第208話 領境の盗賊討伐(3)

 倉庫には窓など無く、本来なら壁板の隙間から漏れ入る陽の光で何とか倉庫内を視認できる程度なのだが、今は光魔法で隅々まで見通せる程度の明るさを維持していた。

 やっていることも光魔法の明かりに照らし出された面々の表情にも緊張感はない。約一名、ネッツァーさんだけが緊張感と戸惑いのない交ぜとなった表情をしているくらいか。


 俺たちは全員を引き連れて再び盗賊たちの隠れ家にある倉庫内へと転移してきている。

 目的は当初予定通りにさらわれた人たちの救出と盗賊の討伐、そして物資の接収である。さらに盗賊たちから後ろ盾に関する言質を取って場合によっては後ろ盾を急襲する。


 ネッツァーさんが言うには急襲するには証拠が必要らしい。

 俺たちの感覚からすれば今回のケースは有事に相当する。体裁よりも対処を優先すべきだ。それこそ言質だけでも十分で証拠など後からどうとでもなる。


 敵が判明している以上、叩くか利用価値があれば手を結ぶかだ。

 だが貴族社会ではそうもいかない。如何に体裁を取り繕うかも手腕であり周囲からのその後の評価や対応に繋がる。何とも面倒なことである。


「白アリたちは地下室に捕らわれた人たちの救出と治癒、それと倉庫内にある物資の接収を頼む」


「そんな目で見なくても分かってるわよ、敵がいても殺したりしないから」


「心配を掛けているようですが私にも分別はあります。大丈夫ですよ」


 不満顔の白アリとロビンに向けて念を押すように伝えると、二人ともシブシブといった感じではあるが了解の返事をした後に小声で独り言のように謝罪の言葉をつぶやいていた。

 二人とも先ほどクギを刺したのが効いているのか自覚があるのかは分からないが妙に素直である。


 地下に閉じ込められている人たちを救出するチームと兵舎に連れ込まれている人たちを救出するチームとに二分する。


 地下室からの救出チームに白アリをリーダーとして聖女とロビン、アイリスの娘たちとその奴隷を充てた。選抜時に白アリが一瞬反論しかけたが先ほどクギを刺されたのを思い出したのかすぐに言葉を飲み込んで受け入れた。

 兵舎からの救出チームに俺をリーダーに黒アリスちゃん、テリー、ボギーさん、ティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシス、メロディ、そしてネッツァーさんだ。

 

 そして兵舎からの救出チームである俺たちは盗賊団の主力との交戦を前提としているため、昨日メロディが作成した魔道具の実験を兼ねている。

 あちら側に編成したメンバーもこの魔道具の実験に参加したがっていたのは知っているが、そこは日頃の行いから外されたのだと自身の普段の行動を反省してもらおう。


 実験する魔道具は四種類。

 風の刃を撃ち出す短剣、水の刃を撃ち出す弓、爆裂球を撃ち出すメイス、石の弾丸を撃ち出す盾である。


 それぞれが魔物の角や牙などの魔力の伝導率が高い素材をベースに武器や防具を作成して加工した属性魔石を埋め込んでいた。いわゆる魔法の武器や防具だ。

 実験なので埋め込む属性魔石も一種類ずつと少し寂しい気もするが、この実験が成功したら複数の属性魔石を埋め込んだものを作成して貰おう。石の弾丸を撃ち出す盾を装備しながらつい口元が緩んでしまう。


「では私たちは白姉ぇさんと地下室の攻撃ですね。そちらの兵舎攻撃チームは女性が少ないですが大丈夫ですか?」


 アイリスのリーダーであるライラさんが割り振りしたチームの面子に視線を走らせた後で俺のこと――口元を緩めて装備した盾を振り回している姿を心配そうに見ながら聞いてきた。


「そうですね、ティナとローザリア、ミレイユがいるから大丈夫でしょう」


 俺は『攻撃チームではなく救出チームです』との言葉を呑み込んで余裕を見せるように笑顔で答える。


 逆にいえばそれしか居ない。メロディとアレクシス、黒アリスちゃんが女性のケアで期待に応えられるとは思えない。若干の不安はあるがティナとミレイユ、ローザリアの三人なら何とかするだろう。いや、してもらおう。


 なにしろ地下室に捕らわれている人たちの方が、数が多い上に怪我人も相当数いる。どう考えても人員――特に女性のメンバーは地下室からの救出チームに割いた方が良いだろう。

 それに救出後は早々に物資の接収に回ってもらわなければならない。もっとも、現金の類は先ほどの偵察時に自由に動き回っていた白アリとボギーさんが既に接収していたので残る物資は食料や雑貨品、武器や防具類となる。


「じゃあ、地下は頼む」


 そう伝えた後で、先ほどの逃走劇でストレスが溜まっていそうな白アリと聖女に『ブルクハルト伯爵を相手取るときには発散してもらう』つもりであることを囁くように伝えた。


 ◇


 俺と黒アリスちゃん、テリー、ボギーさんは昨日メロディが作成した新兵器の試験を兼ねている。

 この異世界の魔術師は魔法の杖といったものをメイン武器にはしていない。だいたいの魔術師は弓矢や槍を装備した状態で戦闘をして魔術を行使する。


 彼らの装備する弓や槍には魔石が加工された状態で埋め込まれて魔術発動の補助となる。


 魔術発動の補助のもっともポピュラーなものが家庭用の火や明かりの魔道具である。

 魔物の角や牙といった素材にそれぞれの属性を持った魔石を加工して埋め込んである。これを戦闘用に転用するにあたって魔法の杖となるのではなく、普段所持する武器に魔石を加工して埋め込んでいた。


 よく考えれば杖に加工した魔石を埋め込むよりもよほど効率的である。

 今回はそれに倣う形でさまざまな武器や防具に加工したものに属性魔石を埋め込んでいた。


 普通はここで敷地内や建屋内を走って移動したり、警戒しながら慎重に移動したりするのだろうが俺たちは違う。

 白アリたちが転移するのを見届けると皆の方へ振り返り声をかけた。


「じゃあ、行こうか」


 そう言い終えるや否や俺たちはネッツァーさんを伴って宴会が始まろうとしている部屋へと転移をした。

 転移と同時に眼前には上機嫌の数十名のむさ苦しい男たちに混じって粗野な感じの女性と先ほど視覚を飛ばしたときに確認した若い女性たちの姿が現れる。盗賊と思しき五十名ほどの盗賊団の男女と給仕をさせられている女性たちだ。


 転移と同時にティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシス、メロディの五人が盗賊たちに矢を射掛ける。

 放たれた矢は盗賊たちの手や足を射抜き戦闘力と行動力を奪う。


 ティナやローザリアが二射する間にアレクシスはその三倍の六射はしている。そのアレクシスのスキルを【無断借用】で利用しているメロディでも四射が精一杯だ。

 単純にスキルだけで何が出来るかが決まる訳ではないのは分かっていたがこうして目の当たりにすると経験の重要性がうかがえる。


 盗賊たちの手足に次々と矢が撃ち込まれ、俺たちの放った魔道具からの魔法が同様に盗賊たちの四肢を撃ち抜く。


 短剣から放たれた不可視の風の刃が盗賊たちの血しぶきによりその形状を露わにする。

 弓から放たれた水の刃は陽の光を反射させて美しく輝く。次の瞬間、美しく描かれた光の軌跡を赤く染める。ダイヤモンドのような輝きはルビーの輝きへと変わった。


 オレンジ色に輝く小さな火球は盗賊の四肢に着弾すると同時に小さく爆発し四肢の一部と戦う気力を削り取る。

 石の弾丸は視認できないほどの速度で撃ち出され、四肢を貫通してもその勢いを失うことなく床に小さな穴を穿うがつ。


 盗賊たちは何が起きたのか理解できずに居るようで反撃どころか何の対応も取れずに次々と戦闘不能となっていった。

 驚き戸惑っていたのは盗賊だけではない。捕らえられていた人たちとネッツァーさんも同様だ。驚きの言葉を発することなくただ盗賊たちが戦闘不能となっていくのを見ていた。


 俺たちがメロディの作成した魔道具を二・三回ほど試し撃ちしたところでこの部屋に居た盗賊たちは全て反撃の出来ない状態となった。

 ひとしきり矢と魔法を撃ちこんだ後には混乱の中で呻き声を上げる盗賊たちとそんな盗賊を茫然と眺めている捕らわれた人たち、そしてひと言も発することなくネッツァーさんが俺たちのことを見つめていた。


 恐らくはこれまで常識とされていた魔術師の戦い方から外れている部分に驚いているのだろう。気持ちは分かるがネッツァーさんのケアをしている余裕はない。

 空間感知で把握している限り残る盗賊たちは大きく二ヶ所に別れている。ひとつは調理場、もうひとつは見張り場を兼ねた門の付近に建てられた詰め所である。


 それぞれ、調理場をテリーとティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシスが担当する。俺と黒アリスちゃん、ボギーさん、メロディで詰め所を襲撃する。

 俺たちは盗賊たちの戦闘能力と機動力が削がれたことと、捕らわれていた人たちがパニックを起こしていないことを確認するとそれぞれが担当する次の攻略地点へと転移した。

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