第212話 領境の盗賊討伐(7)
円形に構築した陣地は完全に包囲されていて前方と後方の街道の中央には落とされた複数の巨石が並び強行突破しての逃走の可能性を潰えさせていた。
隊商と盗賊団との間を飛び交う矢の数が大きく変化していた。
交戦開始早々はわずかではあるが人数に勝る隊商側からの矢数の方が多かったのだが時間の経過と共にその数を減じ、今では盗賊団から飛来する矢の数の方が圧倒的に多くなっている。
隊商側は数が多いとはいっても商人はもとよりその家族といった戦闘経験の乏しい者が多くいた。
特に戦争続きのガザン王国に見切りをつけて逃げ出すことを目的とし、その手段として行商人となってこの隊商に加わった者たちがそれである。
全方位からの飛び道具による攻撃は戦闘に不慣れな者たちを容易に翻弄して真っ先に盗賊たちの標的とした。
絶命する者。深手を負い戦線を離脱する者。恐怖で戦意を失うもの。
奴隷にしても同様である。いや、『解放後の生活のために』と張り切った者ほど運命は厳しく跳ね返ってきた。
戦闘開始早々に絶命したのも彼らのうちのひとりであった。
その後も絶命する者。致命傷を負い、死を待つだけの者。或いは後遺症をもたらすような大怪我を負い己の軽率な行動を後悔する者と様々であった。
だが、運の良い者や戦闘経験のある者たちは生き残り希望を掴むために弓を引き絞っている。
接敵から一時間余りが経過したこの段階で隊商を構成する九十余名の人員の半数以上が戦えない状態となっていた。未だに戦闘を継続している者たちはおよそ八十名。頼みとする五十名の護衛のうち十名余りが既に傷付き戦闘不能状態となっていた。
しかも全方位から飛来する矢は戦闘を継続する者たちの集中力と戦意とを急速に削っていく。
「クッ! あいつ等本当に只の盗賊かよ。飛んでくる矢の軌道と命中精度が違いすぎる」
「まったくですね。あれは相当訓練を積んでいますよ」
「その勤勉さを他の方向に活かせよなっ!」
「数にものをいわせて突っ込んでくると思ったけど結構慎重じゃないの」
「気を引き締めろ、そろそろ突っ込んで来てもおかしくない頃合いだ」
隊商側は商人とその家族が多く配置されている部分から圧されだしていた。逆に圧しているのは魔術師を擁する集団である。
特にピンク色の髪をした少女が指揮する一団は彼女の抑揚のない口調からは想像出来ないような対応力を見せていた。
魔術師である彼女の爆裂球を中心に弓で遠距離攻撃をする者と攻撃する者を護るのに専念する盾を持った者たち。これらが見事な連携をみせて被害を出すことなく敵が近づくのを防いでいた。死に至らしめた敵の数こそ
さらに他の集団が圧されだすと盗賊側へ爆裂球を撃ち込んで陣営が崩れるのを効果的に防いでいた。
その手際に本職の護衛であるイーデン隊長も舌を巻く。『魔術が強力だというのもあるが、周りがよく見えている。なんと言っても魔力がよくもつ』イーデン隊長は一時間以上も爆裂球を撃ち込み続けているシンシアを横目で見ながら、焦る表情一つ見せない彼女に安堵して自身が受け持つ敵へと視線をもどした。
白いローブをまといピンク色の髪をした少女が陣地の一角に立ち爆裂系火魔法である爆裂球を襲撃者たちへと撃ち込み続けていた。
「右後方の三つ連なっている岩陰に盗賊が集まってる。六人いる」
「ガイフウ、風魔法の準備をお願い」
「シンシアは爆裂球を岩陰に向けて放り込んでっ!」
馬車の中からケイフウの声が響く。それは見えるはずの無い敵の動きを報せる声だ。シンシアとガイフウの二人が即座にそれに対応をする。
シンシアへと向かってくる矢をガイフウの生成した竜巻が上空へと巻き上げ、シンシアの放つ火球が弓を放ち岩陰に潜んでいた盗賊たちの後方へと着弾した。
轟音と共に土と岩や石の破片を吹き飛ばして間接的に岩陰に潜む盗賊を捉える。
「攻撃力のある魔術師か。しかもさっきから全然攻撃がやまねぇ。どれだけ魔力があるんだよっ!」
一際立派な大剣を装備した男が遠目にシンシアのことを忌ま忌ましげに見やると傍らで弓を引き絞っている男に問い掛けた。
「こっちの魔術師は何をやってるんだっ!」
「ダメです。真っ先にやられちまいました。あの女魔術師に――――」
弓を引き絞っていた男は矢を放つと後から戦列に参加した大剣を装備した男に『こちらの魔術師が魔法攻撃を仕掛ける前に次々と爆裂球が飛んできて一分ほどで六名の魔術師が戦線を離脱することになった』と交戦直後のあらましを伝えた。
大剣を装備した男があまりの予想外のことに呆気に取られて聞いていると彼の右側面の部隊から怒声が響いてきた。
「集中攻撃をかけろっ! あの女魔術師を優先的に仕留めろっ!」
盗賊のひとりが爆裂球を放ち続けるシンシアを弓で示しながら周囲の盗賊たちへ怒声とも取れるような口調と声量で指示を飛ばす。
次の瞬間、シンシアの側面から彼女に向けて幾本もの矢が放たれる。しかし、その矢が彼女に到達することは無かった。
彼女と矢との間に自身の身体がすっぽりと隠れるほどの大盾を持ったガイフウがサイドテールの銀髪を揺らしながら割って入り、大盾を器用に操って全ての矢を弾き飛ばしていた。
「後ろからも狙えっ! 逆側にも指示を出せ! 全方位からあのピンクの髪の女魔術師を射殺せっ! ハリネズミにしちまえっ!」
そう指示をだした男の額に一本の弓が突き刺さる。ラナの放った矢である。
「よしっ! シンシアを狙えとか言うからだよ」
そう言いながら男の額を射抜いた射手であるラナが小さく拳を握り、そんなラナと射殺された男に視線を走らせるとガイフウは悲しそうに目を伏せた。
「ガイフウ、生き残るためだ。まだ子どもの君には辛いかも知れないが慣れることだ」
そんなガイフウを気遣ったつもりなのかローランドが、攻撃の集中するであろうシンシアの盾役となるために移動する途中でガイフウの肩に優しく触れる。
「分かってる。分かってるよ」
ガイフウは再びそのエメラルドとサファイアの瞳に精気を宿し、顔をもたげた。
顔をもたげた彼女の目に弓を引き絞る大勢の盗賊たちが映る。
指示をだした大男はそのまま絶命して岩陰へと倒れこむが大男の出した指示は盗賊たちに確実に伝わっていた。
二十本近い矢がシンシア目掛けて四方八方から降り注ぐ。
降り注ぐ矢など一顧だにしないかのようにシンシアは次の標的を見定める。第二射を射掛けようと弓を引き絞っている手近な一団に向けて爆裂球を放った。
飛来する矢の大半はガイフウの風魔法で無人の岩場へと落下する。風魔法を
飛来する矢を全て阻んだ直後にシンシアが崩れるようにしゃがみ込む。
「シンシア? 矢を受けたのか?」
「大丈夫よ、魔力切れね」
シンシアはしゃがみ込んだまま、自分の肩に延びてきたローランドの手を叩き落としてガイフウへと視線を向けた。
「ごめんなさい。私も、もうシンシアに供給するだけの余力はないわ」
ガイフウの言葉にシンシアは小さくうなずくと傍らに置いておいた長剣と盾に手を伸ばし、ローランドは幾分か顔を蒼ざめて言葉を発せずにシンシアに視線を移した。
「さすがの魔力の申し子みたいなガイフウでもシンシアに全力の魔力供給を四回もやれば限界か」
「自分でも魔法を使ってるしね」
こちらに背を向けたまま弓を射続けるラナの言葉にガイフウは左手に装備した大盾の具合を再確認し右手にソードブレーカーを持つとラナに向けて軽く肩をすくめて言葉を返した。
そんな獲物の様子を冷静に観察していたのだろう。盗賊団にこれまでとは違った動きが見えた。
彼らから飛来する矢の数が減って岩陰から岩陰へと移動しながらこちらへと徐々に接近をして来る盗賊が目に付くようになった。
シンシアが岩陰から岩陰へと走る六名の盗賊へ向けて火球を撃ち込む。最後尾を走る盗賊団のひとりが大きく吹き飛ぶのと残る五名が岩陰に滑り込むのを視認しながら傍らで盾を構えているローランドの肩に盾を装備した左手を伸ばし盾でローランドの肩を軽く叩く。
「そろそろ接近戦の用意をしましょう。武器を持ち替えるように指示を出して頂戴」
「ああ」
ローランドは岩陰から岩陰へと陣地への距離を詰めるように移動してくる盗賊たちに視線を向けたまま声だけで返事をした。
「こっちの疲労がピークに達する前に切り込んでくるつもりかな。辛抱の足りない連中ね」
「そうでもないわ、私の方はあと一発でも爆裂球を撃ったらそれまでね」
ラナが顔を引きつらせながら強がってみせるがシンシアはそれには乗らずに事実を端的に伝えた。
ラナはそんなシンシアの返事に苦笑しながらガイフウへと視線を向けるとガイフウも眉間にしわを寄せると困ったような表情で答えた。
「私は風魔法を派手に使って三回、節約して十回ってところかしら。実際は防御魔法を常に展開しているからその半分くらいが関の山ね」
「来るぞっ!」
ガイフウの答えに続いてローランドの警告が一際大きな声で発せられた。
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