第214話 領境の盗賊討伐(9)

 魔力を無駄に消費するのを承知の上で身体を覆うように俺の行使できるあらゆる属性の魔力をわずかに放出させる。これで傍目にはまるで大量の魔力が溢れ出るかのように見えているはずだ。

 加えて幾つかの属性魔法を微量だが顕在化させる。


 雷魔法で放電させて小さな火花を幾つも発生させた。さらに俺の動いた後が光の残像となるように光魔法を使う。その光の中に冷却系火魔法でダイヤモンドダストを発生させることで光の残像の中を氷の結晶が舞う。

 その他の魔法については演出に不要と判断して顕在化はさせずに属性魔法として身体にまとうのに留めた。


 前回の『光の勇者』は失敗したが今回は成功させてみせる。

 俺は固い決意とともに言葉を発した。


「俺はミチナガ・フジワラ。やがて世界を救う男だ」


 俺のまとう魔力と言葉に気圧されてか、或いは、吹き飛ばされて混乱してかは知らないが爆風で地面に転がっている十数名の盗賊たちの動きが止まる。


 眼前に転がっている盗賊たちだけではない。お互いに庇い合うようにして戦っていた銀髪の二人の少女はよほど驚いたのだろう、涙を浮かべたその大きなエメラルドとサファイアのような目をさらに大きく見開いたままこちらを見つめて固まってしまった。

 さらに周囲に視線を巡らせれば先ほどまで激しい戦闘を繰り広げていた人たちまで戦闘の手を緩めてこちらを見ている。


「撤退だっ! こいつは危険だ、撤退するぞっ!」


 逡巡の後に真っ先に反応したのはたった今爆風で吹き飛ばされた盗賊団のひとり――壮年の赤毛の男だった。先ほど視覚を飛ばして確認したときのような残虐な笑みは消え、玉のような汗を浮かべて顔を蒼ざめさせていた。


「てめぇっ! 何を言ってんだっ! 頭がおかしいんじゃないのか?」


 赤毛の男の声が届かなかったのか、三十代半ばの頭髪が後退したいろんな意味で気の毒な男が爆風で吹き飛ばされたにもかかわらず、早速気を取り直してこちらへ向かって踏み出しながら怒りも露わに睨みつけている。

 どうやらこいつは他の連中と違って俺の放出している魔力の状態が分からないようだ。或いは危機管理能力や判断力に欠けているのかもしれない。


「相手はひとりだ、数で押せば何とかなる……」


 セリフこそ気の毒な頭髪後退男の言葉を支持するものではあるが語尾は消え入り、言葉を発した本人はこちらへ向かって歩き出した気の毒な頭髪後退男を後目しりめに後ずさっていた。

 そんな後ずさる男の傍らで腰を抜かしたのか未だに地面に座り込んだ男が震える声で訴える。


「お前も分かってんだろうがっ! こいつはヤバイ相手だ」


 後ろに庇っていた幼い姉妹と思しき二人の少女が盗賊たちに触発されたのか気を取り直したのを報せるかのように震える声で囁き合っている。 


「お姉ちゃん、おかしいよ。おかしい人だよっ!」


「しっ! こういうときはね、聞き流すのよ」


「だって、妄想が爆発してるっ!」


「この人は命の恩人です。そんなことは言わないのっ!」


「うん、分かった。せっかく格好良い人なのに第一印象が……」


「命の恩人が格好良い男の人だなんて最高じゃないのっ。それ以外のことは忘れなさい」


 本人たちは聞こえていないと思っているのだろう。今は一刻を争うときだ。子どもの心無い言葉に取り合っている暇はない。俺は盗賊たちの方へと一歩踏み出しながら言葉を発する。


「お前たちの相手は後だ。先ずは怪我人の回復が先なんでしばらくそこで待っていろ」


 盗賊たちに向けてというよりも隊商の人たちを含めたこの場に居る全員に向けて、風魔法を使って声を響き渡らせる。


「もっとも俺の仲間が程なく到着するからそっちの方が先に相手をしてくれると思うがな」


 風魔法に乗って届いた言葉を理解できたのだろう隊商の人たちと盗賊たちがそれぞれに異なる反応を示した。絶望に抗うように涙しながら戦っていた隊商の人たちの表情にわずかだが希望を芽生えさせる。逆に残虐な笑みを浮かべて自分たちの勝利を確信していた盗賊たちの間に戸惑いが広がる。


 だが、もっとも素早く反応をしたのは俺のすぐ傍にいた二人の姉妹だった。既に涙は拭われておりこの短い時間にもかかわらず幾分か落ち着きを取り戻している。 


「仲間が傍まで来ているの?」


「きっと同類かいろんな意味で耐性のある人たちだと思うよ」


 駆けつけたのがたったひとりの魔術師ではなくさらに仲間が駆けつけて来るという事実が信じられないのか、茫然とした表情でつぶやく美少女と何か余計なことを付け足している容貌のよく似た妹の声が聞こえて来る。


「お姉ちゃん。この人、凄い自信家みたい。顔色ひとつ変えてないよ」


「お、落ち着いていて強そうな人ね。……それに凄い魔力」


「羨ましいくらいに魔力を無駄遣いしてるね」


「……敵を威圧するためでしょう、きっと。そのう、いろいろと考えてるのよ」


 先ほどから聞き耳を立てていると妹の失言を姉が必死にフォローしているようにも聞こえる。何よりも会話の内容に余裕がうかがえる。意外と立ち直りの早い姉妹のようだ。


「それにほらっ、さっきの魔法凄かったわね。あれだけの爆発と爆風にもかかわらず私たちは露ほども被害がない。こっちのことを考えてくれてる」


「そうだね、きっと普段から気苦労の絶えない人なんだよ」


 背後から聞こえる会話は気にしないことにしよう。

 この姉妹、特に妹の方に苦手意識が芽生えつつあるがそのことを頭から追い出す。今は瀕死の人たちの救出とより多くの人たちから支持を得ることが最優先だ。ともかく、聖女がくる前に俺に出来る精一杯のことをする。


「命までは取らない。感謝しろ」


 俺は言葉をつむぐと同時に視認できる範囲にいた十四名の盗賊たちの下半身を氷漬けにした。そして、そのまま氷を氷柱へと変化させて三十メートルほどの高さまで大きくする。

 盗賊たちは下半身を氷柱の中に氷漬けにされ三十メートルの高さで身動き出来ない状態で放置することにした。


「凄いっ!」


「魔力も凄かったけど、何て魔術を使うのっ!」


 背後から銀髪の二人の姉妹――妹と姉の声が重なる。ようやく二人の表情に憧憬どうけいにも似たものが浮かび上がるのを飛ばしていた視覚で確認が出来た。


 さらにこの光景を戦いの手を緩めて遠目に見ていた隊商の人たちや盗賊たちからもどよめきが上がる。


「……何?」


「何だっ! 何が起きたんだ?」


「どうなってるんだ?」


「敵はまだいるんだ、油断するなよっ!」


「急げっ! 今のうちにバリケードをもう一度固めるんだ」


「押し返せっ!」


「ともかく隊商の制圧を急げっ!」


「いや、あの魔術師は危険なんじゃないのか?」


「騎士団でも見たこと無いような魔術だぞっ」


「先にあの魔術師をヤれっ!」


 陣地内のあちらこちらで驚きと疑問、戸惑いの声が上がる。陣地内だけではない。周囲を固めていた盗賊たちからも驚きと戸惑いの声が上がっていた。


 だが最も驚いているのは氷漬けにされた本人たちである。突然自分を襲った理不尽な出来事に悲鳴を上げ恐怖に顔を引きつらせていた。

 盗賊たちの動きが止まったのは幸いだ。盗賊団にはもう少し驚いてもらおうか。押し返してボギーさんたちの到着を待つ間に重傷者の治癒だけでも終わらせよう。


 取り敢えず陣地内へ侵入した盗賊たちと陣地に取り付いて交戦している盗賊たちをさきほどの連中と同様に三十メートルの高さで拘束する。

 仲間を襲った不幸が自分には降りかからないと思っていたのか、その驚きようは既に下半身を氷漬けにされている連中の比ではない。既に仲間を襲った出来事を見ているだけに自分に何が起きたのかの理解が早い分、混乱が短く悲観と驚きが多いようだ。


 そんな盗賊たちをさらなる絶望の淵に突き落とすように隊商を包囲する盗賊たちの背後に轟音が響き爆風が吹き荒れる。


 轟音と共に後方の街道を塞いでいた大岩が真っ二つに割れ、爆風がおさまり巻き上がった土煙が晴れると二つに割れた岩の間に白いドレスアーマーに身を包んだ黒髪の美少女が立っていた。白アリだ。

 何だか孫悟空誕生の瞬間のような絵図である。


「どう? あたしを出し抜いて逃げ切れるかやってみる?」


 轟音で一時的に聴力が落ちている盗賊たちには聞こえていないと思うが、そんなことは気にとめることもなく綻ぶような笑みを向けた。

 

「グッ」


「グワッ」


 今度は街道の進行方向から、幾つものくぐもった呻き声とどこか悲しげなメロディの口笛が響く。


 俺が振り向くのに合わせたかのように岩陰からソフト帽子を被り、両手に魔法銃を持った黒尽くめの長身の男が口笛を吹きながら現れた。ボギーさんだ。


「運が無かったと諦めな」


 目深に被ったソフト帽子を左手の魔法銃でわずかに押し上げて灰色の瞳を覗かせる。


 何で白アリとボギーさんの二人だけが?

 一瞬、俺の脳裏を疑問が飛び交うが冷静になって考えればすぐに想像がつく。


 他の連中を置いて自分たちだけで追いかけてきたんだ。何て辛抱の足りない人たちなんだろう。

 俺に次ぐ空間魔法のレベルを持つこの二人が先行して来ているということは他のメンバーの足が極端に落ちているってことだよな。


 まあ、全員が揃うのを待つまでもなく片付けられるのでそれは良いのだが、作戦遂行のリスク管理という面では問題がありそうな気がする。

 気のせいだろうか……


 いや、ここは前向きに考えよう。

 盗賊たちの捕縛を二人に任せて俺は聖女が駆けつける前に光魔法で瀕死の重傷者を助ける。死を目前にしたこの人たちに『光の英雄』との認識を植えつけるチャンスではないだろうか。


 聞こえていないと思っているのだろう。

 俺の背後でいろいろと囁き合う二人の少女をその場に残し、俺は瀕死の重傷者を求めて陣地内へと駆け出した。

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