第207話 領境の盗賊討伐(2)

 深い森の中に樹木で隠すようにカモフラージュされた道――森林を切り開いて何とか馬車一台が通れるくらいの幅の道を縫うように馬車が走る。それほど速度は出ていないのだが馬車は上下左右に大きく揺れ、道が十分に整備されていないことを伝えていた。小石かはたまた木の根に乗り上げたのか、車輪が大きく跳ね上がる姿を何度となく見せながらも馬車は山岳地帯へと入り、谷間へと続く道の奥に消えていく。

 馬車が消えた谷間の奥へと視覚を飛ばして様子を探る。


 谷間に敷かれた左右に蛇行する道沿いに視覚を移動させると程なく馬車を捉えた。森林に敷かれた道よりも幾分かは整備されているようで馬車の揺れも少なくなっている。

 馬車を追い越し、視覚を道に沿ってさらに先へと高速で移動させると視界が開けて盆地が現れ、その盆地の中央付近に隠れ家というよりも隠れ兵舎といった様相の二階建ての建物が見えてきた。


 隠れ家はリューブラント侯爵領を含めたガザン王国内の四つの領地と境界を接するという、ある意味もの凄く分かり易い場所にあった。

 だがあきれたのはその先である。

 隠れ家から伸びたひとつの道は他の貴族の領地へと続いていた。その道は石畳こそ敷かれてはないが領地の要所を結ぶように敷かれた『街道』と大差ないほどに整備がされている。


 あの街道を見るだけでこの盗賊たちの後ろ盾が誰なのか容易に想像がついてしまう。

 リューブラント侯爵の屋敷で見せてもらった地図を思い出す。整備の行き届いた道の先にあるのはブルクハルト伯爵領だ。そしてそのさらに向こうには北の大国と呼ばれるアルダート王国がある。売国奴云々などとののしるつもりもないがブルクハルト伯爵がアルダート王国と繋がっている可能性がある。


 後ろ盾がドーラ公国ならこれをネタに面白くすることが出来たのだが、アルダート王国と繋がりがあるとすると話は違ってくる。

 カナン王国というかルウェリン伯爵としてもここで四つ目の国の参戦を許したくはないはずだ。アルダート王国への干渉は避けるとして、問題はブルクハルト伯爵だな。


 まあ良い。悩むのは後にしよう。


 盗賊が馬車を隠れ家へと運び込む間、もうひとつの目的である馬車の性能テストについて話を切り出した。


「ところで、馬車の性能はどうだった?」


「良い感じでしたよ。振動も少なくて乗り心地は大分改善されてましたね」


「車輪がゴムとかのもっと衝撃を吸収出来る素材か仕組みに変えられるともっと良くなるかなあ」


 黒アリスちゃんと白アリの言葉にうなずきながら先ほどの森の中を行く馬車の姿を思い出す。

 悪路とはいえ揺れが大きかったな。俺たちが想定した以上の揺れがあったのは間違いない。


 やはりショックアブソーバーだけでは限界があるか。

 車輪か……衝撃を吸収出来て鋭利な石や木、矢や剣撃にも耐えられる素材……難しいな。すぐに思い浮かぶのはスライムくらいか。


「テイムしたスライムを車輪に巻きつけるとかはどうでしょう?」


 一瞬脳裏を過ぎったが言葉にせずに呑み込んだ俺と同じ考えを聖女が朗らかに口にした。

 そんな聖女に少し引き気味に白アリと黒アリスちゃんが反応した。


「それは……スライムの気持ちになるとちょっと、かなりきついわね」


「そうですね、ちょっと可哀想な気がしますね。せめてソファーですよね」


 スライムな神獣であるカラフルをソファー代わりに使っている二人からスライムに対して同情的な言葉が飛び出した。

 ソファーは許容できるが車輪に巻きつけるのは許容範囲外なのか、随分とスライムソファーの座り心地を気に入っているようだ。 


 スライムゼリーを詰め込んでソファーを作るのは有りだな。だがこのままではソファー止まりだ。


「スライムゼリーを耐久度の高い素材に詰め込んでタイヤにするのはどうかな?」


 車輪代わりにするにはスライムゼリーを覆う革素材なりの耐久度がないと厳しい上、そんな当てなど無いのだが何らかのアイディアが出てくるかもしれないと淡い期待を込めて、とりあえずの案として提示してみる。


「そうね、それなら良いかな」


「矢を受けても大丈夫な素材が良いですね」

 

 どうやら、自分がテイムしたり使い魔としたスライムを車輪に巻きつけるのは抵抗があるようだが、討伐して素材となったスライムゼリーには抵抗がないようだ。


 だが、それ以上のアイディアが出てくることも、話が広がることもなかった。

 仕方がないので別の方向で思案を巡らせる。


 重力魔法を応用して馬車本体を浮かせるとか出来ないかな? 空中に浮いているなら馬から伝わる振動以外は発生しないはずだ。

 馬車本体が難しいなら荷物を積み込む場所と居住エリアを別けて居住エリアだけを重力の魔石で浮かせる。かなり良いんじゃないか?


「どうする? 予定通りに後ろ盾が有るようならこれも叩くか?」


 自分のアイディアに気を良くして切り出そうとする矢先にテリーが眼前の懸案事項を持ち出した。


 出鼻を挫かれた感はあるがテリーの方が正しい。皆を集めて作戦の最終確認に移ることにした。


「後ろ盾がドーラ公国とベルエルス王国の貴族なら利用しよう。国内の貴族までは叩く。もし味方に引き入れられる可能性があるなら取り込む――――」


 先ずは優先事項の明確化だ。人質の救出を最優先させ次で物資の接収、最後が盗賊の捕縛である。

 アルダート王国と繋がりがあるようならブルクハルト伯爵を味方に出来るか試みる。アルダート王国と繋がりがない、或いは、ドーラ公国かベルエルス王国と繋がりがある場合はブルクハルト伯爵を叩く。


「――――基本、外交問題は後回しだ。それと盗賊も出来る限り生け捕りで頼む」


 最後の一言は特に白アリとロビンに向けたものだ。言葉にしながら二人を交互に見やる。

 この二人、女性が被害者となると敵に対して容赦がなくなる。特にロビンは激昂げきこうすると言っても良いくらいに変わる。


 二人共それは分かっているらしくそれぞれに反応をした。白アリは申し訳なさそうな表情で小さくうなずく。珍しくしおらしい。

 ロビンも苦笑交じりだがうなずき了解の意思を示した。


 俺たちが簡単なミーティングをしていた間に盗賊たちが負傷者を出しながらも俺たちから奪った馬車を隠れ家へ運び込んだようだ。


 白アリを庇うように黒アリスちゃんが両手を胸元で合わせる仕草をともなって行動を促し、ボギーさんが続く。


「先ずは偵察ですね」


「白の嬢ちゃん、俺と組もうか」


 俺と黒アリスちゃん、白アリとボギーさんの組み合わせで二組に分かれて盗賊の隠れ家に侵入することにした。


 先ず無いとは思うが万が一発見された場合、闇魔法で昏睡させるという穏便な対処ができるようにとの配慮からだ。


 そう、彼らは間も無く訪れる戦後に必要な人材だ。復興作業では労働力は必須となる。それが犯罪奴隷なら為政者側は躊躇いなく利用できる。


「じゃあ、行ってくる」


 一緒に転移する黒アリスちゃんの肩に手を回して胸元に引き寄せると黒アリスちゃんから小さく声が漏れたが、そのまま視覚を飛ばして安全確認をした場所へ二人で長距離転移を行う。


 転移した場所は先ほど俺たちの馬車が運び込まれた倉庫の中だ。倉庫には他に誰もいない。


「倉庫の中を確認してくれ、俺は宿舎と他の建物の中を確認する」


 毎度のことだが邪魔なドレスアーマーに内心で舌打ちをしながら黒アリスちゃんの肩に回した手を離した。


 宿舎というよりは兵舎といった作りだ。いよいよもって盗賊というよりも何処かの兵士か私兵の蓋然性がいぜんぜいが高くなってきたな。


 倉庫の中から空間感知の範囲を徐々に広げながら周囲の確認作業を行う。

 白アリとボギーさんが空間感知に引っ掛かった。白アリは兵舎の中を歩いているし、ボギーさんは訓練所を闊歩している。


 ボギーさんの方は溶け込めそうな気もするが白アリは無理だろう。本当に穏便に片付けるつもりがあるのだろうか?

 二人の行動に疑問を抱きながらも索敵を優先させる。


「馬車の積み荷は全て降ろされてますね。お酒は結構な量が宿舎に持ち込まれているようです」


 宿舎に集まっている盗賊は六十名ほどだろうか、ほとんどの者が忙しげに動き回っている。


「兵舎の方では酒盛りが始まりそうだ」


 酒樽が次々と運び込まれているのを確認しさらに感知の範囲を広げる。


「うん? 十数名の女性がまとめて移動している。向かう先は酒樽の持ち込まれた部屋か」


 さらにその先で料理の用意をしていると思しき十名ほどの女性が確認できた。


 どこから現れた?

 地下へと空間感知の範囲を広げると、地下室に大勢の人たちが閉じ込められているのを見つけた。


 地下に閉じ込められていたのは男と子供、数名の年配の女性たちだけだ。若くて見た目の良い女性は十数名しかいなってことか。


 意外と少ないんだな。隊商に同行する女性ではそんなものかな?


 酒盛りが始まって女性たちにちょっかいを出している辺りが踏み込むタイミングとしてはベストなんだが……そうも行かないよな。


「黒アリスちゃん、皆を連れてくるからここを頼む」


 早々に叩くことになりそうだな。


 盗賊たちの盗んだものの回収と拠点として倉庫を確保しておくように頼んで白アリとボギーさんのところへと転移した。

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