第222話 出陣前の工房にて
リューブラント侯爵の執務室を退出するとチェックメイトの約半数が集まっている書庫に隣接した一室へと向かう。その後はそこで合流したメンバーと一緒に工房へと向かうことになる。
目的は先ほどリューブラント侯爵と打ち合わせた内容――今回の遠征に関する事項の通達と追加で要求することがないかの確認のためだ。
まあ、いまさら俺たちからは新たに要求は上がることはないだろう。
先ほど打ち合わせた進軍予定には俺たちの寄り道も織り込み済みだしな。
◇
最初の待ち合わせ場所である書庫に隣接する一室にはアイリスのメンバーであるミランダとエリシアの二人しかいなかった。
うちのメンバーはもとより、アイリスの残りのメンバーも奴隷を含めて全員が工房に居るそうだ。
皆、生産系が好きだよな。
生産による成果――武器や防具、魔道具が欲しいだけでなく、全員がその過程も含めて楽しんでいる。
特にアイディアを出し合うディスカッションでは皆真剣だ。実際、盗賊討伐の帰路、強行軍の最中も新しい武器や防具、魔道具について話が尽きなかった。今頃は帰路で話し合ったアイディアを実現させているのだろう。
正直なところ、俺もリューブラント侯爵との打ち合わせや報告よりも工房であれやこれやと魔道具を作る方に参加したい。
帰路で話し合われた様々なアイディアや武器、防具への要望を思い返す。
俺たち転移者組の中で武器へのこだわりが大きかったのは聖女とロビンだ。
先日合流した聖女は壊してしまった短槍がよほど気に入っていたのか、しきりに短槍の構想を練っていた。今頃はメロディに短槍をねだっている頃だろう。
ロビンも女神さまから武器をもらっていないからか、武器の種類について妙に詳しい黒アリスちゃんにあれこれと聞いていた。今朝の時点ではどのような種類の武器にするのかさえ決まっていなかったが、さて今頃はどうなっているか。
俺たちはどちらかというと武器にはあまり固執がない。
その際たるのはボギーさんだ。『この二丁の魔法銃があれば十分だ』と武器への興味は全くといっていいくらい無かった。
興味があるのは防具や魔道具、魔道具を利用した新たな日用品の開発である。
もちろん若干の武器は作るが、今回作成するものの大半はこれらとなる。まだ構想の段階だが、およそ実用からかけ離れたものも散見された。行軍中は実験も兼ねて魔法による戦闘は抑制することになりそうだ。
さらに素材である。
ダンジョンで拾ったオリハルコンの使い道があまりない。有効活用が思いつかないというよりも素材としての興味はアーマードスネークと亀の魔物に向いているのが最大の要因だ。
大量に余っているオリハルコンはどうやって無駄に消費するかも検討課題なのだが誰一人として積極的ではない。
間違いなく、俺たちが利用する素材の大半はアーマードスネークと迷宮の奥深くで確保した亀の魔物である。どうしても興味や検討の対象が偏ってしまうのは仕方がないだろう。
亀の魔物は既に素材となっているものもあれば生きているものもある。
生きている亀の魔物はリューブラント侯爵邸にある池で本物の亀に紛れて何食わぬ顔でエサを
もちろん、リューブラント侯爵邸で亀などが飼われている訳はなく、今回持ち帰った亀の魔物のために近隣からかき集めたものである。
亀の魔物たちは、そんな俺たちの苦労など一顧だにせずに、余生を過ごす老人のようにのんびりしていた。
そんな池の亀を眺めつつ、あれこれと思案しながらミランダとエリシアの二人を連れ立って歩く。
俺たちは真夏の陽射しが石畳で出来た通路に濃い影を作る中、皆が楽しそうにしているであろう工房へと足早に向かった。
◇
工房の扉を潜ると聖女が大はしゃぎで真新しい短槍を振り回している姿が目に飛び込んできた。
どうやら完成したようだな。
因みに他の人たちは聖女がはしゃぐのに付き合っていられないようでそれぞれに作業を続けている。
チェックメイトやアイリスのメンバーのテンションの高さとは逆に、指導してくれている匠たち――ブラムさんを筆頭とした鍛冶師さんたちやマチルダさんを筆頭とした魔道具職人さんたちのテンションが異常に低くみえるが……何があったのだろう?
工房内の様子を眺めているとテリーと目が合った。
「ミチナガ、良いところに来た。馬車の改造が終わったところなんだ、試験稼動に付き合ってくれ」
馬車の改造という貧乏くじを引いたテリーが馬車の横で手招きをしている。
馬車の出来栄えも気になるが先にガザン王国発行の探索者ギルドの新しい身分証の方が先だ。
「すまない。その前に身分証の受け渡しと説明をさせてくれっ!」
俺は皆に作業を一旦中断して空いている作業テーブルのある場所に集まってもらうことにした。
◇
作業中断ということで瞬く間に用意されるお茶とお茶菓子。空いていた作業テーブルを利用しようとしたのだが、すぐさま作業中の作業テーブルまでも片付けられサクサクと準備が進んだ。
こういう切り替えの早さはありがたい。最近ではアイリスの娘たちもなれたもので、白アリの指示のもとテキパキと手伝いをしていた。
慣れていないのは匠たちだ。
何の疑問もなくお茶の席について雑談を交えての会話を始める俺たちとは違い、どこか釈然としない面持ちである。それでもお茶とお茶菓子にはちゃんと手をだしていた。
「――――指導してくださる匠の皆さんもリューブラント軍に随行してくれることになった」
リューブラント侯爵との報告会と打ち合わせの内容を掻い摘んで皆にしらせ、さらに道中も匠たちの指導を受けながら武具や魔道具の作成が可能であることを伝える。
どうやら匠たちは初耳だったらしく、お茶を口へと運ぶ手が止まっていた。
若干名お茶を吹き出して対面に座っているヴェロニカさんの顔にお茶を思いきり吹きかけていたのは見なかったことにしてさらに続ける。
「最後に新しい身分証――ガザン王国が発行した探索者ギルドのギルド証だ。ひとり三枚で全て別名義になっている。アイリスの娘たちの分もあるから安心してくれ」
ギルド証の束から三枚ずつを各自に手渡しで渡していく。
アイリスの娘を含めて俺たちは身分を隠すことの出来るギルド証の入手を希望していたこともあり『やっと手に入った』といったところだが、匠たちは何の予備知識もないままに複数の身分証を分配する俺たちを何とも名状し難い表情で見ていた。
いや、気持ちは分かる。
自分の主――この場合、リューブラント侯爵が偽造登録証の発行に手を貸している事実を目の当たりにしている訳だ。
それこそ彼らからしてみれば、俺たちはリューブラント侯爵に犯罪紛いのことをさせているどこの馬の骨とも知れない
いや、それどころか、リューブラント侯爵に祖国を裏切らせた敵国の下っ端でしかない。
冷静になって考えてみると、傍から見ると俺たちって割とあくどい事をしているように見えるのかも知れないな。
そんなことを考えているとテリーから歓声が上がった。
「おお、待ちに待った偽造登録証。これがあればギルドで絡まれるというイベントが簡単に体験出来そうだな」
「絡まれてどうするのよっ!」
「そこで、『実は――』とチェックメイトであることを明かす」
間髪を容れずに飛んでくる白アリの突っ込みにテリーが余裕の表情で得意気にウィンクをしてみせる。
「何で正体を暴露することが前提なんですか?」
「そうよ。こういうのはチラチラさせて、相手に『もしかして?』『いや、でも……まさか?』『やっぱりっ!』って感じで人の対応が変わっていくからボルテージが上がるんじゃないの」
テリーのウィンクになど取り合うこともなく、黒アリスちゃんが疑問を投げかけ白アリが何やらテリー以上に得意気に主張を展開している。
テリーと白アリは完全に娯楽の道具として捉えてないか?
テリーたちの一連のやり取りに興味がないのか、先ほどの真新しい短槍を大切そうに抱えた状態で聖女が俺に質問をしてきた。
「もし、仮にですけど、この身分でお尋ね者とかになったらまた新しい偽造証はもらえるのでしょうか?」
おいっ! 何をやらかすつもりなんだ? という言葉が脳裏に浮かぶがよく考えれば他の人たちも同様の気になる疑問を持っているはずと考えて回答する。
「ああ、必要があれば偽造証は幾らでも発行してもらえることになっている」
俺のその言葉に聖女だけではなく、ほぼ全員の口元が緩みお互いに視線を交わし合っている。
あれ? もしかして俺はとんでもない武器を皆に渡してしまったのかもしれない。
このあとすぐにでも明日の出陣について話をしたいのだが……とてもそんな雰囲気ではなかった。
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