第216話 領境の盗賊討伐(11)
さて、これで最後かな。
護衛の若い男に引っ立てられて行く治療を終えたばかりの盗賊団の背中を目の端で見送りながら傍らのテーブルにコップを用意する。俺とマリエルの二人分だ。
テントの入り口を西側にして設置したのは失敗だったかな。コップに水魔法と冷却系火魔法で冷水を満たしながら、傾きかけた夏の陽射しが差し込んでくる診療所代わりに設置された仮設テントの入り口を見やる。
陽射しは西日と言うほどには傾いていないが、それでもテントの奥に座っている俺の足元までは届いていた。
「お疲れさま」
自分専用のミニチュア版のレイピアを剣のように振り回して遊んでいるマリエルの方へと、冷水を満たしたマリエル専用の小さなコップを押しやる。
「ありがとうー」
レイピアを空中に放り投げるとテーブルの上に急降下してきた。放り出されたレイピアは地面に落ちることなく空中で消失する。白アリの真似をして、空中にある状態のレイピアをアイテムボックスにしまったようだ。
「ほらっ! いつまで泣いているんだいっ!」
ロープで拘束された嗚咽する男を引き摺った護衛の女性が男を怒鳴りつけながらテントの中へと入って来ると、そのまま拘束していた男を俺の足元へと蹴り出しながら続けた。
「こいつで最後です、お願いします」
護衛の女性によって俺の目の前に引き摺られて来た男は両膝から下を失っていた。その黒こげとなった膝から察するに爆裂系の火魔法で吹き飛ばされたものだろう。厳つい顔をした壮年の男は苦痛に顔を歪めて絶望からか涙をボロボロと流していた。
「ミチナガー、この盗賊もだよ」
爆裂系の火魔法で吹き飛ばされ黒こげとなった両膝の様子を俺の頭の後ろから覗き込んでいたマリエルに相槌を打ちながら治癒を開始する。
爆裂系の火魔法による敵側の損害が尋常じゃあない。爆裂系の火魔法が使える魔術師は二人しかいないといっていた。しかも、そのうちのひとりはまだ幼いことと光魔法が使えることから火魔法は使っていなかったと言う。
ここまでに見てきた爆裂系の火魔法による打撃をひとりの魔術師が与えたことになる。命中精度の高さもそうだが魔力が尋常じゃあない。是非とも会って話がしたいな。
そんなことを思いながら治癒を続けていると、今しがたまで苦痛と絶望に支配されていた壮年の男とそいつの後ろに控えていた護衛の二十代半ばの女性――左の頬に大きな傷のある女性が、俺の光魔法の効果を目の当たりにし顔を引きつらせて息を飲む。
「足が……生えてきた?」
「俺の足だ、はははは……足だ」
拘束された厳つい顔をした男が、今しがたまでの焼け焦げた傷口から先――何もなかった空間に存在する自身の足を、先ほどまでとは違う涙を流して食い入るように見ている。
「終わりましたよ。黒アリスちゃんかボギーさんのところへ頼みます」
「あ、はいっ! ありがとうございます」
俺は立ち上がると、そんな男の傍らで同じように新しく生えてきた足を茫然と見ていた女性の頬を右手で包むようにして触れる。すると弾かれるように半歩下がり、慌ててお礼を言うと泣いている盗賊の男の尻を蹴りながらテントの外へと出て行った。
「さて、今ので最後かな」
「へへへー。ミチナガ、優しいね」
「ほらっ、外に出るぞ」
俺の傍らで大人しく治癒に付き合っていたマリエルにご褒美としてハチミツの入った小さな壷を差し出すと、バレリーナがスピンをするように空中でクルクルと回転しながら飛んできた。相変わらず器用に飛ぶよな。
最後のひとりとなる怪我人の治癒を終えるとつい十五分前には長蛇の列が出来ていた急造の治療所――仮設テントから表に出る。
妙に嬉しそうな表情でもの言いたげなマリエルと一緒にテントの外に出ると、今しがたテントを出た女性がボギーさんの居るテントの前に並んでいるのが見えた。泣きじゃくる男に気を取られてか、本人はまだ気付いていないようだがその左頬にはもう傷が無い。
さて、いつ気付くかな。
彼女がいつ気付くだろうか? 気付いたときにどんな反応をするだろうか? 悪戯心にも似た妙にウキウキとする感情が込み上げてくる。
ひとり、湧き上がる自己満足の感情に気を良くして彼女の並ぶ列とは逆側の列、俺が治癒していた仮設テントの隣の列へと視線を移す。
隣には同じように仮設テントが用意されており、そこには長蛇の列が未だに続いていた。さらにその向こうに用意された仮設テントにも長蛇の列が出来ている。
なぜだ? なぜなんだ?
俺じゃあダメで、白アリとメロディなら良いのか?
俺はそんな疑問と不満のない交ぜとなった感情のまま、隣のテントで治癒を続けている白アリへと続く長蛇の列に改めて視線を走らせる。
そこには老若男女を問わずに長蛇の列が出来ていた。男、特に若い男が白アリやメロディの治癒するテントの前に並ぶのは納得が出来る。だが、なぜか女性や子どもまでもが白アリの仮設テントの列に並んでいた。
この際、子どもはどうでも良いとしても、女性――それも若い女性なら俺のところへ来てもおかしくないはずだ。
それが白アリのところに並んでいる。なぜだ? 思い当たる節がない。
「やっぱり白姉さまは人気があるねー」
ハチミツの香を漂わせたマリエルが俺の心を抉るような強烈なひと言を発する。ハチミツの入った壷は既に持っていないが全身ハチミツ
「マリエル、身体を洗っておかないとまた羽根が固まって泣くことになるぞ」
「うん、後で洗うねー」
俺の言葉に適当に応えながら視線と興味は白アリの仮設テントへと続く列にあるようだ。
それだ、一番納得出来ないのは。
なぜ『光の聖女』は好意的に受け入れられるのに『光の勇者』はダメなんだ? さっきもそうだ、思い切り引かれていた。
確か五人目くらいだったよな。瀕死の男の命を救った際、『光の勇者』と名乗った瞬間に空気が凍てついた。
今思い出しても腹が立つ。光魔法で治癒しているときだけじゃなく、その前段階として盗賊団の襲撃を退けたときの俺に対しても実に失礼な対応だった。
その後すぐだったな。なんとも名状しがたい表情をした若い男が、仮設テントが用意出来たのを伝えに来たのは。
一瞬『隔離』と言う単語が脳裏を
いや、そんな瑣末なことよりも今考えなければいけないのは『光の聖女』が成功して『光の勇者』が今ひとつ受け入れられていない理由だ。
そんなことをつらつらと考えながら白アリの治癒する仮設テントへと続く列に何となく視線をはしらせると三匹のフェアリーが視界の端に入ってきた。マリエルとレーナ、そしてもう一匹は見知らぬ女性のフェアリーだ。
早速仲間を見つけて話が弾んでいるようで、三匹とも空中で妙なステップを刻みながら二十代半ばの女性の頭上で飛び回っている。
……もしかして、あの女性があのフェアリーの飼い主なのか? 聖女と話が合いそうだな。
白アリの仮設テントへと続く列の向こうにはメロディが治癒する仮設テントへと続く人の列が見える。
こちらも白アリのところ程ではないが長蛇の列となっている。内訳はすぐに見て取れた。スケベそうな顔をした若い男たちばかりである。
どちらの列に並ぶ人たちも重傷者は既に治癒済みであることもあってか皆どこか表情に余裕がある。メロディのところに並ぶ若い男たちは特にそうである。
いや、それでも十名以上の死者を出しているのだから全員表情が心から明るい訳ではないか。
しかし、それでも先ほどまでの重苦しい雰囲気はない。
そんな雰囲気も手伝ってかついスケベそうな顔をした男たちへのささやかな報復に思考が向いてしまう。
不純な動機で列を成している、そんなささやかな報復対象者たちの視線が一方向へと向かった。
白アリとメロディが治癒するテントの前に並んでいる男たちがチラチラと盗み見る視線の先へと目を向けると、淡いピンク色の髪を結い上げた大人しい感じの少女がこちらへと歩いてきているのが見える。
護衛隊の隊長とこの隊商のリーダーの何某とかいう人が話していた少女か? 容貌と特徴は合致するな。
普段、白アリや黒アリスちゃん、聖女にメロディ、アレクシスと『飛び切り』が付くくらいの美少女や美女を見慣れているためか『可愛らしい少女』くらいの認識だったが、改めてみれば十分に美少女で通る容貌だ。
確か膨大な魔力と正確に狙い撃ちをする爆裂系の火魔法で敵の魔術師を真っ先に撃破したと言っていた。もちろんその後の活躍も先ほどまでの盗賊たちの被害や戦闘の痕跡を見れば察しがつく。
今回、この隊商が持ちこたえた立て役者でもある。
特に警戒をする様子もなくこちらへと歩いてくる。
その表情からは何も読み取れない。
ポーカーフェイスか……この年頃の少女にしては違和感があるほどに落ち着いている。
周囲からの話を総合すると転移者でもおかしくないほどに魔術に長けているようだ。
こちらも是非とも会話したい相手でもあった。
スケベ男たちへの鉄槌をどうするか思案するよりもこの娘との会話の方を優先させるとしよう。
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