第234話 帰路での厄介ごと(6)

 森の中程、鬱蒼うっそうとした樹木と蔦類を中心とした夏草が生い茂る中にポッカリと円形の空間が広がっていた。

 広さはバスケットコートよりも若干狭いくらいか、草木は伐採され地面は整地されている。


 円形の空間が広がっている場所は街道からさらに森の奥へと分け入ったところで、先ほどと同様に俺たちが魔法を使って樹木の伐採と整地を行ったものだ。


 先ほどとは違い今度は自分たちだけでなく第五王子派に雇われた傭兵と探索者と第七王子の一団改め第三王女の一団も円形の空間で休んでいる。

 さらに今しがた交戦をした騎士団の生き残りも整地した片隅でワイバーンに囲まれた状態で拘束をしてある。


 さすがに死体の転がっているところで食事を再開する気にはなれなかったので場所を移動して昼食を再開している。

 まあ、俺たちの食事というよりは食の進まなかった第三王女の一団への配慮が最たる理由だ。目の前で戦闘が繰り広げられたことにより生命への執着が顕在化したのか先ほどまで食事が進まなかった人たちも何とか食事をしていた。


 当然、のんびりと食事をしていただけではない。存命の騎士団と第三王女の一団への尋問を食事と並行して行った。


 ◇


 良かった。

 俺は今、自分の幸運を噛み締めている。


 あの逡巡が運命を決めた。

 あと三秒遅かったらこの居たたまれない空間に身を置いていたのは俺だったかもしれない。そう考えるとテリーが仲間で良かったと心から思える。


 魔法で整地した広場に設置された大理石のテーブル、その被告人席にテリーが座りその後ろには彼の所有する四名の奴隷たちが傍らに寄り添っていた。俺たちは両サイドの長い辺にあたる部分に座り若干憔悴したテリーに視線を向けていた。

 

「――まあ、なんつーか……あきれて言葉も出てこネェな」


 本当にあきれ果てたといった口調で言葉を搾り出したボギーさんの視線の先には、居心地が悪そうな様子で俯いている第三王女の一団とテリーの姿があった。


 第三王女の一団への対応は然程でもないのだが、テリーに対する対応は全員が冷たい。

 白アリと黒アリスちゃんが特に酷い。


 テリーの後ろでおろおろとしているティナをはじめとする四人の奴隷たちと、テリーの頭上で今にも泣き出しそうな顔のレーナが気の毒でならない。

 考えてみれば彼女たちからしたらとばっちりでしかないものな。テリーの傍らに居る彼の奴隷たちがもの凄く肩身を狭そうにしている。いや、むしろ申し訳なさそうな表情をしているがそれ以上にテリーを庇うように寄り添っていた。


 できた奴隷たちだ。


 女性陣四名とロビンがテリー相手にひとしきり注意をしたあとで、尚も白アリと黒アリスちゃんが冷ややかな視線とともに言葉を投げかけた。


「本当にあきれたわ」


「そうですね、さすがにちょっと……」


 二人の言葉に続いて聖女がため息をつきながら生暖かい視線をテリーに向ける。


「困ったものですね、テリーさんの女好きにも」


 過去を振り返る限りテリーの女好きよりも聖女の特殊な性癖の方が周囲に与える影響が大きかったのは間違いないはずだが、ここを敢えて触れずにテリーに犠牲になってもらうことにしよう。


 ボギーさんとロビンがさらに追い打ちを掛ける。


「金髪の兄ちゃん、さすがに今回は軽率が過ぎるぞ」


「あれだけ居るのにまだ足りないんですか?」


 非難されているのはテリーなのだが第三王女の一団はテリー以上に居たたまれない感じだ。

 今でこそテリーに非難が集中しているが先ほどまではテリー以上に汲々とした尋問が行われていたのだからしかたがないか。


 テリーのことはさておき、今俺の中で最も重要な課題は第七王子だ。いや、第七王子改め第三王女だ。

 いろいろと問いただした結果、王女で間違いなかった。カズサ・ガザン。表向きはガザン王国第七王子だがその実は第三王女である。


 半年前に第七王子が熱病で逝去した際に母方の実家であるローマイア侯爵家の画策で、死亡したのは双子の片割れである第三王女とし、当の第三王女であるカズサ王女を第七王子として育てることになったそうだ。

 大の大人、それも国政や自領の政治を担う立場にある大人たちが寄り集まって出した結論がそれか。あきれたものだ。スタート時点で既に破綻をしている。バレないとでも思ったのか?



 もちろん、その辺りも含めて彼らの話をすぐに信用をした訳ではない。

 まあ、第七王子は既に死亡していて王女が身代わりとなり王子になりすましていました。と言われても「はい、そうですか」とは信じないよな。


 特に白アリをはじめとした女性陣は真っ向から否定して、側近はもちろん侍女や理由を知っていそうな護衛隊長たちを汲々と締め上げるようにして尋問をしていた。


 女性陣が第三王女の一団を尋問している間、俺たちは騎士団の生き残りの尋問をしていたのだが。

 あの甲高い声の男――やはり部隊長だったのだが、あいつも聖女のフルスイングを受けてなお生き残っていた。問いただしたところ魔法による身体強化と魔力障壁を展開してしのいだそうだ。意外と多芸だな。


 追撃してきた第三王子お抱えの騎士団が多芸で有能な一団であることは分かったが助ける理由にはならない。

 むしろ有能な敵ほど厄介なものはない。何よりもあの高圧的な態度が気に入らない。


 ◇


 尋問とテリーへの非難が一段落したところで皆に向かって三つの集団への対応を切り出した。


「――――第三王女一行には同行頂くと言うことでいいかな?」


 皆が予想していた通りの展開だったのだろう、異論を唱えるものは一人も居ない。全員が静かにうなずいた。


 いや、若干名いたか。

 ワイバーンたちの足元から有刺鉄線で拘束されている第三王子お抱えの騎士団の部隊長から異論が聞こえてきた。


「ちょっと待てっ! 我々は次代を担う第三王子の手のものだぞっ! 我々と手を組む方が後々のためになる。考え直せっ!」


 有刺鉄線でぐるぐる巻きにされた状態で地面に転がされているにもかかわらず口調も言葉も高圧的である。

 ここに至ってまだ自分の立場が分かって居ないようだ。思っていたほど有能ではないのかも知れない。


 もちろん、拘束されている騎士団の言葉になど耳を貸すものは居ない。俺たちばかりか第三王女一行と第五王子一派の雇った探索者や傭兵団たちもそれは同様だ。


 ボギーさんがマントの裏側にある内ポケットに火の着いていない葉巻をしまいながら立ち上がる。


「連中を連れて行くとなればワイバーンが足りネェな」


 そのまま黒アリスちゃんに向き直り話を続けた。


「黒の嬢ちゃん、ワイバーンを狩りに行くぞ」


 なるほど、闇魔法でアンデッド化させれば直ぐに従順な使い魔が確保できるか。便利だな闇魔法。


「すみませんがお願いします。こちらも他の対処を進めておきます」


 ワイバーン狩りに向かうボギーさんと黒アリスちゃんの背中に向かって話しかけるとボギーさんは振り向くことをせずに右手を大きく振り、その横を歩く黒アリスちゃんは立ち止まって振り返ると笑顔で小さく手を振り返してくれた。


 笑顔で小さく手を振り終えると早足でボギーさんの後を追いかけて行った。

 相変わらず可愛らしいな。ああいったちょっとした仕種の可愛らしさは黒アリスちゃんとラウラ姫が双璧だ。聖女は論外にしても白アリもアイリスの娘たちも到底及ばない。


 そんな俺の心の内が表情に表れていたとは考えたくないが白アリが若干冷ややかさを伴った視線を俺に向けたあと、残る二つの集団を見回すようにして聞いてきた。


「それで? カズサ王女一行は連れて行くとして、第三王子一派の騎士団と第五王子一派に雇われた間抜けはどうするつもり?」


「教団の上層部と繋がりを持つのは避けたい。しかも自分たちが根を張ってきた国が無くなるわけだから、俺たちとの接触を利用してカナン王国側への接触や工作も積極的になる可能性がある。出来れば遠慮したいところだ」


 俺の切り出した説明に白アリがうなずき、当の第五王子一派に雇われた間抜けたちは表情を強ばらせる。


「まあ、そうよね」


「逆に教団を利用するとかは難しいでしょうか?」


 聖女が柔らかな口調で聞くと第五王子一派に雇われた間抜けたちの表情にわずかな希望が現れる。

 

「終戦後に外交や内政に口出しすれば可能かもしれないが、そんな時間はないだろうし、労力に見合うだけのメリットがあるとも思えない。そもそも口出しできる位置にあるという事は責任と面倒事がついてくるだろう?」


「責任と面倒事は遠慮したいですね」


 聖女が与えた紛い物の希望を打ち砕くように説明をすると聖女がゆっくりとうなずき、白アリとロビンが相槌を打ちながら続いた。


「そうね。第三王子お抱えの騎士団に今更与するわけにもいかないものね」


「ああ、消去法で考えればそうなるな」


 第五王子一派に雇われた間抜けたちは俺たちの会話で面白いように表情を変えている。何となく憎めなくなってきたな。


 それはおいておくとしても、別に消去法で考える必要などどこにもない。

 それこそ『どことも与せず』と結論を出して対処しても良いのは全員が分かっていることだが、あえてそこには触れずに話を進める。


「ボギーさんと黒アリスちゃんが帰ってきたら第三王女一行と一緒に前線へ移動する」


 そこで一旦言葉を切って第五王子一派に雇われた間抜けたちに向き直りさらに続けた。


「さきほど交戦した第三王子お抱えの騎士団は拘束した状態で置いていく。お前たちの武器や防具は返すので騎士団を自分たちの手柄としろ」


 俺の言葉に第五王子一派に雇われた間抜けたちの表情が急に明るくなり、拘束され転がされた騎士団たちの表情に絶望の影が差した。


 いや、表情に影が差すだけではない。もの凄い勢いでなにやら抗弁をしている。

 そんな抗弁をする一団へ俺は笑顔を向けて彼らに告げた。


「俺たちはカナン王国の軍に所属する探索者であり、今は一時的にだがリューブラント侯爵に与している。お前たち全員が俺たちにとっては生死を問わずに手柄であることを心してくれよ」


 俺はここで初めて自分たちの所属と立場、そして彼らが敵国の兵士や要人――殺しても問題とならない相手、それどころか手柄となることを告げた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


【コミカライズ情報】

ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中

以下、URLです

どうぞよろしくお願いいたします

https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る