第220話 領境の盗賊討伐(15)
姿の半分以上を岩山の向こうに隠した夕陽を背にし、ボギーさんが馬に揺られながらゆっくりと正門へと近づいていく。
馬に揺られるボギーさんに気付いた拠点の監視兵がボギーさんのことを指で示しながら下にいる他の盗賊団員に向かって何やら伝えているようだ。
誰も知らないはずの隠れ家的な拠点に騎乗した男がひとりで近づいて来れば不審にも思うよなあ。
しかも拠点の盗賊団側から見れば完全に逆光で夕陽に浮かぶシルエットしか見えない。表情どころか武装しているかも判断ができなさそうだ。
視覚と聴覚を正門付近へと飛ばしてボギーさんと盗賊団の様子を確認していると俺の左側に黒アリスちゃんが近づいていき、そのまま寄り添うように俺の腕に自分の腕を回して俺の顔を見上げるように聞いてきた。
「どんな感じですか?」
「警戒はしているが仕掛けてくる様子はなさそうだ。見えている相手がひとりなので油断をしているのかも知れない」
「気の毒ですね」
飛ばしていた視覚を戻し、俺の腕に回された黒アリスちゃんの右手の甲に右手を重ねながら状況を伝えると、はにかむような笑顔でポツリとつぶやく。盗賊団を小ばかにしているのは分かるがセリフと笑顔、状況があまりにもチグハグだ。
周囲を見るとこちらをうかがうように聞き耳を立てているのが分かる。どうやら他の人たちもボギーさんと正門の盗賊との状況が気になるようだ。
念のためボギーさんと盗賊団との会話を聞き取れるように再び聴覚を飛ばす。
聴覚を飛ばしたタイミングで高圧的な声が響く。先ほどまでもの悲しい旋律の口笛を吹いていたのだが、男の叫び声にかき消されると吹くのをやめたのだろう、そのまま聞こえなくなった。
「止まれっ! 止まって馬から下りろっ!」
夕陽に照らされたボギーさんの長く伸びた影が門に届こうとする距離まで近付くと抜き身の剣を肩に担いだ男が制止した。
それに続いてからかうような小ばかにするようなセリフが他の盗賊たちから発せられる。
「旦那、何しに来たんだ?」
「道にでも迷ったか?」
「帰りな、と言いたいところだが。そういう訳にもいかねぇんだ。自分の不幸を呪うんだな」
門の前には武装した男が四人と武装した女がひとり。全員がボギーさんのことをニヤニヤと笑いながら眺めているという余裕の対応だ。
先ほど空間感知でサーチをしたときに武装した者は二十名だった。たったひとりの不審者に戦力の四分の一も動員したのか、慎重だな。いや、もしかしたら暇なだけで格好の暇つぶしとでも思ったのか?
ボギーさんの方はといえば、そんな集まってきた連中の言葉や対応など意に介することなく馬を進めている。
降りる気配はまるでない。
「抜き身の剣を肩に担いだ男がボギーさんに止まって馬から下りるように言ってきたが、無視してそのまま進んでいるところです――――」
俺はそんな正門付近の状況をここに集まった人たちに向けて簡単に解説すると、数名が岩場の陰からバランの拠点の正門を覗き込むようにして身を乗り出した。
この拠点襲撃作戦が隠密行動だということを何人が憶えているのだろうか。俺の目の前には誰一人として岩場の陰に身を潜めている人はいない。
今更注意をうながすのもバカらしいので見物人をそのままに、盗賊団の声で騒がしい正門付近へと視覚も飛ばす。
いつの間にか盗賊団たちとボギーさんとの距離が二メートルほどになっていた。
さすがに騎乗した男が二メートルの距離に近づけば迫力があるのか、後方に飛び退って弓矢に持ち替える者が二名。腕に自信があるのか危機意識が低いのか分からないがその場を動かない者が二名。
そして、剣をボギーさんへ向けて突きつけるようにして叫んでいる者が一名、先ほどまで抜き身の剣を肩に担いでいた男だ。
「止まれっつってんだろうがっ!」
「どうした? いらついているみたいじゃネェか。骨でもかじるか?」
そう言うと、どこから出したのか左手に持っていた二十センチメートルほどの骨を手首のスナップだけで激昂する男に向けて投げる。骨は激昂する男の額に当たりその足元に転がった。
あんな小道具いつの間に仕込んでいたんだ? 相変わらず準備が良いな。
俺はボギーさんの小道具の仕込みの余念の無さに感心していたが、盗賊団たちはその行動に怒り心頭といったところで顔を真っ赤にした男が長剣を水平に構えて踏み込んだ。
「ぶっ殺す!」
個性のないセリフと共に顔を真っ赤にした骨を投げつけられた男が馬の足を切り払うために剣を振る。後方に飛び退って弓に換装していた二名は矢をつがえて弓を引き絞る。こちらの狙いは馬ではなくボギーさんだ。
ドンッ!
キィーンッ!
鈍く低い音と甲高い音が響き渡る。
次の瞬間、馬の足目掛けて振られた剣を持つ手は肘から先が吹き飛ばされていた。先ほどまで男の物であった右手は半ばから砕かれた剣を握ったまま数メートル先に転がっている。
さらに後方には弓を握ったままの肘から先の左手が二本転がっていた。
叫び声を上げてうずくまる、或いは転げ回る男が四人と女がひとり。馬に剣を向けた男は右肘から先を失い、ボギーさんに弓を引いた男たちは左肘から先を失っている。
そして、何も出来ずに立っていただけの二人は両膝を撃ち抜かれていた。
全員が魔弾を撃ち込まれている。魔弾の発射音は一発だったが実際には七発が撃ち出されていたようだ。
結局何がやりたかったのだろうか? 骨をぶつけたかったのか?
まあ、良い。次はこちらの番だ。
「さて、こっちも行こうかっ!」
俺はそう言うと全員の様子を見渡す。突撃メンバーの表情に迷いはない。ガイフウとケイフウの双子の姉妹も覚悟を決めたようで真っすぐにこちらを見返す眼差しは力強さを感じる。
俺の合図と共にテリーが小声でメロディをうながしながらシンシアの肩に手を回すと、次の瞬間にはメロディとシンシアだけでなくガイフウとケイフウの双子の姉妹も伴って配置場所へと転移をして行った。
「じゃあ、あたしは正面から――」
「それじゃあ、私たちも行きましょうか」
白アリが我慢しきれない様子も露わに言葉の途中で
「では後ほど合流をしましょう」
ライラさんに軽く手を振り、自身の持ち場である南門へと転移をする。
南門付近へと転移が完了したところで念のため周辺を空間感知と風魔法を使ってサーチをしたが、やはり特に障害となりそうな仕掛けもなければ人員も配置されていなかった。
分かってはいたが門こそ閉ざされていたが南門付近には門番も見張りもいない。
何とも無用心なことだな。まあ、正門以外はこんなものか。
さて、その正門にいるボギーさんはどうしている?
視覚と聴覚を飛ばすが見当たらない。居たのは盗賊団の連中だけである。どこに行ったのかは知らないが、あの人のことだ、大丈夫だろう。
さて、予定通り進めるか。
全員へ総攻撃の合図として上空へ向けて火球を打ち上げる。
俺の合図に真っ先に反応したのは正門のある西側で、それに続くようにクレーターのある東側と北側がほぼ同時に反応をした。
俺が受け持つ南側も白アリの初撃にこそ遅れたが、他の二方面に遅れることなく爆裂系の火魔法を撃ち込む。
西側正面から白アリの放った爆裂系火魔法による強力な一撃が門を避けるようにして周囲の防壁を捉えた。防壁は轟音と爆風と共に一瞬でその形と機能を失い瓦礫へとその姿を変える。
門こそ無事であったがその傍にいた、ボギーさんと盗賊団である五名にも爆風は襲い掛かっていたはずだが……
黒アリスちゃんの生成する大型の鉄球を弾丸とした土魔法による機関銃のような砲撃の嵐が、轟音と衝撃を伴って北側の防壁を破壊していく。そして細かな部分をロビンが風魔法を利用した振動波で微にいり細にいり破壊している。
拠点の北側は北門だけを残して防壁は全く用をなさない状態となっていた。
一番心配していた東側――拠点の裏口がある方向だが
メロディの放った爆裂系火魔法は裏口を除いた防壁を次々と破壊をしていく。メロディの魔力不足をガイフウが補完し破壊を避けたい裏口付近は精度の高い火魔法を放つことができるシンシアが受け持つ。
俺が受け持った南側も爆裂系火魔法と風魔法を利用しての振動波で破壊する。
破壊活動の最中も捕らえられた人たちを中心とした建屋内の様子を空間感知と風魔法でサーチし続ける。
空間感知に膨大な魔力量をもった魔術師が引っ掛かる。ボギーさんだ。視覚と聴覚を飛ばすと、口笛を吹きながら建屋内を歩き回っているのが分かる。そして次々と盗賊たちの戦闘力を奪っていく。
しかし、この口笛だが防壁の破壊音でかき消されているんじゃないだろうか? 盗賊たちに聞こえているのかはなはだ疑問だ。
◇
周囲を護っていた堅牢な防壁は瓦礫と化していた。
変わらぬ状態で残っている三つの堅牢な門ともはや秘密でも何でもない秘密の出入り口を残して全ての防壁は完全に破壊されている。
防壁を破壊する際に発生した土煙は晴れるまでかなりの時間を要した。もちろん、俺たちも土煙が晴れるのを黙ってみていたわけではない。
その間にボギーさんが戦闘不能にした盗賊団の残党を拘束し、捕らわれていた人たちの救出活動と治癒をしていた。特に治癒は【光魔法レベル4】となっている白アリですら手に負えないような重傷者や部位欠損者が大勢いた。盗賊団の中に人体破壊マニアが居たらしい。
敷地の中央付近に拘束され転がされていた盗賊たちが変わり果てた自分たちの拠点を見つめて言葉も発せずに茫然としていた。
狙い通り抵抗する気力を削ぐことは出来たが、必要以上に気力を削いでしまったようで事情聴取の間も惚けている連中が続出して遅々として進んでいない。もっとも事情聴取する護衛の人たちもときどき瓦礫に目を奪われていたので盗賊団だけの責任でもないのだが。
拠点を覆っていた土煙が奇麗に晴れる頃には小休止をしてもらっていた隊商も合流をした。
皆、捕らえた盗賊や確保した物資よりも破壊された防壁の方に関心があるようで瓦礫の山から目が離せないでいる。
何はともあれ、陽も落ちてきた。
今日のところはここで夜を明かして聖女との合流は明日だな。
明日、後始末をしてリューブラント侯爵のところに戻る頃には遠征部隊の準備も粗方整っているはずだ。
今回の防壁破壊をベール城塞都市や他の城の攻城戦に応用できないか、などと思いを巡らせながら漂ってくる仕度途中の夕食の匂いに誘われるように台所へと足を向けた。
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