第215話 領境の盗賊討伐(10)
隊商の一団へ改めて視線を走らせると同時に空間感知で重傷者を中心にサーチを掛ける。
ざっと眺めただけでも無傷でいる者の方が少ないのはすぐに見て取ることができた。既に手遅れの人たちも決して少なくはない上に重傷者の中には死を待つばかりの人たちも相当数にのぼる。
被害は甚大だった。
重傷者だけではない。何とか生き残れはしたもののこれまで通りに生活を送ることが難しい後遺症をもたらすと思われる人たちがそこかしこで泣いていた。
戦線を離脱することで改めて自分たちの現状を認識できたのだろう、その涙は自身を襲った不幸ではなく愛する人や大切な人たちを失ったために流されているのが嗚咽のなかに交じる言葉から察することが出来た。
意識のある者は自身の怪我や不幸を嘆くのではなく死者や死を目前にした人たちの傍らから離れようとしていない。
これだけの数の盗賊団相手というか、まず間違いなくブルクハルト伯爵の騎士団や衛兵それに類する連中なのだ。まして、相手側はそれなりの数の魔術師を揃えていたはずだ。それを相手にしたと考えればよく戦ったと言えた。
だが、そんなことは彼らにとって何の慰めにもならない。
そんな悲壮感と突然訪れた空白のような時間に戸惑う、何とも言えない雰囲気の漂う陣地内を横たわっている人たちが固まっている場所へと駆け寄る。すると、横たわっている人たちと周囲で隠れている人たちだけでなく戦闘を継続していた護衛や商人たちまで俺の動きを目で追っていた。
まあ、交戦相手を氷漬けにしたんで余裕が出来たのは分かるが、少なくとも戦闘継続可能な人たちは外周部の健在な敵にもう少し意識を向けた方が良くないか?
身の危険が遠ざかったのもあるのだろうがそれ以上に突然現れた魔術師である俺のことが気になるようだ。
だが、誰も話しかけては来ない。ただ俺の動きに合わせてこちらをうかがうように視線を移動させている。まだ敵か味方なのか判断しかねているのかもしれない。
俺の存在を改めて知らしめる必要は無さそうだ。
となれば先ずは行動だ。ひとりでも多くの人の涙と絶望を拭おう。
槍をその身体に突き刺した状態で馬車に寄り掛かっている重傷者の傍でしゃがみ込んだまま、茫然とこちらを見ている年配の男性に向かって言葉を発する。そして、それを風魔法に乗せて陣地内全体へ響き渡るようにした。
「重傷者を優先して治癒します! 重傷者は移動させずにその場に安静にさせて下さい。こちらから行くので場所を教えてもらえますか」
そして左の腹部から右の背中にかけて槍を突き刺したままの二十代半ばに見える男の傷口を覗き込むように屈みながら声をかける。
「今から光魔法で治癒をします」
「無理だ、俺は先月まで騎士団に居たから分かる。これだけの傷だ、光魔法の使い手にしても光魔法の魔道具を操る者にしても数人掛りじゃないと。痛みを和らげるか傷口を塞ぐのが精一杯だろ?」
槍を突き刺したままの男は苦しそうな表情で血を吐き、絞り出すようにそう言いゆっくりと首を振る。そんな男の傍らで壮年の男性がすがるような眼差しを俺に向けている。
槍は腸と肺そしてその間にある重要な内臓器官を傷つけていた。二人とも戦闘経験があるのだろう、この状況が絶望的なものであることを理解している。
だが、そんな常識は俺には通用しない。
「大丈夫だよ、ミチナガなら助けられるから」
説明や説得をする時間がもったいなかったのでそのまま治癒に移ろうとすると、アーマーの内側――胸元からマリエルが飛び出して壮年の男性と傷付いて馬車に寄り掛かっている男を交互に見やりながら明るい口調で言った。
よしっ! ナイスタイミングだ。
内心でマリエルを褒め、壮年の男性と男がマリエルに気を取られている隙に治癒を開始する。
突き刺さったままの槍を空間魔法で体外へと転移させて即座に止血と感染症を防ぐための滅菌を行う。
よほど手入れの悪い槍で突き刺されたのか複数の内臓を傷付けるだけでなく様々な細菌が入り込んでいた。治癒を行いながらたった今取り出した槍に視線を向けるが確かに酷い槍だ。これなら何の毒かはっきりとわかっている毒薬が塗られていた方が対処が楽そうなくらいである。
傷口が映像の巻き戻しを見るように急速に塞がっていく。見た目には傷口が塞がるだけだが、本人や周囲の人たちの知らないところで体内に入り込んだ汚れや細菌を除去し死滅させていく。それだけではない。痛覚を一時的に麻痺させている。
それに伴い息も絶え絶えだった男の顔に血の気が戻り精気がみなぎっていく。
「信じられない……何でこんなに――」
「おおっ! ありがとうございます。カール、良かった」
己の生命を諦めて、絶望し苦痛に耐えていた男が自分に起こった変化に驚き戸惑っていると、傍らに居た壮年の男性がその言葉を
涙を流して抱き合う男。それも片方は壮年でもう一方も二十代半ばだ。恐らく親子なのだろう、そう信じたい。だが、あまり見たくない光景ではあるな。
最近聖女に毒されているような気がする。そんな嫌な考えを振り払うように俺は頭を振り、そんな二人からそっと視線を外して立ち上がると次の重傷者へ向かって短距離ではあるが転移魔法で移動をした。
十代半ばに見える美少女を抱きかかえた三十歳くらいの妖艶な女性に向かって穏やかに声を掛けた。
「大丈夫、任せてください。必ず助けますよ」
短距離の転移をした俺の目の前には、美少女を抱きかかえた妖艶な女性が惚けた表情で漫然と俺のことを見上げている。
「ミチナガのバカー」
惚けた表情で俺のことを見上げる妖艶な女性を見下ろして『これはこれで良い眺めだな』などと
「置いて行かないでよーっ!」
俺は『心を読まれたのか?』とあり得ない事を想像して慌てて振り向く。視界に飛び込んできたのはいつもの能天気なマリエルだった。何やら手足をバタつかせてこちらに向かって飛んで来ていた。
マリエルにジェスチャーで謝ると再び母娘と思しき美少女と艶っぽい女性とに振り向く。
「え? 消えた?」
「どこに行ったんだ?」
「あそこっ! リンドさんのところに居る」
「いつの間に……」
「今のは空間魔法なのか? 何の準備もしてなかったぞ」
背後から様々な雑音が聞こえてくる。驚きの理由がたった今、重傷者を救ったことではなく俺が突然転移したことなのが釈然としない。
その釈然としない雑音で我に返ったのか美少女を抱えた妖艶な女性が先ほどまで俺がいた――涙を流して抱き合う男二人の付近と自分の傍に突然現れた俺とを交互に見やる。
危険な状態だ。
抱きかかえられた少女は首に矢を受けていた。既に意識は無く呼吸もおぼつかない状態である。
母親と思しき抱きかかえている女性が騒ぎ出す前に終わらせよう。
矢を転移魔法で除去し、念のため空間魔法で体内のサーチを行うと血液が気管に入り込んで肺にまで流れ込んでいた。先ほどの男と同様に異物を取り除き細菌を死滅させる。並行して傷口を塞いで痛みを和らげる。
すぐさま少女に変化が現れる。顔には血色が戻り豊かな胸は規則的に穏やかな隆起を繰り返しだした。
女性は血色が戻り安定した呼吸を始めた少女を抱きしめたまま、涙ながらに何度もお礼の言葉を繰り返していた。
母娘の感動の場面に俺の気持ちも幾分か晴れる。しかし、怪我人どころか瀕死の重傷者はまだまだいる。美しい母娘の感動の場面をもう少し見ていたいとの思いはあったが次の治癒対象者へ向けて再度転移をした。
次は歳の離れた姉妹と思しき二人のところへと転移する。
二回目の転移ともなると驚きも少ないのか、わずかな戸惑いはあったもののすぐに反応を示した。
「お願いします! 娘を助けてください」
まだ十代にしか見えない年頃の女性が幼い女の子を抱きかかえて半狂乱で叫んでいる。腰に矢を受けていた女の子だ。既に矢は抜かれていたが心得の無い人が抜いたようで周囲の組織をかなり傷つけている。
「大丈夫ですよ、助かります。元通りになりますよ」
半狂乱の母親を安心させるように穏やかな口調で語りかけて治癒を開始した。
治癒を続けながら周囲の状況に空間感知を張り巡らせて盗賊たちの討伐状況を逐次確認していたが、心配するまでも無く白アリとボギーさんが外周部から順次行動不能にしつつ、この陣地へと次第に近づいて来ていた。
盗賊たちは白アリとボギーさんから逃げるように街道の左右とこの陣地へと向かう。
街道の左右へ逃げる連中はともかくこちらへと向かってくる連中は本当に何も考えていなさそうだ。既に少数となり混乱にある状態で敵陣へと突っ込んでくる。しかも自陣営瓦解の原因となった戦力が居るであろう敵陣へだ。
もはや何も言うまい。
こちらへ突っ込んできたら先ほどの連中と同様に氷漬けにしてやろう。
というか、そうしないと隊商の人たちやその護衛たちが盗賊たちを殺してしまいかねない。
実際に既に何人かの人たちが死亡しているので恨みはあるだろうがそれを見逃す訳には行かない。申し訳ないが犠牲者の肉親や近しい人たちには涙を飲んでもらおう。
さて、街道の左右に散って逃亡を図っている連中だ。少しはまともな思考が出来るようだがそれも今回はあてはまらない。
白アリもボギーさんも街道の左右に散ったからといって見逃すほど甘くはない。
白アリは屋外での戦闘にしては珍しく冷却系の火魔法で逃亡を図る盗賊たちの四肢を氷漬けにして行く。
正確には四肢を直接凍結させている。重度の凍傷にしてまともに身動きできない状況へと追い込んでいく。
ボギーさんにいたっては余裕があるのか、これまで実戦で使ったことの無い魔法で同じように四肢の機能を奪っていた。
魔法銃から打ち出された固体窒素を打ち出した瞬間に盗賊たちの四肢の関節へと転移させる。盗賊たちからしてみれば突然自身の体内――この場合は膝や肘の中に固体窒素が発生して異物による破壊と冷却による細胞の破壊がほぼ同時に襲ってくる。
自身を襲ったものが何であるかも理解できずに地面に転がり呻き声や怨嗟の声を上げるのが精一杯である。
いつの間にか火の点いていない葉巻をくわえてもの悲しいメロディの口笛を吹いている。相変わらず器用な人だ。
俺も人のことは言えないが二人ともやる事が何とも派手である。いや、それだけでなく後で部位欠損を治す俺や聖女、メロディのことを考えていない。
俺はそんな二人の戦闘を含めた周囲の状況を空間感知で逐次確認しながら治癒を続けた。
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