第213話 領境の盗賊討伐(8)

 戦いの最中、陣地のあちらこちらで悲鳴や怒声だけでなく明らかに味方のものと思われるくぐもった声が聞こえだした。

 それは手負いの者、戦線を離脱する者が増えていることを示していた。


 陣地付近は盗賊と切り結ぶ剣の音と馬のいななき、悲鳴と怒声とが入り混じる。

 なかには肉親や親しい者を失ったのか、傷付き倒れている者を気遣いながらも嗚咽交じりに剣や盾を操る者が少なくない。


 陣地内に大きく侵入こそされていなかったが、ところどころ陣地内に侵入をされてはそれを押し返すといった攻防が続いていた。

 圧し返されはしても次第に自分たちに有利に事が運んでいるのが分かっているのか盗賊たちの表情には残虐な笑みさえ表れだした。逆に押し返す者たちは自分たちの劣勢を肌で感じているのだろう、恐怖と不安から涙を流しながら剣を振るっている。


 時間の経過と共に戦力として数えられる者が多い盗賊たちの方が誰の目にも優勢となってきた。

 それはガイフウやケイフウの守備する一角も例外ではなかった。


 シンシアの放つ爆裂球で圧していたときのような余裕はもはやない。いや、むしろ戦闘経験の少ない若年の者が多い集団であるため純粋な戦闘力よりも連携の隙を突かれる形で圧し込まれることが目立ってきていた。

 何とか互角以上の接近戦をこなしていたのはガイフウとローランドだけで後のものは防御する陣地の利点を活かして何とかしのいでいる程度であった。

 

「ロウンっ!」


 ガイフウの声が響いた。ラナに向けられた二本の槍をその大盾で防いでいる間にロウンに盗賊の繰り出した槍が届いた。


 ラナとローランドがガイフウの声に真っ先に反応した。ガイフウの視線の先を追うと右のわき腹に深々と槍を突き立てられ苦痛に顔を歪めている茶色の髪の青年が居た。

 ガイフウたちが乗る馬車のすぐ後ろを走る馬車を御していた青年である。


「ロウンっ! 貴様ーっ!」


 すぐ横で槍を振るっていた金髪の青年が雄たけびを上げてロウンに突き立てた槍を持つ盗賊に向けて槍を繰り出す。

 盗賊が槍を引き戻して金髪の青年に対応しようとしたが槍を引き戻せずに対応が遅れた。慌てて腰の剣へと手を伸ばしたが剣を抜くことなく金髪の青年の槍を心臓に深々と受けた。


 金髪の青年はそのまま槍を手放して腰の剣を引き抜くと手負いのロウンに向かって馬車の上へと乗り上げた盗賊に横合いからわき腹へ剣を突き立てそのまま馬車の上から蹴り落とす。

 直後、金髪の青年の右肩に矢が突き刺さり、青年は馬車の上から陣地の中へと転げ落ちた。


「アベルっ!」


 パールが馬車の上から転げ落ちた青年に駆け寄ろうとしたのを青年は傷付いた右手で制して左手で矢を抜きに掛かった。


 アベルが大事ないことを確認したパールがカイルを伴ってアベルとロウンと入れ替わる形で馬車の上へと登る。


「ロウンがっ! ガイフウ、お願いっ!」


 シンシアがロウンのわき腹を押さえて涙を流しながら叫ぶ。その視線は意識が薄れていくロウンに固定されたままだ。


「これをしのいだらすぐに行くっ!」


 そう叫ぶガイフウにもロウンの状態が一刻を争うものであることは分かっていた。しかし、今ロウンのもとへと走ればこの一角から陣地が崩れかねないのも事実だ。その二つの事実が焦りを生み、焦りは見落としを作り出した。

 ガイフウはケイフウの乗る馬車へと近づく盗賊を視界に捉えきれずに、ラナに槍を向けた二人の盗賊が馬車を乗り越えてこちらに降りようとしているところに向かって大盾ごと体当たりをして二人を馬車の向こうへと弾き飛ばす。


 馬車の上から勢い良く飛び降りるとそのままロウンとシンシアのもとへと駆け寄り光魔法を発動させる。


「ロウン、頑張ってね。すぐに治すから」


 ロウンのわき腹の傷口がみるみる塞がり顔にも血の気が戻ってきた。苦しそうだった表情もそれに合わせて和らいでいく。


 傍らで心配そうに付いていたシンシアが安堵し胸を撫で下ろしている。

 そんな様子を見ながらガイフウは思う。『あと何回の光魔法が使えるか。二回か、三回か……』何れにしてももう後が無い。このままでは何もかも奪われてしまう。


 彼女たちの守備する一角はまだマシな方であった。

 陣営を守備する幾つかの集団は既に突破され、陣営の内部へと盗賊の侵入を許していた。心の弱い者たちは投降の意思を示している。


 死者こそまだ少ないが瀕死の者は多数でていた。

 盗賊たちがそんな瀕死の者を助けてくれるとは到底思えない。となればこの隊商の半数以上は生きては居られないだろう。健在な者でも抵抗できるだけの力のある者は殺されるかも知れない。そんな悲観的な考えがガイフウの思考を支配する。


 いや、それこそ面白半分に遊びで殺される恐れさえある。

 殺されないまでも奴隷としてどこかに売られる。ケイフウと離れ離れになってもう二度と会うことが出来ないかもしれない。盗賊にさらわれての違法奴隷だ。普通の奴隷よりも酷い未来しか見えない。ガイフウの思考はさらに悲観の深部へと沈んでいく。


 ガイフウは自分の視界が涙でにじんでいたことに気が付くと慌てて涙を拭って大盾を手にして立ち上がった。


「突破しよう」


 馬車の上で二人の盗賊を切り伏せたローランドが飛び降りざまにそうつぶやくと、自分たちの行商メンバーに向けてさらに言葉を続けた。


「馬車一台と騎馬数頭で突破をしよう。街道を塞いでいる岩はシンシアの爆裂球とガイフウの体当たりで弾き飛ばす。これだけの隊商だ、馬車の一台と数名の商人くらいなら追撃する方が面倒なはずだ」


 ローランドの言葉に皆がお互いに顔を見合わせる。


「上手く行くかな?」


「上手く行っても裏切り者だよね」


 ロウンの問いにパールが馬車の陰から弓を射掛けながら苦笑交じりに即答する。


「失敗したら全員その場で殺されるか、或いは見せしめになぶり殺しね」


「私たちは女だからすぐには殺されないでしょうね。それが良いかは別にして……」


 陣地の反対側から侵入をしてきた盗賊目掛けて弓矢を速射して三名の盗賊を仕留めたところでラナが暗い未来を口にすると、相変わらず抑揚の無い口調でシンシアがさらに暗い未来を示した。


「あんまり楽しくない未来ね――」


 ガイフウの言葉をかき消すように馬車に繋がれた馬が突然いななき、街道からさらに外れるように岩場を走り出した。ケイフウを乗せた馬車だ。

 先ほどガイフウが見落とした盗賊が馬を馬車に繋ぎなおして暴走を成功させたのを確認すると得意気な表情をみせて笑い、馬車が抜けた穴から切り込んできた。


「ケイフウっ!」


「ガイフウはケイフウを追ってっ!」


 突然の出来事に驚愕するガイフウを見て、『彼女を止めることは出来ない』と判断したシンシアがガイフウの背中を押す。


「左右の馬車を寄せて少しでも穴を埋めるのよっ!」


 そして、そのまま自身から近いほうの馬車へと駆け寄り他のメンバーへ指示を飛ばす。

 幸いなことにケイフウを乗せた馬車が抜けた穴から侵入してきたのは一名だけで、他の盗賊たちも手強いと判断したこの一角から距離を取っていた。盗賊たちが再び突入してくる前に穴を塞ぐ時間はある。

 

 一方、ケイフウを乗せたまま馬車が岩場を暴走し、側面から迫って来ていた五名の盗賊たちの近くで馬車が勢いよく転倒した。

 パニック状態で転倒した馬車から這い出してきたケイフウと盗賊たちのひとりが目を合わせた。


「ガキかよ」


「魔術を使うかもしれない、油断をするなよ」


 目を合わせた男がケイフウの容貌と馬車の中に居たことで『戦力外』であると思ったのか、振り上げていた剣を降ろしながらつぶやくとすぐに隣で固まっていた男が剣を抜きながら叫んだ。


「ちっ」


 小さく舌打ちをして振り下ろすのを止めた剣を再び振り上げる。

 その視線の先には今にも泣き出しそうなエメラルドのような左目とサファイアの様な右目とが真っ直ぐに剣を振り下ろす男に注がれていた。


 間に合わないっ!


 誰の目にもそう映った次の瞬間、その場に大盾と怯える少女と瓜二つの、盗賊を睨みつける少女が現れた。そして突如現れた大盾は振り下ろされた剣を大きく弾き飛ばした。


「冗談じゃないわ」


 大盾に身を隠すようにしていたガイフウが盾の横から剣を振り下ろした男を覗き見るようにして睨みつける。


 横合いから別の男がガイフウ目掛けて剣を振り下ろしてきた。振り下ろした剣が少女の左肩口を捉える。その感触が伝わると思った瞬間、予想だにしなかった衝撃が自身の右手を襲う。

 少女の身体を挟んで逆側にあった大盾が眼前に現れると同時に右手を襲う衝撃に何が起きたのか理解できずにいた。

 

 辛うじて理解できたのは己が剣の犠牲となるはずの少女がどのような魔法を使ったのかは知らないが瞬時に身体の位置を入れ替えて自身の剣を弾き飛ばしたこと。

 さらに大盾の向こうから敵意を持った鋭い眼光を向けていることだけである。


「お姉ちゃん、足元っ!」


「ボケっとするなっ!」


 ケイフウの悲痛な叫びと大男の太い声とが重なる。

 剣を弾き飛ばされた男の隣にいた大男が鋭い声と共に両手に持った大剣を、大盾を持ち上げているガイフウのガラ空きとなっている脚を目掛けて地面と水平に薙ぎ払う。


 大盾を地面に突き立てるように振り降ろして大剣の一撃を凌ぐが先ほどまでみせていた堅牢な盾術は感じられない。大剣を受けた大盾ごとガイフウを弾き飛ばす。

 ガイフウの全身から汗が吹き出る。『魔力が尽きたか』ガイフウの脳裏に絶望とも取れる事実が浮かぶ。


 護るべき存在であるケイフウが涙を浮かべてガイフウの方を見ていた。ガイフウの魔力が尽きたのを悟ったかのように涙を浮かべてほほ笑んでいる。

 

 ケイフウの口が動いた。

 ガイフウもケイフウの口の動きを追う。声は聞こえない。『もう十分だから』『逃げて』涙で滲む視界で読み取ることが出来たのはそれだけだった。


「イヤーッ」


 悲鳴を上げるガイフウが涙を拭ったときに見えたのは馬車の上で両手を広げている妹の姿だった。いつも護られていた妹が今は自分を護るようにして立っていた。


 盗賊は二手に分かれてガイフウとケイフウに襲い掛かる。

 何もかも諦めた次の瞬間、彼女たちに振り下ろされるはずの複数の剣を襲撃者ごと吹き飛ばして襲撃者と二人の少女との間にひとりの若者が立っていた。


 ガイフウとケイフウの目に映るのは思索的な顔つきをした背の高い見栄えのする若者だった。

 その若者はあらゆる属性に愛されたかのように幾重にも異なる属性の魔力をその身体にまとっていた。いや、まるであらゆる属性の魔力の支配者であるかのように複数の属性の魔力を従えているようであった。


 魔力を感知することの出来ない者でもその若者がまとうモノが強大な魔力であり尋常なモノでないことをすぐに理解できたであろう。

 彼に近寄ればあらゆる属性の魔力が顕在化けんざいかして襲ってくる。そんなことを容易に想像させるほどにその若者の周囲には強大な魔力が渦巻いていた。

 

「誰?」


「あの……あなたは?」


 魔力切れで朦朧とした状態でも何とか現状を把握しようとガイフウが突然現れた若者を仰ぎ見る。ケイフウは涙を拭って滲んだ視界をはっきりとさせて若者に問い掛けた。


「二人とも強くて優しい娘だな。よく頑張った、もう大丈夫だ。後は任せておけ」


 若者はガイフウとケイフウに優しげな笑みを向けるとケイフウを抱き上げてガイフウの傍らへと連れて行く。そしてゆっくりと立ち上がりながら答えた。


「俺はミチナガ・フジワラ」


 そして彼女たち二人を背後に護るようにして盗賊たちへ向き直ると静かに言い放った。


「やがて世界を救う男だ」

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