第238話 リューブラント陣営にて
新たに十匹のアンデッド・ワイバーンを加えた俺たちの部隊はカズサ第三王女一行を保護、護衛してリューブラント侯爵軍に合流すべく移動をしていた。
途中、野営での一泊の後で夜明けと共に出発をして間もなく十時になろうという時間だ。三時間ほど前に朝食を兼ねた小休止をとったがカズサ第三王女一行はそろそろ限界かもしれないな。
普段は馬車でのんびりと移動しているカズサ第三王女一行にとってはそれでも強行軍に等しい疲労だろう。
空間感知でそれぞれの様子を確認すると相当に疲れている様子で
そろそろ休息を取るか。
予定よりもこちらが遅れているというのもあるが思った以上にリューブラント侯爵軍は進軍しているようだ。こちらの遅れから割り出した地点には軍勢は見えない。
一旦小休止しようと後続に合図を出そうとする矢先にマリエルが声を上げた。
「ミチナガー、見えたよ。あれ、あれっ!」
マリエルが俺のアーマーの胸元から半身を出して身を乗り出すようにして前方を指差している。その指の先に見えるのは雲の切れ間からのぞく緩やかな丘陵地帯だけだ。恐らくその向こうにリューブラント侯爵軍が居るのだろう。
普通の視力では見えない、俺の【身体強化 レベル4】の視力を以てしても言われれば辛うじて分かる程度だ。
遠見のスキルっては凄いな。改めて思うよ。
「よしっ! よくやったっ! リューブラント軍で間違いないな?」
マリエルに確認しながら、単独で先行する旨の合図と皆には小休止をするように合図を出して隊列から離脱をすると、俺の後ろに同乗しているネッツァーさんに向けて大声で叫ぶ。
「ネッツァーさん、先行します。リューブラント侯爵軍と思われる一団を確認しました。速度を上げるのでしっかりと掴まっていてください」
俺が隊列から離脱すると後追うようにメロディの乗るワイバーンとアイリスのメンバーで只一人光魔法が使えるミランダが駆るワイバーンが隊列から離脱してきた。
振り返るとボギーさんから二人を同行させるようにとの合図が出ていた。
光魔法の使い手であるミランダさんと【無断借用】を使えるメロディか。交戦があった可能性を鑑みてのことだろう。確かにここはベール城塞都市が近い。迎撃や足止めの部隊が出ていてもおかしくないな。
俺はボギーさんに了解の合図を返してメロディとミランダを伴ってマリエルの示す方角へ向けてワイバーンの速度を上げた。
◇
◆
◇
俺たちが到着すると、軍が居る場所も丘陵地帯から緩やかに下る草原ということもあり、リューブラント侯爵軍もそのまま小休止に入った。
そして俺たちも『先ずはお身体を休めてください』との出迎えてくれた騎士の言葉に従って、簡易テントで二十分ほど小休止をしたところでやって来た迎えの騎士に案内をされてリューブラント侯爵の待つ陣幕へと向かう。
上空から
小休止の最中だというのに自分たちの居場所を誇示するかのように所属を表す軍旗が立ち並んでいた。軍旗の並びと駐留している軍団を見る限り、リューブラント侯爵とラウラ・グランフェルト伯爵の本陣に少しでも近いところに軍旗を立てているようだ。
出発前に聞かされていた『是非とも味方に引き入れたい』と語っていた有力諸侯の軍を示す軍旗もある。それもひとつやふたつではない。
俺はメロディとミランダを随行させる形でリューブラント侯爵の待つ陣幕へと向かいながら周囲の状況を観察していたが、これは計画していた以上にリューブラント侯爵にとって追い風が吹いているようだ。
俺の隣を並んで歩いていたミランダが緊張した面持ちで聞いてきた。
「凄い数ですね。出発したときよりも増えていますよね」
「ああ、明らかに増えている。それも傭兵や陣借りの小規模戦力が幾つも加わったのではなく、大規模な軍を維持できるだけの諸侯勢力が合流している。ベール城塞都市の戦力が情報通りならカナン王国軍と呼応して挟撃できれば勝利は確実だろうな」
ミランダもそんなことが聞きたいのではなく、この軍勢の威容のなかでリューブラント侯爵に面会することに緊張しているだけなのは分かっている。
本当は励ますなり安心させるなりして欲しいところなのだろうが、五メートルほど先、簡易テントの向こう側にラウラ姫とセルマさん、ローゼが控えているので
リューブラント侯爵の待つ陣幕の前までくると入り口のところでネッツァーさんが待っていた。
「大変申し訳ございませんが、ミランダ様とメロディ様はここでお待ち願います」
恭しくお辞儀をしながらネッツァーさんがそう言うと、ミランダとメロディの表情が急に明るくなった。まあ、そうだよな、行きたくないよな。行かなくて済むならそうしたいのは俺も一緒だ。
ミランダが明るい笑顔と弾む口調でネッツァーさんに聞き返し、メロディが安堵するように返事をする。
「はい、待たせていただきます。ここでよろしいでしょうか」
「はい」
そんな二人の返事に続くように陣幕の中からラウラ姫がセルマさんとローゼ、そしてカラフルとアンデッド・アーマードタイガーを伴って現れた。
「ミチナガ様、お帰りなさいませ。ご無事なお姿を見ることができて安堵致しました」
淡い水色のドレスに身を包んだラウラ姫がドレスの裾を摘みながらゆっくりとお辞儀をした。後ろではセルマさんが深々とお辞儀をし、ローゼが最敬礼をしている。
戦場、それも行軍の最中にドレス? 敵は近いですよ。幸いにしてボギーさんが危惧したような事態――ベール城塞都市からの奇襲や迎撃はなかったとはいえいつ交戦となってもおかしくない状況なのにドレス? 大丈夫か、この軍。
それに俺を呼ぶときは『ミチナガ様』じゃなく『フジワラ様』じゃなかったか? まあ、細かいことは気にしないようにしよう。
「ご心配をお掛けし申し訳ございません。またこの身を案じて頂けましたこと光栄でございます」
いろいろな疑問や注意したいことを飲み込んでラウラ姫の前まで歩を進めると、先日のテリーのように片膝をついて彼女の右手を取る。そしてそのまま流れるように手の甲へキスをした。
「では、私はリューブラント侯爵にご報告がありますので」
彼女の手を離しゆっくりと立ち上がると、頬をほんのり朱色に染めて自分の手の甲を見つめているラウラ姫に軽く会釈をして先へ進もうとすると。
「あのっ! ご一緒させて頂きます」
数瞬前までの淑女然とした雰囲気はどこへいったのか。慌てた様子で俺の左側に並ぶと今しがた頬を染めて見つめていた右手を俺の左手に絡めてきた。
いや、リューブラント侯爵だけならともかく、この先には五十人以上の人たちが待っている。半数以上は護衛としても、恐らくは主要な諸侯が列席しているはずだ。さすがにそこへ連れて行くわけにはいかないだろう。
俺は助けを求めるようにセルマさんとネッツァーさんに視線を向けた。
だが、セルマさんもネッツァーさんもそのまま先へ進むようにジェスチャーで伝えている。
本当かよっ!
そりゃあ、旗頭ではあるけどあくまで飾りだ。
まあ、その飾りが必要なのかもしれない。ここは素直に従おう。
嬉しそうに俺のことを見上げるラウラ姫を伴って、リューブラント侯爵と恐らくはこの軍勢の主要な諸侯が待つ陣幕の奥へと歩を進めた。
◇
陣幕の奥へと向かう間、ラウラ姫の胸が俺の左腕に当たる。出発前よりも感触がはっきりとしている。大きくなった……わけないよな。これは明らかに盛っている。
だがここは気付かない振りをしよう。それが大人の配慮というやつだ。
盛った胸がずれたりしないようにラウラ姫を思いやり、ゆっくりと陣幕内を進む。最深部へ手前の角を曲がると、広いスペースとそのスペースに五十人ほどの人々が視界に入る。
正面の一番奥、やや右よりにリューブラント侯爵、左右を固めるように二十名ほどの諸侯が座っていた。
「よくやってくれた。報告はネッツァーから聞いている」
リューブラント侯爵を視界に捉えた途端、椅子から立ち上がり両手を大きく広げると、満面の笑みと周囲に響き渡るほどの大きな声で俺とラウラ姫を迎えてくれた。
リューブラント侯爵の動きに合わせるように同席していた諸侯は一斉に立ち上がりこちらへ向けて深々とお辞儀をした。
なるほど、ラウラ姫と俺を一緒に登場させたのはこういうことか。形だけとはいえ俺に対して有力諸侯の頭を下げさせるためだ。茶番だよなあ。まあ、貴族社会っていうのはその茶番が大事なのかもしれないが。
「ありがとうございます」
俺は深々とお辞儀をするとラウラ姫と共にリューブラント侯爵の右隣に用意をされた席へと進む。着席するとちょうどラウラ姫を中央に左隣にリューブラント侯爵、右隣に俺となる。
ラウラ姫の右隣に着席した俺は改めて自身の口から今回の成果について諸侯を前に報告を始めた。
「――――そして最後に帰還途中でのことですが、ガザン王家の第三王子と第五王子、そして第七王子の勢力と遭遇を致しました。後ほど詳しくご説明致しますがこの第七王子と思われた人物は双子の片割れである第三王女、カズサ・ガザン王女でした」
ドンッ!
俺が言葉を切った瞬間、これに合わせるように重低音の響きと共に地面と空気が衝撃波のような振動に震えた。
火薬!
爆弾か?
俺の脳裏を火薬と爆弾の二つの単語が
「直ちに状況を報告せよっ!」
「被害の大きさと場所の詳細をもってこいっ!」
「なんだ? 魔術師の攻撃か?」
「かなり衝撃だった。宮廷魔術師クラスを投入してきたのか?」
「ベール城塞都市からのこのこ出てきたのなら好都合だ。仕留めてみせよう」
陣幕の最深部、列席する有力諸侯とその腹心か護衛と思われる者たちが次々に陣幕の外へ向けて指示を飛ばす。指示を飛ばしている間も衝撃波三発目、四発目と続いている。
かなりの衝撃、大規模な爆発にもかかわらずしり込みする者は居ない。
頼もしいじゃないか。
俺はラウラ姫を庇うようにして彼女の傍によると空間感知を展開しつつ視覚を上空へと飛ばして俯瞰するように陣営全体を見渡した。
「会議は一時中断する。各自自身の陣営へと戻り被害状況を確認してくれ! その上で余力のある陣営から迎撃・追撃をするように。どこまでやるかの判断は任せる」
リューブラント侯爵は立ち上がると一際大きな声で爆発音のする方向を睨みつけている諸侯に向けて言い放った。
随分と大雑把な指示だな。
この異世界で、さらに軍としての規律の緩さと急造の軍での命令系統を考えればそんなものか。
リューブラント侯爵の言葉に列席していた諸侯が我先にと退出する。聞こえてくる腹心との会話を聞いている限り自分の軍が甚大な被害を受けているとは考えていないようだ。
貴族なのだから仕方がないのかもしれないが、手柄を立てることにしか意識が向いていない。
そんな彼らの言葉を拾いながら爆発の詳細を把握すべく空間感知の精度を上げる。
不味いな。
あったよ、火薬だ。さらに悪いことに強力な魔術師と火薬の複合攻撃だ。火薬の特性を理解した上で火魔法による攻撃の補助をさせる。
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あとがき
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【コミカライズ情報】
ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中
以下、URLです
どうぞよろしくお願いいたします
https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1
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