第244話 集中
真っ先に逃亡、いや、撤退した一団だけのことはあって判断が速い。瞬く間に絶望の表情が広がっていき、戦意喪失の雰囲気が蔓延する。
まだ味方が戦っているにもかかわらず命令系統を無視して撤退する一団があるのを見ると、『精鋭』であるかは疑わしいところだが一人一人のスキルには見るべきものがあった。
さきほど、火の海から抜け出してきた敵兵士の中に見つけた目ぼしいスキル。【集中】【照準】【狙撃】【加速】【縮地】の五つ。
それぞれ別の兵士が所持していた。
あまり目にする事のないスキルだ。【集中】は黒アリスちゃんとテリーが所持していた。同様に【縮地】と【加速】――【縮地】は黒アリスちゃんが所持しているし【加速】はロビンが所持している。この三つのスキルは三人により有用性は実証済みだ。
そして【狙撃】はアレクシスが所持しており、こちらも有用性は同様に実証済み。残る【照準】は初めて見るが鑑定した限り、【狙撃】や各種攻撃魔法と組み合わせることで攻撃精度の底上げが期待できる。
俺がターゲットとした敵兵士が所持するスキルはこれだけではない。
むしろ注目すべきは他のスキルを含めた個々のスキル構成だ。これらと併用することでより効果的となるスキル構成を所持していた。
今しがたの【槍術 レベル4】の男もそうだがレベル3以上の高レベルのスキルを所持した兵士が散見される。
もちろん、それだけではない。ひとつひとつのスキルのレベルは低くともその組み合わせで高い効果が発揮されるであろうスキル構成が目につく。
もちろん、彼らだけではない。
他の生き残った兵士たちもその大半が理想的なスキル構成もあって、精鋭部隊の一員としてここに居るのだと納得させられる者たちばかりだった。
なるほど、改めて思う。単体で優秀なスキルは存在する。だが、他のスキルと――或いは複数のスキルを所持することでその効果を何倍にも引き上げるようなスキル構成にすることが重要なんだ。
頭では理解していたが、改めて複数のスキルを組み合わせることによって効果が絶大となるスキル構成を目の当たりにすると、スキル構成についてもっと深く探求する必要があるのだと痛感する。
この奇襲部隊に参加した兵士のスキル構成は今後の参考に記憶しておこう。
俺自身が欲しいと思い目星をつけたスキルだけでなく、効果の高いと思われる組み合わせ――スキル構成を頭に叩き込むために全員のスキルを再確認しながら目的のスキルを所持したターゲットの動きを視界におさめた。
眼前の集団には俺が是が非でも欲しいと願っていたスキルを所持した男がいる。この戦意を失った一団にあって、周囲の様子を窺いながらゆっくりと後退っていた。
抜け目がないといおうか往生際が悪いといおうか。
俺が別方向へと視線を向けると、目的のスキル――【集中 レベル1】を所持した男が
「あ、逃げた」
「大丈夫だ。逃がしはしない」
マリエルの言葉に思わず苦笑しつつも答えて、目的のスキルである【集中 レベル1】を所持した男の走り去ろうとする先へと転移する。
「うぉっ!」
逃げ出した男は突然眼前に現れた俺に目を見張ると驚きの声を上げるのが精一杯でそのまま体当たりをするようにして突っ込んできた。
「そう簡単に逃げられると思うな!」
俺は十分に体重を乗せた右ストレートを向かってくる男に叩き込むと同時にスキルを発動させる。
タイプA 発動!
スキル強奪に成功したときの感覚、新たな力を得た感覚を覚えると同時に高揚感が全身を駆け巡る。
成功だっ!
実験も成功した。
殴りつけながら【強奪スキル タイプA】を初めて発動させたが問題なく発動した。接触は殴る程度の短時間でも十分ということだ。
「やっつけたっ」
俺の右ストレートを左頬に受けて地面に転がった男を見てマリエルが歓声を上げる。
男は直ぐに動くことはできずに
展開していた魔法障壁の効果か? さすがに奇襲部隊に参加するだけのことはある。【身体強化 レベル4】を持つ俺の渾身の右ストレートをまともに受けて、なお意識を保っていた。
突然背後に転移した俺と派手に殴り倒された男に撤退していた一団の視線が集中する。
俺は殴り倒した男に向かって右脚を踏み出すと同時に先程までいた場所、撤退する一団の先頭の正面へと転移で戻ると眼前にいる男たちは誰もが背中を向けていた。俺は彼らの背中に向かって話し掛けた。
「さて、次はお前たちの番だ。奇襲を仕掛けてきたんだ、反撃は覚悟していたよな」
穏やかに話しかけた俺の言葉に弾かれるように数人が振り向く。それに続いて連鎖するように敵兵士たちが振り向き視線が俺へと注がれた。
撤退する一団の向こうにある『球状の空間』の状況に半ば意識を向けるが『球状の空間』に変化はない。
先程のことを考えるとそろそろ効力を失うはずだ。距離があるとはいえ、距離を詰める手段を持っている可能性もある。交戦中に敵兵士ごとあの『球状の空間』に捕らえられるのはごめんだ。
さっさとけりを付けるか。
「お前たちには全滅してもらう。これも戦争だ、覚悟を決めてくれ」
「見逃してくれ」
「命令されたやむなくやったんだ」
「俺たちだってやりたくなかった」
「故郷に妻子がいるんだ」
「故郷に恋人がいるんです」
「お、俺も婚約者がいる、帰ったら結婚する約束をしている」
覚悟を促す俺の言葉を合図にするかのように身勝手な命乞いの言葉があちらこちらで上がった。誰も彼もが武器を投げ出して涙ながらに訴えている。
適当なことを言ってそうなヤツも居るような気もするが、どいつもこいつも必死な表情と口調のため判断がつかない。
なんて連中だ。
奇襲攻撃でリューブラント軍の兵士を蹂躙しまくっていたやつらがひとたび窮地に陥ると途端に命乞いかよ。
まあ、気持ちは理解できる。自分が可愛いのも分かる。
何とも信用のできない連中ではあるが能力――スキルだけ見れば優秀だ。そして、忠誠心が薄く利にさとい連中ならこれから先の利用価値もあるか。
「俺に協力しろ! リューブラント軍に寝返るのなら助けてやる。ただし、当面の扱いは捕虜だ」
俺の提案に撤退行動に出た一団に広がったざわめきは一瞬で消え去り、予想もしなかった言葉に戸惑い互いに顔を見合わせている。
戸惑いの様子から少し時間を掛ければ寝返りそうではあるが、今は交戦中だ。時間は掛けられない。
殴り倒した――【集中 レベル1】を奪った男に向けて鉄の弾丸を十発ほど射出する。
鉄の弾丸を全身に受けた男は弾丸の勢いで大きく跳ねるとそのまま動かなくなった。
スキルを奪ったお前を生き延びさせる訳にはいかない。俺が強奪スキルを所持していることが露見するリスクをそのままにはできない。
男の絶命を確認すると戸惑いと驚きに加え再び襲ってきた恐怖心を顕わにした撤退を図った一団へ向けて語りかける。
「ガザン王国に先はない。いや、ガザン王国はこの地上から消えてなくなる。カナン王国とリューブラント軍はそこまで徹底的にやるつもりだ。最後までガザン王国に味方した者がどうなるか想像できるか? それでも尚ガザン王国に味方するならそれ以上は言わない」
俺の空間感知が『球状の空間』が消えたのを捉えた。空間の中に誤って捉えられた敵の兵士は無事だ。どうやら『球状の空間』は発動後もある程度の操作ができるようだ。少なくとも追加で何らかの効果を及ぼすかそのままで放置するかは選べると考えてよいだろう。
次の発動ができる状態となった以上ここまでだ。
「寝返る者は今すぐに地面に伏せろっ! 伏せなかった者、迷って遅れた者は寝返る意思なしと見なして敵として対処するっ! 猶予は三つ数えるまでだっ!」
俺の言葉に全員が一斉に反応した。
だが、動きの遅い者は居る。慌てて地面に伏せる敵兵士たちに向けて三つ数えると、数十発の鉄の弾丸と数十発の爆裂系火魔法の火球とを扇状に射出する。
わずかコンマ何秒かの時間が生死を別ける結果となった。
慌てて地面に伏せる兵士たちの頭上を鉄の弾丸が通過し、そのまま後方に居る敵兵士へ向かう。迷ったのか、動作が遅れた地面に伏せる途中の兵士数名を貫通した鉄の弾丸も同様に後方の敵兵士と向かった。
爆裂系火魔法の火球は速度を落としているため鉄の弾丸にかなり遅れて、鉄の弾丸の射線に入らなかった二名の転移者が居る方向へと向かう。
さて、目ぼしいスキルを持った兵士が生き残っていることを願おう。俺は用心のため空間転移で二名の転移者からさらに距離を取る。
鉄の弾丸はその射線に捉えた兵士の半数近くを絶命させ、生き残った兵士にも戦闘に支障をきたすほどの手傷を負わせた。
計算通りではあるが、速度のある攻撃のため防御が間に合わなかったようだ。
そして遅れて到達した火球は二名の転移者とその周囲を爆風と土煙で覆う。
草原のためそれほど大きな土煙ではなかったが、それでも数秒に渡り二名の転移者とそ周囲の敵兵士たちの姿を俺の視界から隠した。
土煙をブラインドとして攻撃が来るものと予想していたが、攻撃魔術どころか投石の一つも飛んでこない。
空間感知で把握できる範囲ではこちらの予想以上に被害が出ている。そして……
土煙が不自然な形に晴れだした。
土煙の中に球状の歪みが見える。その球状の歪みに沿って土煙が晴れていく。明らかに異質な光景だ。
だがこちらの狙い通りに三度あの『球状の空間』を発動させることができた。
さて、一気に畳み掛けたいところだが、あの『球状の空間』が連続発動、同時発動できないというのも見せ掛けの可能性もある。慎重にいくとするか。
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あとがき
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【コミカライズ情報】
ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中
以下、URLです
どうぞよろしくお願いいたします
https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1
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