクレーターや局地的に発生したダウンバーストよりも、その中にあって微動だにしない『球状の空間』にマリエルが驚きの声を上げている。
マリエル以上に驚きの声を上げているのは巨大なクレーターに飲み込まれた敵兵士たちだ。もっとも驚きの声よりも悲鳴の方が圧倒的に大きい。
巨大なクレーターに飲み込まれるように叩き落とされたのは二名の転移者と周囲に集まった兵士たちで『球状の空間』はその場にある。その異質な空間は何事もなかったかのように巨大なクレーターの上空に浮いていた。
あの『球状の空間』から術者である転移者――ドレイクとネルソンのどちらだか知らないが、彼らを引き離しても消えることはなかった。
問題は距離の離れた場所から操作できるかだが、その余裕を与えるつもりはない。
次だ。
この距離ならいけるだろう。俺自身初めて試みる複合魔法。
先程までよりも高速で鉄の弾丸と固体窒素の弾丸をそれぞれ数十発ほど射出する。
射出直後の空間と敵兵士たちを飲み込んだ巨大なクレーターの中の空間とを繋ぐことで、彼らの頭上から至近距離で鉄の弾丸と固体窒素の弾丸を降り注がせた。
高速で射出された鉄の弾丸は革鎧を中心とした敵兵士たちの鎧を
固体窒素の弾丸はさらに凶悪だ。その貫通力で身体の組織を破壊するだけでなく、そのマイナス二百度よりも低い温度が周辺の組織や細胞を追加ダメージのように一瞬で破壊した。鉄の弾丸と固体窒素の弾丸――降り注ぐ弾丸で重要な器官を破壊された者たちはそのまま絶命する。
「あの嫌な感じの魔力の歪みが消えたっ」
マリエルの言葉通りクレーターの上空に残っていた『球状の空間』は跡形なく消失していた。
空間感知と上空に視界を飛ばして確認する限り巨大なクレーターの中に生きている者は六名しかいない。それも重傷を負っておりこのまま放置すれば一時間ともたずに息絶えるだろう。
そして二名の転移者、ドレイクとネルソンの絶命も確認した。
どちらが生み出していたのかは知らないが彼らの絶命と共に『球状の空間』も消失した。これで『覚醒』による能力の可能性が高まったな。
少し残念に感じながらも生き残った敵兵士たちを再度鑑定する。
さらに残念なことに【縮地】と【加速】を所持した者が見当たらない。だが、【照準】と【狙撃】を所持した者はどちらも辛うじて生きていた。生きてはいたが長くはなさそうだ。
俺は鉄の弾丸に腹部を撃ちぬかれて瀕死状態にある【照準】と【狙撃】それぞれを所持した敵兵士たちのもとへと転移をする前に地面に伏せている寝返った兵士たちに語りかけた。
「お前たちの初仕事だっ! これから生きている者たちの中でお前たち同様にリューブラント軍へ寝返る意思のある者を助けに行く」
伏せている兵士は十四名、そのうち何名かの兵士が俺の言葉に顔をもたげる。俺の言葉の意味を理解できていないようで誰もがキョトンとした表情を俺に向けていた。そんなことはお構い無しにさらに続ける。
「お前たちは寝返る意思があるかの確認をしてくれっ! 俺は光魔法が使える、瀕死の重傷者でも助けることが可能だ。できるだけ多くの者を助けたい、協力をしてくれっ!」
それだけ言い終えると目的のスキルを強奪するため、マリエルと共に【照準】と【狙撃】それぞれを所持した瀕死の兵士のもとへと転移した。
◇
◆
◇
火の海がおさまるとリューブラント軍と共に参戦していた諸侯の軍、陣借りをしていた貴族の子弟や傭兵や探索者たちがこぞって焼け跡を越えてきた。
よく観察するまでもなく誰もが目をギラつかせて、先を争うようにして死体となった奇襲部隊の敵兵士たちに群がっている。
さきほど奇襲を受けて被害を受けた味方の恨みを晴らすのではなく、自分たちの手柄のために死体に群がっていた。
死体の首級を上げる者、死体から武器や防具を剥ぎ取る者。よく見ればかなり身なりの良い貴族や騎士と思しき者たちが傭兵や探索者たちに交じっている。
まあ、貴族や騎士団といっても傭兵や探索者たちと同様に略奪や捕虜の確保は参戦の目的の一つだ。
今は眼前に敵兵士の死体しかないが、敵国の町や村があればこれを襲い略奪を行う。村人が居れば捕虜としてそのまま奴隷商へと売り飛ばして自身の富とする。いわゆる奴隷狩りが行われる。
「さあ、これで大丈夫だ」
そんな味方の略奪行為を横目に見ながら寝返りを約束した敵兵士たち――今の扱いは捕虜なのだが、彼らの怪我を重傷・軽傷問わずに治療を進めながら味方の略奪行為を横目で見やる。
視線を捕虜達へと戻すと先程まで瀕死の重傷を負って治療を受けていた兵士はもとより、寝返りを約束した兵士のほとんどがその光景を見て蒼ざめていた。
まあ、彼らにしても立場が違えば自分たちも同様のことをしている。何が行われているのか、これから何が行われるのか、容易に想像がつくだけに自分たちの行く末を思い蒼ざめているのだろう。
「あの、私たちは彼らに引き渡されるのでしょうか?」
たった今、治療を終えた兵士が真っ青な顔で尋ねてきた。その表情を見る限りあまり楽しくない未来を想像しているのだろう。涙を浮かべているのは怪我による苦痛だけが理由ではないようだ。
「安心しろ、お前たちが約束を守る限り俺も約束は守る。もっとも身分の方は奴隷落ちの可能性もあるがな」
最悪の可能性を彼ら全員に聞こえるよう風魔法で声を響かせた。
そして、こちらへと騎馬を駆けさせてくる記憶にない徽章を付けた騎士たちへ対応するために椅子代わりにしていた岩から腰を浮かせた。 彼らへの約束を果たす引き金にならないことを祈りながら。
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