第239話 目標地点

 俺は空間感知と視覚を飛ばして確認した前線の被害状況をリューブラント侯爵に伝え、彼らの収容できるエリアの確保をお願いすると侯爵の返事を待たずにラウラ姫へと向き直る。


「ラウラ姫。リューブラント侯爵にお伝えした通り、今回の敵は相当に強力な魔術師の可能性があります。カラフルとアンデッド・アーマードタイガーを傍から離さないようにしてください」


 傍らにいたリューブラント侯爵と周囲の護衛にも聞こえるくらいの声量でラウラ姫に伝えるとそのまま陣幕の外へと駆け出した。


 踵(きびす)を返すときにラウラ姫の傍らにいたカラフルがラウラ姫の身体にまとわりつき、アンデッド・アーマードタイガーが警戒するように身体を起こすのが目の端に映った。

 行動が早い。頼もしいな。もっともカラフルは好色そうな雰囲気が漂っていたので後で叱っておこう。


 どうも使役獣にしたり使い魔にしたりすると知能が上がるようだ。元々の知能もあるのだろうが黒アリスちゃんの使い魔は総じて知能が高い気がする。

 闇魔法の使い魔とモンスター・テイムの使役獣とどちらの知能が高くなるのか、レベルに影響されるのかなど折を見て検証をしよう。


 そんなことを考えながらも空間感知と視覚を飛ばして前線の情報を逐次確認しながら陣幕の入り口へと向かった。

 陣幕の入り口に差し掛かるとメロディとミランダ、そしてネッツァーさんの姿が視界に入る。三人とも不安そうな表情だ。おそらく魔術師の奇襲攻撃とでも考えているのだろう。


 ネッツァーさんは俺の姿を見るとすれ違うようにリューブラント侯爵の居る陣営の奥へと駆け出した。

 俺はネッツァーさんとすれ違うようにして陣幕の外へと抜けると、そのままメロディとミランダの脇を駆け抜けざまに彼女たちに指示だけを出す。


「メロディ、ミランダ、敵は相当に高度な魔術を使う。前線ではかなりの怪我人が出ている、後方でこれの治療にあたってくれ」


「かしこまりました。ご主人様」


「はい、分かりました。敵はかなり大規模なのでしょうか?」


「敵の規模はおよそ三千名。強力な火魔法を操る魔術師がいる。白アリクラスの可能性がある」


 背中から聞こえてくるメロディとミランダに大雑把に状況を伝えると、ボギーさんたちへ向けてサンダーバードを放つ。さらに上空で待機をしていたマリエルを呼び寄せ、意識を前線へと向けた。


 空間感知の精度をさらに上げながらこれまでの情報を整理する。


 奇襲部隊として考えてもこの規模の軍勢に対して三千名は決して多くない。問題はこちらの陣形と敵が強力な魔術師と火薬を使っているということだ。

 陣形の体をなしていない。行軍中ということと油断もあったかもしれないが、桶狭間の今川軍のように長く伸び切っていた。そこへ少数とは言い難い軍勢が奇襲を仕掛けてきた。


 加えて強力な火魔法と火薬だ。ここまでの爆発――爆裂系火魔法によるものが十四発、うち四発は火薬に誘爆させていた。火薬単体での爆発が十二発。

 ここまでの爆発の規模から白アリほどの火魔法の威力は確認できていないが、ダイナマイト並みの爆裂系火魔法を十四発もこの短時間で発動できるからには魔力量も相当だ。転移者の確率は高いとみてよいだろう。


 それに転移者なら何らかのレベル5のスキルを持っている可能性は十分にある。今回は近くに同じ転移者である仲間が居ない。リスクを考えてメロディを利用してのスキル強奪はしない。

 それにこちらの予想通りの敵が来ているとすれば、仲間を四人も失っているんだ慎重になっているはずだ。


 この軍勢に自分の仲間を倒した転移者が存在していると考えている可能性は低いと思える。だが別の転移者が存在しているのを考慮している可能性はある。

 火薬による爆発を交えながら得意魔法の威力を抑えて使い、こちらの油断を誘ってもおかしくはない……考え過ぎか。


「俺はマリエルと一緒に前線へ飛ぶ! 身の危険を感じたら無理に残らずにワイバーンで帰還。ボギーさんたちと合流して指示を仰げ!」


 マリエルが俺のアーマーの胸元に潜り込んだタイミングで、万が一のことを考えてメロディとミランダに伝言を残すと前線から少し離れたところにある、背丈の高い草が生い茂った丘へと転移した。


 ◇


 さて、ここからなら何とか前線を目視確認できるな。


 百五十センチメートルほどの何種類もの夏草が生い茂る、前線を一望できる丘から背丈の高い夏草の中に身体を隠すようにしてしゃがみ込んで、夏草の合間から前線をのぞき見た。

 空間感知で把握できる爆発数とここへ空間転移してから視認した爆発数と一致している。


 だが遠いな。さすがにここから転移者を見分けるのは無理だ。

 戦況の確認が精一杯か。

 

 俺は自分のアーマーの胸元を指先で軽く叩き、その中に潜り込んでいるマリエルに声を掛けた。


「マリエル、ちょっと顔を出してくれ」


「ここは?」


 マリエルがアーマーの胸元から顔だけを出して周囲をキョロキョロと見回している。状況が今ひとつ掴めていないのか戸惑っている様子だ。


「前線から少し離れたところに空間転移した。時間的な余裕はないがここから戦況を確認してから突入する」


「分かった、ここから見ればいいのね」


 どこまで状況を理解しているかは分からないが、マリエルは大きくうなずくと俺のアーマーの胸元から半身を出して、俺と同様に夏草の隙間から爆発が断続的に起きている前線を覗き込んだ。


「うわー、凄い魔法ー」


 確実に被害が広がっているリューブラント侯爵軍の様子を見ながら若干の身震いをしている。そんなマリエルに向けて聞いてみた。


「マリエル、魔力量の多そうなヤツを見つけられるか?」


「えー、こんなに遠くからじゃ無理だよー」


「何となくでもいいから、『他とちょっと違う』とかでもいいんだ」


「んー、やってみる。でも分かんないと思うよー」


「ああ、それでいい。何か気付いたら教えてくれ」


 ダメ元で聞いてみたがやはり難しいようだ。だがまあ、マリエルの遠見で何か分かれば儲けものだ。


 転移者を確認して先制の不意打ちで決着をつける。理想はそうだが時間を掛けていてはリューブラント侯爵陣営の被害が大きくなる。後々のことも考えると被害は最小限にとどめたい。

 あの人数でリューブラント侯爵の本陣までたどり着けるとは考え難いが、相手に複数の転移者がいないとも限らない。ここは多少のリスクは覚悟するか。


「どうだ? 何か違和感のようなものは感じたか?」


 三分ほど経過したところで難しそうな表情で戦線を見つめていたマリエルに声を掛ける。


「んー」


 マリエルは戦線を見つめたまま困ったように声を搾り出している。


 無理か。これ以上マリエルを困らせるのも可哀想だ。何よりもこれ以上時間を掛けるのはこちらの被害を拡大するだけだ。

 わずかな時間ではあるが戦況を見ていた限りでは、強力な魔術師と火薬の複合攻撃を核とした奇襲攻撃に対処できていない。


 あの奇襲部隊には強力とまではいかないが、それなりに魔術を使える者が複数居るように見える。

 前衛を固める突撃部隊も身体強化や純粋魔法などで、物理的な強化がされているものがほとんどなのだろう。同数以上で防御体制を敷いていても容易(たやす)く突破されている。


 だが、それだけだ。

 転移者と思えるほどの強力な魔術や桁外れに屈強な戦士などは他には確認できない。異質なほどの戦力は爆裂系火魔法を使う魔術師、一人だけだ。


 時間だ。


「よしっ! 十分だ。無理を言ってすまなかった。あの一番食い込まれている部隊の救援に――」


「あそこっ!」


 空間転移で前線へ飛ぼうとする矢先に俺の言葉を遮るようにしてマリエルの声が響いた。若干、勢いというか力強さを感じる。


「青と赤の旗のところに魔力を感じる。多勢の魔術師がいるのか魔力量が多い魔術師かは分かんないけど……」


 マリエルには珍しく長いセリフだ。語尾が力なく消え入るようなのが多少気になるがここはマリエルの言葉を信じよう。


「よくやったっ! 目標はあの青と赤の旗の背後だ。アーマーの中に隠れて出てくるなよ」


 嬉しそうに返事をしながら俺のアーマーの胸元に隠れるマリエルを確認すると目標地点へ向けて転移をした。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


【コミカライズ情報】

ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中

以下、URLです

どうぞよろしくお願いいたします

https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1

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