第243話 球状の空間
俺の放った攻撃魔法は最も速度のある雷撃が真っ先に目標に到達した。
雷撃は閃光を放ちながら湾曲した球状の空間にまとわり付くようにして球状の空間を覆っていく。雷撃によって生じた閃光を突き抜けるようにして重力弾と鉄の弾丸が到達する。
重力弾はわずかに球状の空間に歪みを生じさせたが貫通することなく空間の外周に沿って弧を描きながらその軌道を逸らされていった。
同着した鉄の弾丸も同じだ。まるでレールの上を滑るようにして軌道を逸らされていた。それは遅れて到達した風の刃、水弾、火球も同様だった。
やはり空間が歪んで閉ざされているとみて間違い無さそうだ。
魔術による攻撃が通用しない。重力魔法が辛うじて影響を及ぼさせた程度か。防御にも利用できそうだな。
あれを突破するには重力魔法に魔力を込めてブラックホールのような重力弾を放つか、空間魔法と他の攻撃魔法との複合攻撃魔法か?
取り敢えず周囲の敵兵士を掃討しつつ幾つか試してみるか。
先ずはその厄介な『球状の閉ざされた空間』の魔法を同時、或いは連続発動できるかだ。
俺は上空から左側に展開している敵兵士に向けて雷撃を放つと、ドレイクとネルソンが『閉ざされた空間の魔法』を発動させたのと同じ距離、二人からみて反対側のとなる場所に姿を現した。
俺の居場所を特定できずに上空や雷撃が着弾した左側周辺をキョロキョロと見ているドレイクとネルソンに向けて、こちらの焦りや困惑が表に出ないよう半ばからかうような口調で話しかける。
「初めて見る魔術だ。興味深いな。どうやった? それともアイテムか? 後学のために教えてくれないか?」
「てめぇっ」
「あれをかわしやがったのか」
俺の言葉にドレイクとネルソンは弾かれたように振り向くと、驚きの表情と警戒の色を顕わにしながらも言葉を発した。
もっとも、長剣を持った男が驚きの声を上げるのが精一杯でその場で棒立ちになっているのに対して、日本刀を持った男はそれでもこちらを伺うようにして日本刀を正眼に構え直している。
直ぐに攻撃には移らないのか? あの『球状の閉ざされた空間』の魔法を連発はしてこない? 時間を稼いでいるのだろうか?
ドレイクとネルソン以上に周囲の敵兵士たちは驚き戸惑っている。
負け戦と決め込んだのか、ドレイクとネルソンの味方を平気で巻き込む戦い方に恐れをなしたのか。理由は分からないが 空間感知で引っ掛かってくる限り、既に逃亡を始めた者もわずかではあるがいた。
逃げ出した敵兵士たちは後で追いかけて仕留めるとして、今はあの『球状の閉ざされた空間』の正体だ。
「なあ、あの魔法」
俺は気だるそうにそう言うと、未だに発現状態にある『球状の閉ざされた空間』へ向けて一瞬だけ視線を向けて再びドレイクとネルソンへ視線を戻して話を続ける。
「どうやったのか教えてくれないか? 取り引きをしてもいいぞ。教えてくれたらこの場は見逃してやるよ」
もちろん見逃すつもりなんて毛頭ない。こちらもあの魔法の正体を突き止めるための時間稼ぎだ。まあ、被害を最小に留めて退却するために教えてくれるなら儲けものではあるか。
俺の言葉に長剣を持った男と日本刀を構えた男が一瞬視線を交わすと日本刀を構えていた男が『待ってくれ』と言わんばかりに左手を前に突き出す。
「それは本当かっ!」
「もちろんだ。お互いに戦争に巻き込まれて敵同士ってことだが」
「あの変な形の黒い剣、あれも何だか嫌な感じがする」
日本刀を構えた男に向けて話をしている途中でマリエルが小声で注意をうながす。その声音からかなり怯えているのが伝わってくる。
「同郷でもあるし目的も一緒のはずだ。戦争が終わったら協力し合いたいと思っている」
俺の言葉に日本刀を構えた男が戦意のないことを示すかのようにゆっくりと日本刀を降ろす。しかしその目からは戦意と憎悪は消えていない。
「見逃すとか言っておいて背後から攻撃ってのは、なしで頼むぜっ!」
「ああ、もちろんだ。お互いに正直にいこう。俺はカマタリ・ナカトミ。そっちはどっちがドレイクでどっちがネルソンなんだ?」
俺はそう告げると手にしていた短剣を腰に収めてマリエルに小声で話しかける。
「異質、いや、普段と違う魔力を感じたら報せてくれ」
空間感知を周囲に展開しながらドレイクとネルソンの動きを視線で追う。今のところ二人におかしな動きはない。
日本刀を持った男が抜き身の日本刀を手にしたまま両手を肩の高さに上げ『無抵抗』の意思を示すようにして半歩進み出る。
「俺がネルソンだっ!」
相変わらず怒鳴るような大声が響く。
どうやら風魔法を使って声を離れた場所へ届けたり拡散させたりするこはできないらしい。
さては攻撃魔法ばかり鍛錬したか? 或いは転移者であるアドバンテージにあぐらをかいて検証や鍛錬を怠ったか……。
「カマタリ・ナカトミだ」
「消えたよ、あの魔法」
俺が展開した空間感知が察知するのとほぼ同時にマリエルから声が掛かった。俺はマリエルに対して『分かった』旨をアーマーの胸元を軽く叩いてしらせると、手近な敵兵士の一人をターゲットと定めつつ尚もネルソンに向けて話を続ける。
「じゃあ、そっちの長剣を構えている男がドレイク――」
来たっ! 対応が早いじゃないかっ!
敵兵士の一人と俺とが入れ替わる形で転移をする。
今のいままで俺が居た場所に転移をした敵兵士を『球状の閉ざされた空間』がその中に取り込む形で出現した。それを視認したところで再び上空へと転移をする。
不運な敵兵士を取り込んだ『球状の閉ざされた空間』に変化はない。
捕らえるだけか?
「酷ーいっ。あいつら騙したっ。嘘つきだよ、ミチナガー」
上空へ転移すると同時にマリエルの非難の声が響く。気のせいかな? マリエルの言葉が俺の心をグサグサと突き刺すような錯覚を覚える。
「いや、マリエル。これは戦争だから。騙すとか嘘をつくとかは普通だから」
「えー、でも酷いよー。あいつら許しちゃダメだよ」
尚も非難の声を上げるマリエルをなだめながら戦場から脱出を図った敵兵士を始末するために、彼らの進路へと転移した。
◇
不運な敵兵士を取り込んだ『球状の閉ざされた空間』のその後が気になるが、発動後に自在に干渉できるのであればむざむざ味方を殺すようなこともないだろう。
それよりもこちらの拾いものだ。
逃亡する敵兵士の先頭を走る男から五メートルほどの距離を取って出現すると、先頭を走る男だけでなく数名の逃亡兵たちがたたらを踏むようにして減速する。
「撤退か。いい判断だ。と言いたいところだが、それも理由次第だな。どんな理由で撤退したのか教えてくれないか?」
突然目の前に現れた俺が誰なのか分からずに戸惑っている逃亡兵たちに向かって何となく気になったことを問い掛けながら、ドレイクとネルソンとのやり取りをしていたときの動きを思い返していた。
こちらが話し掛けている最中に仕掛けてきた。それ自体はいい。こちらとしても十分に想定していた行動だ。
問題はそこじゃあない。仕掛けてきたのが発現中の『球状の閉ざされた空間』が消えてからということだ。連続発動は出来ても同時には発動できないと考えてよいだろう。それと――
「うるさいっ! そこをどけっ!」
最も近い場所に立ちすくんでいた逃亡兵が突然剣を抜いて切り掛かってきた。目的の一人だ。
【身体強化 レベル3】に【剣術スキル レベル3】か。それはそれで相当のスキルレベルだが、逃亡途中とはいえ自身の最も得意な槍を装備していなかったのは残念だったな。
右手に持ったアーマードスネークの短剣で振り下ろされた長剣を受け止め、そのまま相手の右側に回りこむと左手に持ったアーマードスネークの短剣で逃亡兵の右腕を切り落とす。
右手を失った痛みと絶望感から悲鳴を上げて後退る逃亡兵を追うように距離を詰めて捕らえた。
タイプA 発動っ!
よし、【槍術 レベル4】を奪った。
奪うと同時に雷撃を放ち絶命させる。
「ボードワンが簡単に……」
「おいっ! あれ……」
「ああ、そうだ」
「さっきの男じゃないのか?」
「グレン様みたいに空間魔法を使っていた男だ!」
先程までの自分たちの優位を覆した男と俺が同一人物であることが信じられないようだ。その事実を確認するかのような言葉が逃亡兵たちの間に広がっていく。
言葉の広がりに同調して周囲の逃亡兵の間に絶望の空気が広がっていった。
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あとがき
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【コミカライズ情報】
ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中
以下、URLです
どうぞよろしくお願いいたします
https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1
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