第221話 盗賊討伐の報告

 俺たちはバランの拠点を制圧後、隊商の人たちに必要な物資を残して早々に帰路についた。

 バラン攻略部隊だけでなく聖女たちも同様にリューブラント領への帰路につくように黒アリスちゃんに頼んでアンデッド・サンダーバードに書簡を持たせて飛ばす。


 ガイフウとケイフウの双子の姉妹については、最後までとぼけられてしまった。

 だが、俺たち――転移者組の意見は『黒』で一致、俺たち同様に転移者で間違いないとの結論だ。


『戦う相手は同胞』この言葉が引っ掛かって警戒していたのかも知れない。或いは別の理由か……

 何れにしてもしつこく問いただしたり一緒に来るように勧誘したりするのは得策ではないと判断し、今回はそのまま別れることにした。


 いざとなれば召喚魔法でいつでも呼び寄せられるように念のためマーキングをしたのは秘密である。

 冷静になって考えると、もの凄いストーカー行為に思えるが目をつぶろう。


 俺たちチェックメイトだけ転移魔法で先行して戻る案を切り出したがネッツァーさんに猛反対をされ即座に取り下げる事となった。

 結局、バランの拠点からリューブラント侯爵の屋敷まで、捕らえた盗賊たちを走らせての強行軍である。


 ◇

 ◆

 ◇


 リューブラント侯爵領へ戻ってみれば出陣の準備はほぼ整っていた。予定よりも明らかに早い。察するに出陣に際しての他領からの援軍や隣の領主との交渉はほとんどなかったのだろう。

 どう考えてもガザン王国からの離反を決定する前から周囲と連絡を取り合っていたとしか思えない。その上で俺への回答を引き延ばしていたのか。食えない爺さんである。


 予定通り、主将にラウラ姫を配置し副将にラウラ姫の遠縁の親戚となるライフアイゼン子爵、壮年の脂の乗り切った感じの偉丈夫である。リューブラント侯爵は顧問となっているが実際にはラウラ姫の傍らで指揮を執ることになる。


 上手くすれば、先王時代に『王の剣』と呼ばれた国軍のかつての司令官――リューブラント侯爵の指揮振りや人心掌握術が見られるかもしれない。


 ◇


 盗賊討伐の報告とベール城塞都市へ向けての行軍の打ち合わせのため、リューブラント侯爵の執務室へ来ていた。

 リューブラント侯爵への報告兼打ち合わせはいつものように俺ひとりである。他のメンバーはというと、書庫隣接の一室で勉強しているものと魔道具作成のため工房に向かったものとに別れた。


 お昼を回ったばかりという時間とよく晴れた天気のため、執務室の南側にある二つの大窓からは夏の強い陽射しが薄手の生地で出来た若草色のカーテンを通過することで、やわらかな明かりとなって部屋に差し込んでいた。

 部屋に差し込む斜光にほこりが舞いキラキラと輝いて光の道を作っている。確かチンダル現象とか言うんだったか? 子どもの頃、あのキラキラと光る素朴な光が好きで長時間見ていたのを思い出す。


 ほこりの粒子が舞ってはいるが執務室は奇麗に掃除され、本や書類をはじめ執務室に備えられた備品類は相変わらず整理整頓が行き届いている。

 いつもと違うのは、俺の後方――執務室の扉の左右にオリハルコンの短槍が飾られていることだ。


 俺たちが盗賊討伐をしている間に台座が完成したようでオリハルコンの短槍が飾られていた。先般、リューブラント侯爵に譲渡した蔦類つたるいのようなレリーフが施された対となる二本の短槍だ。

 ちなみに一緒に譲渡した三本の剣も応接室に二本、食堂に一本がそれぞれ飾られていた。


 俺は意識をテーブルの上に広げられた地図に戻す。

 テーブルの上には三枚の地図が広げられていた。ひとつはガザン王国全土、二つ目はベール城塞都市付近の地図、そして最後が王都の地図である。


 広げられた地図を一枚ずつ記憶に焼き付けるようにして見ていく。

 俺が地図の再確認をしている間、リューブラント侯爵は盗賊討伐の報告書に再度目を通していた。


 しかし、まあ、ガザン王国全土の地図を見る限り地図の精度はお粗末なものである。今回の盗賊討伐とランバール市からリューブラント領へ移動したときの地形と王国全土の地図に描かれた地形とが違いすぎる。

 突っ込みどころは多々あるが、致命的なまでに縮尺がいい加減だ。王国全土の地図とは違い狭い範囲となるベール城塞都市の地図と王都の地図はもう少しまともであると信じながら地図を記憶していった。


 ◇


「ありがとうございます」


 地図を一通り記憶し終えたところで侯爵にお礼を述べ、王国全土の地図から順に巻き取り一枚ずつ筒へと収めていく。


「今回の盗賊討伐、実に見事なものだな。君たちには十分に驚かされたつもりだったが、ネッツァーからの報告と実際の成果――捕虜と鹵獲物資を見て改めて君たちの手腕に驚かされたよ。実に大したものだ」


 リューブラント侯爵は俺が地図を筒へ収めるのを見ながら今回の盗賊討伐の報告書を、先ほどまでガザン王国全土の地図が広げられていた場所に置き、さらに言葉を続けた。


「今回の鹵獲物資の一覧と捕虜の事情聴取をまとめたものだ」


「失礼します」


 俺はリューブラント侯爵がテーブルの上に無造作に置いた報告書を手に取り中を確認する。


 基本は俺たち――主に白アリとテリーがまとめた報告内容で、そこにネッツァーさんが作成した報告書が添えられていた。

 隊商に気前良く物資を無償で譲渡したこととその内容が詳細に記載されている。


「聞きたいのはそこに書かれていることではないよ」


 俺が鹵獲物資を無断で譲渡したことを報告されて戸惑っているとでも思ったのか、リューブラント侯爵は前置きをするようにそう言うとかなり緊張した面持ちでさらに言葉を続けた。


「隊商の中の一行、何だったかな……双子の姉妹が居たそうだね?」


「ガイフウとケイフウの姉妹ですね。本人たちにはとぼけられましたが俺たち七名――俺とボギーさん、白アリ、黒アリ、聖女、テリー、ロビンと同郷です。魔術に関する能力も俺たちと同程度の力を持っているはずです」


 リューブラント侯爵から手に持った報告書に視線を落とす。


 そこには常人の十倍以上の魔力量を持つ少女としてガイフウの名前が記されていた。もちろん、高火力の火魔法を使う魔術師としてシンシアの名前も記されている。もっともこれを記載したのはネッツァーさんではなく俺自身なのだが。

 やはり領主だな。優秀な魔術師を確保したいということか。


「そうか、そう言う理由か。いや、良かった」


 緊張した表情は瞬時に安堵の表情へと変わったかと思うと俺が口を開くよりも早く言い訳のように早口で言葉を発する。


「いや、ネッツァーからの報告で君がその……双子の姉妹のような少女が好みなのかと、てっきりそういう趣味かと思ってしまってね」


 快活に笑いながら『いや、安心したよ』などとこぼしている。


 あのオヤジっ! いったいどんな報告をしているんだ? いや、それ以前に何を見ていたんだ? 

 

 そもそも周りがそんな目で見るようになったのもケイフウのせいである。 只でさえ、あの隊商の人たちには誤解をされたままだと言うのに。

 いや、俺自身、若干の軽率さがあるのは認めるが、それ以上にあの妹の言動が問題だったのは明白だ。ネッツァーさんは、それを間近で見ていたはずなのだが……風評被害も甚だしい。


「あの、一応誤解を解いておきたいので――――」


 不名誉な誤解を解くと共に連の盗賊団討伐の報告を終えて、リューブラント軍出陣に際しての俺たちの立ち位置と役割を改めて確認をする。

 当たり前の話だが俺たちチェックメイトは現在ルウェリン辺境伯軍配下のゴート男爵軍に臨時雇用の遊撃隊として雇われている身だ。


 その延長としてゴート男爵軍に合流ないしは帰還するまでの間、リューブラント侯爵軍にラウラ姫専属の護衛として随行する。ラウラ姫はもとよりリューブラント侯爵を含めてどこの指揮命令系統にも所属はしていない。

 一見すると権限が大きく自由が利く大変美味しいポジションのように聞こえるがラウラ姫の命を預かる責任のある部隊なので決して気楽ではない。


 まあ、ラウラ姫はリューブラント侯爵軍の中心である本軍に位置することになるので、それこそ暗殺者なり間者なりが侵入しない限りそうそう危険に晒されることはないはずだ。

 加えて、カラフルを常時張り付かせる。


 基本はラウラ姫の護衛であるが、戦力の一部を割いて遊撃隊として機能することで合意に達した。


 余談だが、嬉しいことに先般俺たちに紹介してくれた鍛冶師さんたちや魔道具職人さんたちもこの遠征に同行をしてくれることになった。

 加えて、刀剣や弓、槍、紋章術などの後天的に獲得可能なスキルを有した指導者も同行してくれる。これで道中も退屈することなく時間を有効に使えそうだ。

 

「――――それとこれが頼まれていたものだ。人数分あるはずだ、確認をしてくれ」


 進軍ルートと制圧すべき拠点や補給路など諸々の確認を終えたところで、リューブラント侯爵が領境の盗賊団討伐のお礼と労いの言葉に続き金属のプレートの束を机の上に置く。そして、どこか楽しげな表情でそれをそのまま俺のほうへと押しやった。


 それは探索者ギルドの登録証だ。ガザン王国発行の正式な探索者ギルドの登録証を一枚一枚確認する。こちらのお願いした通りのものである。

 アイリスの娘たちの分まで含めて人数分あった。終戦後も彼女たちが探索者を続けるかは後で確認をする必要があるが、取り敢えずは必要なものとして渡しておこう。


 ひとりで三種類ずつの異なる名前の登録証である。平たく言えば偽造登録証なのだが発行元は正規の探索者ギルドなので問題はどこにもない。

 偽造とか好きそうなチェックメイトのメンバーが脳裏をぎる。ひとりひとりがどんな顔をするか目に浮かぶようである。


 特に黒アリスちゃんは『素性を隠して九級の探索者として活躍する』ことに異様なこだわりというか憧れを持っている。きっと目を輝かせることだろう。

 テリーなどは『ギルドや裏道で絡んでくるヤツがいなくなってつまらない』とか言っていたので、身分を隠して裏道を徘徊はいかいしそうである。

 

 俺は偽造登録証の確認を終えるとリューブラント侯爵にお礼を述べて執務室を退出した。

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