第236話 帰路での厄介ごと(8)

 ティナたちが仕事で忙しいからなのか、先ほどの皆の説教が効いたのかは知らないが、テリーが珍しく一人でこちらへと歩いてくる。

 右手には女神さまから貰った片刃で反りの入った大剣を抜き身のまま肩に担ぐようにして携えていた。


 テリーが三メートルほどの距離まで近付いたところで軽く手を挙げて話しかける。


「すまないが第三王女一行の不安と緊張の払拭を手伝ってくれ」


 俺が親指で第三王女一行が集まっている大理石のテーブルを指すと、テリーの視線がそちらへと向けられた。

 こちらの意図を正確に理解したのだろう、肩に担いでいた抜き身の大剣をアイテムボックスに収納して了解の合図を返してきた。


 俺の隣に並ぶと『さっき、サンダーバードが帰ってきたみたいだけど』と確認するように前置きいて話しだした。


「第三王女への対応も大切だが、火薬を利用した新兵器がある可能性については伝わったのか?」


 相変わらずの二枚目然とした笑顔ではあるが、どこかぎこちなさを感じるのは気のせいだと思うことにしよう。


「ああ、ちゃんと伝わったようだ。詳しいことはボギーさんと黒アリスちゃんが帰ってからにしよう。向こうのアンデッド・サンダーバードも手紙を持ち帰っているはずだからな」


 手伝ってもらうというよりも、ここは王女を助けることを約束したテリーに第三王女一行のケアを丸投げしたいのが本音だ。だが、今のテリーにそれを頼むのはさすがに酷だろう。


 俺はテリーと一緒に蒼ざめた顔でこちらの様子を窺っている第三王女一行が着席している大理石のテーブルに一つへ向けて歩を進めた。

 

 ◇


「――――なので安心をしてください」


 俺とテリーは一方的な通達事項のような堅苦しい感じにならないよう、二人で会話をするようにして彼女たちの状況と今後について進めた。


 何度目の説明になるだろか。

 俺たちがカナン王国のルウェリン伯爵配下であるゴート男爵軍に所属する『チェックメイト』という探索者パーティーであることと、現在はガザン王国へ反旗を翻したリューブラント侯爵軍に一時的に所属していること。


 その上で、第三王女であるカズサ・ガザン王女とその一行の身の安全を保証する旨を伝えたのだが、説明をしている間、終始顔を強ばらせ蒼ざめさせていた。

 顔を蒼ざめさせていたのはカズサ第三王女一行だけではない。


 会話の途中でなにやら報告にきた感じの傭兵のリーダーも報告をするのを止めて俺たちの話に耳を傾けていた。

 そしてその表情は硬く、蒼ざめていた。


「とは言ってもそう簡単に私たちのことを信用して安心して頂くというのも難しいとは思います。ですが、先ほども申し上げたように皆さんの身の安全は私たちが保証し守ります」


 全員をゆっくりと見渡しながら穏やかな口調で語りかけ、カズサ王女に視線を止めるとさらに話を続ける。


「特にカズサ・ガザン王女は、この男――テリー・ランサーがお守りいたします」


 カズサ王女へ視線をむけたまま左側に立っていたテリーの右肩を左手で軽く叩くと、テリーはカズサ王女の方へと歩を進めた。そして椅子に座っている王女の眼前までくるとおもむろに片膝をついて彼女の左手を取り、その手の甲に口付けをした。


「カズサ王女、必ずお守りいたします」


 ここぞとばかりに二枚目然とした甘い笑顔をカズサ王女へと向けている。


 既視感。

 どこかで見たような光景。いや、どこかで見たことがあるような行いだ。


 微妙に過去の自分に対する怒りと自己嫌悪が襲ってくる。


「ちょっとお待ち下さい。誠に失礼ですが……」


 侍女の中の一人が俺とテリーの顔を交互に見ながら言葉を濁す。しかし、カズサ王女に一度視線を向けると意を決したように真っすぐにこちらへと身体ごと向き直り話しだした。


「『チェックメイト』のミチナガ・フジワラ様とテリー・ランサー様で間違いないのですね? ラウラ姫をリューブラント侯爵のもとへとお連れした方々ですね」


 代表して聞いてきた侍女だけでなくこの場にいる全員の視線が俺とテリーに突き刺さるようにして向けられていた。


 それは先ほどから報告待ちをしていた傭兵のリーダーも一緒だ。口を半ばまで開けたままこちらを見ている。

 彼らの様子から察するに俺たちのことを噂で聞いているようだ。まいったな。どうやら俺たち『チェックメイト』の噂は思った以上に広がっているらしい。


 ラウラ姫がこの国に入ってからの情報操作や工作、情報の拡散に少しばかり力を入れ過ぎたのかもしれない。


「まさか俺たちが『ラウラ姫を利用してリューブラント侯爵をそそのかした』みたいに受け取られているんじゃないよな?」


 テリーが小声で心配そうに聞いてきた。


「いや、俺に聞かれても。だが、ありえるよな、十分に」


 俺は皆の様子を観察しながら小声でテリーに即答する。


 もしそうなら、ガザン王国転覆を謀った張本人であるリューブラント侯爵に率先して与した一団との印象は拭えない。いや、そればかりかラウラ姫を利用した極悪人という見かたもできる。

 目を見開いている傭兵のリーダーはどうでもよいとして、カズサ王女はこれから取り込もうとしているとだけに心象を少しでも良くしておきたい。


 いやまあ、実際にはもっと酷いことをしたんだが。リューブラント侯爵を反乱軍の旗頭に引っ張り出した張本人なのだからそれがバレたら心象をよくするどころではないな。

 さて、困った。どうするか。


「はい、皆さんが噂でお聞きになった『チェックメイト』は恐らく私たちのことかと。そのう、いろいろと誤解があるかもしれませんが、――」


「ランバールの英雄との噂は本当だったのですねっ!」


 俺の言葉を遮るようにして侍女の一人が興奮気味に切り出す。両手を胸元で組んで祈るような格好でこちらへ向けられている瞳は輝いている。緊張こそしているが畏怖や恐怖の対象ではなく、まさしく英雄に憧れる子どものような表情だ。


 そっちかっ!

 そっちの噂の方が優っていたのか。これは僥倖ぎょうこうかもしれない。


 テリーと目が合った。お互いにほぼ同時に小さくうなずく。

 お互いに言わんとしていることが分かる気がする。『この噂を最大限利用しよう』、テリーの視線が訴えている。俺も同じ思いだ。


「いえ、英雄というのは誇張が過ぎます」


 謙遜をする振りをしながらも、『これが証拠です』と言わんばかりにアーマードスネークを素材にして作った短剣をアイテムボックスから取り出すと、大理石のテーブルの上に置きカズサ王女の前に押しやる。


「アーマードスネークを倒せたのは本当に運が良かっただけです」


 そして少し困ったような表情を作り、アーマードスネークを倒した事実を自分の口から明確に伝えた。


 しかし侍女たちの言葉は止むことはない。こちらの狙い通りに拍車が掛かっていく。侍女たちが口々にささやき合っている。


「凄い、本物の『チェックメイト』ですって」


「まあ、もっと乱暴で粗野な人たちを想像していました」


「あら、私はもっと華奢きゃしゃ耽美系たんびけいの殿方を想像していましたわ」


「ではあの方がフジワラ様、ラウラ姫様の騎士なのね」


「そしてカズサ様の手の甲にキスをしたのがテリー様」


「カズサ様は英雄、テリー・ランサー様をお味方にされたのですね」


「若く強力な魔術師の集団と聞いていたが……」


「旦那方があの『ランバールの英雄』、『アーマードスネーク・キラー』だったんですか? 言われて見ればあれだけのワイバーンを所有した独立部隊だし……」


 あれ?

 予想以上に反応が好意的だな。それに尾ひれ背びれがついているのか、もの凄い高評価だ。もしかして少しやり過ぎたか?


 と言うか、どんな噂が広がっているんだ?

 自分たちで広げた噂ばかりに気を取られていて、その他の噂への注意が足りなかったか。


 あまりの高評価の反応に戸惑いながらも口々にささやかれる内容に耳を傾けていると、テリーがダメ押しとばかりに言葉を発した。


「私たちのことをご存知でしたか。少々大げさに伝えられているようですね。ですが、そこら辺の軍隊が束になって掛かってきてもカズサ王女をお守りする自信はあります」


 テリーだ。周りの侍女には目もくれずにカズサ王女の手を取り真っすぐに見つめている。


 そして王女の左手――今度は手のひらに微笑みながらキスをした。


 それにしても、テリーのやつどうしたんだ? いろいろと墓穴を掘っているような気もするが……

 さきほど女性陣ばかりかボギーさんやロビンにまで散々こき下ろされたにもかかわらずカズサ王女に対して積極的だ。

 

 自棄になったのか何かが吹っ切れたのか。

 いずれにしてもカズサ王女一行の取り込みは順調に進めることができそうだ。これで戦略の幅が大きく広がる。ありがとう、テリー。


 俺がテリーへの感謝の気持ちと今後のカズサ王女一行の利用価値について思いをめぐらせていると傭兵と探索者たち、そして囚われの身となった第三王子配下の騎士団からどよめきが湧き上がった。


「警戒しろよっ!」


「弓だ! 弓の用意をしろっ!」


 傭兵と探索者の一団がもの凄い勢いで警戒態勢に移って行く。そんな彼らの視線の先――尾根の方へと視線を向けると十二匹のワイバーンがこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。

 ボギーさんと黒アリスちゃんだな。


 こちらの理想通り十匹のワイバーンを使い魔として確保することに成功したようだ。


「大丈夫です。あれは我々の仲間がワイバーンを使い魔として捕獲しただけです」


 俺はカズサ王女一行に向けて安心させるように、何でもない事のように軽い口調で伝える。


 背後では同じような内容を伝える白アリとロビンの大きな声が聞こえてきた。警戒態勢に入った傭兵と探索者たち、拘束してある騎士団に向けてのものだ。

 白アリとロビンの声に落ち着きだした背後の人たちとは逆に、こちらでは侍女たちのささやきがかしましい。


「闇魔法? あの黒い服の女の子と殿方は闇魔法を使うのね」


「でも、ちょっと数が多くない?」


「普通は三匹とか四匹でしょう? 使い魔って?」


「そこは『ランバールの英雄』だもの」


「いや、そうじゃねぇだろう。この短時間で十匹のワイバーンを仕留めた方を驚けよ」


 侍女たちのささやきに傭兵のリーダーが突っ込みを入れているが侍女たちは完全に無視をしている。眼中に無いとはこのことか、徹底しているな。


 今度はボギーさんと黒アリスちゃんが戻ったら戻ったで、ひと騒動あるのか?

 侍女たちを黙らせるのはボギーさんに任せることにしよう。


 それよりもキャイキャイと騒ぐ侍女たちとは違って、ほんのりと頬を染めてテリーのことを見つめているカズサ王女の様子の方が気になる。

 問題ってのは一つ解決すると新たな問題が持ち上がるものなのかもしれないな。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


【コミカライズ情報】

ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中

以下、URLです

どうぞよろしくお願いいたします

https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る