第206話 領境の盗賊討伐(1)

 他領主との領地の境というだけあってリューブラント侯爵の屋敷からはかなりの距離がある。そのためワイバーンを駆っての移動となった。

 リューブラント家からワイバーンを貸与されているネッツァーさんが案内役として同行してくれている。


 ネッツァーさんが有能なのか他に人材がいないのかを詮索するつもりはないが、もし後者なら留守番を任される人材がいるのか少しだけ心配である。

 まあ、こちらとしては短い時間ではあるが見知った人の方がやり易いのでネッツァーさんをそのまま受け入れた。


 領境の少し手前である山岳地帯と森とが重なり合うようなところに辿り着いた俺たちは山岳地帯にワイバーンを隠して二手に分かれた。

 おとりとなる馬車で進むチームと少し距離をおいてこれを監視しながら追いかける隠密チームとである。


 馬車は昨日メロディたちが改造した三台の馬車で性能テストを兼ねている。この三台の馬車を隊商に偽装し、こちらも護衛に偽装した白アリたちが周りをガードする形でいそいそと盗賊の出現ポイントを進む。

 同一国内とはいえ派閥の異なる領主の領地と領地の境ともなると街道を行く馬車や人の数は少ない、閑散としている。


 馬車の積み荷は食料と大量の酒である。

 食料だけだとどこか別の倉庫などがあった場合そちらへ全て運び込まれる可能性があると考えて酒を大量に積み込んだ。


 盗賊なら酒好きだろうという偏見がその根拠だ。

 自分で言い出しておきながらもあんまりな根拠だとは思うが、チェックメイトのメンバーの満場一致で決まったことなのでそれ以上考えないことにした。


 俺とテリー、ボギーさん、ロビンの四人はアイリスの娘たちとネッツァーさんを伴って空間転移の連続発動で囮の馬車三台と並走するように山岳地帯と森の中を移動している。

 アイリスの娘たちは大分慣れたようでいつものと変わらなかったがネッツァーさんは事前に空間転移での並走追跡を伝えてあったにもかかわらず驚きを隠せていない。空間転移での移動が始まってからひと言も発することなく随行している。


 空間感知に二十一名の集団が引っ掛かった。盗賊だ。比較的治安の良いリューブラント侯爵領にしてはそこそこの規模の盗賊である。


「お出ましになったようだぜ」


 火の点いていない葉巻をくわえたままの口元が緩む。まさに不良中年、ボギーさんがニヒルで悪そうな笑顔を浮かべている。


「今更だけど護衛も含めて隊商全員が若い女性ってのは不自然じゃなかいかな?」


「深く考えるのはやめましょう。馬車を置いて逃げるんですから逃げる口実としては女性だけの隊商の方が納得いくと考えましょうよ」


 昨日メロディが作成した双眼鏡で囮の馬車を覗きながら誰とはなしに疑問を投げかけるテリーに対してロビンが自分自身に言い聞かせるように前向きな意見を述べた。


「敵を確認した。数は二十一名で装備は弓を中心に剣と槍がある。馬は五頭だ、機動力はあまりないな」


「なぜそんなことが分かるんですか?」


 敵の構成を全員に聞こえるように知らせる俺の言葉にネッツァーさんが表情を強ばらせている。


 ネッツァーさんが驚く理由は何となく分かるので、それに触れないだけでなく俺たち男性陣四名はそんなネッツァーさんに気付かない振りをしてテリーとロビン、ボギーさんが話を続ける。


「二十名以上の集団で馬が五頭か。隠れ家は近いようだね」


「そうですね。アンデッド馬を回収して馬車だけ残したらその人数じゃ持ち帰れないんじゃないですか? もしかしたら積み荷を運びきれずに仲間を呼びに行く可能性もありますね」


「何れにしても一網打尽だ。さっさと片付けて魔道具作成の続きをやろうぜ」


 当たり前のように話を続ける三人を目の当たりにして、ネッツァーさんの表情が益々強ばり、目が大きく見開かれている。


 俺を含めて転移組の四名は大人の対応をとった。ネッツァーさんの反応に俺たち四人は揃って気付かない振りをした。

 しかし、アイリスの娘たちは違った。気の毒な人を見るような目でネッツァーさんを見ている。


 明日からというかたった今、彼女たちの中でのネッツァーさんの位置づけが大きく変わった瞬間だ。

 俺も別の意味でネッツァーさんに気の毒な視線を向けてしまった。


 気を取り直して視覚を上空に飛ばす。周囲だけでなく遠方まで俯瞰ふかんしてみる。併せて、空気を圧縮して即席の望遠鏡もどきを作成して周辺を見渡すのに利用する。

 ダメか。


 軽く見渡した限りでは隠れ家になりそうなところは特定できない。早い話が隠れ家に利用できそうなところが多すぎる。

 やはり作戦通りに馬車を奪われるのが手っ取り早いか。 


「間もなく接敵する」


 囮の馬車は敵が伏せているポイントへと差し掛かろうとしていた。念のため聴覚を飛ばして白アリたちの様子を確認する。


「もうすぐ敵が仕掛けてくるからねっ! 馬を馬車から切り離せるように準備してっ! 多分、矢を射掛けてくるから合図をしたら直ぐに逃げるのよっ!」


 先頭を進んでいた白アリが最後尾へと向けてアンデッド馬を駆けさせながら全員に声をかけて回っている。


「黒ちゃんとアレクシスは風魔法の用意をお願いね。ティナとローザリアは逃走の先導をっ!」


 聖女の迎撃の指示に黒アリスちゃんが首肯しアレクシスとティナ、ローザリアは背筋を伸ばして声を揃えて返事をする。


 聖女の指示に従ってティナとローザリアが馬首を巡らせたタイミングで大量の矢が最後尾の馬車の御者席へ向けて放たれた。

 突風により降り注ぐ大量の矢が大きく逸れて街道を挟んで反対側の森の中へと消えていく。


 白アリだ。

 火魔法のイメージが強いが俺に次ぐ空間魔法レベル4を持っているし、風魔法もレベル3だったはずだ。魔法出力と魔力量はあるので今回のような突風を起こすような大雑把な魔法は向いている。


 第一射の矢の結果が判明する前に第二射が放たれる。今度は三台の馬車の御者席へ向けてほぼ同数の矢が満遍なく飛来する。

 だが、これも突風により大きく逸らされて明後日の方向へ飛んでいった。


 黒アリスちゃんと聖女、アレクシス、そして白アリの風魔法である。

 そのまま黒アリスちゃんと聖女、アレクシスが殿しんがりとなりこれに合流するように白アリが最後尾から先頭へと馬首を巡らせた。


 この間にティナとローザリアが先ほどの聖女の指示通り馬車からアンデッド馬を切り離して逃走の先導に入っている。

 さすがに盗賊に後れを取るような女性陣ではないか。これなら安心して見ていられそうだ。


 もっとも安心して見ていられるのはこちらだけだ。

 仕掛けてきた盗賊たちの表情には驚きと焦りの色が浮かんでいる。弓を射掛ける前に偵察をしていたからこの隊商の女性の占める割合が大きいことは知っていたはずだ。あの表情を見る限り『楽勝』と舐めて掛かったな。


「御者が若い女性にもかかわらず射殺す勢いで矢を射掛けてきましたね」


「狙いがはっきりしている。若い姉ちゃんよりも積み荷か。普通の盗賊じゃネェな」


 テリーの問いにボギーさんが偏見の塊のような意見をさらりと口にする。だが、あながち間違っていなさそうだ。


「裏がありそうな感じがしますね」


「ああ、本物の盗賊の可能性も捨てきれないが裏でどこかの領主と繋がっている可能性も高いな」


 領主と繋がっているとなると大義名分を掲げられる。大きくなる実入りのことに思いを馳せて俺以外の三人が悪そうな笑顔を浮かべていた。おそらく俺もあんな感じに口元を緩めているんだろうな。


「そうなると情報を引き出す必要があるね」


「そういうことは女性陣が得意なので任せよう、きっと喜んで情報を引き出してくれるはずだ」


「違いネェ」


「聖女が喜びそうな展開ですよね」


 テリーと俺の会話を横で聞いてたボギーさんとロビンが苦笑交じりに同意を示した。


 そんな俺たちの会話を聞いていたネッツァーさんが不思議そうな、もの問いたげな表情でこちらのことを何も聞けずに見ている。


「逃走フェーズに入ったようだ」


 予定通り馬車は置き去りだ。襲撃のタイミングを把握していたのと逃走の準備をしていたこともあって流れるような逃走である。


 徒歩の盗賊は置き去りにした馬車に取り付いて積み荷の物色を始めだし騎乗している五名が追撃に移った。


「大丈夫だ」


 テリーの言葉が終わらないうちに追撃してきた五名が次々と落馬をしていく。

 アレクシスだ。

 

 視覚を飛ばして見る限り手綱と腕を弓で射抜いている。相変わらず見事な弓の腕前だ。

 さて、あとは敵さんが馬車を本拠地へ運び込むのを待つばかりか。

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