第202話 遅れてきた二人

 その後、遅れてきた二名の魔道具職人さんが到着するまで俺たちはオリハルコンの加工と魔道具作成作業を続けた。

 魔道具作成は初日ということもありレクチャーを受けながらの練習だけで終わった。本格的な魔道具の作成は明日以降となる。


 そして十名の匠――五名の鍛冶師さんたちと五名の魔道具職人さんたちを交えての晩餐会となった。

 ティナやメロディたち奴隷身分の娘たちは別室での食事となる。メニューは変わらないので本人たちもそちらの方が気楽だろう。ボギーさんとテリーも別室での食事を申し出たほどだ。もちろんメイド長さんが侯爵に取り次ぐこともなく笑顔で却下していた。


 いまさらだが、リューブラント侯爵の思惑は自分のところの匠の優秀さをアピールしつつ軽い顔合わせ程度だったらしい。

 だが、実際はもの凄く重い顔合わせとなってしまった。こちらの用意した素材に匠の面々は度肝を抜かれる結果となり、これまで培ってきたこの道のトップ集団としてのプライドと体面はボロボロである。


 俺も表面上はにこやかに食事を進めながらさきほどの工房での一幕を思い出す。


 リューブラント侯爵は俺と一緒に工房に戻るとすぐに、俺たちに従いオリハルコンの加工をするよう鍛冶師さんたちに命じた。リューブラント侯爵の口調と対応に迷いはない。そのときの鍛冶師さんたちの驚きの表情はオリハルコンの武具をアイテムボックスから取り出したとき以上のものだった。

 だが、そのすぐ後で泣きそうな表情で驚く鍛冶師さんたちと魔道具職人さんたちを見ることになる。リューブラント侯爵に譲渡する対となる二本の短槍を出現させるが、驚きの声を上げる者はひとりもいなく驚愕の表情を浮かべる者も居なかった。


 声を失う。表情を失う。そんな表現があるが、まさにそれだろう。

 匠たちは声もなくただ泣きそうな表情で目の前に出現した、柄に蔦類のようなレリーフの施された巨大な短槍をただ眺めているだけだった。

 二名ほど薄っすらと目に光るものを見せた涙腺の弱い匠がいたがそこは触れないでおこう。


 何れにしても自領の領主に招待されてのせっかくの晩餐会にもかかわらず食事を楽しめていないようである。


 しかし、彼らはまだマシなほうだ。最も気の毒なのは遅れてきた二名の女性魔道具職人さんたちだろう。

 工房に足を踏み入れて、そこに広がる光景に言葉を失ったまま持ち直す間もなくこの晩餐会の席に着いている。食事が進まないどころかまったく手をつけていない。


 誰だよ、到着するなり片付け始める直前の工房に案内をするのを指示した人でなしは。


 二名の女性がメイド長に案内されて工房へと入ってきた。マチルダさんとヴェロニカさんという二人の魔道具職人さんだ。

 マチルダさんは四十歳ほどに見え、女性としては大柄な方で百八十センチメートル近くある。その豊かな胸は男女問わずに圧倒しそうなほどの迫力である。ヴェロニカさんは二十代半ばの顔立ちの整った細身の女性である。百六十センチメートルほどだろうか、白アリや黒アリスちゃんたちとほとんど変わらない。身体つきはマチルダさんと対照的で全体的に平べったい印象だ。


「遅くなりました。申し訳ございません」


「失礼いたします。遅れて申し訳ございません」


 遅れたというのに悪びれる様子もなく明るく弾んだ声で挨拶をしながら工房の扉を抜けてこちらへと足早に駆け寄る女性が二人。

 

 次の瞬間、彼女たちから笑顔と声が消えて全身を硬直させる。しかし、そのまま口と目だけは忙しそうに動いていた。口は酸欠を引き起こした金魚のようだったし、目の動きは挙動不審者のそれでしかなかった。

 その様子から工房に散らばる素材が何であるのかをほぼ正確に理解したのだろう。


 彼女たちの目に映ったのは、うずたかく積まれた練習の残骸であった。


 そこには失敗して使い物にならなくなった百個以上の魔石と、頑張れば辛うじて利用できそうなアーマードスネークのウロコやオーガの角や牙、皮膚などで何となく高価そうな素材の山ができていた。

 この異世界にリサイクル業者とか廃材業者がいれば大喜びで引き取ってくれそうな山である。


 その横には鍛造の練習がてら盛大につぶしたオリハルコンが冷えて固まっていた。

 今から思えば、単なる鍛造の練習なのでオリハルコンである必要はどこにもない。鉄で十分だ。だが、そのときはそんなことに思いは至らなかった。やってしまったものは仕方がない。


 巨大な戦斧と槍、盾の三つを全てつぶしているので見た目にももの凄い量である。さらにその傍らにはリューブラント侯爵に譲渡した対となる二本の短槍が丁重に置かれていた。


 恐らく彼女たちにとって、信じられないような光景が広がっていたことだろう。

 何しろそこら辺に散らかっている素材、邪魔だからと蹴飛ばされていた素材は経済力があるからといって入手できるようなものばかりではない。


「それ……オリハルコンの合金かしら? 鉄で水増ししたの?」


「そこの残骸、アーマードスネークのウロコによく似てるのね……」


「その魔石、アンデッドの魔石ですね。アンデッドの魔石の失敗した残骸なんて珍しい……」


「魔石……ダメになった魔石を集めて何をするつもりなんですか?」


 マチルダさんとヴェロニカさんが交互に言葉を発しているが、セリフを棒読みしているような感じだ。

 信じられないというか、目の前の事実を信じたくないのだろう。二名とも目の前にあるものの本質を肯定するセリフは出てこない。そして自分で発した言葉を彼女たち自身信じていないこともよく分かる。


 よく見れば彼女たちの目に精気が感じられない。

 発している言葉と心の中はまったく異なる思考が渦巻いていることだろう。もしかしたら思考停止をしているかもしれない。


 さすがの俺たちもこの異世界の常識を徐々に理解してきている。

 それが一般の人たちにはどうということのない光景に映っても、ある程度素材の価値を理解できる人たちから見ればまともな行動でないことくらい了解している。


 マチルダさんとヴェロニカさんには申し訳ないことをしたと少し反省をしている。

 だが、俺たちだけの責任とは言い難い部分もある。


 短い時間ではあったが最初から参加していた八名の匠たちは免疫が出来ていた。いや、むしろ鍛冶師の五名は開き直ったのかオリハルコンを加工できることに喜びを感じ出していたようだ。

 途中から俺たち以上に張り切ってオリハルコンをつぶしていた。嬉々としてオリハルコンをつぶすその姿を見る限り決して自棄になっていた訳ではないと思う。


 採算とか経費とか民間の会社ならついて回る単語とは無縁の練習は『狂気』という単語がチラつく程度に賑やかに行われた。

 当然それに参加をしていた八名の匠たちも同罪だと思うのは間違っていないはずだ。


 本人たちもそれを自覚しているのか、マチルダさんとヴェロニカさんが登場すると夢から覚めたように平静を取り戻し、やがて匠たちの間に気まずそうな雰囲気が流れていた。

 そしてその雰囲気のまま晩餐会へ突入である。


 こうして見ると俺たちチェックメイトは切り替えの早い者がそろっているようだ。身びいきかもしれないが転移者組は特にその傾向が強いように感じる。

 実際にこの何とも名状し難い、お互いのしでかした事を互いに責めるような傷を舐め合うような、そんな雰囲気の中でもそれなりに会話を弾ませて会話と食事を楽しんでいた。


 もっとも、アイリスの娘たちは匠たちの醸し出す雰囲気は気にしなくとも、リューブラント侯爵が同席ということで緊張しているようだった。


 ◇


 比重の違う液体が境界付近だけ微妙に混じりながら決して溶け合うことがない、そんな雰囲気の晩餐会を終えて俺個人に宛がわれた部屋でマリエルと寛いでいた。

 本日、三度目となるリューブラント侯爵の執務室へ向かう前のひと時である。


 目の前には白アリとテリーが丁寧にまとめてくれた冊子のように綴られた報告書が三冊ほどと数枚の用紙が置かれ、先ほどからマリエルが興味深そうにページを捲っていた。

 小さな身体で一生懸命にページを捲る姿はなんともほほ笑ましい光景だ。


「メロディがね、今日、ミチナガたちが練習に使ったウロコを使って私とレーナの防具を作ってくれるってさ」


 報告書のページを四つんばいになって押さえつけた状態で勝ち誇ったように俺に笑顔を向けた。苦労してページを捲っていたから達成感があるのかもしれない。


 マリエルが一生懸命に捲っていた報告書は道中にリューブラント侯爵に与していない貴族から接収した資金と食料、美術品、家屋敷そのもの、家財、武具や軍馬などの、売ればそれなりの収入になるものばかりが列記されている。

 そして、どこから何を接収して、どこへ提供したのかなどがこと細かに記載されている。


 冊子と一緒に置かれた用紙には残った接収品の利用用途の案が大まかではあるが幾つか記載されている。よくまとまってて非常に見やすい。あの二人は外見とは裏腹にこういう細かい作業に向いているな。

 しかし、その報告書を読んでいて出てくる話題がなぜ防具作成なんだ? フェアリーの思考は俺には理解できそうもない。


「そうか、よかったな。黒アリスちゃんに頼んでデザインの絵を起こしてもらおうな」


 マリエルにそう返事をしてリューブラント侯爵のところへ向かうための準備をしようと腰を浮かせたところで扉からノックの音が響いた。


「はい、今から準備するところでした」


「ラウラです。フジワラさま、お爺さまのところへおうかがいする前のお忙しいときとは思いますが、少しだけお時間を頂けませんでしょうか」


 早いな、リューブラント侯爵の使いがもう来たのか。そう思いながら返事をすると扉の向こうからラウラ姫の声が返って来た。


 ラウラ姫?

 俺は疑問に思いながらも『どうぞ』と了解の返事をすると扉が開かれてラウラ姫とそれに続いてセルマさんが部屋へと入ってきた。

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