第223話 出陣
「――――民衆を顧みることなく無謀な戦争を繰り返す、戦乱の元凶である現国王、アルフレッド・ガザンを討つためにリューブラント家は挙兵いたします。皆さん、平穏と豊かな生活を取り戻すために私に力を貸してください」
ラウラ姫はそこで一旦言葉を切り、兵を見渡す。やわらかな風がラウラ姫の豊かな金髪を揺らし、目に鮮やかな瑠璃色のドレスが風をはらんで大きく揺れる。
兵たちの意識が改めてラウラ姫に注がれたタイミングで白アリからラウラ姫に合図が送られた。
ラウラ姫はその合図に従ってさらに続ける。
「そして、お願いです。必ず生きて帰ってください。愛する人のために戦うのです。戦い終わったときに皆さんが傍らに居なかったらその人は幸せでしょうか? 愛する人を悲しませるようなことはしないでください」
ラウラ姫の演説に彼女の正面に並んだ兵たちから歓声が広がっていく。
歓声はリューブラント侯爵直属の兵士から始まり、出兵準備資金として多額の資金と残された家族へ十分な食料と物資を配られた人たちへと広がり、リューブラント侯爵のもとへ向かっていたときに通過した食料や物資を大盤振る舞いした人たちへと達する。
そして、外枠に配置された臨時雇用の探索者と傭兵たちからも特に理由を伝えることなく前払いした金額に応じて歓声が上がる。
内と外からの歓声に圧されるように何も貰っていない人たち――最も人数の多い人たちも同調して歓声を上げる。良い感じで士気が上がっていく。
リューブラント侯爵軍、五万強。周辺の諸侯軍、総勢四万。これの陣借の『無職の騎士』とか『求職中の騎士』とか『無所属の魔術師』といった謎の身分の人たちとその小者たちが数千名。総勢十万弱の大軍団の歓声が空気を震わせていた。
現国王に代わってから戦争に参加をしていないだけあり、リューブラント侯爵とその寄子である諸侯の擁する兵力は十分だ。
ラウラ姫の短い演説に続いて副将であるライフアイゼン子爵の野太い声が響く。
「全軍、出発っ!」
号令一下、リューブラント軍とその寄子の領主が抱える軍、さらには日和った領主の軍が一斉に動き出した。
中世の軍が行軍する様子を巨大な生物に例えた文章を日本で読んだ小説にあったような気がするが、今まさに眼前で起きている行軍の様子がそれである。
壮観だ。
◇
演説を終えたラウラ姫の手を取り馬車へと戻る手助けをしながら声を掛ける。
「立派でしたよ、ラウラ姫」
「ありがとうございます。これもフジワラさまをはじめとした皆様が
ラウラ姫も高揚しているようだ。俺の言葉に顔を紅潮させて息を弾ませながら答える。
「ラウラ様、ご立派でした。さあ、こちらでお休みください」
馬車の中でセルマさんがラウラ姫に冷やしたタオルを渡して腰掛けへと誘うと、ラウラ姫に続いて騎士の格好をしたローゼが馬車の中へと入っていく。
今回の遠征にこの二人も参加する。
役割はセルマさんがラウラ姫の秘書として、ローゼは本来の役割であるラウラ姫付きの護衛として同行する。
特にローゼの意気込みが凄い。
グランフェルト領でのクーデターの際には護衛として役に立たなかったと自己嫌悪と、双子の兄が騎士として参加するためライバル意識むき出しで張り切っている。
俺から言わせればもう少し肩の力を抜いた方が良さそうなものなのだが、若さのせいか力が入っている。
ラウラ姫の演説が終わった後も歓声は止まない。兵士だけでなく集まった民衆もかなり興奮をしているようで一緒になって未だに歓声を上げていた。
それどころか兵士や民衆の枠に関係なく涙を流しているものも散見される。
少しやりすぎたか?
ラウラ姫の演説を短くしたのは意図的なものだ。
演説の内容、大義名分や勢いは捨てる。その庇護欲を刺激するビジュアルを最大限利用することにした。少ない言葉で目的とビジュアルを印象付ける。後は勝手に想像を膨らませてくれるはずだ。
騎士道精神などと言う地球に存在した不確かなものを無理やり作り上げてそれを刺激する。
どこまで思惑通りに進むかは分からないが、少なくとも今のこの状況を見る限りは好調な出だしだ。
長々と演説するよりも金と人をふんだんに投入して脚色されたシナリオをガザン王国中に拡散させる。
このあたりの脚色というかシナリオ作りは白アリと黒アリスちゃん、聖女の三名がノリノリで作っていた。大まかな内容は知らされたが細部は知らない。いや、概略を聞いたところで細部を聞くのが恐くなっただけなんだが。
この三人、妙に脚色や創作が上手いのだが転移前にはどんな趣味を持っていたのだろう。
非常に気になるが今は個人的な興味を満たすよりも、兵士や民衆の想像を膨らませるための裏工作をしてくれていることに感謝しつつ多少のことに目をつぶるようにしよう。
シナリオは順調に広がっていた。
叔父の裏切りと、それを黙認した国王。悲劇の伯爵令嬢としてグランフェルトで勃発したクーデターから囚われの姫を経て、祖父であるリューブラント侯爵を頼っての逃避行。
さらには、友好都市であるランバール市の悪人討伐とそれに続くガザン王国での民衆への施しと悪徳領主への鉄槌。
そして今回の目玉が戦乱の元凶であり、故郷であるグランフェルトと父母の間接的な仇であるアルフレッド・ガザンを討つ。
当然、その先にはグランフェルト奪還と叔父である現グランフェルト伯爵打倒がある。
俺たちが用意したシナリオはここまでである。
もっとも、ラウラ姫からはグランフェルト領復興の手助けをして欲しいと懇願されている。こちらについては深みに嵌らない程度に協力をするつもりだ。
今回の件でリューブラント侯爵とラウラ姫からの俺たちへの見返りは両家の管理下にある六つのダンジョンの優先的な攻略と偽造身分証の恒久的な提供である。
ダンジョンの優先攻略もそうだが、偽造身分証が恒久的に提供されるのは助かる。黒アリスちゃんやテリーのような厨二病的な利用方法は置いておくとしてもこれまでと違って割りと無茶が出来るはずだ。
そして、この戦争でリューブラント侯爵とラウラ姫には大領を支配下においてもらう予定だ。
俺たちの後ろ盾として十分に力をつけてもらう必要がある。
それにしても行軍っていうのは時間が掛かるな。
本軍であるラウラ姫の軍が動くまでまだ一時間くらいは必要なんじゃないのか? そんなことを考えながら馬上から先発する部隊を眺めていると白アリとテリーから声が掛かった。
「金額に応じた歓声を上げてなかった空気の読めない連中は、大まかにだけどリストアップしておいたわ」
「こっちもだ。陣借している連中の過去の実績をまとめておいた」
二人とも疲れた顔で書類の束を抱えていた。
テリーの方はともかく、白アリはあの喧騒の中、短時間でそんなものをまとめていたのか。毎度のことだがこの二人の書類仕事には頭が下がる。
「助かるよ、ありがとう」
二人から書類を受け取りながら周囲に視線を走らせるが、チェックメイトのメンバーはもとよりアイリスのメンバーも見当たらない。何となく想像はつくが確認のために聞いてみた。
「ところで、他の皆はどうしている?」
「ギリギリまで魔道具作成をしているはずよ」
白アリから予想通りの答えが返って来た。意外だったのは本人があまり残念そうにしていないところだ。
まあ、二人とも欲しいものは昨日作ってしまったようなので後の作成は道楽の範疇となるからだろう。
何とも羨ましい限りだ。今夜は匠たちとメロディに徹夜をさせてでも俺の短剣を作ってもらおう。
「そうか、二人も貧乏くじを引かせちゃったな。申し訳ないがラウラ姫の護衛を頼む。俺はリューブラント侯爵と話をしてくる」
二人にラウラ姫の護衛を任せて俺はリューブラント侯爵の護衛の状況を確認するため、侯爵の居る馬車へと馬首を巡らせた。
俺たちの任務はラウラ姫の護衛なのだが、リューブラント侯爵の護衛の任も買って出た。ラウラ姫が生き残ってもリューブラント侯爵に死なれては困る。
戦乱の中で討ち取られるようなことは無いだろうが、暗殺者や魔術師による襲撃でヤられる可能性は捨てきれない。
出兵に当たってのラウラ姫の周辺警護のメンバーは俺と白アリ、テリーの三名である。
馬車の中にはセルマさんとローゼ。さらにカラフルとアンデッド・シルバーウルフを配置している。馬車の上にはアンデッド・アーマード・タイガーとさらにその上空にアンデッド・フェニックスを配置した。
リューブラント侯爵側は馬車の中にアイリスの娘を常時二名。外にはボギーさんとロビンが張り付いているはずだ。
馬車の上にはフェンリルと称したシルバーウルフ、さらに上空にはフェニックスを配置している。
これにラウラ姫とリューブラント侯爵が位置する本軍に、放し飼い状態の十六匹のワイバーンをうろつかせている。
味方の兵士でさえ機嫌を損ねるようなことをすれば噛み付かれたりしている。
並大抵の暗殺者や魔術師ではこの包囲網を掻い潜ることはまず出来ないだろう。
俺はリューブラント侯爵の護衛についていたボギーさんに挨拶をするとそのまま侯爵の居る馬車の扉を叩いた。
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