第240話 火の海

 マリエルが当たりをつけた地点である赤と青の旗から敵陣内へ五百メートルほど入り込んだ地点へと転移した。

 転移と同時に周囲を見渡す。


 視覚を飛ばして確認したときに分かってはいたが、傭兵や探索者を中心とした人員構成の奇襲部隊なのだろう、装備もまばらで俺が特別に目立つことはない。

 俺の左右両側と後方に居る兵士は敵兵のみで数もわずか五十人ほどだ。


 周囲を見る限り奇襲を仕掛けてきている部隊だけのことはあり緊張が見られる。

 だが、いきなり敵であるリューブラント侯爵軍の魔術師が自分たちの中に転移してくるとは予想していなかったようで俺のことに気づいた様子はない。


 改めて赤と青の旗のある地点とその先に広がる前線へと視線を巡らせる。

 複数の魔術師からの遠距離攻撃と身体強化系と思われる魔術なり魔道具なりで強化された前線の兵士の精強さに未だ押されている状態が続いていた。前線が持ち直すにはまだ時間が必要そうだ。 

 

 さて、後方から奇襲を仕掛けてあの赤と青の旗付近にいるはずの魔術師集団を崩すか。それだけでも前線に与える影響は相当なものになる。

 ヤツらが火薬を持っている可能性もあるし、ここはあわよくば誘爆を狙って広域の火炎系火魔法を数発撃ち込もう。


 俺が魔法を撃ち込む場所を物色していると突然マリエルの声が胸元から響いた。先ほどまでとは違う。力強い自信に満ちた響きがある。


「あれっ! きっとあの人だよっ!」


 アーマーから半身を出すようなことはせずに顔だけ出して一点を指差していた。


 マリエルが示す先へと視線を向けるとこちらの異世界の探索者が好んで使用する軽装の革製アーマーを装備している男たちの集団が居た。

 数はおよそ二百名。大雑把にだが即座に鑑定を行使する。


 居た。

 居たよ、鑑定が通らないヤツが。


 転移者だ。

 数は一人。


 カナン王国の捜索隊を壊走させた五人の魔術師の生き残った二人のうちの一人とは限らない。むしろその可能性の方が低いくらいだ。


 もし違う転移者の一人だったら。

 もしかしたら善意の人かもしれない。

 ひょっとしたら話し合えば分かり合えるかもしれない。

 あわよくば仲間に引き入れられるかもしれない。

 

 それらの可能性が頭をぎった途端に決心が揺らぐ。


 どうも仲間から離れて一人になると俺の中にある『甘さ』や『弱さ』といったものが頭をもたげるようだ。

『世界を救う』そのために決断をしたはずなんだがな。そんな思いと相まって無自覚な状態で自嘲的な笑いが漏れていた。


 だがこの状況で話し合いのための接触をするのはリスクが高すぎる。俺は自分に言い聞かせるように独り言をつぶやく。


「気の毒だが、俺たちを攻撃したんだ、運が無かったと諦めてくれ。敵対者として対処する」


「どうしたの?」


「何でもない。仕掛けるぞっ!」


 独り言をつぶやいた俺のことを不思議そうに見上げるマリエルの頭を軽く撫でて意識をターゲットとなる転移者へと向けた。


 ターゲットである転移者は俺に対して左半身を向けていた。

 ターゲットまでの距離五百メートル。ターゲットの動きは少ない。周囲に他の兵士が多数居るがその間を縫うように狙撃するのも今の俺なら容易だ。


 一撃で仕留められる。


 純粋魔法による魔法障壁だけでなく属性魔法による複合障壁を展開していることを想定する。十分な破壊力を生み出せるように土魔法でゴルフボール大の鉄球を三つ生成し、魔力を通常以上に注ぎ込むことで射出速度を増す。

 さらに射出直後に爆裂系火魔法により加速を生み出した。


 一瞬だ。

 俺の射出した三つの鉄球はターゲットである転移者の左側頭部を一つの鉄球が、そして左胸を二つの鉄球がそれぞれ捉えた。


 みっつの鉄球は予想通りの結果を生み出した。

 頭部はもとより胸部から上が跡形も無く霧散していた。ターゲットだった者の下半身が勢いよく地面の上を何度も跳ねて転がっていくのが見えた。


 周囲に居た敵兵士は気付くことなく戦闘を継続している者がほとんどだ。何人かはターゲットが突然消えたことに気付きはしたが何が起こったのか把握しかねているようだ。

 自分たちの後方――俺の方へ意識を向けるものは誰も居ない。


 マリエルが恐る恐るアーマーの胸元から顔をのぞかせる。


「やっつけたの?」


「ああ、一番面倒な魔力量の多いヤツは倒した。次は誘爆狙いで火炎系火魔法を撃ち込んで大勢を決する」


 マリエルに向けて返事をすると、俺は広域を攻撃可能な火炎系火魔法――ナパーム弾をイメージした二十発の火球を前線の少し後方から、たった今ターゲットである転移者が居た付近へばら撒くように撃ち込んだ。


 次々と着弾した火球は着弾と同時に広範囲に燃え広がった。火球の一発一発がこの異世界の広域火魔法では考えられないほどの広範囲に燃え広がっていく。

 予想通り、大量の火薬が残っていたようであちらこちらで誘爆が発生していた。


 誘爆と燃え広がる火の海の中に大勢の敵兵士が飲み込まれていく。完全に前線と主力となる軍勢が火の海で分断をされた形だ。

 いや、前線を残して主力となる軍勢が火の海に飲み込まれたと表現した方が正確だろう。


 前線の部隊は半ばパニック状態となっているのが手に取るように分かる。今しがたまでの優位は既になく後に続くはずの味方も後方からの魔法や火薬による援護もない。

 そりゃあ、援軍と援護、退路を一度に失って敵の只中に取り残されればパニックにもなるよな。


 そんな中にあって一部の部隊はリューブラント侯爵軍を突破して活路を見出そうとしている。

 リューブラント侯爵軍へ最も深く食い込んでいた部隊だ。だが、対するリューブラント侯爵軍側の対応がまるで違う。先ほどまで彼らをパニックに陥れて、手こずらせていた遠距離魔法の数々と火薬は無い。


 これまでの動きを見る限り精強な部隊であることは間違いないだろうが、この状況で突破を図ったところで無駄な足掻あがきだろう。

 数で勝るリューブラント侯爵軍に討たれるのは時間の問題だ。リューブラント侯爵軍を突破しようとしている連中は侯爵の軍に任せて大丈夫だろう。


 後方の部隊は味方である部隊の大半が火の海に飲み込まれるや否や、まるでそれを合図にするかのように一斉に撤退を始めていた。

 みすみす撤退を見逃す訳にはいかないが、数名程度は生き延びてもらい何が起きたかを報告してもらおうか。


 そして転移者を倒した今、最も注意して対応しないとならないのが、この誘爆と火の海の中でも行動している者たちだ。

 さすがにリューブラント侯爵軍を突破しようとする者は見られない。


 ここから観察する限りでは単独で火の海の中を行動できる者はこちらからの次の攻撃に警戒するように固まって周囲を警戒しながら撤退している。

 単独で火の海の中を行動できない者を高位の魔術師が魔法障壁で味方兵を守りながら撤退していた。


 さて、撤退しようとしている連中を叩きにいくか。


「マリエル、撤退する部隊を叩く。移動するぞ、気をつけろよ」


「了解でーす」


 最後の仕上げをするために空間転移で移動する旨をマリエルに告げて、退却しようとしている部隊の目の前へと転移した。


 ◇


「畜生ーっ! 何なんだよ、聞いてねーぞっ!」


「ともかく今は逃げるぞっ!」


「前線の部隊のことは忘れろっ!」


「だから訳の分からねぇー魔道具は危険だっつったんだよ」


「何が火薬だよ、味方の居るところを火の海にしやがって」


 撤退する部隊の眼前へと転移すると同時に幾つもの文句や悪態が聞こえてきた。なかには完全に的外れなものまである。


 まだ俺に気付いている者は少ない。

 気付いていても、特に何らかの反応があるわけでもない。味方の一人と思われているのか? 混成部隊のようだし味方の顔もあやふやなのかもしれない。


 俺は半ばパニック状態で逃げ惑う彼らに向けて言葉を投げかけた。風魔法にのせてできるだけ大勢の兵に聞こえるように。


「奇襲を仕掛けておいて、反撃を受けたから即撤退なんてつれないじゃないか」


 俺の言葉に先頭を走る十数名が走る速度を緩めて、俺に向けて怪訝そうな顔をすると再び駆け出した。

 もちろん、何名かは邪魔者扱いだ。


「バカなこと言ってねーでそこをどけっ!」


「小僧が邪魔なんだよっ!」


 見た目の年齢からか軽く見られたようで、俺の直ぐ目の前にいた二人が乱暴な言葉とともに俺に殴りかかってきた。


 俺はアイテムボックスから取り出した短剣を左右の手に持つ。左右の手に持った二本の短剣は、どちらもアーマードスネークの鱗から切り出し、迷宮亀の甲羅を刃として散りばめた新調したばかりの短剣だ。


 向かって左側、大振りの右フックで殴りかかってくる男の方が速い。

 大振りする右腕をすれ違いざまに右の短剣で切り飛ばし、次いで向かって右側の男の咽頭部いんとうぶをすれ違いざまに右手に持った短剣で切り裂いた。


 そこに至ってようやく俺が味方でないことに気付いたようで、火の海を背にした兵士たち――大半が傭兵や探索者たちなのだが、次々と戦闘態勢に入った。

 戦闘態勢といっても特殊な陣形を組むわけではない。俺を取り囲むように半円状に左右に大きく広がっていく。


 なるほど、後方を閉じて包囲の完成か。

 今の今まで自分たちが逃げていたことを忘れたように、包囲に参加した者はもとよりそれを見ている者たちまで好戦的な表情と視線を俺に向けていた。まるで火の海を作り出した張本人に向けるような憎悪と残虐性に満ちた視線だ。

 

 俺は再び風魔法を使用して周囲だけでなく火の海の中を走り回る人たちにも声がよく届くようにして挨拶と挑発の言葉を発した。


「はじめまして、ガザン王国軍の皆さん。いや、大半はガザン王国に雇われた一介の傭兵や探索者かな」


 俺の言葉に周囲の兵士たちの雰囲気が一変した。どいつもこいつも、非常に険悪な目をしている。もちろんそんなことは気にせずにさらに続ける。


「俺はカナン王国、ルウェリン伯爵の部隊に所属する魔術師で今は訳あってリューブラント侯爵軍へ与力している。つまりお前たちの敵だ」


 俺の挑発によりこちらの身分を理解したのか、表情と目に憎悪の色が濃くなっていく。


「てめぇ」


「お前らの仕業かっ!」


「ここから生きて帰れると思うなよ」


 返ってきた言葉は決して多くないが俺を囲む包囲網は確実に多くなっていた。既に俺の周囲には三重の包囲網ができつつある。


「お前たちこそ生きて帰れると思っているのか? だいたい――」


 さらに挑発しようと切り出したところでこちらへ向けて攻撃魔法が放たれた。


 攻撃魔法っ! 速い!

 火の海の中から高出力の攻撃魔法が放たれた。指向性の強い雷撃と高速で射出された鉄の弾丸だ。


 速いだけじゃない。かなりの威力だっ!

 展開していた純粋魔法による魔法障壁と重力魔法による障壁、複合障壁を突き抜けてきた。もちろん俺やマリエルに着弾する前にショートレンジの空間転移でかわす。


 かわすと同時に火の海から飛び出してきた二人の男の声が重なった。


「よくかわしたな」


「てめぇか、グレンたちをったのはっ!」


 グレンが誰かは知らない。だが問題はそこじゃあない。今、俺の複合障壁を突き抜けてくるだけの攻撃魔法を放ったのがこの二人だとすると非常にまずい。

 二人とも鑑定が通らない。何のことはない、例のガザン王国に取り入った五人組の残る二人と考えてほぼ間違いないだろう。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


【コミカライズ情報】

ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中

以下、URLです

どうぞよろしくお願いいたします

https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1

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