第235話 帰路での厄介ごと(7)

「帰ってきたみたいですよ」


 聖女の声に振り向くと陽光を遮るように両手を額の上にかざして森の向こうに延びる標高のかなり高い尾根の方を凝視していた。


 眩しそうに目を細めている聖女の視線の先を見ると三羽の小さな鳥の姿が見える。

 俺と黒アリスちゃん、ボギーさんが放った連絡用のサンダーバード。どうやらルウェリン伯爵たちへの伝言は無事に届いたようだ。


 高速でこちらへと向かってくる三羽のサンダーバードのうち二羽が方向転換をして山脈の方へと進路を変えた。


「ボギーさんと黒アリスちゃんは向こう方面にいるみたいだな」


 視線を動かすだけで進路を変えた二羽のアンデッド・サンダーバードの行方を追いながらつぶやく。


 俺のつぶやきに聖女は「なるほど」とうなずく、と俺と同じように方向を変えたサンダーバードの行方を追いかけて身体ごと向きを変えた。


 あの二羽は闇魔法で使い魔としているので正確にはアンデッド・サンダーバードなのだが、俺が聖女の視線の先へと目を向けると二羽のアンデッド・サンダーバードはそのまま中腹へと降下していった。

 ワイバーンの生息地が近いのは助かった。あとは何匹確保できるかだ。


 最低でも七匹は欲しい。贅沢をいえば十匹といったところか。今回確保したワイバーンは使役獣とするので操竜術を持っていなくても何とかなる。

 逆に操竜術を持っている方が余計なことを考える可能性があるだけ厄介事だ。


 第三王女たち全員を連れて行くのに必要なワイバーンの数と数が揃わなかったときの対策を思い浮かべながら、監視下にある三つの集団――第三王子配下の騎士団、第五王子一派に雇われた傭兵と探索者、そして第三王女一行に視線を向ける。

 いずれも今は幾分か落ちついていた。


 視線をこちらへと向かってくる自身の所有するサンダーバードへと再び移すと既に降下態勢に入っていた。

 さすがサンダーバードだ、速いな。


 鷹匠のように左腕を出してサンダーバードを左腕へと着地させる。


「両方の足に何か付けていますね」


 聖女が目聡くサンダーバードの両足に付けられている小さな筒に視線を止めた。


 返信の手紙だ。右の足に一つ、左の足に二つの筒が括り付けられていた。

 返信は三通か。ルウェリン伯爵とゴート男爵、ノシュテット士爵の三人だろうか? 黒アリスちゃんとボギーさんのアンデッド・サンダーバードには返信書簡はなしか?


 疑問を抱きながら三通の手紙をサンダーバードから取り外して、そのうちの一通――ノシュテット士爵からの手紙を聖女へ渡す。


「すまないが、それに目を通しておいてくれ」


「はい、分かりました」


 聖女の返事にうなずき、俺自身は残る二通の手紙に目を通した。


 ◇


 さて、手紙のことは黒アリスちゃんとボギーさんが帰ってきてから相談するとして、当面の問題である三つの集団だ。


 俺たちが現在この国が交戦中のカナン王国の軍人であり、且つ、今では反乱軍と認定されたリューブラント侯爵の軍に一時的に所属していること――『敵国』の軍人であるということを明かすと三つの集団に緊張が走った。

 彼らにしても、まさか交戦中のカナン王国の隠密部隊、それも強力な魔術師をようする部隊がこんな場所まで侵入しているとは想像していなかったようだ。


 第三王子配下の騎士団が真っ先に取り乱していた。

 どうやら俺たちをガザン王国の探索者か傭兵、或いは小領主の配下の兵とでも思っていたようで、後から第三王子経由で仕返しをするつもりだったらしい。


 人的な被害も大きい上、プライドや権威をないがしろにされて怒り心頭だっただけに雪辱の機会を失ったばかりか、自分たちの生命の危機が訪れたのだから取り乱しもするだろう。

 そこへ追い打ちだ。


「お前たち第三王子配下の騎士団の処遇はそこにいる傭兵と探索者の一団に一任することにする」


 取り乱した状態が続いている騎士団の面々から第五王子一派に雇われた傭兵と探索者の一団に視線を移しながら告げると、視線を外された騎士団からは絶望と怨嗟、命乞いの声が聞こえてきた。


 逆に傭兵と探索者の一団は状況が十分に理解できていないのか、それとも俺の言葉を図りかねているのか、ほとんどの者が戸惑いの表情を浮かべて俺と騎士団へと視線をめぐらせていた。


 彼らが俺たちの魔術の力に畏怖を感じているのは分かっていた。少し強めの口調で切り出す。


「お前たちは俺たちに対して戦闘を仕掛けてこなかった。それに獲物を目の前でさらうことになってしまったからな。せめてものお詫びだ、受け取ってくれ」


 そして最後は穏やかな口調と笑顔で締め括るように伝えた。


 自分で言っておいて何だが、実に傲慢で道理にもとる行為である。

 だが、傭兵も探索者たちもそんなことに気付く余裕もないのか、自分たちが助命されたことと、少なくとも手ぶらで帰る羽目にならずに済んだことに安堵の表情が彼らの中に広がっていった。


 なかには手を取って感謝の気持ちを伝えてくる者までいる。

 若干の後ろめたさを覚えながらも鷹揚にうなずき、取り上げていた彼らの武器や防具を返すようにアレクシスに指示を出す。


「彼らに武器と防具を返却してくれ」


 俺の言葉に驚く彼らに向き直りさらに続ける。


「俺はお前たちを信用して武器と防具を返すんだ。分かっているとは思うが信用を裏切って、俺たちや第三王女一行に向けたらお前たちの命はないからな」


 再び厳しい口調で切り出すと、俺が全てを告げ終えるまでもなく言わんとしていることを理解した連中が次々と顔を引きつらせ、或いは半泣き状態でうなずく。


 そして、傭兵と探索者たちは俺の言葉が終わるのを待って口々に了解とお礼の言葉を発した。


「旦那たちはもちろん、王女様方にも指一本触れません」


「もちろんです。この商売信用第一ですから」


「こっちこそ無傷で手柄を手に入れられたんです、感謝してます」


「旦那たちはリューブラント侯爵軍の所属でしたよね、この仕事が終わったらリューブラント侯爵軍に駆けつけますぜ」


 なんとも必死さと現金さが伝わってくる科白だ。


 横から騎士団員たちの泣き言と怨嗟の声が聞こえてくるがそれは聞き流そう。というか、どちらの言葉も適当に聞き流しながら笑顔で答える。


 そんな俺とは違って、天使のような笑顔を浮かべた白アリが傭兵と探索者たちに猫なで声で話しかけた。


「あなたたち、残りもので良ければ食べる?」


 先ほどまで俺たちが食べていた食事、文字通り残りものが美味しそうな匂いをさせながら食卓に並べられていく。果物をそのままシャーベットにしたデザートまである。


 傭兵と探索者たちの視線が白アリからテーブルの食事へ。そして俺へと目まぐるしく移動している。

 その表情は、白アリに向けられたときはまるで天使か女神さまを見るようで、俺に向けられたときは許可を得るような、懇願するようだ。


 一抹の不安はあったが、うなずくと傭兵と探索者たちは我先にとテーブルへと駆け出した。

 何で白アリが急に態度を変えたんだ? まさか毒とか盛ってないだろうな。今感じた一抹の不安を具体的な出来事に置き換えてみる。


 腹痛を訴える彼らを想像しているとにこやかな笑顔で近づいてきた白アリが不思議そうな顔で下から俺のことを覗き込んだ。


「どうしたの? 難しい顔して」


「いや、急にどうしたのかと思ってさ」


 食事中の傭兵と探索者を視線で示すと、白アリが俺の視線の先を振り返り「ああ、あれね」とつぶやきながら小さくうなずく。


「傭兵や探索者みたいにお金で雇われている連中が領主に対して忠誠心を持っているわけないじゃないの。どうせ処分しなきゃならない残りもので少しでも寝返らせることができたら儲けものでしょう?」


 白アリの顔に、つい先ほど見せた天使のような笑顔はもうない。詐欺師のような笑顔で得意気にささやく。


 彼女の思惑通りに進むかはさておき傭兵と探索者たちは返ってきた武器や防具を装備もせずにテーブルの料理に群がっていた。

 なかには涙を流しながら食べている者まで居る。


 まあ、先ほどの彼らの食事を見る限り残りものとはいえ十分にご馳走なのだと容易に想像がつく。

 これは本当に何人か寝返るかもしれないな。あの幸せそうな表情をみるとそんな考えがチラリとぎる。


 逆に蒼ざめたのは第三王女一行だ。まるで保護するかのようなテリーのセリフから一転、捕虜の立場。そりゃあ蒼ざめもするよな。

 さてと、ラウラ姫のときのことを教訓にして不安を与えないよう配慮するか。


 俺はティナたちがワイバーンの世話をするのをみているテリーに声をかけてカズサ・ガザン第三王女のもとへと歩を進めた。

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