第242話 ドレイクとネルソン

 広範囲に燃え広がっていた火の海も、その中の様子だけでなく反対側まで見通せるほどに炎の勢いが衰えだしていた。火薬を燃やし尽くしたのだろう、突発的に上がる炎や爆発はもうない。

 そして、火の海を逃げ惑う敵の兵士たちの姿もなかった。


 大半は焼け死んだが、それでも相当数が脱出をしてきている。

 念のため確認をしておくか。


「マリエル、魔力量の多いヤツは先程の二人以外にはいないか?」


 マリエルに敵兵士たちのチェックを頼み、俺自身は火の海を脱出し新たにこの包囲網へと加わった兵士たちを含めて改めてここまでの敵兵士たちの動きを思い返す。


 アイテムボックスを使用したと思われる痕跡はあった。

 だが、空間転移を使ってあの火の海を脱出してきた者はいない。一番厄介な空間転移を自在に操れるヤツ――『銀髪』 のような魔術師はいないと考えて良いだろう。


「今、消えなかったか?」


「ああ……連続で消えた」


「空間魔法……」


「発動も早いぞ、まるでグレン様のようだった」


「え? 幾らなんでもグレン様ほどの魔術師がそうそう……」


「グレン様ほどの空間魔法の使い手なら簡単に逃げられるだろう?」


「いや、魔術の発動は早くてもグレン様のように遠くへは行けないのかもしれないんじゃ……」


「それよりも今、ドレイク様とネルソン様が……」


「それ以上言うなっ!」


 マリエルからの情報を待つ間、警戒と情報収集のために展開していた空間感知と風魔法による音の拾いこみに敵兵士たちのつぶやきが聞こえてくる。


 どうやらあの『銀髪』 がグレンで間違いなさそうだ。

 それと目の前の二人は『ドレイク』 と『ネルソン』 か……まさか、倒した二人のうちどちらかが『ナポレオン』 とか『ウェリントン』とかじゃないよな。


 俺がそんなくだらないことを考えていると、周囲の状況を確認するために俺の頭の上に上っていたマリエルが左肩へと降りてきて耳打ちをする。


「居ないよ、あの二人だけが凄く魔力量が多い」


「ありがとう」


 俺の肩の上に立っていたマリエルを改めてアーマーの中へと戻すと、警戒の表情も露わな二人の転移者――たぶんドレイクとネルソンに向き直った。


 決まりだな。

 マリエルからの情報をもとに高位の空間魔法を使える魔術師はいないものとして作戦を組み直す。


「どうした? 動きが止まったようだが? 諦めたかのか?」


 長剣と日本刀を構えたまま動きの止まった二人の転移者に向けて柔らかな口調で語りかけると、長剣を構えた男が唸るようにつぶやき、日本刀を構えた男が長剣を構えた男に注意をうながした。


「てめっ! 空間魔法まで持ってやがったのか……」


「まずいぜ。グレン並みの可能性もある。慎重にいくぞ」


 二人の表情を見る先程までと違って明らかにこちらを警戒している。いや、周囲を包囲している敵兵士たちに至っては警戒を通り越して畏怖の目で見ている。包囲している兵士たちの腰が引けているのが分かる。


 よく観察すれば長剣は凝った意匠が施され、高価そうではあるがどこかこちらの異世界の雰囲気を持っている。

 しかし、日本刀は異質だ。


 形状は日本刀そのものでブレードは艶消しの黒。どこからどう見ても女神さまから貰った武器か初期装備。となると、是非とも欲しい武器だが……。

 魔術で捉えきれないのに接近戦用の武器で捉えられるつもりか? それともこちらの意識を接近戦に向けさせる意図でもあるのか? 前者なら俺を捉えるだけの何かがある。武器かアイテムか覚醒か……。後者なら油断さえしなければ問題ない。


 なおも警戒してこちらを伺っている二人の転移者に向かってつまらなそうに言い放つ。


「なあ、ドレイクとネルソンだっけ? お前たちも『覚醒』はしているのか? もし覚醒していないなら俺の敵じゃあない。見逃してやるからとっとと消えろ」


 これで逃げ出すようなら楽なんだがな。空間魔法で追いかけて一人ずつ倒すだけだ。俺はこちらの異世界の切り札として他の転移者に比べて強化されている。一対一で俺に勝てる転移者は居ないはずだ。


 俺の言葉に一瞬だが戸惑いの色を見せたが、すぐさま警戒の色をより濃くして、背後にある火の海を右手に来るようにしてゆっくりと位置を変えながら長剣の男が愚痴り日本刀の男が決意を口にする。


「チッ。厄介だな」


「ああ、だが、ここで仕留める。やるぞっ!」


 思いは同じか。俺も敵さんもここで決着をつけたいようだ。だが、仕掛けてくる動きは二人だけじゃない。俺の周囲に散開していた兵士たちの一部も魔法攻撃を主軸にして攻撃の準備を進めている。

 周囲に張り巡らせた空間感知が魔術発動の兆候を次々と感知する。


 目の前の二人に逃げる様子はない。『覚醒』しているのか。


「逃げないね」


「ああ、アーマーから出るなよ。あの二人の攻撃は俺の複合障壁を突破してくる」


 危機感の欠片もないのん気な声を上げるマリエルに再度注意をうながすようにして自身に言い聞かせる。『銀髪』のときの二の舞はしない。


 来た! 後方からか!


 後方から襲ってきた複数の火球と風の刃に対して複合障壁を二重に展開すると同時に上空から雷撃を放つ。


「逃げてっ!」


 危険っ!  鳥肌?

 マリエルのらしからぬ緊張感のある『逃げてっ!』の声と同時に俺の中で警鐘が鳴り響く。


 雷撃を放つと同時に二人の転移者から距離を取るようにしてその場を空間転移で上空へと移動した。

 眼下に先程まで自分が居た場所を含めて俯瞰するように戦場を視界におさめる。


「魔力が歪んでるよ」


 マリエルが緊張した口調といつにない早口で言葉を発し先程まで俺たちがいた場所を見つめている。


 言わんとしていることは分かる。

 歪んでいるのは魔力じゃあない。


「違う! あれは空間が歪んでいるんだ」


 眼下にある不自然な景色が飛び込んでくる。

 まるで巨大なガラスの球体が突然そこに現れたように景色が湾曲している。


 先程まで俺たちのいた場所が球状の閉ざされた空間と化していた。あれは危険だ。性能までは分からないが空間魔法を自在に使う俺に使ってきた。しかもヤツらはグレン――『銀髪』の能力を知っている。

 それでも尚使ってくるということはアレが俺に対して有効だと信じているからだ。


 ドレイクとネルソンの位置が変わっている。わずかだがいつの間にか距離を詰めていたのか。

 発動に距離の制限あるのか?


「ミチナガー、あれ嫌だよー」


「ああ、俺も嫌だ」


 複合障壁を突破させる攻撃手段。空間魔法でも脱出できない捕縛手段があると考えた方がよい。

 自分に有効な攻撃手段やアイテムをこうも連続で見せられるとは思わなかった。何とも嫌な気分になる。


 なるほど。

 今まで俺たちと戦った連中の気持ちがよく分かる。自分たちの攻撃は一切通用せずに俺たちの攻撃が一方的に通用する。それも圧倒的な火力でだ。


「どうするの? 逃げる?」


「いや、あの攻撃は危険だ。ここで倒しておきたい。俺だから事前に察知してかわせたが他のメンバーではかわせるか怪しい」


 胸元から顔を出して不安そうに俺のことを見上げるマリエルにここで決着を付けることを告げる。

 口では『怪しい』と言ったが、他のメンバーではかわせないと考えた方がよい。いや、それだけじゃない。不意打ちをくらったら俺だって危ない。そんなヤツらを野放しにはできない。


 まいったな。

 敵兵士を引き付けて広域の攻撃魔法で敵兵士を削ると同時に、転移者二人をかく乱しつつ隙を突いて倒すつもりだったのに。プランの修正をしないとならない。


 旨みがないのであまりやりたくはないが、最悪は遠距離から一撃で仕留める。


 先ずはあの歪んだ空間に外部から攻撃が通るか試してみるか。

 上空から先程まで自分たちのいた空間にある湾曲した球状の空間に向けて、鉄の弾丸と水弾、火球、風の刃、雷撃、重力弾にそれぞれ魔力を多めに注ぎ込んで放った。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


【コミカライズ情報】

ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中

以下、URLです

どうぞよろしくお願いいたします

https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1

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