第209話 領境の盗賊討伐(4)
調理場と詰め所に居た盗賊たちを片付け、保護した調理場で働かされていた人たちと捕縛した盗賊たちを引き連れて再び宴会場へと戻ってくると宴会場に居た女性たちは半ばパニック状態にあった。
救出した直後は大人しかったのでそのまま放置して調理場と詰め所へ向かったが失敗だったようだ。
自分たちが助かったことを理解するよりも先に、数十名の盗賊たちが傷付き血だらけで倒れているのを見て泣き叫んだり嘔吐したりしていた。なかには茫然自失で座り込んだまま動けずに居る者も少なくない。
宴会場は怪我に呻いたり泣き喚いたりする盗賊たちとパニック状態に陥った女性たちとで
まあ、少し考えれば当然か。
彼女たちからすれば、突如として現れた武装集団が盗賊とはいえ自分たちのすぐ傍にいる人たちを一瞬のうちに魔術と弓矢とで攻撃を仕掛けて傷付けたと思ったら次の瞬間には消え失せてしまった訳だ。
何が起きたのかは分からないが身近で荒事が行われたことは確かである。それも数十名の盗賊を一瞬でズタズタにするだけの――生命を脅かすほどの暴力だ。
その攻撃が自分たちに向かないという確証はない。彼女たちの精神状態なら『次は自分では』と思ってもおかしくないだろう。
ラウラ姫一行に対してもそうだがここでもまた配慮が足りなかったようだ。こちらの異世界に飛ばされるまでは『理不尽な暴力により生命の危機にさらされている人たちに縁が無かったから』と言いたいところだがそんなのは言い訳にもならないよなあ。
そんなことを思いながらも調理場から救出した人たちとパニック状態にある若い女性たちのことを、アレクシスを除くメロディやティナたちの女性陣に任せて俺たち男性陣とアレクシスは盗賊を拘束して順次光魔法で治癒をしていった。
そんなありさまのところへ地下室から救出した人たちを引き連れて白アリたちが宴会場へと入って来た。
「皆さん、自分たちが救出されたと彼女たちに伝えて落ち着かせて下さい」
地下室から救出された人たちもこの光景を見て一瞬怯んではいたが、白アリの涼やかな声に反応して半ばパニックに陥っている女性たちのもとへと走り出した。
「ここへ向かう途中に白姉ぇがこの惨状を確認してましたからね」
パニック状態の若い女性に駆け寄る人たちを感心して見ていると背後から聖女の声がした。声の感じが得意気に聞こえるのは俺の被害妄想だろうか。気遣いとか配慮で白アリに負けたのがもの凄く悔しい。
「ありがとう、助かったよ」
盗賊たちの拘束と治癒に向かう白アリの背中に向けて声を掛けると、白アリが振り向きざまに得意気な表情を一瞬だけ見せてすぐさま向き直って盗賊たちの方へと歩いていった。
「さあ、私たちも盗賊を縛り上げましょうか」
白アリの男前の態度に口元を綻ばせて彼女の後ろ姿を見ていると聖女が押し殺したように笑い声を漏らしながら俺の背中を両手で押して来た。
俺は聖女に背中を押されるままに盗賊たちの拘束と治癒に取り掛かった。
◇
盗賊たちも現金なもので怪我をしている間は泣き喚いていたのだが治癒をしてもらってからは強気であった。この辺りの思考回路が俺には今ひとつ理解できない。圧倒的な力の差を見せつけられ、あまつさえ一方的に打ちのめされたにもかかわらず何故こうも強気でいられるのだろうか。
しかし、縛り上げて身動き取れない状態にした上で捕らわれていた人たちと同じ部屋にすると話は違ってくる。
捕らわれていた人たちは自分たちが助かったことを実感すると、助かったことを安堵すると共にこれまで自分たちに起きていた不幸を嘆いていた。やがて嘆きは怒りへと変わりその矛先は盗賊団へと向かう。それこそ放っておけば身動きできない盗賊たちを寄って集って皆殺しにし兼ねない雰囲気であった。
隊商や旅人、近隣の村を襲われ、さらわれてきた人たちはこれで全部ではない。むしろそのほとんどが隣のブルクハルト伯爵領へと連れて行かれていた。
誰も口にしないが恐らくはその先にはアルダート王国がある。そこへ相当数の人たちが奴隷として売られて行ったのだろう。
それだけではなかった。
暴力行為はもとより、面白半分にかなりの数の人たちを殺していた。予想はしていたが盗賊たちに同情の余地は無い。むしろこのまま殺しても良い気さえしている。
◇
「――本当だ。知ってることはこれで全部だ」
盗賊団の首領がこちらの掴んでいる情報を大きく下回るレベルのことだけを伝えるとそう言い切った。その表情は怯えながらも必死に真実を語っているように見える。
役者だな。いや、騎士だったか。
この盗賊団には食いっぱぐれて盗賊に身をやつした元農民などはほとんど居なかった。半数以上がブルクハルト伯爵領に登録している探索者で四分の一はブルクハルト伯爵領の騎士団なり衛兵に所属をしていた。
騎士や衛兵からみると探索者は格下なのか、随分と俺たちも舐められたものだ。或いは、敵に怪我を負わせながらもわざわざ治療してから拘束する『甘ちゃん』とでも思われたのかもしれない。
「この娘は闇魔法の使い手です」
俺が盗賊団の首領を苦々しい思いで見ていると聖女が軽い調子で黒アリスちゃんのことを盗賊団の首領に紹介をした。
大鎌を担いだ黒アリスちゃんの背中を押して盗賊団の首領の前へと移動させる。
なぜこの場で未だに大鎌を担いでいるのか理解に苦しむがそこは敢えて触れずに成り行きを見守ることにした。
「そして私は光魔法の使い手です」
黒アリスちゃんの傍らに移動すると聖女は自分の胸の中央付近に左手の手のひらを置いて身を乗り出すようにしてさらに続ける。既に口元は何かを企んでいるのを物語るように綻んでいる。
「今からあなたの痛覚を何倍にも鋭敏にします。さらに痛みに慣れたり麻痺したりしないように脳内物質の分泌の調整をし、治癒を繰り返して常に新鮮な痛みを与え続けますね。追加の情報を白状するなり思い出すなら今のうちですよ」
聖女が慈愛に満ちた笑顔で諭すように語り掛けている。
表情を見る限り盗賊団の首領は聖女が説明していることの半分も理解できていないようだ。盗賊団だけじゃあない。救出した人たちも理解の範囲にないようで聖女の言葉にも特段反応をしていない。
アイリスの娘たちと彼女たちの奴隷たち、そしてメロディやティナたちも理解は出来ていないようだが、目を背けたくなるようなことが起きることは予想できているようだ。全員が何とも名状しがたい表情で加害者と被害者、聖女と盗賊の首領を見比べていた。聖女が何をしようとしているのかを正確に理解していたのは俺たち転移組だけのようである。
「そうですか、それは残念です」
聖女はセリフとはかけ離れた弾むような口調でそう言うと有刺鉄線の束を両手にもって荒縄で拘束されている首領の背後へゆっくりと回り込んだ。
◇
「グワーッ! や、やめてくれーっ! 助けてっ!」
首領の悲鳴が宴会場にこだまする。
先ほど有刺鉄線を両手に優しげにほほ笑む聖女を見たとき『またあれで縛り上げるつもりか』そう思いました。
でも違った。
縛り上げた上で天井から吊るしている。
大柄な首領の体重が有刺鉄線を身体に食い込ませる。痛みで身体をよじるので尚食い込む。もがけばもがくほど酷い目に遭うことになる。
痛覚が何倍にも鋭敏になっているからさぞかし痛いだろう。
痛いから暴れる。暴れるから尚痛みが増す。しかも、大怪我ではない上に脳内物質の調整をされているとか……まさに地獄の苦しみだな。
はじめの方こそ人語として聞き取れたが、今は激痛に獣の
「辛そうですよね。あんな風になりたくなければ知っていることを洗いざらい喋って下さいね」
聖女のこの言葉を合図に盗賊たちは我先にとネッツァーさんが喜びそうな情報を口々に暴露し出した。
盗賊たちが様々な情報を暴露している間も首領はそのままである。あの
「――――これで全部ですっ! 本当に全部ですっ!」
副首領が代表して聖女に
恐らくは本当に洗いざらいしゃべったのだろう。疑ってはキリがない。俺はネッツァーさんへと視線を移すとそれに気付いたネッツァーさんが静かに首肯した。
どうやら十分な情報を入手出来たようだ。
◇
有用な幾つもの情報が出てきたが当面の問題としてすぐに対応しなければならない情報もあった。
もう一つの隠れ家である。
ここともう一つ、ここから二十キロメートルほど離れたところにも隠れ家があり、そこと連携しながらこの辺りを荒らしまわっていたそうだ。
リューブラント侯爵の屋敷に帰還するまえにもう一つ片付けるべき事案が出来た。
首領と副首領、一部の幹部たちが騎士団や衛兵隊に所属していることは分かっていたが、あきれたことにこいつらの四分の一ほどは爵位こそないが騎士団に所属をしていた。
ネッツァーさんが目を輝かせて所属騎士団の身分証も確認していた。
これで大義名分というか体裁が整ったようだ。
アルダート王国に喧嘩を売るのを今は避けるとしても、盗賊団とブルクハルト伯爵は叩いても問題ないだろう。
いや、ここで見逃してはリューブラント侯爵にとってもマイナスにしかならない。
ブルクハルト伯爵を味方に取り込むメリットよりも民衆からの支持を得ることを優先させる。
あとはブルクハルト伯爵がいかに酷い人物であるかを周知させた上如何にして叩くかだ。
取り敢えずもうひとつの盗賊団を叩いて捕らわれている人たちを救出する。
並行してブルクハルト伯爵を陥れるための準備を進める。
「もう一つの盗賊団を叩いて捕らわれている人たちを救出する。その上でブルクハルト伯爵を叩く」
俺の言葉の意味を的確に理解した転移組のメンバーの口元が綻び、目が輝き気力がみなぎっているのが分かる。特に先ほどからストレスを溜め込んでいる白アリとロビンの目の輝きが妖しい。
方針は決まった。
叩くべきは眼前の障害であるもうひとつの盗賊団と背後で糸を引くブルクハルト伯爵だ。先ずはもう一つの隠れ家をこのまま急襲する。
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