第241話 残る二人

 火炎系の広域火魔法――いつも以上に魔力を注ぎ込んで、ナパームをイメージして放った火炎系の火魔法は広範囲に火の海を作り出した。火魔法で作り出された炎が背丈の高い夏草を燃やして、さらに勢いを増す。

 さらに敵が用意していた火薬に誘爆し火の海の中で幾つもの爆発と炎上を起こしていた。


 眼前に広がった紅蓮の炎のなかから幾つもの爆発音に交じって人の悲鳴と走り回る敵兵の武器や防具の擦れる音、そして草原を疾駆しっくする足音が聞こえている。

 火の海から脱出してきた奇襲部隊の兵士たちが、二人の転移者にならうように火の海を背にしてこちらに憎悪の視線を向けていた。


「ミチナガー、あいつらの攻撃がこっちまで届いたよ」


「心配するな、十分に対処は出来る」


 そう、一番の問題は敵の攻撃が俺に対して十分に有効だってことだ。しかも攻撃は速度のある雷撃と銃弾と同程度の速度が出る土魔法による鉄の弾丸。どちらも速度があり殺傷力が高い。

 空間感知を展開して実際に魔力が発動する前に攻撃魔法が放たれる兆候ちょうこうを掴んでいなければ危なかった。複合障壁をあてにしきっていたら今頃どうなっていたことか。考えただけでもゾッとする。


「ちょっと厄介だな。しかもこっちは一人で向こうは二人か……慎重に行くぞ」


 胸元のアーマーから出ているマリエルの頭を静かにアーマーの中に戻しながら自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 銀髪の仲間ってことは女神さまから武器や防具、何らかの有用なアイテムを貰っている可能性が高い。俺の複合障壁を容易に突き破ってきたのはそれか?

 こちらに倍する戦力――アイテムを所持している転移者が二名。もしかしたら覚醒もしているかも知れない。そんな危険な相手に真っ向勝負は避けたいところだが、見逃してはくれないよなあ。


 自分たちの仲間を殺したのもこの火の海を作り出したのも、俺だと決めつけるようにこちらへ憎悪の視線を向ける二名の転移者。そんな彼らに向けて世間話をするような感じで話しかけた。


「なあ、グレンってのが誰だか知らないが人違いじゃないのか?」


「うるせーっ」


「てめぇ、生きて帰れると思うなよっ」


 人違いであることを主張したが聞く耳を持ってくれない。頭に血が上っているのか、人の話をちゃんと聞かない性質たちなのか。何れにしても簡単に挑発に乗ってくれそうなヤツで助かる。


「騙せなかったね」


「いや、別に騙すつもりじゃないから」


 アーマーの中――胸元でなにやら誤解をしているマリエルに、二人の転移者へ視線を向けたまま返事をする。今は誤解を解いている時間が惜しい。後でゆっくりと話し合うことにしよう。

 

「たいしたものだな。まさかあの火の海を脱出してくるとは思わなかったよ」


 目の前の転移者二名に向けて余裕の笑みを浮かべて感心したような口調で話しかけると、挑発されたと思ったのか口汚く罵りながら尚も詰め寄ってきた。そんな二人へ向けて、小ばかにした口調に変えて尚も話し続ける。


「桶狭間の戦いを真似して長く延びた軍を脇から奇襲とか、オリジナリティの欠片もないどころか、晴れた明るい午前中から仕掛けてくるとか間抜けにも程があるな。下手な模倣もここまでお粗末だと笑い話にしかならないぞ」


「覚悟は出来てんだろうな」


「てめぇっ! 喧嘩を売ってんのかっ!」


「喧嘩ねぇ。俺たち戦争してるんじゃなかったか?」


 こちらの挑発に簡単に乗ってくれた男たちをさらに煽る。


「火の海にビビッて逃げてきたくせに随分と威勢がいいな。俺なら火の海を引き返したりせずに突っ切って、そのまま敵の本陣へと予定通りに奇襲を続行するがな」

 

 これは嘘だ。引き返してきた彼らの判断は正しい。不測の事態で戦力の三分の二近くを失ったんだ、それでも尚、戦闘を継続するのは指揮官失格だ。

 そんな思いが表情にでないように気をつけてさらに言葉を続ける。


「せっかく成功しかけたのにもったいなかったな。突っ切っていればリューブラント侯爵の首級を上げられたかも知れなかったのに――」


「やかましいっ!」


「おいっ! 囲め! 逃がすんじゃねぇぞっ!」


 人の話をちゃんと聞かないな。『残念だったな』と続けようとした俺の言葉に被せるようにして、二人の転移者が周囲の兵士たちに矢継ぎ早に指示をだしている。


 その指示に従って兵士たちの半数以上が俺の後方へと回り込む。

 混乱の中にあるためか軍隊の動きとは思えないほどにバラバラで統制が取れていない。そんな敵兵士と火の海を抜けてくる敵兵士たちの動きを空間感知で確認しながらも、先程の自分自身の言葉を反芻する。


 桶狭間の真似ねぇ……桶狭間の再現を招く可能性はあった。今もこうして火の海から脱出してきた兵士たちが次々と合流してきている。

 周囲に集まってきている連中にしてもそうだ。なるほど、 魔力障壁を巡らせて炎をしのいだのだろう。これだけ広範囲に広がった炎の中から自軍の兵士たちを助けなが生還している。それだけでも優秀で魔力量のある魔術師が多数いたことが分かる。


 二人の転移者の周囲に火の海を命からがら脱出してきた敵兵士たちが集まっていく。

 この二人、周囲の連中からかなり信頼をされているのか、 彼らと合流した敵兵士たちの表情に安堵の色が現れる。


「意外と生き残っているじゃないか。壊滅状態になると思ったんだがなあ」


 本当に意外なくらい生還している。彼らが精鋭であることは間違いなさそうだ。となれば、益々このまま帰す訳にはいかない。出来るだけ削る。可能ならここで全滅してもらおう。

 次々と集まってくる敵の精鋭を確認しながら、転移者の二人からゆっくりと距離を取る。

 

 そんな俺に向かって転移者の二名の口元が下卑た感じで緩み、続いて嘲笑するような言葉が漏れた。


「さすがにこの数は厳しいか?」


「いまさら逃げようたってそうはいかねぇ」


 嘲笑の笑みに加え、二人の目に残虐な光が宿っているように見えるのは、気のせいだけじゃないよなあ。


 俺がこの人数――約一千名の兵士に臆して後退あとずさりをしたと勘違いしみたいだな。ということは、この二人ではこの残兵一千名を相手にするのは厳しいということか? 少なくとも困難ではあると考えてよいか……


 残虐な光を宿していたのは周囲に集まってきている敵兵士たちも一緒だった。

 敵兵士たちが強気の理由は個々の能力に自身があるのもそうかもしれないが、数と目の前にいる二人の転移者を頼りとしているだろうな。


 どうせなら一気に仕留めたい。

 まだ火の海から抜けてくる兵士がまだわずかに残っている。もう少し時間を稼がせてもらおうか。


 先程の火魔法よりも殺傷力の高い広域系の攻撃魔法で殲滅する。

 理想は重力障壁の内側に閉じ込めて逃げ場を奪ってから焼き払うのだが、さすがに千人近い兵士を閉じ込めるだけの重力障壁を展開するのは難しい。


 もっとも、敵兵士の数は増したがざっと見回した限り、脅威となりそうなのは転移者の二名だけのようだ。

 数は力といっても統制がとれていなければ烏合の衆でしかない。そして目の前の連中はまさにそれだ。


 加えてほうほうの体で逃げてきたところに状況が急変――多勢に無勢で敵兵士である俺を目の前にしている。火の海で失った仲間の恨みや、自分たちが味わった恐怖の仕返しをする対象が目の前にいる。どいつもこいつも目が血走っていた。冷静に対処できている人間が果たして何人いることか。


 マリエルもそれが分かっているのか、増えていく敵の兵士たちの動向など目もくれずに二人の転移者へ注意を向けている。


「凄い魔力量……ミチナガ、あの二人もの凄い魔力量だよ」


「ああ、分かっている。例の銀髪の仲間だ」


 手こずった挙げ句に女神からの武器と銀髪自身の覚醒能力により、あわや死に掛けた苦い記憶が蘇る。


 今の雷撃と鉄の弾丸……【雷魔法 レベル5】と【土魔法 レベル5】といったところか。

 俺の複合障壁を突き破ったんだ、どちらもレベル3や4ってことは無いよなあ。恐らくはレベル5だ。そして何らかのブーストがされている可能性がある。或いは覚醒した能力か。


 何れにしても警戒はしないと。

 それにしても女神さまも、もう少し俺に優しくというか、贔屓ひいきしてくれても良さそうなものなんだがなあ。その辺りの気持ちを今夜にも聞いてみるか。


 来た!


 魔術発動の兆候から即座に雷撃と鉄の弾丸が放たれた。

 眼前に高輝度の光が発生したかと思うとその輝きに遅れて空気を切り裂く轟音が響き、鉄の弾丸がその合間に飛来する。


 魔術発動の兆候と同時に空間魔法を発動させショートレンジの転移を行う。場所は左側に展開した兵士たちの後方。

 雷撃と鉄の弾丸は俺の居た場所を通過すると、そのまま後方へと回り込んだ兵士たちを襲う。雷撃の直撃を受けた者は何かに弾かれたように吹き飛び、鉄の弾丸は容赦なく兵士たちを防具ごと貫通する。


 なんとまあ。予想外の射線軸で放たれたよ。

 俺の後方の兵士が居ない場所に雷撃と鉄の弾丸が抜けるような軌道で攻撃が襲って来るかと思えば、その射線軸は囮かよっ! 


 先程は現地の兵士たちを助けながら脱出してきたので少しは見直したのに。

 俺も人のことはあまり非難できるような行いはしていないが、それでもこいつらのやり様はやはり好きになれない。


 転移と同時に左側に展開していた敵兵士たちの後方から、逆側――右側へと展開した兵士たちへ向けて、地表と並行させて扇状に数百発の鉄の弾丸を五斉射に分けて射出する。

 俺の放った鉄の弾丸は手前側の兵士たちの半数を後方からなぎ払い、その向こう――右側に展開している兵士たちを全て捉えた。


 反応が早い。

 息をつく間もなく二人の転移者がこちらへ向けて雷撃と鉄の弾丸を放ってくる。


 魔術発動の兆候と同時に上空へと転移し、転移者二人が放った魔術が左側に展開していた兵士たちの半数近くを巻き込むのを視認しつつ風魔法と土魔法、重力魔法を同時に発動させる。

 ターゲットは俺を包囲しようとしていた兵士たち。


 ダウンバーストと大規模な陥没が同時に襲う。

 広域に設定していた魔法は生き残った兵士の大半をその影響下に捉えた。


 残数、六百名ほど。

 なかなかたいしたものだ。足止めの目的で放った魔術だったとはいえ、ほとんどの敵兵士が脱出している。


 俺が転移魔法を自在に使えると思っていなかったのか、二人の転移者が顔を強ばらせながら、一人は長剣をもう一人は日本刀を抜き放った。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


【コミカライズ情報】

ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中

以下、URLです

どうぞよろしくお願いいたします

https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1

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