第237話 帰路での厄介ごと(9)
案の定、ボギーさんと黒アリスちゃんがワイバーンを引き連れて戻ってからも騒がしさは続いた。
いや、一際大きな騒動となった。
知ってはいた。予想もしていたが……予想した以上の騒ぎとなった。
だがまあ、ここでどの程度の騒ぎになるのかが分かったので、後で大ごとに発展せずに済んだと思うことにしよう。
十二匹のワイバーンがこちらへ向かって飛来してきただけでも大騒ぎだったが、その十二匹のワイバーンをボギーさんと黒アリスちゃんが従えての帰還と知れ渡ったときの騒ぎはその比ではなかった。
正確には二匹は元々操っていたワイバーンで新たに十匹のワイバーンを捕獲してアンデッド・ワイバーンとしたのだが、周囲の人間に驚きと畏怖を与えたのはこの十匹のアンデッド・ワイバーンだった。
知ってたよ。
そりゃあ驚くよな。
驚かれるだろうというのは予想できた。
この世界で確認されている最も多くの使い魔を操っていた闇魔法の使い手で八匹である。次点にある闇魔法使いの倍の数だ。闇魔法を使えても使い魔を持つことのできない者もいる。
ほとんどの闇魔法使いは精々がニ匹か三匹の使い魔しか持てずに終わる。
闇魔法による使い魔の最大数は闇魔法スキルのレベルの三倍。つまり、この世界で確認されている最高の闇魔法使いでも闇魔法レベル3と予想ができる。
それが二時間弱でそれぞれ五匹ずつのワイバーンを使い魔として確保してきた。それこそ伝説クラスとまではいかないが、次点クラス以上の闇魔法使いが二人も同時に目の前に現れたのだから驚くのも無理はない。
もちろん、驚いたのは彼らだけではない。俺たちも彼らの反応に驚かされた。その最たるものは『チェックメイトのメンバーなら』と伝説に次ぐクラスの闇魔法の使い手。その存在をすんなりと受け入れていたことだ。
いや、ダメだろう。そんなに簡単に受け入れちゃ。少しは疑問とか持てよ。
少しはこちらの常識を知ったつもりではあるが、まだまだ不十分だということは自覚している。そんな俺でさえ彼らの反応はおかしいと思える。
第三王子配下の騎士団員たち以外、第三王女一行はもとより第五王子一派に雇われた傭兵や探索者たちまでもが俺たちの言葉を鵜呑みにして、もの凄く友好的な態度である。
正直、都合は良い。これからのことを考えるともの凄く都合が良いのだが……何だろう、いろいろと不味い気がする。
しかし、悪いことばかりではなかった。白アリの食事作戦と相まってか傭兵と探索者の一団から『是非、リューブラント侯爵軍へ参加したい』との申し出が殺到し何通もの紹介状を書くことになった。
それに留まらず対象者を特定していない――誰にでも適用できる紹介状を二十枚くらい書いた。自分でも疑問が無い訳ではないが、湧き上がる疑問と軽率感は意識の底へと沈めた。質も大事だが今は数の重要度が上回る。
今後のことを考えると戦力は少しでも多く欲しい。まして、寝返りとなれば願ってもないことだ。
敵の戦力が減りこちらの戦力が増強される。この際だ、動機や思惑までは追求しないことにしよう。
だが、それと同時にリューブラント侯爵が発行してくれる複数の偽装ギルドカードの重要性を再認識した。持つべきは権力者の友人だ。もっともリューブラント侯爵に面と向かって『友人』などとは口が裂けても言えないけどな。
いずれにしても戦争が終わったら、いよいよもって複数の顔を使い分けながらダンジョン攻略を進めていくことになりそうだ。
◇
カズサ第三王女一行と共にリューブラント侯爵と合流するために進めていたワイバーンの出発準備がほどなく終わろうとしていた。
さすがにカズサ第三王女本人は休んだままだが、侍女や側近たち、護衛の騎士たちは精力的に移動のための準備を進めている。竜騎士団を有しているお国柄からか、侍女でさえワイバーンにも慣れた様子で護衛の騎士たちの手伝いをしていた。
ワイバーンの出発準備を見ていると街道の方から、レーナと一緒に白アリたちの手伝いをしているはずのマリエルが飛んでくるのが目に入った。
マリエルだけで、レーナは一緒じゃない。急いでいる様子はないが? 何かあったのか?
緩やかな
「どうした? マリエル」
「ミチナガー。傭兵の人たちが出発するよー。白姉が来て欲しいって」
「ご苦労さん。場所は街道だな? 一緒に行くか?」
俺はマリエルに苦笑交じりに返事をしながら、ハチミツの入ったいつもの小さな壺を取り出すとこちらへと飛んでくるマリエルを迎えるようにして左手の手のひらに載せて差し出した。
「わーっ! ありがとうっ。ここで待ってるー」
全身で疲れをアピールしていたことを忘れたのか、もの凄い速度でハチミツの入った壺に飛びついてきた。
『ゴンッ』と、もの凄い音をさせながら。
今、凄い音と衝撃だったが痛がる様子もない。ナチュラルに展開している魔法障壁のお蔭か。それにしても、最近では任意に展開する魔法障壁の強度もそうだが、ナチュラルに展開している魔法障壁の強度も随分と増しているようだ。
以前ならあの速度で壺にぶつかってはよく怪我をしていたよな。
つい一ヵ月ほど前のマリエルを思い出しながら、至福の表情でハチミツの壺を開ける作業をしているマリエルを置いて白アリの待つ街道へと向かった。
◇
森の入り口付近――木々の隙間からわずかに街道を見通せる場所へ差し掛かると、白アリと傭兵のリーダーが話しているのが見えた。
周辺感知を展開すると捕虜扱いとなった騎士団連中は第三王女一行が利用していた四台の馬車に振り分けて押し込まれていた。もちろん拘束をされた上でのことだ。
第三王女一行の所持していた馬車と馬、さらに騎士団が所持していた馬と装備も傭兵と探索者たちへ提供していた。彼らにとっては戦利品――報酬とは別口での収入だ。
どれも彼らが普段から利用している品物よりも品質が良く、高額なものなので報酬以上の実入りとなると喜んでいた。
「どうした?」
俺は数打ちの長剣で夏草を伐採しながら白アリに声をかけた。俺が街道へと足を踏み入れるのと同時に彼女が振り向く。
「わざわざごめんね。傭兵のリーダーさんがあなたに挨拶をしたいって」
何だ? 先ほどテリーを罵倒していた女と同一人物とは思えないほどの可愛らしい笑顔と優しげな口調で俺に向かってそう告げると、緊張した面持ちで俺のことを見ている傭兵のリーダーの背中を押す。
「旦那、わざわざすみません――」
白アリと会話していた時とは違いかなり強張った表情で、お礼の言葉と今後の予定について傭兵のリーダーが話を切り出した。
話をしている間、終始緊張と怯えの色がうかがえた。
それを白アリと途中から加わった聖女が二人がかりで傭兵のリーダーを励ます形で話は進む。どうやら俺の知らないところで飴が白アリと聖女。鞭が俺ということで役割分担がされていたようだ。
律儀に挨拶をしてきた目的は紹介状に対するお礼と俺たちとのパイプ強化だった。主目的が後者なのは仕方がない。
この辺りのそつの無さは雇用主を次々と変えて生き延びている傭兵らしいといえばらしい。しかし、よくよく話してみると傭兵のリーダーは俺が考えていた以上に人脈の豊富な人だった。
俺が余分に書いた紹介状を活用して傭兵仲間や傭兵団に直接話を持ち掛け、総勢で五百名以上の人員を集められるだろうとのことだった。
とらぬ狸のなんとやら。
鵜呑みにするつもりはないがそれなりの戦力が確保できるのはありがたい。
カズサ王女のおまけ程度ではあるがリューブラント侯爵への手土産としては十分だろう。
白アリが普段は見せないような優しげな雰囲気を最後まで崩すことなく別れの挨拶を切り出した。それに聖女が続く。こちらはいつもの外面である。
「じゃあ、元気でね。何か困ったことがあったらいつでも言ってきなさいね」
「そうですよ。私たちは味方にはとても優しいのですから」
「ありがとうございます。旦那、それに姉さん」
傭兵のリーダーは、白アリと聖女、そして俺に向けて何度も頭を下げるとうっすらと涙を浮かべてさらに続けた。
「先ほど申したように人数までは約束できませんがそれなりの戦力を揃えて駆けつけます。お約束します。必ずご恩を返させて頂きます」
そして、最後に深々とお辞儀をした傭兵のリーダーの足元に大きな革の袋を無造作に置いた。
「これは支度金だ。あんたの人脈を疑うわけじゃないが言葉と紹介状だけじゃ難しい場面もあるだろう。役立ててくれ」
「これは……」
足元に革の袋が置かれた時の音で、その中身が金貨か銀貨と察したのだろう。対応に困ったような、驚いたような表情でまっすぐに俺を見ている。
「金貨一万枚だ。期待して待っている」
俺の言葉に返事はない。その金額に顔を青ざめさせ、茫然とこちらを見ているだけだ。
金貨一万枚。日本円にして百億円。見ず知らずの傭兵に渡すには過ぎた額だ。だが、千人の兵を集める金額と考えればどうだ。
一人当たり金貨十枚。日本円にして一千万円。命の値段としては決して高くはない。最悪は奴隷を買い集めてでも千人の戦力を揃えられる。
「ありがとうございます。必ずやご期待にお応えします」
先ほどまでうっすらと浮かべていた涙が、今はボロボロと零れ落ちている。
涙を流しながら何度もお礼を述べ、仲間数名に金貨の入った革の袋を運ぶように命じている。何とも忙しいことだ。
そんな傭兵と探索者たちの様子を満足げに見ていると、彼らに笑顔を向けたまま俺の右側に白アリ、左側に聖女が並ぶと白アリが傭兵と探索者たちににこやかな笑顔で手を振りながら、俺に向かって鋭い口調で切り出した。
「ちょっと、やり過ぎじゃないの?」
分かっている。その通りだ、自分でもやり過ぎたと思っている。ここは話をそらそう。そらせると良いな……俺はたった今ばらまいた金貨に話を誘導してみる。
「こういう事は印象に残るように、噂になるように、派手にやらないと意味がないんだよ。あの金は何倍にもなって返ってくる」
貼り付けたような笑顔で移動を始めた傭兵と探索者の一団を見送る振りをしている白アリと聖女が、誤魔化されることなく第三王女一行の件に喰いついてくる。
「お金の話じゃないわよ。むしろお金の件はあたしも賛成よ。問題は第三王女様のこと」
「そうですよ。お金は有り余っているから良いですけど、王女を守る人手は限られているんですから」
ダメだ、ここは観念しよう。
「分かってる。そっちは少し反省をしている」
「少しだけなの?」
「少しなんですね」
「いや、その、相談すべきだった。すまん。いろいろと成り行きでな――」
その後、俺がテリーのやったことも含めて一通りに謝罪と言い訳を終えると、大きなため息をついて白アリと聖女が不穏な会話を始めた。
「まあ、今更言っても仕方がないわね。王女のことはあなたたちに任せるわ、主にテリーにね」
白アリはそう言うと、少しだけ目を細めると聖女に向かって楽しそうに話しかける。
「それよりも広がった噂をどう利用するか考えましょう」
「そうですね。少し考えただけでも、いろいろな利用シーンが思い浮かんでワクワクしますねー」
聖女も楽しそうに同意をしている。
いったい何に思いを馳せてワクワクしているのか。聞いてみたい気もするが、聞くとそのまま墓穴に直結しそうな予感がする。
後でテリーとボギーさんを誘って聞くことにしよう。
それよりも今は出発準備だ。
俺はキャイキャイと楽しそうに不穏な会話をしている白アリと聖女をそのままに、テリーとボギーさんが居るはずの第三王女一行のもとへと向かうことにした。
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あとがき
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【コミカライズ情報】
ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中
以下、URLです
どうぞよろしくお願いいたします
https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1
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