第218話 領境の盗賊討伐(13)

 俺はケイフウを含めた周囲からの怪しい男を見るような視線を無視してガイフウの傍らにしゃがみ込んで彼女の右手を取る。そして、手に取った彼女の右手を両手で優しく包み込むと同時に光魔法の魔力譲渡で彼女へと魔力を流し込んだ。

 案の定、俺がガイフウの手を取るとケイフウが何やら抗議をしようとしたが彼女が声を発する前に姉であるガイフウが視線で制していた。


 口は悪いが意外と素直なところがある。これなら姉のガイフウが回復するところを見れば俺への色眼鏡も外れるかもしれない。

 あらぬ疑いは実績と行動をもって払拭する。


 俺と聖女は光魔法がレベル5ということもあってか魔力譲渡に相手への接触は不要だ。

 しかし、白アリやボギーさん、マリエルなどは相手への接触が必要なことから俺と聖女も自分たち以外への魔力譲渡の際には目くらましの意味もあって接触をするようにしていた。


 ガイフウの負担を最小限とするためゆっくりと魔力譲渡を行いながら彼女の表情を観察する。

 彼女のつらそうな表情が和らぐ。


 魔力が回復するとともにガイフウの表情に驚きが浮かび上がる。その驚きの表情と共にもの問いたげな様子でこちらをうかがっているのが分かった。

 分かっていたが、俺自身、ガイフウのどこまでも供給が可能な魔力量に驚きが隠せていない気がする。


 視線を彼女の手から顔へと移動させると目が合った。向こうも俺の魔力量に驚いているのかもしれないが、俺もガイフウの魔力量に驚かされていた。もう既に一般的な魔術師の数倍の魔力を譲渡している。

 お互いにもの問いたげな表情で相手を見ている、と思う。お互いがお互いの魔力量に驚きそれに触れることなく魔力譲渡が行われる時間が続いた。


「あの、もう十分回復しました。ありがとうございます」


 ガイフウが沈黙と俺の探るような視線に耐えかねたのか、魔力譲渡を切り上げるように右手を引き戻そうとする。


「この後、盗賊の拠点を襲撃してそこで物資の補給と休息を取る。戦闘で手を借りるようなことにはならないと思うが念のためだ、可能な限り万全の状態でいて欲しい」


 彼女の手を力強く握り返しながら発した俺の言葉に『分かりました』と言うと素直にうなずき、引っ込めようとしていた手を再び俺にゆだねた。


 時間が経過するに従い俺の中で芽生えた小さな疑いが次第に大きくなる。


 本当に転移者じゃあないのか?

 転移者だよな? でもステータスが見えた……

 隠蔽とは異なるスキル、例えば『偽装』とかの可能性はないか? もちろんそんなスキルがあるかは知らない。


 魔力量、名前、会話の内容、特殊な――現代日本のゲームオタクが好みそうな容貌。それも姉妹で鏡写しの容貌だ。どれをとっても疑わしいことこの上ない。いや、これって真っ黒じゃないのか?

 別に証拠など何も無いが、俺の中では『黒』認定である。


 雰囲気を変えるのと油断を誘うため、一瞬だけ視線をシンシアへと向けて話題を変える。


「どこに向かっていたんだ?」


「アルダート王国を抜けてセリー王国へ向かう途中でした。この辺りで一番安全そうな国ですから。私たちの行商には獣人もいませんので」


「アルダートか。見かけは安全かもしれないが、戦火は間違いなくアルダート王国へも飛び火するぞ。もちろんセリー王国へも広がるだろう」


 ガイフウの後方、一メートルほど離れた位置に立っていたシンシアが俺の質問にゆっくりと答えると、俺はしゃがんだままの姿勢でシンシアのことを見上げるようにして再び彼女へと視線を向けてさらに続けた。


「そもそもあの盗賊団だが、半数以上はアルダート王国の騎士団員だ。身分を隠してガザンにちょっかいを出していた。それに、もうじき分かるがガザンの国民を奴隷として自国へ連れ出していた」


 シンシアに向けた視線をガイフウへと戻し、二つある拠点のうち一つを既に潰して捕らえられていた人たちを解放したのがつい何時間か前であることを伝える。


「拠点は二つだけなんですか?」


「連れて行かれた人たちの救出もするんですか?」


 相変わらず感情を表に出さずに会話を続けるシンシアと身を乗り出すように聞いてきたガイフウの質問が重なった。


「先に潰した拠点の連中の話だと二つだけだ。それと、アルダート王国へ連れて行かれた人たちの救出までは出来ていないし、今のところ救出に向かう予定はない。カナンとの終戦が最優先事項だ」


「そんな。助けないの?」


「今、フジワラさんが言ったでしょう。カナンとガザンの終戦が優先事項よ」


 俺の答えに弓を持った山吹色の髪の少女から抗議ともとれる口調で声が上がるが、明らかに年下のガイフウが諭すような言葉と有無を言わせない迫力のある視線で少女を制する。


「今のお話ではアルダート王国はともかくセリー王国がすぐに争いに巻き込まれることは無いように思えます。それに仮にセリー王国まで戦争が拡大しても全ての国が戦争をしているわけではありません。戦争をしていない、一時的でも良いので平和な国で商売をします」


「無理だな。急速に戦乱は拡大していくよ。戦国時代だ。どこか一国とは言わないが、力のある二・三カ国が講和するか戦いに疲れるかしない限りは終わらないだろうな」


 シンシアの希望的観測を打ち砕くようにキッパリと言い切る俺に向かってガイフウが質問をしてきた。


「戦国時代というのはあちこちの国で戦争をしている状態のことでしょうか?」


「そうだ。実際には年がら年中戦争をしているわけじゃあない。戦争したり講和したり、同盟を結んだり破棄しながら戦争が続く」


「そんな……」


「国はたくさんあるわ。そのときそのときで戦争をしていない国で商売をすれば良いのよ」


 ケイフウが言葉につまり、弓を持った山吹色の髪の少女がすがるような目でシンシアを見ると話し始め、話しながら俺へと視線を移していた。


「一ヶ月前まで戦争をしていた国で安全に商売が出来るか? その国が敗戦国なら尚更危険だと思うが?」


 何もかも見通しているかのように話す俺の言葉に誰も疑問を持つことなく受け入れていた。それはガイフウも同様である。


「よし、終わりだ。次はシンシアだな」


「ありがとうございます。魔力が完全に回復をしました」


 ガイフウが魔力の完全回復を仲間に報せるためか、完全回復を強調してお礼を言う。


「あの、魔力は大丈夫なのですか?」


「ああ、問題ない」


 余裕の笑みを浮かべて先ほどのガイフウの手をとったようにシンシアの右手を迎えるために左手を差し出す。


 ◇


 シンシアへの魔力譲渡を終えて、隊商のリーダーであるボレロさんのところへと向かう道すがら周囲の様子に目をやる。


 シンシアの魔力譲渡はすぐに終わった。別に手抜きをした訳じゃあない。魔力量が予想よりもはるかに小さかっただけである。

 敵も味方も含めて膨大な魔力の持ち主と思われているシンシアは然程の魔力量ではなかった。いや、一般的な魔術師を比較対象としてみれば十分に大きな魔力量なのだが期待していたのと、それ以上に彼女の前に魔力譲渡をしたガイフウの魔力量が尋常じゃなかったというだけである。


 それにしても……ガイフウとケイフウか。

 間違いなく転移者だ。


 先ほどの会話の中で使った二つの単語、『戦国時代』と『講和』。この二つの単語はこちらの異世界には存在しない。少なくとも俺は聞いたことはなかったし、ギルドやリューブラント侯爵のところで読んだ本にも記載はなかった。

 この二つの単語に反応した人物が一人だけいた。ケイフウだ。ボロを出すとするなら姉の方ではなく妹の方だと予想したが見事的中した。


 ガイフウの方は俺が視線を向けている、向けていないにかかわらずこの二つの単語には反応していない。

 いや、『戦国時代』を引っ掛けと気付いたのかその意味を確認してくるほどに慎重だった。


 ところがケイフウの方は俺の死角に居たことから安心したのか表情に表れていた。『講和』には反応しなかったが『戦国時代』には反応していた。

 ケイフウの言動や反応を見る限り、実年齢は黒アリスちゃんよりも低いだろう。中学生くらいか下手したら小学生高学年ほどか。


 ひるがえってガイフウの方は俺と同じくらいの年齢の可能性がある。歳の離れた姉妹か従姉妹同士で揃って登録したのかもしれない。

 問題は鑑定が出来てしまったことと転移者であることを隠していることだ。おそらく鑑定した内容も真実ではないはずだ。同じ転移者を警戒していることは十分に理解できる。さて、どうやって信頼を得るか。


 聖女やメロディと違って担当する治癒を終えてしまった俺はつらつらとそんなこと考えながら、忙しそうにしている隊商の人たちと周囲の状況に目をやる。


 死んだ人たちの埋葬や馬車の修理は既に終わっているようだ。破損した馬車からの荷物の積み替えも終盤に差し掛かっているように見えた。

 傾きかけた陽射しを避けるように馬車の陰で休息を取る人たちが目立ち始めている。


 あれだけ酷かった馬車の破損も何とか動かせるようにしていた。

 いくら俺たちでも破損箇所を魔術で直すことはできない。しかし、そこは商人や護衛と言っても旅をすることが多い人たちだ。馬車の修理が出来る人たちが揃っていた。


 破損の大きな馬車の部品を利用して応急措置であるが馬車が動ける状態にしている。

 部品とした馬車も解体して出来るだけ持っていくようである。なんともたくましさを感じる。


 視線をさらにめぐらせると、黒アリスちゃんとボギーさんの居る仮テントへと続く列も後ひとりずつとなっているのが見えた。

 俺のところで治癒を終えた盗賊たちは隷属の首輪を嵌められ、黒アリスちゃんとボギーさんのところへと引き連れて行く。闇魔法と紋章魔法で隷属の首輪を有効化するためである。


 しかし、何事にも失敗は付いて回る。失敗の一例を挙げると先ほども隷属の首輪がギリギリと盗賊の首を締め上げていた。

 本来、そんな風にはならないはずのものである。しかし、現実には起きた。


 まあ、そこまでは良しとしよう。

 問題はその締め上げることを解除できなかったことだ。もちろん、首輪を解除することも出来なかった。気の毒なことをした。もしかしたら俺が解除に駆けつけていれば何とかなったかもしれないが、そこは考えないことにする。


 なぜそうなったのかは分からない。ネッツァーさんも『こんな現象は初めてみます』と犠牲となった盗賊を不思議そうに見ていた。

 まあ、他にも隷属の首輪の有効化に際しては様々な問題や不具合が発生しているのだが……『なあに、死んだのはひとりだけだ。後の連中は我慢させれば良い。上出来だと考えようぜ』そう言うボギーさんの言葉を受け入れ、俺を筆頭に他のメンバーも上出来だと考えることにした。


 闇魔法はともかく紋章魔法を使えるようになったのは二人とも最近のことだから仕方がない。

 犠牲となった盗賊たちには気の毒だが諦めてもらおう。


 隊商のリーダーであるボレロさんと護衛隊長のイーデン隊長の二人とネッツァーさんが連れ立って真っすぐにこちらへと歩いてくるのが目に入った。

 そろそろ出発か。


 隊商の主だった人たちには既に二つ在るうちの一方の拠点を潰したこと、この後でもう一方の拠点を潰しに行くことは伝えてある。

 捕らえた盗賊たちからの情報で、もう一方の拠点の場所も残存兵力も判明していた。おそらく戦闘にすらならずに制圧が出来るはずだ。特に問題は無いはずなのだがネッツァーさんが困った表情を浮かべ、ボレロさんとイーデン隊長も難しい顔をしている。


「どうしました? 何か相談ごとですか?」


 俺の問いかけにボレロさんとイーデン隊長が足を止めて、困った顔に苦笑を浮かべてお互いの顔を見ている。


「その、言い難いのですが――――」


 そう切り出したボレロさんの話はこれから襲撃する盗賊団たちの拠点の物資についてであった。


 早い話が、このままでは旅を続けられないので拠点の物資――特に馬や馬車を融通して欲しいとの要望であった。もちろん、可能であれば食料や水も含めてだ。謝礼として相場よりも高い金額を払う用意があるとも言ってきた。

 なるほど。貴族の抱える騎士団や衛兵であれば鹵獲した物資を勝手に商人に売却すれば横領になりかねない。そりゃあ、言い難いよな。それ以前に厳格な騎士団だったら横領を持ちかけたとし、ボレロさんやイーデン隊長が罪に問われてもおかしくない。


 一応、ネッツァーさんに根回しはしていたようだが、それでも不安だったのだろう。


 俺は不安そうな二人に向かって何でもない事のように言った。


「ああ、物資ですね。こちらで必要な分以外は差し上げますよ。もちろん馬や馬車は護送に必要な分以外は全て持っていって頂いて構いません。あ、魔力を持った馬が居た場合ですが、その魔力を持った馬はこちらにお願いします」


 俺の言葉にボレロさんとイーデン隊長が今まで不安な表情などまったく感じさせないようなポカンとしたほうけた表情に変わっていた。因みにネッツァーさんも目を丸くしているが特に抗議の声は上げていないので黙認してくれたのだろう。


 もともとが遠征前に領内の治安を高めておくことと、リューブラント侯爵とラウラ姫の人気取りのためにしていることである。

 二人の名声、特にラウラ姫の名声が上がるなら盗賊団の拠点にある物資など全て渡しても安いものである。行商人なら道々その話をするだろう。


「さあ、出発の準備を急ぐように隊商の皆さんに号令をお願いします」


 まだほうけている二人に向かってそう言い、固まっているネッツァーさんの横をすり抜けるとこちらへと飛んでくるマリエルを軽く手を振って迎えた。

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