第201話 オリハルコンの武具

 リューブラント侯爵のお抱え鍛冶師さん――ブラムさんが血相を変えて侯爵のもとへ走り去ったあとも、鍛冶師さんたちだけでなく魔道具職人さんたちがオリハルコンの武具を囲むように輪を作っている。

 あきれたことにネッツァーさんまでもがその輪に加わっていた。


 メロディたちを見やると、ネッツァーさんがいつのまにか居なくなったことなど気にも留めずに作成準備を粛々と進めている。

 あの様子なら程なく作成に着手できそうだな。


 メロディたちから、輪を作って囁き合う鍛冶師さんたちと魔道具職人さんたちへと再び意識を向ける。

 

「これがオリハルコン……初めてみた」


「深い蒼味が掛かった鋼といった感じの見た目なんですね」


「オリハルコンで間違いはないのですか?」


「ああ、間違いない。俺たちはリューブラント侯爵家の家宝であるオリハルコンの短剣を実際に触らせてもらっている」


 工房の土間に無造作に転がされた巨大な武具を見つめて感嘆の声を漏らす二人の魔道具職人さんを横目に、もうひとりの魔道具職人さんがしゃがみ込んで戦斧を触っている鍛冶師さんにオリハルコンの真偽を聞いていた。それに答える鍛冶師さんは巨大な戦斧から視線を離さずにいる。

 傍らを見れば、残る鍛冶師さんが三人とも同じように興奮した表情で土間に転がっている巨大な盾と槍を触っていた。

 ネッツァーさんも一緒の輪に入って興味深げに見てはいたが、さすがに鍛冶師さんたちに混じって触るようなことはしていない。家令としての立場が『何か』を踏み越えるのを邪魔しているのだろう。


 とはいえ、俺たちが放置されているのは変わらない。

 そんな自分の仕事を忘れた匠たちの会話を適当に聞き流していると先ほど飛び出していったブラムさんがリューブラント侯爵を連れて戻ってきた。


 ◇

 ◆

 ◇ 


 結局その後、工房の中でしばらく言葉を失うこととなったリューブラント侯爵に半ば強制連行される形でこの執務室の扉をくぐることになった。

 

 工房の方は、とりあえず俺との話し合いが終了するまでオリハルコンの武具をそのままの状態にして、他の作業を進めるようにとの侯爵のひと言で魔道具職人さんたちがようやく仕事を始めてくれた。

 仕事もせずにオリハルコンの武具を観察している鍛冶師さんたちを羨ましそうに横目で見ながらの作業開始ではあったのだが。

 そんな魔道具職人さんたちの意欲と姿勢はさておき、そこは教えてもらう立場である。白アリを筆頭に全員が下手に出ていた辺りは現代日本人であることを感じさせた。


 再びリューブラント侯爵の執務室に連れ戻された俺は先ほどのソファーに腰掛け、侯爵と二人きりで向き合っている。

 道連れも居なければ同席者も居ない。俺が皆に断られたようにリューブラント侯爵もセルマさんに断られたのだろうか? そんなことは無いよな。


 他のメンバーはリューブラント侯爵との会談よりも魔道具作成の方が面白いらしく誰一人同席する素振りすら見せなかった。具体的に言うと目を合わせるヤツがひとりもいなかった。

 そりゃあそうだよな。俺だってそうしたいよ。


「――――なるほど。それで鍛冶師が五名ということか。しかし、それならそれで、どうせ判明する事なのだから前もって教えて欲しかったな」


「希少素材があることは事前にお伝えしていたつもりです。それにオリハルコンとは言っても量も多いので気にも留めていませんでした。それに我々は魔術師なので魔力付与や魔力の伝導率の高くないオリハルコンよりも、それらが高いアーマードスネークの方に興味が向けられていたというのもあります」


「オリハルコンを『気にも留めていなかった』と言い切るか」

 

 侯爵は深くため息をつくとさらに続けた。


「ブラムが、私のところへ報告にきた鍛冶師だがな。彼が何と言って報告をしてきたと思う? 『このままでは国宝が素材にされてしまいます!』血相を変えてそう言いながらノックもせずに部屋へ飛び込んできたよ。しかも今にも泣きそうな顔をしてな」


 そう言うとリューブラント侯爵は思い出したように苦笑いをした。


「それは気の毒なことをしました。彼には改めて謝罪をしておきます」


 こちらの思惑通りの行動をしてくれたブラムさんに内心で感謝しつつ口では謝罪をすることを約束する。もちろん、後ほど本気でお礼と謝罪をするつもりだ。


 オリハルコンは鉱石なので鉄のように形を変えたり、合金することができたりするので利用用途は幅広い。

 翻ってアーマードスネークの素材は牙やウロコなど、形を変えるにしても鉱石と違い大きく形状を変えることは出来ない。当然、加工品や利用用途は狭くなる。


 アーマードスネークの素材の方に興味が向いているのは事実だが、それ以上に努めて『オリハルコンなど騒ぐほどのものではない』との姿勢を露わにする。

 物の価値を分からない世間知らずと受け取られる可能性もあったが、どうやら危惧に過ぎなかったようだ。リューブラント侯爵の顔色の変化を見る限り、俺の煽りは狙い通りの効果を引き出せている。


 そもそも黒アリスちゃんの『驚かせたい』との計画に乗ったのもリューブラント侯爵にオリハルコンの武具を欲しいと思わせるためだ。案の定、ブラムさんが血相を変えて走ってくれた。

 ここまでは思惑通りに進んでいる。リューブラント侯爵の表情を見ながら心の中でほくそ笑む。


 その後、侯爵からオリハルコンが希少金属であること以上に、所持することによる恩恵や交渉の材料となることが語られた。

 ほとんどがここまでの道中にセルマさんやティナ、ライラさんたちから聞いた内容だった。


 所持しているというだけで権力と財力があること――隆盛りゅうせいの証明となる。権力や財力を失えばやがて手放さざるを得ない状況に追い込まれるのは歴史が証明していた。オリハルコンの武具を手放すというのは凋落ちょうらくを意味している。

 このため外聞もあってか婚姻の際の持参金代わりに持たせた例もあるそうだ。まあ、ていのいい厄介払いだな。


 王家へ献上すればそれだけで領地や爵位が得られる。逆の見方をすれば領地や爵位を取り上げられるような大罪を犯してもオリハルコンの武具を献上することで罪が大幅に減じられたりもする。

 外交の道具、献上品としても用いられる。王家だけが外交をするわけではない。王家や国とは関係ないところで領主たち、とくに地方領主たちは自領の安全や発展のため頻繁に外交を繰り返している。


 総じて武具としての実用面の価値は問われない。むしろ、迷宮で守護者を討伐したときなどの入手したままの状態である方がありがたがられる。

 もちろん、数は少ないが素材として別の武具に加工し直した例もある。だが、価値としては一段下がるようで主に武官への褒美として下賜されることが多い。


「神話や伝承のなかで巨大な武具は出てくるが……あれほど巨大な武具を見たのは初めてだよ。しかも、それがオリハルコンとは」


 言葉を発すると落ち着いたのか、その口調と表情には先ほどまで俺の話を一方的に聞いていたときほどの驚きと困惑の様子は見られない。言葉を重ねるほどに次第に薄れていく。


「……オリハルコンということは、迷宮の守護者を倒して手に入れたのかね」


「そこまで大それた事はしてませんよ。迷宮に小部屋があってそこにまとめて落ちていたのを拾っただけです。運が良かったと思っています」


 幾分か落ち着いたところで、さらに落ち着こうとするかのように二度目の会談が始まってから初めてティーカップに手を伸ばし、そのままソファーの背もたれへと体重をあずけるリューブラント侯爵に向かって静かに答えた。答えた内容の半分くらいはウソである。


「迷宮で拾ったか……倒すか倒さないかは別にして、迷宮の守護者から奪う以外で持ち帰った者は歴史上ひとりもいないのだよ。もちろん前例が無いからといってウソだとは言わんが信じない者の方が多いだろうね」


 リューブラント侯爵の表情を見る限り信用していないのは明らかだが、それ以上のことを追及してくることはしないようだ。すぐに当面の懸案事項へと話題を移した。


「ところで、工房にあるオリハルコンの武具だが素材として再利用するのを思いとどまれないかな? 君たちにとってはくだんのアーマードスネークの素材の方が利用価値は高いのだろう」


 ポーカーフェースを取り戻した侯爵は言い聞かせるように穏やかな口調で語りかけてきた。


 オリハルコンの武具だ。戦後のことを考えるとのどから手が出るほど欲しいのだろうがそんなことはおくびにも出さない。

 それこそ『言い値で買い取ろう』とか『望みはなんだ?』といった言葉を引き出すことを目論んでいたのだが、なかなか思惑通りには行かないようだ。こちらから切り出すか。


「差し上げましょうか? オリハルコンの武具を」


 気前良く話を切り出し、侯爵の意識をこちらへと引き込むようにさらに話を続ける。


「工房に転がっている戦斧と槍、盾だけでなく、種類は様々ですが五十点以上の武具があります。どれも巨人が使用していたと思われる大きさのものです」


 ここまでの道中、黒アリスちゃんに描いてもらったオリハルコンの武具のイラスト集を『お好きなものをどうぞ』そう言い添えて侯爵の目の前にそっと置いた。


 しばしの時間、リューブラント侯爵がイラスト集を捲る紙のすれる音だけが静かに響く。 

 イラスト集を手に取ってページを捲る侯爵の手がわずかに震えているのが分かる。俺はその様子をみながらこちらの目的が半ば達成したものと確信をする。


 ◇


「まったく、次から次へと予想もしなかったようなことが飛び出してくるな。まだ何か隠しているのではないかな?」


 イラスト集を一通り見終えた侯爵が驚きを隠そうともせずに言う。少し恨みがましい響きを感じるのは気のせいだとしよう。


「隠すだなんて。そんなつもりはありませんよ。必要と感じなかったのでお伝えしていなかっただけです」


 そりゃあ驚くよな。この反応はある程度予想できていた。ひとつを王家に献上するだけで爵位がもらえるような国宝級の武具がより取り見取り五十以上ある。普通は耳を疑うかこちらの正気を疑う。


「これらの武具は加工して自分たちで利用する以上に使い道があるモノだよ」


 イラスト集を俺に渡しながら念を押すように真っすぐにこちらを見つめている。


 国宝級の武具という理由で価値があるとしているのではないのか。使い道ね、なるほどその通りだ。その使い道は我々もいろいろと考えているんですよ。

 

 もちろんそんなことは言葉にも表情にも出さずに『ひとつふたつは素材としますが、他は再考してみます』、そう答えてイラスト集を受け取った。


 ◇


 侯爵が選んだのは柄の部分に蔦類つたるいのようなレリーフが施された対となる二本の短槍と三本の長剣、三本の短剣だった。短槍とはいってもこの異世界で一般的に利用されている槍よりも長く太さも孟宗竹ほどもある。長剣にしても大剣以上に大型の剣だ。短剣にしてもそうだ。

 全て、とてもじゃないが実用に耐えられるような代物ではない。素材として利用するならともかく、宝物庫の肥やしとするか虚仮脅こけおどしで飾っておくくらいしか役に立ちそうにない。


 この対となる二本の短槍を選んだとき、侯爵は黒アリスちゃんの描いたイラストと執務室の扉を交互に見てほくそ笑んでいたな。

 どうやら執務室に飾る腹づもりらしい。


「リューブラント侯爵、先ほど選んで頂いた短槍ですが本当に工房で出して構わないんですか?」


「ああ、構わんよ。そのまま工房で取り付け用の架台を作成させようと思ってな」


 工房へと向かう途中で妙に楽しげな表情で歩いている侯爵に向かって問い掛ける俺に向かって口元をわずかに緩めて話した。


 心なしか口調が弾んでいる。上機嫌であることがうかがえる。

 オリハルコンの短槍の譲渡を了解してからずっとこの調子なのだが寝返り要請に対する回答が早まることはない。まあ、焦ることもないか。夕食の後には答えをもらえるだろう。


 俺自身もことが上手く運んでいることと、魔道具の作成、オリハルコンの加工に着手できることに足取りが軽くなっていた。

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