第211話 領境の盗賊討伐(6)

 馬のいななきと護衛を担っている探索者たちや傭兵たちの駆る騎馬が作り出す馬蹄の音と怒声にも近い話し声が隊商の間に響き渡る。


 一際大きな馬のいななきが先頭付近から聞こえた。

 先頭を走る二台の馬車を引く馬が幾本もの矢で射抜かれている。


 射抜かれた馬はもんどり打って倒れ込み馬車を大きくかしげさせた。

 もう一台の方は馬車をかしげさせるだけでなく怪我を負った馬が馬車につながれ地面に伏した状態ではあっても苦しさと激痛とで暴れて馬車を大きく揺らしていた。


 その様子を瞬時に確認した護衛のひとりが小さく舌打ちをして『手慣れているな』と漏らし混乱する先頭の二台へと駆け寄る。


「馬を馬車から切り離せ! 人力で馬車を横向きに変えろ! バリケードにするんだっ!」


 飛来する矢を盾で防ぎ周囲に警戒の視線を走らせていた赤毛を短く刈り込んだ三十代半ばの護衛が、馬車から転げ落ちた御者と馬車から飛び出してきた商人たちに鋭い声で指示を飛ばした。


 真っ先に反応したのは御者だ。二人の御者は馬車から転げ落ちながらも即座に立ち上がり護衛の探索者の指示に従って馬車と馬とを繋いでいる革紐かわひもを切り離しに掛かる。

 そして馬車から飛び出した商人たちが数人掛りで馬を切り離した後の馬車を横向きに変えて素早くバリケードを築いていく。


「敵の数が多い! 見え隠れしているだけでも五十人以上いる。まだ側面や後方にも隠れてるかもしれないぞっ!」


 馬車と怪我をした馬とが切り離されるのを確認すると赤毛を短く刈り込んだ護衛が二十歳くらいの二名の若者を振り返り右手の剣で隊商の後方を示しながら声を張り上げた。


「ダン、メルヴィン。後方へ伝令に走れ! 陣地の構築を急がせて周囲を警戒するように報せるんだっ!」


「はいっ!」


「了解ですっ!」


 ダンとメルヴィンの二名は先ほどまでの緩みきった表情は既に無く、強ばった顔つきで即答すると馬首を巡らせ岩場の側の手に盾を持ち直し一目散に駆け出した。


 赤毛を短く刈り込んだ護衛は二人が後方へ向けて駆けて行くのを見届けると周囲の護衛や商人に向けて一際大きな声で指示を出した。


「二列目の馬車を一列目の馬車のすぐ後ろに付けろ。前方の敵は多いぞっ! バリケードを厚くしろよっ!」


 彼の指示で二列目馬車に乗っていた商人たちが一斉に馬車の陰に隠れて押すようにして馬車を前方へと押しだした。


 ◇


「敵襲だっ!」 


「馬車で壁を作れ! 岩場を利用して盾にしろよっ!」


「迎撃の準備をしろっ!」


「左右の岩場と後方の注意を怠るなよっ!」


 襲撃の規模までは知れないが襲撃があったことを伝える者とこの場で陣地を構築して迎撃となることを報せる者とが隊商の間を先頭から後方へと騎馬で駆け抜ける。ダンとメルヴィンだ。

 彼らが駆け抜けるとまるで最初から配置が決められていたかのように、それぞれの馬車が迷いなく移動を開始した。


 ダンとメルヴィンが隊商の中央付近を駆け抜けると、イーデン隊長は視線を彼らから傍らの馬車から降りようとしていた壮年の男性へと移して話しかけた。


「ボレロさん、陣地構築の指揮をお願いします。私は接敵した前方の状況を確認して来ます。恐らくそのまま前方で戦線の指揮を執ることになると思います」


「頼むよ、イーデン君」


 ボレロと呼ばれた壮年の男性は馬車を降りると改めてイーデン隊長へと語りかけた。


「この場所で仕掛けてくるとなると経験豊富で数を揃えていると思うかね?」


「そうですね。恐らくは。或いは単なるバカかのどちらかでしょう」


 イーデン隊長はボレロに苦笑交じりに答えると『バカであってくれよ』と独りつぶやいて前方へと騎馬を走らせた。


 ボレロも陣地構築の指示を飛ばしつつ改めて周囲の地形に視線を向ける。

  

 街道の両側には真夏の強い陽射しを照り返している岩場が広がっている。街道の進行方向の左手側は緩やかに下っており二キロメートルほど先から広がる森までまともな植物は見当たらない。

 進行方向の右手側は緩やかに上っており一キロメートルほど先に森と呼ぶにはお粗末ではあるが緑が広がっている。そこに至るまでの岩場ではところどころに雑草が生えている程度だ。


 どちらの傾斜も緩やかで陣地を構築するのに問題は無い。いや、むしろ大小の岩のお陰で通常よりも堅牢な陣地が構築できるだろう。

 だが、それでもわざわざこのような地形で仕掛けてきた。


 先頭の足を止めてこちらが陣地を構築する前に切り崩すか、陣地を構築されても数にものをいわせて包囲して四方八方から攻撃をしてこちらの消耗や疲弊を待つかだろう。 

 よほど突破力のある戦力を所有していない限りは数が多いことになる。幾度となく盗賊から襲撃を掻い潜かいくぐってきたボレロは理屈ではなく直感で嫌なものを感じていた。全身から汗が吹き出る。それは真夏の暑さとは関係の無い汗であることを自覚していた。『相当の被害を覚悟する必要があるな』そんな思いを振り払うように頭を振って陣地の構築を急がせた。

 

 ◇


 街道の両側に広がるやや傾斜のある岩場に馬車を乗り入れ、大型の岩石と馬車とを盾とする形で円陣を組む。

 簡易ではあるが隊商のリーダーと思しき壮年の男性の指示の下、商人たちと護衛の武装集団とで手際良く陣地を築いていった。


 それはガイフウとケイフウの乗る馬車も例外ではない。


「カイル、予定の配置よりもボレロさんの指示を優先して馬車を移動させろっ!」


「おうっ! 岩場に乗り入れる。揺れるぞっ!」


 ローランドの言葉に彼らの乗る馬車を操っているカイルと呼ばれた赤毛の少年が快活に返事をして馬車を大きな岩と岩の間へと移動させる。


「シンシア、後ろの馬車は――」


「アベルとロウンの馬車も指示通りに陣地を作ってる。大丈夫みたい」


 馬車の窓から身を乗り出して後方を確認しているピンク色の髪をした少女に向けられたローランドの問い掛けを遮るように馬車の中を振り返りざまに答えた。


「よしっ! 俺たちも出よう。ラナは弓矢を頼むな」


「そろそろ出てもおかしくないと思ってたら出るだもんなー」


 ラナはローランドの言葉にウィンクひとつで了解の意思を示し、矢筒を腰と背中に装着しながら誰とはなしにボヤいていた。

 

「ガイフウとケイフウは馬車の中にいろっ!」


 ローランドは馬車から降りるとすぐに振り返り、馬車から降りようとしているガイフウを押し留めるように彼女の前にラウンドシールドを持ち上げた。


「私は防御なら出来るから大丈夫。一緒に出る」


「……そうか。じゃあ、シンシアとラナの防御を頼むよ」


 魔術師であるシンシアと弓の射手であるラナの防御が心許無いのは確かだった。何よりもガイフウの身体能力と魔術のバリエーションは彼らの中でも群を抜いている。その事実は揺らがない。

 ローランドは年端もいかない少女に防御を頼むという罪悪感もあってか、ガイフウの真剣な眼差しから目を逸らしながら彼女の申し出を承諾した。


「ケイフウは中に居なさい」


「お姉ちゃん、敵の数が多い。百人以上いるよ。しかも包囲されている」


 ケイフウを気遣うように優しげな眼差しを向けるガイフウにケイフウから周囲の状況を報せる情報が伝えられる。ともすれば隊商全体の士気を削ぐような情報である。

 その情報にガイフウばかりか傍らにいたローランドも大きく目を見開く。


「ローランド、今の情報をボレロさんに報せて頂戴、お願い!」


 ガイフウは傍らに居るローランドに振り返りさらに続ける。


「それと、奴隷たちを馬車から出して彼らを戦闘に参加させるようにお願いをして。活躍次第では解放するのを条件にでもすれば彼らも頑張るでしょ」


「それは幾らなんでも――」


「いいから伝えてっ! 一刻を争うのよ。それにね、生きてさえいれば再起は出来るでしょう。今は商品を犠牲にしても自分たちが生き延びることを考えましょう」


 ガイフウの突拍子も無い要求に抗弁しようとしたローランドの言葉を遮るようにガイフウがピシャリと言い放ち、そのエメラルドとサファイアのような色違いの双眸そうぼうで真っすぐに彼のことを見つめていた。


「分かった、伝えてくる」


 そう言うと視線の先にボレロを捉えたローランドが駆け出す。


 わずか十歳の少女、自分の半分ほどしか生きていないような少女に気圧されたことへの腹立たしさと反論出来ずに従ってしまったことへの恥ずかしさはあるが、冷静になって彼女の言葉を思い返せばそれが正しい選択に思えてくる。少なくともローランドはそれに対抗して、説得するだけの意見は浮かばなかった。


 ボレロはすぐに見つかった。

 忙しげに指示を飛ばしているボレロへ向けてローランドが声をかける。


「ボレロさん、お報せしたいことがあります」


 振り返るボレロに先ほどのケイフウからの情報とガイフウの言葉を伝える。


 

「――――ということです。生意気なことを言って申し訳ありません」


 深々と頭を下げるローランドを見つめながらボレロは彼の言葉を真剣に考える。


 ケイフウ――双子の片割れ、大人しい方の少女の顔がボレロの脳裏に浮かぶ。

 それと同時に彼女の索敵能力にはここまでの道中も随分と助けられた事実も脳裏を過ぎった。彼女の能力で察知した情報なら間違いは無いだろう。少なくともこの隊商の誰よりも信頼できる。それがボレロの出した結論だ。


 再び眼前の青年に意識を戻す。

 実直な青年だと思っていたが、実直なだけではないようだ。頭も回るし思い切りも良い。彼に対する印象は良い方であったがボレロのなかで、それは彼に対する評価と共に益々上がっていた。

 

 目の前の実直な青年を見ながらボレロは思う。『生きてさえいれば再起はできる』か。それは彼が最初の襲撃を受けた若かりし頃から変わらずに持ち続けている信条でもあった。

 だが、何よりもボレロを驚かせたのは『奴隷にやる気を出させるために解放を約束する』という発想だ。『商品を犠牲にしても生き残る』或いは『奴隷を一時的に戦力、労働力として使う』ということは彼自身やってきたし他の奴隷商でも希ではあるが聞く話である。


「よく言ってくれた、礼を言うよ。君の言うようにしよう」


「ありがとうございます。では自分は仲間のところに戻ります」


 踵を返して自分たちの馬車へと戻るローランドから会計を任せている自身の腹心の部下を探して視線をさまよわせる。


「レオンっ! 奴隷馬車の鍵を用意してくれっ!」


 都合よく奴隷たちが押し込められている鉄格子と頑丈な鍵が取り付けられたおりのような馬車の傍でレオンを見つけたボレロはそちらへ向かって走り出す。


 ボレロは奴隷たちの閉じ込めてある馬車にたどり着くや否や彼らに向けて言葉を発した。


「よく聞け!」


 周囲の慌ただしさから只事でない状況だと思い始めている奴隷たちに向かってよく通る声で語りかける。


「これからお前たちを馬車から出す。武器も与える。私たちと一緒に戦ってくれ。報酬は解放だっ! 敵をひとり倒せば金貨一枚、二人倒せば金貨二枚。ひとり倒すごとに金貨を追加の報酬として出す!」


 ボレロの言っていることを理解できないのか信じられないのか。奴隷たちのほとんどがキョトンとした表情で真剣に彼らに語りかけるボレロを見つめている。


「戦って生き残れ! 自由を掴め! 敵を倒せば生活するに十分な金が手に入るチャンスだ。だが、ここで敵に捕まれば再び奴隷に逆戻りだ。もっと悪いかもしれない。面白半分に殺される恐れもある。自分たちの未来を再び掴み取るチャンスを無にするか活かすかはお前たち次第だ」


 ボレロの言葉に数名の奴隷が反応を示す。『本当なのか?』『信じてよいのか?』などと口々に質問を浴びせた。

 数名の質問により奴隷たちの間に戦う意思が伝播する。状況を理解した奴隷たちが次々とその双眸そうぼうに輝きと精気をみなぎらせて『戦わせてくれっ!』と叫びだした。


「さあ、総力戦だっ!」


 奴隷たちの閉じ込められている馬車の鍵を開けるようにレオンに指示をしながら、改めて陣地の中にいる人たちに向かってボレロの声が響いた。

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