第233話 帰路での厄介ごと(5)

 目の前の高圧的な一団への対処をどうするか決め兼ねていると、後ろから白アリの物騒な訴えに続き聖女と黒アリスちゃんの不穏当な発言が聞こえてきた。


「ねーねー、やっちゃいましょうよ。これ以上対応に困る集団を増やしたくないでしょう」


「甲高い声の男って受け付けないんですよねー、痛い目を見てもらいましょうよ」


「声がどうこうではなくってあの高圧的な態度が嫌いです」


 三名とも甲高い声で食事の準備をするように言いつけた男を睨んだまま、弓に短槍、大鎌とそれぞれが新調したばかりの武器を自分の背後に隠すようにして出現させている。

 黒アリスちゃんの大鎌だけは隠せていないが、それでも大木の裏側に隠すようにして右手に握っていた。


 そんな三名の女性陣の視線や行動を意に介していないのか気付いていないのかは分からないが、甲高い声の男は俺たちの左右に位置する一団――第五王子派に雇われた傭兵と探索者たち、第七王子とその取り巻きを調べるように指示を出している。

 周囲の騎士たちは甲高い声の男に敬礼をするとすぐさま左右に分かれて走っていった。様子と会話の内容から察するにこの甲高い声の男がこの部隊の部隊長のようだ。


 こちらへの注意が疎かになっている隙に白アリたちをひとまず思いとどまるよう説得しよう。

 いや、正直に言えば白アリ同様にこいつらを一蹴してしまいたい気持ちでいっぱいなんだが、そこは表に出さずに説得しつつ最善の対処方法を考えるか。


「いや、気持ちは分かるけど少し落ち着こう」


「何よっ! まさか食事の仕度をしろって言うんじゃないでしょうね」


 説得をしようと言葉を切り出した途端に白アリがまなじりを上げて抗議の声を発した。説得するには切り出しがあまりに適当だったか。


 俺が説得するための修復をどう図るか逡巡する横からテリーがさわやかな笑顔で後始末が大変そうな案を提示すると、黒アリスちゃんと聖女が話を膨らませだした。


「良いじゃないか食事の仕度くらい。下剤を盛るとかってどう?」


「盛るなら毒だと思います」


「痺れ薬とかで、先ずは身体の自由を奪ってから。という手段もありますよ」


 先ほどまで空いていた左手に出現させた怪しげな液体の入った小瓶を見つめている黒アリスちゃんに、聖女が左手に出現させた小瓶を差し出す。

 どんな意思疎通が行われたのか想像したくないが黒アリスちゃんと聖女が口元を緩めながら小さくうなずいた。


 部下に指示を出し終えた部隊長がようやくこちらへと意識を向けた。


「おいっ! 貴様ら何をごちゃごちゃと――」


「うるさいっ! 今取り込み中よ!」


 部隊長の甲高い声に白アリが目もくれずに一喝する。


 白アリの一喝に騎士団の隊長が言葉を飲みこみ、動きが止まる。何だ? 王都の守備の一角を担う騎士団の部隊長とか言う割には情けないな。


「俺はまだ食事中なんだ。血を見ながら食事なんていやだなー」


「私もデザートは食べたいですよ」


 テリーと聖女が食事への未練を訴えているが、食事を続けられる雰囲気じゃあないよなあ。


 何かを察したのだろう、マリエルとレーナは自分たち用の小さなバスケットに果物を詰め込んでいる。


「貴様ら我々を愚弄するのかっ!」


 甲高い声の男の横に控えていた目つきの悪い騎士が長剣を抜き放ち、威嚇するようにして俺たちの方へと切っ先を向けた。


 そんな目つきの悪い騎士を小ばかにしたような目で見ながら白アリが煽るようなひと言を発すると、当の騎士も即座に反応をする。


「沸点低いわねー」


「女っ! 女だからといって容赦はせんぞっ!」


 長剣を突き出したまま白アリに向けてさらに威嚇するように一歩踏み出す沸点の低い騎士を見つめて、白アリと聖女の瞳が輝く。


 実にからかいやすそうな男だ。ある意味、人材だな。

 二人の玩具決定だ。


 そんな騎士と白アリたちのやり取りなど些事とばかりに、先ほどの甲高い声の男――この騎士団の隊長と思しき男の視線が第五王子に与した傭兵と探索者たちに注がれている。

 嫌な感じだな。気付かれたか?


 顔にわずかな強ばりが見えたと思ったら突然甲高い声が響き渡る。


「総員、抜剣っ! 臨戦態勢をとれっ!」


 しまったっ。予想以上に鋭いじゃないか、こいつ。

 傭兵と探索者の武装解除が裏目に出たようだ。傭兵や探索者の集団が武器を携帯していないのを違和感、異変として感じ取ったか?


 さすが、王都防衛の一角を担う騎士団だけのことはある。

 存外無能という訳ではないようだ。先ほどの評価は取り消そう。


 甲高い声の騎士の号令で後方にいた騎士たちが弓に矢をつがえ、こちらへと狙いをつける。

 動きが良い。相当訓練されている。



「キャーッ」


 抜剣に驚いたのか侍女のひとりが悲鳴を上げるとそれに続いて隊商の人たちの切迫した声が聞こえて来た。


「やめて下さいっ」


「乱暴はよして下さい、騎士様。我々は――」


 侍女の悲鳴に続いて護衛と取り巻きの男の声が響いた。


 もめ事か?

 声のする方向に視線を動かすと隊商のひとりに腕を掴まれた騎士が抜き身の剣を横薙ぎにしようとする姿を目の端にとらえる。


 仕方がない、やるか。

 土魔法で鋼鉄の弾丸を生成してそのまま騎士本人と騎士の手にある長剣に向けて撃ち出した。


 鋼鉄の弾丸のひとつは剣で男の首を薙ごうとした騎士の側頭部を左から右へと突きぬけ、もうひとつは長剣を根元から砕いた。

 キーンッという甲高い金属音の響く中、砕かれた長剣の破片が陽光を反射しながら宙を舞う。


 側頭部を撃ち抜かれた騎士は弾丸の勢いを身体と装備の重量では受け止めきれずに、突き抜けた弾丸の方向へと身体を浮かせるようにしてゆっくりと倒れ込む。


 ドサッ


 騎士のひとりが地面に倒れ込む音を合図に状況を理解した騎士団の何名かが俺たちへと警戒と敵意の視線を向けて切り掛かってくる。

 それはすぐに騎士団全体へと伝播した。


 何を勘違いしたのか俺たちではなく、非武装の第五王子派の傭兵と探索者や第七王子一派の一団に切り掛かる騎士までいる。


 余計なことをしてくれるっ! 

 こちらとしても当面の身の安全を保障した以上は見殺しにはできない。武装解除しているとはいえ、さすが傭兵と探索者だ。既に森の中へと逃走を開始している。

 

 翻って第七王子側の一団で対処できているのは護衛だけだ。それもテーブルや木の棒などを手に第七王子を囲むようにして騎士団に立ちはだかっている。

 装備が違いすぎる。


「テリー、第五王子派を頼む」


 女神さまから貰った大剣を装備したテリーが中央で迎撃の準備をしているのを視認する。俺自身は空間転移で第七王子の一団と騎士団との間に割って入った。


 尻餅をついている侍女と長剣を振り下ろす騎士との間に転移すると左手に持ったオリハルコン短剣で騎士の長剣を受け止め、右手に持ったアーマードスネークの短剣に魔力を帯びさせて騎士の首の高さで横に薙ぐ。

 騎士の首に一筋の線が入りそこから赤いものが吹き出す瞬間を視認すると、そのままショートレンジの転移で隣に立つ騎士の背後へと出現し首の後ろにオリハルコンの短剣を走らせる。


 次の騎士の背後へと転移し両足首を薙ぐようにアーマードスネークの短剣を振るうと同時に中央の様子を確認する。


 白アリが魔法弓からオリハルコンの矢と魔法の矢を矢継ぎ早に放ち、後方で弓を構えていた騎士たちを次々と射抜いていた。

 射た矢の三分の一も当たっていないが身体強化にものを言わせて驚異的な速度で連射をしている。命中率五十パーセントなら倍ほども放てばよい。実際には三倍以上の矢が放たれている。


 黒アリスちゃんの大鎌が彼女の腰の高さで振り抜かれ、接近戦を挑んできた騎士たちは両足を失いそのまま地面へと落下していく。

 聖女はピンポイントで先ほどの甲高い声の騎士――おそらく部隊長と思われる騎士のわき腹を短槍の柄の部分で捉えた。まるで野球のバットスイングを見ているようだ。


 重力魔法の付与効果を発動させたのだろう、部隊長は独特の甲高い声ではな『グェッ』とくぐもった声を上げて街道の向こう側に低空を滑るように飛んで行った。

 第五王子派へと向かった騎士たちは大剣を装備したテリーの放つ水魔法――水の刃で手足や首を切り裂かれて行動不能に陥っていた。


 既に騎士団で立っている者はいなかった。

 分かってはいたが圧倒的だ。俺たちの敵になりそうなのは強力な魔物と同じ転移者くらいだろうな。


「マリエル、ライラさんに逃亡した傭兵と探索者を取り押さえるように伝えてくれ。ワイバーンを使っても構わない」


「はーい。行ってくるね」


 その言葉を残してマリエルが珍しく空間転移をした。


 念のため空間感知で逃亡した連中の位置を確認すると既にボギーさんとロビンの二人が、黒アリスちゃんの使い魔であるアンデッド・アーマードタイガーとアンデッド・シルバーウルフを伴って回り込んでいた。

 そして上空にはアンデッド・フェニックスとアンデッド・サンダーバードが旋回している。


 まあ、空間感知と空間転移を自在に使いこなすボギーさんとロビンから逃げおおせるとは思えない。

 逃亡した連中はボギーさんに任せておこう。


「怪我をしているじゃないの。治してあげるからどきなさい」


 白アリの声が響いた。


 視覚を戻して声のするほうへと視線を向けると第七王子と侍女のうちのひとりが騎士団から逃げる際に転んだのか木の枝に引っ掛けたのか大腿部と腕の辺りから出血をしていた。

 大腿部を怪我した第七王子を気遣う侍女たちを威嚇しながら追い払うと怪我をした二人の傍にしゃがみ込んだ。


 こっちは白アリに任せて良いか。

 さて、まだ息のある騎士たちを集めて尋問の用意をしないとな。


「息のある騎士を一ヵ所に集めるから手伝ってくれ」


 聖女と黒アリスちゃん、テリーに声を掛けて俺の足元で呻き声を上げている、両足首から先を失った騎士へと手を伸ばそうとすると突然俺を呼ぶ白アリの声がした。


「ミチガナ、ちょっと来てくれる?」

 

 顔を上げると視線を第七王子に固定したままの白アリの後ろ姿が映った。


「どうした?」


 白アリの光魔法で対処できないほどの怪我だったのか? そうは見えなかったが……


 足元の騎士をそのままに白アリの下へと踏み出した。


 ◇


 白アリのもとに到着するなりテリーが騎士たちを移動させる作業を中断して転移して来ると、第七王子の隣で震えている侍女を覗き込みながら言った。


「どうした? 何か問題でも?」


 どうやら男ばかりの騎士たちの相手はお気にめさなかったようだ。

 取り敢えずテリーの言葉を適当に流して第七王子の顔を覗き込んだままの白アリに話しかけた。 


「それほどの大怪我だったのか?」


 白アリの隣に立ち怪我の具合を確認しようと第七王子へと視線を向けると、しゃがんだままの白アリが言葉を発した。


「この王子は偽物よ。替え玉ね」


 白アリはそう言いながら立ち上がり、当の替え玉王子と隣で震えている侍女から護衛隊長、側近の中年オヤジへと視線を向けて二人に言い放った。


「この子、女の子じゃないのっ! 本物の第七王子はどこ? 返答次第では皆殺しよっ!」


 白アリの言葉に護衛隊長と側近の顔が強ばる。いや、第七王子の一団と思っていた全員の顔が蒼白となった。

 囮か?


「待ってくれっ! これには訳があるんだ」


 側近の中年オヤジが顔面蒼白ではあるがそれでも必死に訴える。しかし、そこから言葉が続かない。


 テリーが周囲の一団を見回しながら抑揚のない調子で、同じように俺の頭を過ぎった疑問を言葉にした。


「もしかして『第七王子』なんて最初から存在しなくて、『王女』ってのが正解なんじゃないのか?」


 第七王子陣営の侍女と護衛の一部に緊張が走った。


 やっぱり王女だったのかよ。まぁ良い、悩み事が一つ解決できた。


「大丈夫だ、俺たちが助けてあげるから」


 しゃがみ込むと震える王女の手を取ってテリーは俺が導き出した結論をいち早く代弁してくれた。


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        あとがき

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【コミカライズ情報】

ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中

以下、URLです

どうぞよろしくお願いいたします

https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1

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