第217話 領境の盗賊討伐(12)

 傾きかけた夏の陽射しを背に――逆光の中をこちらへ向かって真っすぐに歩いて来る少女に意識を集中する。

 ピンク色の髪を結い上げた表情の変化の少ない少女だ。


 結い上げた髪をほどけば腰まではありそうだ。身長は白アリや黒アリスちゃんよりも若干高いか?

 淡い緑色の足首まであるゆったりとしたローブを着ている。胸は黒アリスちゃんほどありそうだが……然程さほど目立たないのはゆったりとしたローブの形状のせいだろう。歩くたびにローブの裾から覗く足首は白くて細い。ローブの上から現れる体線と足首から想像する限り魅力的な足であろう。


 先ほどの護衛隊の隊長や隊商のリーダーの言葉を思い出す。『転移者?』そんな考えが浮かび、念のため鑑定をするが何の問題もなくスキルを見ることが出来た。

 残念ながら転移者ではなかった。


 火魔法のレベルが高い。レベル4――恐らくこの世界ではトップクラスだ。

 火魔法だけじゃあない。水魔法と風魔法も決して低くないレベルだ。加えてレベル1だが雷魔法まで持っている。


 さらに魔力強化、魔力操作、身体強化に狙撃まである。まるで転移者が自分でスキルを選んだように魔法に特化していた。

 この異世界でも類い稀な恵まれた能力構成の持ち主であるのは間違いないな。


 少女との距離がまだあったので所在無げに視線を周囲に巡らせると、先ほどの護衛隊の女性が黒アリスちゃんの居る仮設テントへと続く列に並んでいるのが見えた。

 まだ頬の傷が消えていることに気が付いていないようで、引っ立てている盗賊団の男を叱り付けながらその尻を力強く蹴飛ばしている。


 黒アリスちゃんの居る仮設テントへと続く列にならぶのは護衛と盗賊である。その列の向こうにも同じような列がある。こちらはボギーさんの居る仮設テントへと続く列だ。

 どちらも捕らえた盗賊に隷属の首輪を装着して有効化を待つ人たちと盗賊を逃がさないための護衛ないしは商人が見張りに付いている。


 拘束した盗賊たちを睨みつけたり小突いたりしている護衛や商人たち、そして自身の未来を嘆いている盗賊たちを眺めていると目の端をピンク色の髪をした少女がぎる。

 俺が視線を向けたタイミングで少女が言葉を発した。


「この度は助けて頂きありがとうございました」


「いや、もっと早く駆け付けられれば良かったんだが……これが精一杯だった。申し訳ない」


 俺の傍に到着すると自身を西陽が背にならない位置へと移動させた少女の気遣いに好感を覚え、言葉とは裏腹に笑みが漏れてしまった。


「申し遅れました。私、小さな行商ですがまとめ役をさせて頂いております、シンシア・リアです」


 俺の漏れてしまった笑みに合わせるようにわずかな笑みを浮かべてさらに続ける。


「少なくとも私のグループは貴方のお陰で人的な被害を出さずに済みました。ガイフウとケイフウ、貴方に助けて頂いた銀髪の双子のことは改めてお礼を述べさせてください。ありがとうございました」


 ガイフウにケイフウだと? シンシアが言葉にした二人の名前に思わず漢字変換をしてしまった。『凱風』と『恵風』どちらも風の名前だ。夏と春の季節に吹く風である。

 何だよそのもの凄く和風な名前は……偶然じゃあないよな?


 深々と頭を下げるシンシアへ言葉を返すのも忘れて先ほどの双子の会話を思い返す。


 なるほど。あの辛辣な反応と必死にフォローするあの会話は見かけ通りの年齢、十歳ほどの子供の反応じゃあなかったということか。

 俺はひとり、納得をして数瞬の間の思案から抜け出すとシンシアに向かって話しかける。


「無事で良かった。丁度治療も終わったし二人の様子を見たいんだけど案内してもらって良いかな?」


「え?」


 ポーカーフェースだったシンシアが明らかに戸惑いの表情を浮かべて俺のことをマジマジと見ている。


 あれ? まずかったかな?

 いくら自分が助けた相手とはいえ、良い大人が特定の、それも年端も行かない少女に会いたいとかはダメだったか。


 冷静になって考えれば危ない男だよな。


「ちょっと気になったんだ」


「気になった……」


 まずいな、傷口を広げたか? 明らかに引いている。

 もしかしたら警戒しているのかも知れない。


 さて、どう取り繕とりつくろおうか。そんなことを思案しながら先ほどの二人の様子を思い出す。


「先ほどチラッと見た感じだと魔力が尽きかけていたように見えたんだ。あの年齢で魔力切れは辛いだろうと思ってね」


「ああ、そうですね。お気遣いありがとうございます。でも、よろしいんですか?」


 俺の余裕の笑みと共に発した言葉に安堵した様子で再びポーカーフェースに戻った。

 決して対応に困って表情を失った訳ではないはずだ。 


「ガイフウも喜ぶと思います」


 そう言うときびすを返して歩き出した彼女に続いてその後ろを付いていく。


 確か『柳腰』とか言うんだったかな? 先ほどは正面からだったので気付かなかったが、シンシアの腰が魅力的に揺れている。


 そんな揺れる腰を良い気分で追いかけているとシンシアが突然振り返り、破損した馬車の裏手を示した。

 馬車の裏手に人の気配がする。恐らくそこにガイフウとケイフウの二人が居るのだろう。


「ありがとう」


 シンシアにお礼を言うと彼女を追い越して馬車の裏手へと回り込んだ。

 

 そこには先ほどの双子――銀髪をサイドテールにしたオッドアイの少女たちがいた。

 グッタリとした姉とその傍で心配そうに姉のことを覗き込んでいる妹がいる。確か、姉がガイフウで妹がケイフウだったか。


 二人ともいつの間にか着替えたのか先ほどまでのミニスカートではなく足首まであるロングスカートに衣装が変わっていた。しかも、ご丁寧に二人とも同じ衣装だ。

 先ほどのミニスカートもそうだったが、二人揃って同じ衣装を着るとか決めているのだろうか?


「具合はどうだ? 魔力が尽きるまで頑張ったんだな」


 グッタリと横になっているガイフウに向けて優しさを意識しながら言葉をかけるとすかさず二人を鑑定する。


 鑑定が通った……

 鑑定出来ないことを期待していたのだが、あっさりと鑑定出来てしまった。新たな転移者と期待をしていただけに落胆も大きい。


 正直なところ、落胆を表に出さないようにしてガイフウに魔力移譲を行うために彼女の傍にしゃがみ込んだ。


「お姉ちゃん、気を付けてっ! 今、私とお姉ちゃんのスカートがさっきまでの短いヤツじゃないからってもの凄くガッカリしてたよ、この人」


 ガイフウを挟んだ向こう側――ケイフウから名誉毀損めいよきそんで訴えたくなるような、あらぬ嫌疑が飛んできた。困ったことに断定的な口調である。


 ガッカリなんてするかっ!

 いや、ガッカリしたのは事実だがそんな理由じゃないし、そもそも理由なんか言えるかっ!


 俺が言葉に詰ってケイフウのことを見ていると、周囲の人たちがケイフウの心ない一言を真に受けたのか、俺に向けられる視線が微妙に変化している気がする。


 やっぱり苦手だ、この妹の方。

 このまま妹の方と一緒にいたら俺の『光の勇者』たる俺のイメージが根底から覆る。


 だいたい、なんで『私とお姉ちゃん』なんだよ。自分が先とか自意識過剰じゃないのか? 少しは姉を立てろよっ!

 いや、それ以前にその年齢でそんなんじゃ、ろくな大人にならないぞっ!


「ケイフウ、いい加減にしなさい仮にも恩人ですよ。もう少し言葉を選ぶとか、思ってても言葉にしないとか、見なかったことにするとか、もう少し大人の対応を取れるようにしなさい」


 辛そうな表情ではあるがはっきりとした言葉でガイフウがケイフウをたしなめた。たしなめられたケイフウに辛そうな表情が浮かび、次の瞬間には消えた。


 この場で一番辛い思いをしているのは間違いなく俺だよな。

 しかし、そこは子ども相手に本気になっても仕方が無い。ここは大人の態度をみせよう。ケイフウの言動など意に介さないかのように優しげな雰囲気を漂わせて話しかける。


「心配ならそこで見ていても良いから少し静かにしなさい。君のお姉さん――ガイフウにこれから魔力譲渡する」


 さて、魔力譲渡が終わったら早々にここから離れて、護衛隊長や隊商のリーダーのところへ行くとするか。

 今後の行動のこともあるし、取り決めなければならないことも多いからな。


 妹の方、ケイフウには言いたいことが山のようにあったが、ガイフウの魔力譲渡を済ませてしまおうとケイフウが静かになったタイミングで魔力譲渡を開始した。

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