第232話 帰路での厄介ごと(4)

 第五王子陣営――盗賊に扮した教団が雇った傭兵と探索者、第七王子陣営――行商人を偽った第七王子本人と侍女、そして側近やらなにやら多数。

 この二つの集団は俺たちを緩衝とするように挟んで街道脇の森の中でそれぞれに固まってもらう。


 食事を終えたボギーさんが椅子にもたれるように座りなおすと第五王子陣営に与した傭兵と探索者の一団へと視線を向けてつぶやいた。


「さすがに追撃側は頭の切り替えが早いな」


 その視線の先にある第五王子陣営に与した一団は、東西に伸びる街道沿い――俺たちを中心にして東側に追っ手である第五王子陣営が三つほどの車座を作って食事をしていた。

 すっかりと大人しくなり食事をしている。時折笑い声が聞こえてくる程度にはリラックスをしているようだ。


 目の前に標的が居るにもかかわらず指をくわえて見ていなければならない状態に業を煮やすといった様子もなければ、俺たちの隙を突いてくる様子もない。

 たとえ俺たちの隙をついて第七王子を仕留められたとしても、自分たちが逃げ切ることは難しいと判断したようだ。行動が自分たちの身の安全を第一に考えることに切り替わっている。


 ボギーさんの言葉に食事中の手を止めて聖女が横目で第五王子陣営に与した一団を一瞥して言うと、黒アリスちゃんは視線を向けることもなく続けた。


「忠誠心とか無いのかも知れませんよ」


「昨日今日、お金で雇われただけの人たちに『忠誠心』を求めるのは間違っている気がします」


 酷い言われようだが事実だろう。だが、その割り切りの良さというか頭の切り替えの早さには俺たちも助かっている。


「それよりも向こう側よ。早くしないと、知らないわよ」


 白アリはチラリと逆側の一団へと視線を走らせるとすぐに手元に視線を戻し、小さく切り分けた鶏肉をその形の良い口へと運んだ。


「何だか気の毒なことをした気もしますね」

 

 ロビンが白アリの一瞥した第七王子たちへと視線を向けてため息をつき、逆側に居る第五王子に与した一団へと視線を移してさらに続けた。


「私たちが介入しなければ今頃は第五王子派が第七王子の首級を上げていたのでしょうね」


 白アリとロビンが馬車に踏み込んだ瞬間に第七王子がボロボロと泣き出したらしいのだが、どうもロビンは第七王子に良い印象を持っていないようで、先ほどから出てくる意見も非常に手厳しい。

 今多数決を採ったら絶対に第五王子派に挙手するな。


「白姉が言いたいのは、このままでいると第七王子たちの一団がヒステリーとかパニックになるかも、ってことでしょう」


 黒アリスちゃんが俺の方を真っすぐに見つめて言った。まるで『早く決めて下さい』と言わんばかりの視線だ。


 黒アリスちゃんの言葉には答えずに視線を第七王子たちへと向ける。


 第五王子に与した一団とは逆側――西側に目を向けると第七王子陣営が簡単なテーブルと椅子を用意してそこで食事をしている。

 馬車に食料や調理器具、日用品を随分と積んであったことと調理人まで同伴していたようで、食事事情は第七王子側の方が数倍ましで割と手の込んだ料理が並んでいた。


 そうは言っても俺たちの感覚からするとこの異世界の食事事情は非常に悪い。

 このガザン王国は他国との戦争が断続的に行われていたこともあってか、特に軍関係は食事に対する配慮が足りないように感じていたが追撃側の一団を見ると改めてそう思える。


 第五王子陣営と第七王子陣営は食事を続けているが、時折俺たちの方へ双方から視線を投げかけられるのを感じる。

 両陣営とも自分たちの食事事情とこちらの食事事情との差に最初こそ驚いていたが、自分たちが食事の最中であるにもかかわらずチラチラと盗み見るようにしている。

 第五王子陣営に与した追跡者たちはともかく、普段は良い食事をしていると思われる第七王子側の反応が酷すぎる。中には食事の手を止めてこちらを羨ましそうに見ている者まで居た。


 もちろん、そんな食欲旺盛な者たちばかりではない。食事に手を付けようとしない者もいる。ワイバーンに咥えられて連れて行かれた三人だ。

 脅しの材料として連れて行き、そのままワイバーンの食事の用意を手伝わせたのだが……解放した後もまだ虚脱状態である。


 そのほかにも第七王子側には食欲不振な者が散見された。最たるのは幼い第七王子と側付きの侍女たちだ。

 まあ、自分たちの命を狙っている第五王子側の追っ手と謎の一団である俺たちの側での食事だ。食が進まないのもうなずける。


 改めて第七王子陣営へと視線を巡らせる。

 護衛の兵たちはこの状況でも緊張感を保っていた。武装を解除され行動範囲を限定されてはいても、第五王子陣営と俺たちに対する警戒はもちろんだが周囲への警戒も怠っていない。


 今自分たちに出来ることを精一杯するという姿勢は好感が持てる。実際にその動きや対応を見る限り十分に訓練をされた精鋭なのだとうかがうことが出来た。

 翻って護衛対象の第七王子はまるでダメだ。


 炎天下で立っていたせいもあるのだろうが真っ青な顔で食事にも手を付けていない。しかも贅沢なことに二人の侍女が第七王子のことを巨大な団扇で左右から扇いでいる。

 巨大団扇を持つ侍女も蒼ざめ疲労困憊しているように見える。それでも頑張る辺り侍女も大変だ。


 ネッツァーさんの話では第七王子の年齢は十歳でラウラ姫よりもひとつ年下だという。

 まだ幼いとはいえ線も細くあまりに頼りなく見えてしまう。頭脳や内面までは分からないが、こう頼りないと家臣としては自分や家の未来を託すのは躊躇われるだろうな。


 第七王子たちから視線を戻すとまだ食事中の皆に向けて話を切り出す。


「これ以上時間を無駄には出来ない。ここはドライに行こう。判断基準も単純にしよう。どちらの陣営に近づく方が俺たちにとって利益があるか、だ」


 そう切り出した途端に俺の空間感知に新たな一団が引っ掛かった。


 俺が新たな一団に意識を向けている間にテリーとロビンがそれぞれ真っ向から反対する意見を出した。


「宗教が絡むと面倒なんじゃないかな? 第七王子側の方が与し易そうだし、何よりも本人が居るんだから恩義を感じるんじゃないか?」


「いや、役に立たない連中と手を組んでも意味が無いでしょう。多少灰汁が強いくらいの方が手を組む価値がありますよ」


 テリーの動機は単純だ。可愛らしい侍女が居るからだろう。逆にロビンの方は軟弱な第七王子がお気に召さないようだ。

 票は一票ずつとしてもどちらの動機も理由として採用は出来ない。

 

 いや、それどころじゃあない。俺たちの食事の邪魔をするように新たな一団が迫っていた。

 広範囲に張り巡らせていた空間感知の端――この目の前を走る街道の先に騎馬の集団が引っ掛かった、全部で二十騎。


 他の王子とその一行あたりが全員騎乗しての強行軍で落ち延びている最中と考えられないこともないだろうが、先ず追っ手と見て間違いないだろう。

 問題はどこの手の者かだ。場合によっては選択肢が増える。


 いや違うな、もうこれ以上増えないで欲しい。

 このままならこちらの食事が終わる前に到着しそうだ。


 俺がこちらへと迫ってきている騎馬の一団に苦々しい思いでいると、ボギーさんと白アリの空間感知にも引っ掛かったらしく二人がほぼ同時に声を上げる。


「お客さんか?」


「ちょっと、まだこっちが途中なのにまた厄介ごと?」


 既に食事を終えているボギーさんは口元を緩めて楽しそうな口調で椅子の背もたれから身体を起こし、のんびりと食事を楽しんでいた白アリはそう言うと鶏肉にフォークを突き立てた。


「新たな一団が現れた。騎馬二十騎だ。速度があるにもかかわらず隊列に大きな乱れはない。訓練された騎馬隊だ」


 皆がボギーさんと白アリに向けている疑問の視線に答えるように新手の一団が迫っていることを伝える。


 ◇


 新たな一団が迫っているとはいっても大掛かりな準備をする訳ではない。アイリスの娘たちに食事を中断してもらい森の中でワイバーンをいつでも飛び立たせられるように待機してもらう程度だ。

 あとは俺たちの食事の邪魔をされないように祈りながら食事を続けて、新手の一団の到着を待った。



 程なく街道の先に小さな土煙が見え、その土煙が急速に大きくなっていった。騎馬二十騎が乾いた街道を走ってくるのだから土煙は仕方ないとは思う。思うのだが納得はできない。

 

「魔法で障壁を張りましょう。このままじゃせっかくの食事が台無しよ」


 白アリが食卓を守るためにいち早く反応して魔力障壁と風魔法で障壁を張り巡らせると、それに続いて皆が次々と障壁を構築する。


 俺も万が一を考えて、第五王子派と第七王子たちに対しても魔力障壁と風魔法による障壁を展開し、騎馬の一団の到着を待った。


 ◇


 案の定もの凄い地響きと土煙を伴って騎馬の一団が迫っていた。

 遠くに見える土煙に第五王子に与した一団と第七王子たちに緊張が走り、地響きと土煙が次第に大きくなるに従って彼らの緊張が高まっていくのが分かる。


 武装解除された状態で第三勢力の介入とか、それこそ身が縮こまる思いだろう。

 第七王子付きの侍女などは王子を取り囲むようにして抱き合い、薄っすらと涙を浮かべている者さえいた。


 騎馬の一団は通り過ぎることなく俺たちの前で止まると土煙も収まらない中、先頭を走っていた騎士がいななく騎馬を落ち着かせるように手綱を操りながら、馬上から甲高く響く声で聞いてきた。


「貴様ら、ここで何しているっ!」


 甲高い声に続いて鋭い視線が三つの集団を見回す。


 騎士の視線に第五王子に与した一団と第七王子たちが表情と身体を強ばらせた。第七王子たちの護衛の何名かが顔を伏せたり馬車の影に移動したりしている。

 どうやら何れでもない第三勢力で間違いないようだ。


「あの徽章徽章は王都防衛の任にある騎士団のひとつです。おそらく第三王子派の手のものでしょう」


 俺の背後からネッツァーさんのささやき声が聞こえてきた。


 第三王子か。確か既に成人をしていて王都にあって政務の一角を担っている人物だったな。

 さて、隙を突いて取り押さえるか。


 俺はマリエルとレーナが指示通りに騎士団の左右を大きく回りこむように飛んで行くのを確認してから、ゆっくりと騎士団に向かって歩を進めた。


「私たちは偶然にここで食事をすることなった別々の集団です。私たちは行商を営んで――」


 俺の言葉など聞いていないかのように遮り、他の騎士たちに向けてヒステリックなほどの甲高い声で指示を飛ばした。


「怪しいな、調べろ!」


 他の騎士たちから再びこちらへと視線を戻すと聖女に視線を止めて、こちらの女性陣の神経を逆撫でするひと言を発した。


「それとそこの女ども、我々の食事の仕度をしろ」


 俯瞰ふかんするように視覚を上空へと飛ばしていた俺の視界には新調したばかりの武器を手にする三名の美女・美少女の姿が映っていた。

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