第210話 領境の盗賊討伐(5)

 もう一つの隠れ家――盗賊たちがバランの拠点と呼んでいた拠点へと向っている。規模的には先ほど俺たちが解放した拠点と同等で担っている役割も一緒だ。

 バランの拠点の盗賊を偽装した騎士や衛兵、探索者たちがどんな人となりなのかは確認をしていないのだが、俺たちの中では先ほどの盗賊団から仕入れた『自分たちの同僚』との情報もあって『人でなし』認定されている。


 先ほどの拠点には聖女とアイリスの娘たちのうち半数とその奴隷を残してきた。

 聖女を残してきたのは本人の希望もあったが念のためさらに情報を得られるか尋問を試みるためである。聖女を止める人間がいないような気もするが、そこは本人の良識に任せることにした。俺たちを非難する者や盗賊たちを同情する者は誰も居なかったので良しとする。


 バランの隠れ家攻略も捕らわれた人たちの救出を最優先するため隠密行動となるので空間転移の連続発動で高速移動となった。

 空間転移にまだ慣れていないようでネッツァーさんは口数が少なく顔を蒼ざめさせている。盗賊から様々な情報を聞き出した先ほどまでのホクホク顔がウソのようだ。こちらとしてもネッツァーさんの精神状態などは優先順位が極めて低いので気付かない振りをしている。


 ん? 戦闘が行われているのか?

 バランの隠れ家へと向かう途中で大規模な襲撃の様子が展開した空間感知に引っ掛かった。


 馬車の数は二十七台。襲撃する側は百名を超えている? 盗賊団は七十名ほどのはずだが……別口の盗賊団か? 或いは増援でもあったのか?

 迎撃側――馬車の集団とその護衛は街道の幅と岩場を利用して防衛に専念をしているようだが分が悪すぎる。


「南に走る街道のさらに南側二キロメートルを並行して走る街道で大規模な襲撃が起きてる。盗賊団の数が多い、百名を超えている」


 空間転移の合間を見計らって声を張り上げて全員に一旦停止するようにジェスチャーで伝える。


「馬車の集団は危険な状態だ。盗賊団と交戦中だが数が違う上に防戦一方だ。そう長くは持たない」


 恐らくは隊商だろう。

 馬車隊の規模の割には応戦している人数が少な過ぎる。全体の半数も迎撃に当たっていない。盗賊団の数を見誤って護衛だけに任せているのか……


「兄ちゃんは先に飛べっ! 俺たちは後から行く」


「済みませんが頼みます。盗賊団の退路を断つ形でお願いします」


 真剣な表情で先行をうながすボギーさんに向かって軽く会釈した後で、アーマーの中に潜り込んでいるマリエルに向かって声を掛けると同時に襲撃が行われている場所へと向けて転移を開始する。


「行くぞっ!」



 ◇

 ◆

 ◇



 ――――三十分ほど遡る


 

 二十七台の馬車が列を成して山岳の間を縫うようにして敷かれた街道を、土煙を上げながら進んでいた。領境に近い街道ではあったが比較的道幅は広く、大型の馬車が四台は並んで通ることが出来るほどだ。

 その広い街道をすれ違う馬車など想定していないかのように道幅をいっぱいに使って馬車を走らせ、その両側を護衛するように騎馬を駆る武装した一団が速度を合わせて並走していた。


 一団の馬車は大きさや形だけでなく程度も様々で、よく見れば幾種類かの異なる紋章が馬車やほろに記されているのが分かる。

 騎乗した武装集団の方も装備に統一性は見当たらない。全員が思い思いの装備をしていた。


 その様子を分かるものが見れば、この一団が複数の商人による隊商で探索者か傭兵に護衛をしてもらっていると知ることが出来る。

 さらに観察力がある者なら、馬車やほろに記された紋章から一つの大きな行商と五つの小さな行商からなる隊商であることが分かったであろう。


 真夏の午後の強い陽射しが街道に降り注ぎ、その照り返しが路面に幾つもの陰影を作り出していた。馬車は陰影に合わせるように揺れ、時折車輪が跳ね上がることで路面の状態を伝えるように一際大きな揺れを見せている。

 馬車と騎馬の足元から舞い上がる土は陽射しをわずかに反射していた。その土煙で一団がどの程度の速度でどこを走っているのかを遠目からでも簡単に知ることが出来た。




 距離にして一キロメートルほど先の街道を眼下に見下ろしている五人の男たちがいた。

 五人とも無精ヒゲを生やして汚れや傷みの目立つ皮製のアーマーを装備している。アーマーは何れも程度の悪いものであったが手にしている弓矢や腰に帯びた長剣は騎士団や衛兵が装備するような上等なもので、非常にアンバランスな出で立ちをしていた。


「あれか」


「おうおう、派手に居場所を教えてくれてさあ。間抜けな獲物だねぇ」


 大木に身を隠すようにして寄り掛かっていた四十代半ばの男が遠くに見える土煙を見ながら独り言のようにつぶやくのに続いて、傍らに居た頭髪がかなり後退した三十歳ほどの男が軽い口調で言った。


「お前の方が間抜けだよ」


 頭髪が後退した男に向けて頭上から叱りつけるような声が響くと同時に木から三十代半ばの細身の男が飛び降りてきた。ばつが悪そうに苦笑いを浮かべて頭髪の後退した頭を掻いている男を余所に、大木に寄り掛かった四十代半ばの男に向き直って話を続ける。


「隊長、護衛の数が多いです。五十人はいます。あの数の馬車ですから商人も六十人以上はいるでしょう。商人たちも戦闘に加わるとなるとこちらも数を揃えた方が良いでしょう」


「獲物は百人を超えるのか。……よし。ロブ、伝令だ。今朝増援で合流した連中も含めて拠点の戦力を総動員する。襲撃場所はこの先の岩石地帯だっ! すぐに用意をさせろっ!」


 隊長と呼ばれた四十代半ばの男は少しだけ考えるとすぐに一番若い二十歳くらいの男に向けて指示をだす。ロブと呼ばれた若い男が略式ではあるが敬礼をしてすぐさま走り出したのを見届けると残る三人に向かって声を掛けながら自身も走り出した。


「こっちは襲撃地点に移動して先に準備を始める。急げよっ!」


 隊長の言葉に三人の男たちは無言で後に続いた。


 ◇

 ◆

 ◇


 街道を隊商の馬車が二台ずつ並んで進み、その両脇を騎馬に乗り武装をした男女が等間隔に散って進んでいる。

 大所帯の隊商であることと護衛戦力が多いこともあってか馬車を操る御者の表情だけでなく護衛の戦士たちの表情にも余裕が見える。なかには余裕を通り越して気の抜けた様子の者までいた。


「まったく敗戦の噂が増えてきた途端に盗賊が増えるってんだから現金なもんだよな」


「そう言いなさんな。そのお陰で負け戦に行かなくてもこうして仕事があるんだからさ。それにしても国境付近なら分かるが同じ国内の領境で盗賊が増えるなんてどうなってんだろうな」


 隊列を乱すことなど気にしていないかのように、どちらからともなく馬を近づけて会話をしている。


「ほらっ! 無駄口叩いてないで周囲を警戒しろよ」


 すっかり緩みきった表情と様子で会話をしてた二人の男に向けて、隊商の最後尾から馬を駆けさせて来た三十歳くらいと思しき黒髪の青年の叱責が飛ぶ。


「へーへー。んじゃちょっと先行して前方の確認をして来ます」


「またダンとメルヴィンがイーデン隊長に怒られているよ。あの二人は本当に無駄口が多いよね」


 連なる馬車の後方から三番目を進む一台の馬車の窓から顔を覗かせた山吹色の髪の毛をした十五・六歳の少女が前方へと駆けて行く二頭の騎馬を見やりながらあきれたようにこぼした。


「おい、ラナ。ダンさんもメルヴィンさんも年上なんだし護衛してもらってるんだから呼び捨てにするなよ。『さん』くらい付けろよ」


「護衛してもらってるって、雇い主は私たちよ」


 ラナと呼ばれた山吹色の髪を肩で切りそろえた十五・六歳の少女が同じ馬車に乗っている青年に言った。


「そうね、正確には雇い主の一人よ。それもほんの少し、それこそ一人分くらいしか払ってないけどね」


 十五・六歳のピンク色の髪を結い上げている少女が抑揚の無い口調でつぶやく。


「ローランドは自分も『さん』付けで呼んでほしいのよ」


「まあ、頼りないけど最年長なのは確かだね。十九歳だっけ?」


「どうする? 『さん』付けで呼んで欲しい? ローランドさん」


 馬車の中では年少となる十歳ほどの美少女二人の身も蓋もない会話を受けてラナ――山吹色の髪の少女がからかうように青年――ローランドに向けて笑顔を向けた。


「ラナ、それくらいにしときなさい。ガイフウもケイフウも大人をからかっちゃダメでしょ」


 ピンク色の髪をした少女のひと言にラナが『はいはい』と首をすくめ、ガイフウ、ケイフウと呼ばれた十歳ほどのよく似た容貌の二人の美少女も『ごめんなさい』とローランドと呼ばれた青年にではなくピンク色の髪をした少女に声を揃えて謝っていた。


「ラッキーだったね、お姉ちゃん。行き先が同じ人たちがたくさん居て」


「本当ね、私たちだけじゃこんな大勢の護衛なんて雇えないもんね」


 ガイフウとケイフウと呼ばれたよく似た――鏡に映したような容貌の二人の美少女は何事も無かったかのように会話を始めた。


 揺れる馬車の中で向かい合って会話をする二人の美少女――ガイフウとケイフウの会話を他の四名の男女がほほ笑ましそうな目を向けて聞いていた。

 鏡に映したような容貌の二人。

 馬車の最後尾の腰掛に座っている二人、ガイフウと呼ばれた少女はその美しい銀髪を右側にまとめた三つ編みのサイドテールが揺れてエメラルドのような瞳が覗く。対面に座っているケイフウと呼ばれた少女も姉のガイフウと遜色の無い美しい銀髪を左側にまとめて三つ編みのサイドテールにしていた。


「――――早いところ自分たちで大規模な護衛を雇えるようになりたいなあ」


 両手を上に伸ばし両足も腰かけに座った状態で軽く浮かせて大きく伸びをしたところに馬車が跳ね上がるように揺れた。

 その大きな揺れは馬車の中の人たち、特に馬車に不慣れなガイフウとケイフウの二人の美少女を大きく跳ね上げる。


「キャアッ!」


「イヤーッ!」


 馬車の中にいた六名の男女はそれぞれに異なる反応を示した。

 悲鳴を上げたのは年少組の二人の美少女、ガイフウとケイフウだけで他の四名――ラナとピンク色の髪の少女、そしてローランドと十五・六歳の茶髪の少年は大きく揺れた馬車にも動じることなく落ち着いていた。


 いや、約一名、腰掛から転げ落ちるようなことは無かったが顔を真っ赤にして動揺を隠せずにいた。


「何? パールったら私の下着を見て欲情しちゃったの? 危なーい! 私まだ十歳よー。そういう趣味だったのー?」


 腰掛から転げ落ちた拍子に捲れ上がったスカートを直すと、ガイフウは隣に座っていた顔を真っ赤にした少年に向けてからかうように、殊更に大きな声と綻ぶような笑みを向けた。サイドテールの銀髪を揺らしながらエメラルドのような右目とサファイアのような左目が妖しく輝く。


「ばっ、ばかっ! そんなんじゃねぇよっ! お前の方がおかしいんじゃないのか? ガイフウっ!」


「お姉ちゃん、純情な童貞の少年をからかっちゃダメだよ」


 同じように腰掛から転げ落ちたケイフウがエメラルドのような左目とサファイアのような右目を輝かせて今にも吹き出しそうな顔でパールのことを見ていた。いや、右手で口元を押さえてはいるがこぼれる息を隠せていない。


「そうね、街を出るときもダンがせっかく誘ってくれたのに顔を真っ赤にして逃げ出してたわ。鼻の下伸ばしてついて行ったローランドとは大違いね」


「ローランドはやっぱり大人よね。『ローランドさん』って呼んであげなきゃだめかな?」


 抑揚の無い口調でピンク色の髪をした少女が窓の外を見やりながら言ったのを受けて、ラナが先ほど注意されたことなど忘れたように揚々とローランドのことを話題にする。


「パールぅ、逃がさないわよー」


 ローランドに話題が移りそうになったのを安堵したのか、ため息をつくパールのことをガイフウが仰ぎ見るようにして上目遣いで覗き込んでいる。


「敵襲ーっ!」


「敵だ! 備えろ!」


 馬車の外を騎馬で駆ける護衛の探索者や傭兵たちから声が上がり、馬蹄と馬のいななきが響き渡ると馬車が急速に速度を落とした。

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